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ぬいぐるみ

作者: 苛性ソーダ

 不意に胸が締め付けられることがある。


 それが起きるのは、幼い頃のことを思い出すときに多い。

 たとえば、変形ロボットのおもちゃをぎゅっと掴んで歩く男の子の姿を見たときや、チャンネルを回した際に幼い頃に観ていたアニメがよぎったとき。

よく遊んでいたブランコが取り壊されていたときなんかも。

 そんな中でも特に締め付けが強いのは、小さな女の子が大切そうにぬいぐるみを持ち歩いているところを見たときだ。


 そんな時、僕はもう、どうしようもない気持ちになってしまう。

言われようのない不安だか悲しみだかなんだかわからないものが僕の胸に立ちこめる。

なんでもないことなのに。自分には全く関係のないことなのに。赤の他人のぬいぐるみなのに。何も起きていないのに。

なのに、何故だか無性に悲しい気持ちになってしまう。

 きっと、その悲しい気持ちが僕の胸を痛くさせているのだろう。


 女の子が抱えているデフォルメされたクマのぬいぐるみ。そのぬいぐるみが言っているような気がする。

無邪気な女の子に抱かれながら、冷めた無感動な顔で

『キミもいつか大人になったら、ボクのこと忘れてしまうんだろ』なんて。


 糸で胸を締め付けられたみたいな感覚。

 クマの言うことは正しい。正直、耳が痛い。

 僕は、小さい頃、毎晩一緒に寝ていたイルカのぬいぐるみに名前をつけていた。さみしくて眠れないときも、怖くて眠れないときも、別に眠れなくないときも、ぎゅっと抱きしめて眠った。

その名前を、僕は忘れてしまっていたのだ。


『ずっと一緒にいたのにね』なんて。

そんな声が聞こえる気がして。


 謝りたいと思った。

 でも打ち消す。

ぬいぐるみに謝るなんてどうかしている。そう思ってしまう。

 僕はもう、そういう歳だった。


 ぬいぐるみに心はない。

中に入っているのはせいぜい綿かビーズぐらいだ。それ以外のものは入っていない。

そのことを、僕はもう、知ってしまっていた。

ぬいぐるみに謝ったところで、ただついているだけの毛の塊である耳に、その言葉は届かない。何も灯さないボタンだか刺繍だかなんだかの、文字通りお飾りの目は、どうせ何もうつしていない。


 当然だ。

だってぬいぐるみは生きてない。当たり前じゃないか。

僕はそんな風に切り捨てられるぐらいには、成長していた。

もしかしたら、この胸を締め付ける感覚だっていつか忘れてしまうのかもしれない。



 僕の部屋を見渡してもぬいぐるみはもう、一体も見つからない。

でも、今でもクローゼットの中には、何体かのぬいぐるみが大切にしまってある。


 人は、成長する。

時に、いとおしいものを切り離しながら。

そうやって少しずつ大人になってゆく。



 これは友達や親には秘密の話だが、僕は今でもたまに。

たとえばこんな気持ちになった日だけは、ぬいぐるみをクローゼットから引っ張りだしてきて、一体だけ抱いて眠るようにしている。

大きくなった体には隙間ができて抱きづらいけれど、ぎゅっと抱きしめて、眠る。



おしまい



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― 新着の感想 ―
[良い点] 幼いものを切り離して成長してきたという主人公の独白が、最後はクローゼットのなかに、こっそりぬいぐるみを隠していたというラストで締めくくられているのは、読んでてとてもホッとする終わり方だと思…
[一言] ぬいぐるみって不思議ですよね。何をしてくれるわけでもないのに、何か与えられたような気分にしてもらえて。 ただ、僕たちは受け取ってばかりなんですよね。ぬいぐるみに何を与えるわけでもなく…
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