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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第二章:女神ちゃん、合宿に行く

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番外編:同居疑惑、確信へ。

 凛さんの家。

 ワンルームに、僕と凛さんの二つの影。


 外はもう真っ暗で、窓に映る街灯の光が、薄いカーテン越しに四角く床へ落ちている。

 僕は狭い一本道みたいなキッチンで夕飯の用意をしていた。包丁がまな板を叩く乾いた音。鍋の中で、肉じゃがが静かにコトコトと煮える匂い。魚焼きグリルからは、香ばしい煙がふわっと立ち上って、胃袋を刺激する。


 今日はこのあと家に帰る予定だ。

 ――でも、僕が作らないと、凛さんはまたカップ麺で済ませてしまう。


 だから今日の晩ごはんと、明日の朝と昼のぶんまで作っている。

 僕の中では、もう当たり前の「凛さん用ルーティン」だった。


 そんな中、部屋の方からは凛さんの楽しそうな声が聞こえてくる。

 ヘッドホンをしてパソコンに向かっている横顔は、いつもよりずっとにこやかで――なんというか、やっと“人間らしい顔”をしていた。


「ジャイロ・クリーヴァーはだな、いわゆる“ジャイロ効果”を応用した巨斧型武器でな!

 電源を入れてる間は、そのおかげでずっと軽くなるんだよ。

 ――しかしな。電源オフだと一〇〇キロ越えの鉄の塊だ。流石のあたしでも、そんなもん素で振り回すのは無理。

 電池が切れたら一瞬でただの鉄塊。使い物にならなくなるうえに、電力消費も半端ない。

 だから普段のダンジョン使いには不向き、ってわけなんだよな~」


 パソコンに向かって、ひとりで喋り続ける凛さん。今は配信中だ。

 画面の隅に、同時接続数とチャット欄。小さく鳴る通知音。たまに「チャリン」とスパチャの音が混じって、凛さんの口角がわずかに上がる。


 今までの凛さんは、ダンジョン配信しかしていなかったらしい。

 だからこの前、僕はアドバイスしたのだ。


 ――せっかくいろいろ知識があるんだから、雑談配信でそういう話をしたら人気出るんじゃない? って。


 そしたら大成功。

 すっごくニッチで学術的で、僕じゃ理解できないような頭のいい話だから、幅広い層に刺さるわけじゃない。

 でも、刺さるところには刺さる。深く、鋭く。


 同時接続数は一〇〇人ちょっと。前までと比べれば、とんでもない成長だ。


(少しずつ成長していくのを見てると……なんだか我が子のようで、チャンネルに愛着湧いてくるんだよな)


 楽しそうな凛さんを見ていると、僕の頬も緩む。

 朝から論文執筆で、凛さんはずっと難しい顔をしていたから。


(……あ、凛さんって卵焼き、甘いのとしょっぱいの、どっちが好きなんだっけ)


 聞きたい。

 でも、配信の邪魔をするのも申し訳ない。


 どうしようか悩んだ末、僕は音を立てないように静かに近づいた。

 凛さんは画面に集中していて、こちらに気づく気配がない。だから――そのまま耳元へ顔を寄せる。


「あの~……凛さん」


「きゃっ!?」


 凛さんの体がビクンと跳ねる。

 同時に、普段の凛さんからは想像もできないような――高くて、可愛らしい声が飛び出した。


 振り返った凛さんの頬が、みるみる赤くなる。


『なに今のかわいい声? 乙女じゃん』

『マジ!? 今の声、魔王姐さん!?』

『反応可愛すぎんだろ!!』

『女神ちゃんの乱入キタ~~!!』


 僕と凛さんの視線が、ゆっくり画面へ移る。

 チャット欄の流れが急激に速度を増して、画面いっぱいに「かわいい」が洪水みたいに流れていく。


 凛さんは必死で平静を装おうとしているのに、顔が真っ赤で、額に汗が滲んでいた。


「ご、ごめんなさい! 卵焼きの味付け、甘いのとしょっぱいのどっちがいいか、聞きたくて……! その、えっと……恥ずかしがらなくていいですよ! とってもかわいかったですし! ほら、スパチャも来てます、よ~」


 フォローのつもりが、逆効果。

 チャット欄がさらに加速していく。


 凛さんははにかむように一瞬だけ目を逸らし、また画面に向き直った。

 そして、取り繕うみたいに、咳払いを一つ。


「べ、別に恥ずかしがってないが。全然……余裕……っていうか、わざとだが。

 このあたしが、素であんな声出すわけないだろ。スパチャを促す……その……作戦っていうか……」


 声がだんだん小さくなっていく。

 最後にはうつむいて、もごもご。


「……卵焼きは、甘いのでお願い……」


「いやいや! こんな凛さん初めて見たんだけど!? 可愛すぎないか?」

(そうですよね! 凛さんが素であんな声出すわけないですもんね!)


「心の声と口に出てる発言が逆だ!!」


 赤面しながらツッコミを入れてくる凛さん。

 いつも僕がいじられる側だから、なんか新鮮で――少しだけ優越感がある。


『ちょっと待て!? ていうか女神ちゃんと魔王姐さん、同居してんの?』

『俺の女神ちゃんを返せ! この魔王!!』


 そして、僕が来た瞬間――というより、僕が配信に映った瞬間。

 同時接続が、目に見えて跳ね上がった。


 一気に倍以上。

 自分でも、自分の“客寄せパンダ”としての才能に驚く。


「ハ、ハハハ!! 残念だったな。祈里はあたしのだ。お前らにはやらん」


 凛さんの腕が僕の腰に回ったかと思うと、そのまま持ち上げられた。

 軽々。ほんとに軽々。

 そして僕は、子どもみたいに凛さんの膝の上に乗せられる。


「ちょ!? 凛さん、配信中ですよ! 恥ずかしいですって!!」


 凛さんは止める気がない。

 むしろ、さっきの仕返しみたいに、ぎゅーっと抱きしめる腕に力が入った。


 僕の髪の中に、凛さんが顔をうずめてくる。


『うらやまけしからん!! 魔王そこを変われ!!』

『……これはこれでありか』

『どういう関係なんだ! 説明しろ!!』


「どういう関係って……見た通りだよ。どうだ、羨ましいだろう」


 凛さんの声はまだ少し揺れていた。

 でも、抱きしめる力だけは強い。


 僕はもがいた。

 ――でも、僕程度の力で凛さんに適うはずがない。腕はびくともしない。


 そして、僕にだけ聞こえる小さな声が、背後から落ちてきた。


「その……すまん。まだその……顔が熱くて……恥ずかしいから……」

「もうちょっと、このままでいさせてほしい」


 いつもの凛さんの堂々とした声とは対照的な、弱々しい、震える声。

 それがどうしようもなくいとおしく感じて、僕の抵抗する気持ちはすぐに溶けた。


 ――その瞬間。


『てか、女神ちゃんの家の今日のごはんなに? さっき言ってた卵焼き?』


 流れた、普通のコメント。

 僕の目はそれを逃さなかった。


 凛さんの膝の上。

 そのまま、僕は配信を引き継ぐ。


「……しょうがないなあ、もう。ちょっとだけですよ」


 マイクを手に取って、少し僕の方へ近づける。

 凛さんは顔を上げない。上げられない。

 でも、僕の後頭部に額を押し当てたまま、聞いている。


「卵焼きは明日の朝ごはんだよ。今日の晩ごはんは肉じゃがと焼き魚。あと――」

「そこ、これ以上凛さんをいじめるようなチャットは書かない。……っていうか、せっかく僕が来たんだから、僕と喋ってよ」


 わざと頬をぷくっと膨らませ、ジトッと上目遣いでカメラを睨む。

 次の瞬間、チャットの流れが一気に変わり出した。


『あざとすぎんだろ……にやけちまう自分が悔しい』

『女神ちゃん、なんだかんだ魔王姐さんより頼りになりそうだよな~』

『飯テロ助かる。肉じゃが最強』

『卵焼き甘い派か……わかる(握手)』


 自分でも、あざとい言い方だった自覚はある。多少の羞恥心もある。

 でも、喜んでくれるなら悪い気はしない。


「ああ、真面目な話はちょっと休憩ね。少ししたら凛さん復活するから、そこから再開」

「真面目な話をしたい人は、それまでごめんね。申し訳ないけど、僕のお話に付き合ってくれたら嬉しいな」


 僕は笑って、少しだけ声を明るくする。


「最近ダンジョンに潜るようになって、いろんなこと知ったから! 知識がある人に、もっといろんなこと教えてもらいたいんだ!」


 残念ながら、僕には凛さんみたいな科学の知識も、武器の知識もない。

 さっきまで凛さんの超ニッチな武器トークを聞いていた、コアなダンジョン好きの人たちを楽しませられるのか、不安で眉が下がる。


 ――けれど、反応は案外、優しかった。


『構わないでやんす! なんなら分からないことは全部教えてあげるでやんす!!』

『配信を前から見てるが、君の前のめりの姿勢は好きだ』

『チャット欄埋め尽くすかもだけど許してね!』

『魔王姐さん、今、照れて静かになってるの草』


 このチャンネルの人たちは、優しい。

 ほんとうに、優しい。


 そして凛さんが立ち直るまでの、なんと三十分間。

 僕は凛さんの膝の上で、雑談配信をやりきった。


 配信が終わったあと。

 凛さんはようやく顔を上げ、まだ少し赤いまま、ぼそっと言った。


「……祈里。今日は……ありがと」


 僕は笑って、キッチンの方へ戻る。

 なんだかんだ、いじりすぎて凛さんに後ろめたい気持ちもあったから、夕飯には凛さんの大好きなプリンも追加してあげた。


 たったそれだけのことで、凛さんがまた少し笑った。

 ――その笑顔が、今日の一番の“配信映え”だった。

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