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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第二章:女神ちゃん、合宿に行く

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第30話:上着の匂いと、合宿のお願い

 それから、二人で校舎の明かりの方へ戻り、靴箱の前まで来た。

 けれど、鏑木さんの姿はない。まだ来ていないらしい。


「……あの、鈴木君。今日は、本当に……ありがとう。また、今度」


「うん。また、あしたね」


 熊谷さんは小さく頷いて、それから何度も振り返りそうになりながら、先に帰っていった。

 僕は下駄箱の前に残って、鏑木さんを待つことにした。


「お昼はあんなに暑かったのに……夜は冷えるなあ……さぶい」


 待ち合わせ場所も決めていなかったから、ここが一番分かりやすいと思った。

 時々足音が聞こえてきて、そのたびに反応してしまうけど、全部別人。どんどん他の部活の生徒たちが帰っていく中、鏑木さんだけが来ない。


(帰ったらすぐご飯作らないとな。香苗に怒られる……)


 さっきまで熊谷さんと二人だったせいか、急に一人ぼっちが寂しく感じる。

 セーラー服の上から羽織った上着の袖を伸ばして、萌え袖にしてみる。


(あ、なんか我ながら……これ、かわいいかも……)


 前まではピッタリサイズだったのに、今はがっつりオーバーサイズだ。

 下駄箱前の大きな鏡の前でポーズを取っては、自分の小ささに驚かされる。


 気づけば午後八時。

 さっき警備員さんに「早く帰れ」と怒られたところだ。もう部活の生徒はほぼ帰ったのに、鏑木さんは来ない。


(もしかして……僕を置いて先に――)


「ごめんずっきー!!」


 廊下から声が響いた。

 たったったっと軽い足音。廊下の奥から鏑木さんが走ってくるのが見えた。僕の前で止まり、肩で息をしている。


「だ、大丈夫! 別に待ってないから、落ち着いて!」


「ぜぇ……はぁ……いや、それ無理あるって。逆にこんな時間まで残ってる方が心配になるって」


 それもそうだ。


 少しすると、彼女の息はすぐ整った。流石は運動部。


「コラ~、そこの二人、早く下校しなさーい」


 警備員さんが睨んでいる。


「とりあえず、外、出よっか」


 僕らは小さく頭を下げて、慌てて外へ出た。


 二人だけの暗い下校道。

 どこかデジャブがあって、少し背筋が冷える。僕と鏑木さんの足音だけが、夜の道に小さく響く。


 鏑木さんから、どこか華やかなミントの香りがした。

 たぶん部活で使う、あのペーパータオルの匂いだ。汗を拭くたびに、すっと鼻に抜けるやつ。


「その……ごめんね。まさかこんな時間まで残ってると思わなかったよ」


「流石に約束したんだし、帰れないよ」


 そう言うと、鏑木さんは小さく笑った。呆れたのか、喜んでくれたのか。

 ……たぶん、どっちもだ。


「真面目だよね、ずっきーは」


 ほっとしていると、突然、鏑木さんが立ち止まった。


「へくちっ!」


 くしゃみ。

 彼女はセーラー服の上からジャンパーを着ているのに、寒そうに腕をさすっている。


「寒がりだって言ってたもんね……はい、これ」


 僕は自分の上着を差し出した。

 鏑木さんは一瞬困惑したように、僕の手元を見る。


「そしたら、ずっきーが寒いんじゃない?」


「ううん。僕、暑がりだから。着てくれると助かるな」


 少しのためらいのあと、鏑木さんは僕の上着を羽織ってくれた。

 肩に落ち着いた瞬間、彼女は袖口を鼻先に近づけて――ふっと小さく息を吸う。


「……ずっきーの匂い、する」


「え?」


 耳元に落ちたみたいな小声。

 聞き返したら、鏑木さんはハッとした顔で僕から視線を逸らし、頬を染めた。


「ち、違っ……変な意味じゃなくて! その……安心するっていうか……!」


「う、うん……」


 僕も僕で、心臓が一回だけ変な跳ね方をした。


「ごめんね。その生地、ぺらぺらだから、あんまり温かくないかも」


「……あったかいよ。すっごく……」


 温かみを噛みしめるみたいに、彼女は袖口をきゅっと掴んだ。

 ……温かいなら、何よりだ。


 そこで、大事なことを思い出した。

 僕が鏑木さんを待っていた、一番の理由。


「ところで、話っていうのは?」


「あっ……!」


 鏑木さんは思い出したみたいに、慌てて僕の手を両手でぎゅっと掴んだ。

 いきなりでびっくりして、体が固まる。


「な、なに……?」


「お願い。今週末から、うちのテニス部、春合宿があるんだけど……マネージャーとしてついて来てくれないかな?」


「ま、マネージャー?」


「うちの部活、今年マネージャーが一人もいなくてさ……旅費とかは部活から出すから! お願い!!」


 手を掴んだまま、深々と頭を下げた。

 ぷるぷる手が震えている。なんだか、告白みたいで少しドキッとしてしまう。


「……いいよ」


 そう言った瞬間、鏑木さんの顔がぱっと明るくなる。


「いいの!? ほんとに!?」


「いいよ。お手伝いできることがあるなら」


「ありがとう!! ずっきー大好き!!」


 掴んでいた手をぐいっと引かれて、僕は鏑木さんの胸の中に引き込まれる。

 全身全霊でぎゅーっと抱きつかれて――凛さんを思い出すなあ、なんて、ぼんやり思った。


 しかし次の瞬間。

 鏑木さんの体がびくっと跳ねて、腕から力が抜けた。


「……っ!」


 勢いよく離れる。手も離れている。

 顔が赤い。……嬉しさだけじゃない赤さだ。


「え、いや、その……本当にありがとうね、ずっきー」


 帰り道で、マネージャーの仕事内容も聞いた。

 どうやら宿泊先の女将さんが腕を骨折してしまっていて、どうしても料理ができるマネージャーが必要だったらしい。


 しかもゴールデンウィークの時期。参加したがる変わり者はいない。

 部員たちで練習時間を削って料理をするしかないか……と悩んでいたところだったそうだ。スポドリ作りや雑務もあるけど、練習に参加する必要はないらしい。


(それが一番安心だ……運動、苦手だし)


「それじゃ、後のことは追って連絡するから」


「うん、分かった。それより……もっと家の近くまで送らなくて大丈夫?」


「……ぷう」


 鏑木さんが口を膨らませた。


「正直、今でもわたしとしては、ずっきーの方が心配なんだよ……ここから家まで遠いでしょ」


 目線を合わせるように、彼女はしゃがんだ。


「大丈夫だよ」


「大丈夫じゃない! だってこんなにかわいいんだから、不審者に変なことされたらどうするの!」


 ほっぺをむにっと摘まれて伸ばされる。

 反論しようとしても、情けない声しか出ない。


「もう……気を付けて帰ってね」


「分かってるよ。それじゃ、また明日」


「うん、また明日ね」


 鏑木さんは最後に振り返り、笑顔で軽く手を振ると、そのまま走っていってしまった。


「……あ。上着、貸したままだ」


 僕の大事なものを奪っていった人の背中を見送りながら、思わず小さく笑う。


 そして家に帰ってからは、案の定、妹にめちゃくちゃ怒られた。

 理由は、帰るのが遅くなったからでも、服を忘れてきたからでも、その間に妹がご飯を作ってくれていたからでもない。


 ――遅れる旨の連絡を忘れていたからだ。


 僕に残された選択は、無言の土下座しかなかったのだ。

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