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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第一章:女神ちゃんになっちゃいました

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番外編01:お兄ちゃんのお風呂事情

 どうも初めまして。私は鈴木香苗すずきかなえ、祈里お兄ちゃんの妹です。

 今回だけは、私の視点での物語になります。本編とは一切関係がないので、悪しからず。


 トン、トン。

 包丁がまな板を叩く音が、午後六時のキッチンに心地よく響く。換気扇が低く唸り、煮物の湯気が白く天井へ抜けていく。出汁と味噌の匂いが混ざって、家の中だけがあたたかい。


 料理をしていると、玄関の鍵がガチャリと回る音。

 次いで、お兄ちゃんの「ただいま」が廊下に転がってきた。


「おかえりなさい!」


 それに答えるのは日課だ。


 最近、お兄ちゃんはダンジョンに行った際のギフトの影響で、私よりも小さい女の子になってしまった。

 その健康診断も含めて大学の研究室に連日通っているらしく、帰りは今までよりもずっと遅い。


 それでも、お兄ちゃんが楽しそうで、私はなによりだ。もちろん夜遅くに帰ってくるのは心配。

 ――でも、前みたいに暗い顔ばかりしていないのが、嬉しい。


「香苗、今日の晩御飯は?」


 キッチンの入口に立つお兄ちゃんは、前までより目線がずっと低い。

 まるで私に妹ができたみたいで、少し嬉しい反面、寂しさもある。


「斬り昆布の煮物と、厚揚げとおナスの味噌炒め。切り干し大根にピーマンの肉詰め、あとはおネギのお味噌汁です」


 お兄ちゃんは「今日も豪華だ……」と小さく笑って、肩の力を抜いた。

 せっかく買ったセーラー服もすでにボロボロで、そこだけはやっぱり心配になる。


「もうちょっとかかるので、先にお風呂入っちゃってください」


「うん、ありがとう。そうさせてもらうよ」


 そして、最近の私の最大の悩み。

 それは――お兄ちゃんのお風呂の時間。


 今までは入ったらすぐに出てきていたのに、最近は一時間近く入っていることもざらだ。

 女の子になって髪も長くなったから、仕方ない部分もあるんだろうけど……それでも長いと、心配になる。


「……というわけで」


 私はスマートフォンを取り出した。


 お兄ちゃんが帰ってくる前に、お風呂と脱衣所の計二か所に隠しカメラを設置したのです。


「……コホン」


 いえ、間違えました。

 せっかく買ったカメラをお風呂で紛失してしまったのです。実に悲しいです。


 ともかく、カメラをオン。


 パッと画面が明るくなり、その先の景色が露になる。まず見えるのは脱衣所。ちょうど、お洋服を抱えたお兄ちゃんが入ってきたところだった。


「……ふう。今日も疲れたぁ……まきまき、授業の手伝いも押し付けてくるんだもんなぁ……大学生に頭撫でられるわ、鞄に詰め込まれそうになるわで、大変なんだよなぁ……」


「……鞄に詰め込まれそうになるって、お兄ちゃん、大学で何やってるんですか!?」


 もちろんマイクも設置……コホン……紛失済みで音声もスマホに入ってきます。

 どうも最近のお兄ちゃんは大学の先生のお手伝いもしているそうで、お疲れ気味のようです。


 お兄ちゃんはするすると服を脱いで、乱雑に脱いだ服を洗濯機に放り込んで、浴室へ。


 ……カシャリ。


 手が滑ってスクショしてしまいました。これは後で消します。


 浴室に入って、すぐにシャワー。

 椅子に腰かける真っ白な背中はとても小さく、弱々しく見えてしまう。……ただ、どこか神々しくも見えて、まるで女神さまが水浴びしてるみたい。


「浴室のカメラ……買い替えて正解でしたね……」


 シャアアア。

 最初は足に水をかけて、少し経つと体へ、そして首から頭へ。


 カシャリ……カシャリ……カシャリ……


 湿った白髪が光を反射して、きらきら輝いている。

 順調に髪を洗って、身体を洗って――変わらず、いつも通りのお風呂姿。


「……考えすぎでしたかね」


 そう思った、そのとき。

 お兄ちゃんの動きに変化があった。


 シャワーを止めたかと思うと、じっと自分の体に視線を落としている。


「ヤバいです! スクショスクショ!! スクショの準備!!」


 そしてペタペタと自身の体を触って、感触を確かめている。


「……傷……なし。最近、ギフトの調子悪いからな。しっかり治ってるかだけ見ておか……ない……と」


 しかしお兄ちゃんは何かを始めることもなく、ただ腕や足を舐めるように眺めているだけ。

 独り言ちているようだけど、音声もくぐもってよく聞こえない。


「なぁんだ……てっきりシャワーを使って致しているのかと……ざんねん……」


 そこで、お兄ちゃんの動きがぴたりと止まった。

 そして、ゆっくりと口が動く。


「そろそろでしょうか……香苗! 後ろ!!」


 突然、お兄ちゃんが大きな声を出す。もちろん浴室からここまで声が届くはずもなく、聞こえてくるのはスマホの中からだけ。


「……なんですかね。もしかしてボディソープ切れちゃいました?」


 浴室で叫んだって聞こえるはずもないのに。


「フフフ……しょうがないお兄ちゃんです。助けて……あげ……ま……」


「誰がしょうがないお兄ちゃんだって?」


「ヘアフッ!?」


 身体が固まる。動けない。

 だって、振り返ったらそこに、画面の中にいるはずのお兄ちゃんが立っていたんですから。なんで!? おかしい! まだ画面の中ではお風呂に……!


「浴室に一つ、脱衣所に一つ……あと浴室窓に一台……だろ?」


「ヒアフ!?」


 どうして全部のカメラの位置がバレてるんですか!? おかしいです! どう考えても!!


「どうしてカメラの位置が分かるのか……って顔だな?」


「人の心の中の声を聞かないでください!!」


 お兄ちゃんは何故だか、私の心の中が全部読めてしまう。

 まさかカメラの位置も、私の心を読んだということですか。


「あのな……レンズの反射光で案外わかるんだよ……」


「あ~……反射光……それじゃあ次からは!」


「もうやめなさい!!」


 この後、食事を囲みながら、私はお兄ちゃんからこっぴどく怒られました。

 さすがに、前に「もう二度目はない」と言われた件もあるせいか、今回は凄かったです。


 せっかく私は、女の子の体に変わって何もわからず、もんもんと湧いてくる欲求に悩むお兄ちゃんを、少しでも楽にしてあげようと思ったのに。酷いです。


 でも私は諦めません。

 次は、次こそは――怒られない範囲で、もっと上手に見守ろうと、心に決めたのです。


    ◆


「……今日は結構、収穫できましたからね……一週間は持ちそうです……」


 私は一人、暗い自室でパソコンの前に座っていた。

 部屋の灯りは消してある。モニターの青白い光だけが机の端と指先を照らし、静かなファンの回転音が妙に耳につく。


 画面に並ぶのは、今日の写真と録画データ――の、はずだった。


「さ~て、今日はどれ……を……」


 クリックしかけて、固まる。


「……ない!?」


 フォルダの中身が、空っぽだった。

 今日の分だけじゃない。過去のデータまで、綺麗さっぱり消えている。


「ど、どうして!? えっ、嘘……」

「う……そ。これまでの……私の頑張りが……」


 血の気が引く。

 心臓が、遅れてどくんと鳴った。


 ――けれど。


 なぜだか、フォルダの中にひとつだけファイルが残っている。

 文書ファイルだ。


 嫌な予感を抱えたまま、恐る恐る開く。


『盗撮、ダメ。絶対。

 ――ジンバルンより』


「誰ですかジンバルンって!!!!!!」


 私は椅子から半分浮きかけて叫んだ。

 机の上のマウスが、小さく跳ねる。


 私の戦争は、まだ始まったばかりだ。

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