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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第一章:女神ちゃんになっちゃいました

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第23話:そういうところだよ……鈴木君

 紙袋が擦れる音が、二人分重なってしゃりしゃり鳴る。

 歩幅が合う。肩が、触れそうで触れない。

 ただ時々、風で袋が揺れて、指先だけがかすめる。


 そのたびに、胸がちょっとだけ跳ねる。


「あのさ……鏑木さん」


「ん?」


 振り向いた鏑木さんの顔は、モールの明かりから少し遠ざかったせいで、昼より柔らかく見えた。赤茶の髪が街灯の光を拾って、ほんのり金色に透ける。


「今日は……ありがとう。その、すごく楽しかった」


「ふふっ。そっか。なら良かった」


 笑い方が、いつもの“元気!”じゃなくて、少しだけ静かだ。

 その静けさが、なんだかずるい。僕の声まで小さくなる。


「次はさ、ずっきーから誘ってよ!」


「ぼ、僕から!? ……でも僕、誰かと遊んだこと、あんまりないから……」


「違うの。何やるかじゃなくて、とりあえず誘ってほしいの!」


 鏑木さんは僕の前へ回り込むと、そのまま後ろ歩きで僕の顔を覗き込んだ。

 距離が近い。近いと、目を逸らしたくなる。でも逸らしたら負けな気がして、僕は頑張って見返す。


「なにやるか、なんてそのとき一緒に決めればいいじゃん。今回だって、特段何も考えずにずっきー呼んだのが発端だし」


 にこり。いつもの明るい笑顔が花開く。


「やりたいことがあって、ずっきーを呼んだんじゃなくて。ずっきーと遊びたいから、ずっきーとできることしたんだもん」


 ……胸のあたりが、きゅっとした。

 そんなの、反則だ。僕はそういうのに慣れてない。


「……うん。分かった。次は僕が鏑木さんを誘うね」


「……」


 鏑木さんが、むっとした顔で口を尖らせる。


日香里(ひかり)ちゃんと志暖(しのん)ちゃんは名前なのに……わたしは苗字なんだ……」


「え、えっと……それは、その、二人は名前しか知らないから……」


 言い訳をした瞬間、鏑木さんが、じいっと僕の目を見てくる。

 逃げ道がない目だ。まっすぐで、でもちょっとだけ揺れてる。


「……有栖(ありす)


 ぼそり。

 小さすぎる声だったのに、なぜか耳の奥にだけはっきり届いた。


「……あり、す」


 僕が反射で復唱すると、鏑木さんの耳が、ほんの少し赤くなった。

 そして――照れ隠しみたいに、ぷいっと顔を逸らして、急に走り出す。


「ちょ、ちょっと待って!」


 追いかける。けど、僕の脚じゃ追いつけない。

 視界から消えかけたとき、きい……きい……という音が、夜の静けさの中で揺れた。


 公園だ。街灯の黄色い輪の中で、鏑木さんがブランコを立ちこぎしていた。

 風で髪が揺れる。そのたび、月の光がきらっと跳ねる。


 僕も隣のブランコに座ろうとして――手を止めた。鎖が濡れている。座面も湿っていた。地面の砂がじゃりじゃりしていて、靴底にまとわりつく。


(……雨、降ってたんだ)


 鏑木さんは、前を見たまま言った。


「ずっきーってさ。誰にでも凄い優しいタイプだよね……」


 胸の奥が、ふっと重くなる言い方だった。


「もしも……あのダンジョンにいたのがわたしじゃなくて、日香里ちゃんとか志暖ちゃんでも、ずっきーは助けてあげたよね」


「……うん。助けると思う」


 僕が言うと、鏑木さんのまつ毛が揺れた。

 雫が一つ、落ちた気がした。雨の残りか、それとも――。


「それじゃあさ……もし、そこにわたし達三人がいたら。ずっきーは誰、助ける?」


「それは……」


 答えようとした、その瞬間。


「きゃっ!?」


 ブランコの頂点。足が滑る。

 鏑木さんの身体が、月を背にふわりと浮いて、落ちてくる。


 僕は濡れた地面を蹴った。


 間に合う。間に合わせる。

 腕の中に、あたたかい重みが落ちてくる。


 抱き止めた瞬間、顔が、近かった。

 呼吸の温度も、心臓の音も、分かる距離で。


「だい……じょう……ぶ?」


 声が、ひどく情けない。

 でも鏑木さんは、しばらく固まったまま僕を見つめて、ようやく小さく頷いた。


「……うん」


 それだけで、胸がほどけそうになる。


 けど、足腰が限界で。


「……ぐぬぬ」


 僕はそのまま座り込んだ。濡れた砂が冷たい。鏑木さんを抱えたまま、変な体勢になってしまって、余計に恥ずかしい。


「ご、ごめん! ずっきー!」


 鏑木さんが慌てて抜け出そうとする。


「待って! 地面濡れてるから、ゆっくり……!」


「……うん。その……意地悪なこと言って……ごめん」


 鏑木さんは慎重に立ち上がって、膝の砂を払った。

 僕も立ち上がって、服についた砂をぱんぱんと落とす。


 そして、さっきの質問に戻る。


「……僕は三人とも助けるよ。なんとしても」


 鏑木さんの表情が、少しだけ笑って、少しだけ曇る。

 その曇りが、たぶん答えなんだと思った。


「でも……」


 僕は言ってしまう。言わなくていいのに。


「鏑木さん――有栖さんの前では、ちょっとカッコつけたくなるかも。今みたいに」


 一瞬、鏑木さんの目が丸くなって。

 次の瞬間、視線がふらっと揺れて、頬がゆっくり赤くなる。


「……そっか」


 小さく笑って、でも声が震えていた。


「ありがとう」


 沈黙が、甘くて、こそばゆい。

 僕は耐えきれなくて、慌てて空を見上げる。話題、話題……。


 そこで、ぽつりと口から落ちた。


「……月、綺麗だね!」


「――っ!?」


 鏑木さんが、露骨に固まった。

 耳まで赤い。いや、顔全体が真っ赤だ。


「え、えっ……それ、今……そういう……!? いや、その……まだ……! もうちょっと……心の準備っていうか……!」


「え!? ごめん、僕なんかまずいこと言った!?」


「……もう」


 鏑木さんはジト目で僕を見て、わざとらしく大きくため息をつく。


「……そういうところだよ……鈴木君」


「なんで急に苗字!?」


「さあ、知りませーん。なんで怒られたか、明日までに考えといてください」


 そう言って、鏑木さんは先に歩き出した。

 ……なのに、歩き出した背中が、さっきよりほんの少しだけ軽い。


「待って! 置いてかないで!」


 僕は慌てて追いかける。


 帰り道、ほとんど無言だった。

 でも――鏑木さんの機嫌は、明らかに良くなっていた。


 女の子になったけど、それでも女心は分からない。

 ……いや、たぶん。分からないままの方が、今はいい。

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