第22話:高身長にはピンクのふりふりを
そして、現在に至る。
「ほんと! すみませんでしたぁ!!」
僕は、ショッピングモールの真ん中で土下座をしていた。つるつるに磨かれた床が冷たくて、額がやけに滑る。通りすがりの買い物客が「なにあれ」と視線を投げていくのが、刺さる。
目の前に立っているのは四人。言わずもがな、凛さん、鏑木さん、志暖さん、日香里さん。
僕は昨日、志暖さんたちと遊ぶ約束を取り付けていたにも関わらず、そのことをすっかり忘れて、凛さんとも買い物の約束を取り付けてしまったのだ。いわゆる――二重予約。完全に僕が悪い。
「もう、いいよ。ずっきー、ほら頭上げて?」
「は、はひ……」
鏑木さんが、優しく僕の手を取って引っ張り上げる。体が軽い。……じゃなくて、鏑木さんが気遣いの化身すぎる。
「それに、ファッション勝負とか楽しそうだし。美人が一人増えて、あーしは逆に嬉しいかも」
「こらこら~。人を実験台みたく言わんの~」
志暖さんが笑い、日香里さんも「それな~!」と楽しそうに相槌を打つ。怒っているというより、面白がっている。救われる。
「というか……いいのかい、あたしが混ざって?」
女子高生の集団の中に、ぽつんと巨木――もとい凛さんが立っている。どこか気まずそうに、でも断れない顔で苦笑いを浮かべながら。
「任せてください! 世界で一番かわいくして見せます!!」
「そ、そうか……期待してるよ」
志暖さんが凛さんの手をぎゅっと掴む。凛さんの返事、半分聞こえてない。志暖さんの勢いが強すぎる。
そして流れるように、我らがユニ黒をスルーして、上の階へとエスカレーターで向かっていく。ガラス越しに見える吹き抜けは明るくて、あちこちから香水や甘いクレープの匂いが流れてくる。靴音と、店内BGMと、子どものはしゃぐ声が混ざり合って、頭が少しふわふわする。
「鏑木さん! ユニ黒過ぎちゃったよ!」
「そりゃあそうだよ。確かにユニ黒もいいお洋服たくさんあるけど。今日は別のお店だからね」
さらっと言われた。僕の安全地帯を、当然のように通過するな。
ショッピングモール最上階、四階に到達。視界いっぱいに、ガラスのショーケース、マネキン、白いスポットライト。店員さんの笑顔が眩しくて、僕みたいな陰キャは干からびそうだ。
ちらりと、他二人に挟まれる凛さんを見る。凛さんも、ぽけーっと固まっている。仲間だ。
「それじゃあ……あのお店からいってみよ!!」
そこから先、僕と凛さんは様々なお店で服を着せられ、完全におもちゃにされていた。
試着室のカーテンが開くたび、鏡の前で「違う違う!」「それだ!」とわいわい声が飛ぶ。柔らかい布が腕を通るたび、知らない自分の姿が増えていく。
何故だか凛さんは、やけにかわいくふりふりしたものを着せられていた。凛さんはポーカーフェイスでごまかそうとしているけれど、ほんのり頬が赤い。下からでも分かるくらい、首元まで赤い。
三人が次の服を探しに散ったタイミングを見計らって、僕は凛さんにそっと声をかけた。
「あの……ごめんなさい、凛さん。こんなことになっちゃって……」
「えっ。いや……あたしは構わない……というか……年甲斐もなく、楽しんでしまってる」
驚いた。凛さんの表情は確かに恥ずかしそうに赤いのに、口元には笑みがにじんでいる。隠しきれてない。
「凛さん、あんまりこういう可愛いお洋服とか、着たことないんですか?」
「そうだな。昨日も言った通り、友達と遊ぶことも殆どなかったし……その……」
凛さんは恥ずかしそうに、僕から目を逸らした。身長差のせいで、凛さんの顔は完全に隠れてしまう。声だけが、少し小さくなる。
「あたし……デカいし……かわいい服とか……似合わないから……」
目に見えて首が赤くなるのが、下からでもよくわかる。確かに凛さんは背が高いし、スタイルもいい。そういう考えに至るのは、妥当だ。
でも――正直、僕にはそう思えなかった。
「凛さんは、かわいいですよ?」
「は、はぁ!? 何を言ってるんだ。てきとうなことを……」
「てきとうじゃないですよ!」
赤面しながら睨んでくる凛さんを、僕は下から迎え撃つみたいに睨み返す。
「確かに凛さん、スタイル良くてかっこいいですけど。それと同じくらい……なんならそれ以上に、可愛らしいです」
凛さんの顔、実は結構童顔で、真面目な表情ほど可愛いのだ。自身を持って言える。
「一緒に寝てた時も、凛さんの寝顔が妹に似てて、昔を思い出しちゃいましたもん」
「な、なにを馬鹿なことを。妹さんは……その、小さくてかわいいだろう……」
「かわいさに大小関係ないと思いますけど?」
小型犬はかわいい。でも、大型犬だって同じくらい……いや、それ以上にかわいいまである。理論的に。
そこまで言う前に、凛さんは顔が赤くなった末、ボンと爆発したみたいに目を逸らしてしまった。
こんな凛さんを見るのは初めてで、内心ビックリしている。けど、そんな一面が知れて、嬉しかった。
(……一緒に回ろうって言ってくれた鏑木さんに感謝だな)
そんなこんなで時間は過ぎていく。
それと比例して、手荷物の量が倍に、さらに倍に増えていく。紙袋が擦れる音が、僕の両手で小さな嵐みたいになっていた。
お会計は凛さんが纏めてカードで払ってくれている。
「あの……凛さん。お金、大丈夫なんですか? 結構使ってると思いますけど……」
一番にくるのが、お金の心配だ。正直、凛さんの生活を見ていると、余裕があるようには見えない。無理しているんじゃないか、と。
「……これは君のお金でもあるんだぞ」
そう言って、凛さんはスマホを取り出して僕に見せてきた。画面に表示されているのは、凛さんのYouTubeチャンネル。
「え!? これっ……」
チャンネル登録者を見て、驚愕する。ほんの数週間前まで、数人程度しかいなかったのに。
「二万……三千人……」
配信アーカイブも、切り抜きも、再生数が桁違いだ。さらに、最初のドラゴン戦の切り抜きは――百万再生越え。
「すまない。なんだかんだで伝え忘れていたな。君が入ってから、こっちの方はうなぎ登りでな。ちょーっとまきまきを怒らせそうだけど、君が一人で行った放課後監獄の動画なんて、そりゃあもう再生数がえげつないことに……」
一瞬、凛さんがにやにやとした銭ゲバ顔になりかける。だが即座に首を振って、顔を戻した。
「いや、すまん。あそこまで君を危険な目に遭わせて、この態度は無いな。すまな……」
凛さんが真面目に謝ろうとした、その瞬間。
収益化後の振り込み額が、僕の目に入る。有に百万円を超えている。
いや、喜んだらだめだ。まきまきに怒られたばかり――なのに。
「でへへ……お金……たくしゃん……」
「ちょ、祈里! 戻ってこい! 君はこっち側に来ちゃだめだ!!」
凛さんが慌ててスマホをしまう。遅い。僕の脳内は、もう金の海だ。
「億万長者……将来安泰……不労所得げっへっへ……」
「落ち着け祈里!! 億なんて夢のまた夢だ!! まだせいぜい百万だ!!」
肩をゆさゆさ揺さぶられて、なんとか現世に戻る。
「どったん、二人とも?」
とことこと近づいてきたのは志暖さん。手には可愛らしいピンク色のふりふりの服。サイズ的に、どう考えても凛さん用だ。
「こ、これを……か」
凛さんは恥ずかしそうにしつつ、でも口元がちょっとだけ緩んでいる。楽しんでる。よかった。
「ずっきー! ちょっと、来て~」
「はいはーい」
鏑木さんに呼ばれて僕も出動。凛さんとは対照的に、僕に選ばれるのはシンプルだったり、かっこよかったりするものが多い。正直、ふりふりを回避できて安堵していた――が。
「ねえ~。ずっき~これ着て~」
日香里さんが抱えてきたのは、赤いふりふりのお洋服だった。
……やっぱり来た。
そこから先も、服だけでなく、メイク用品店、雑貨屋、アクセ屋――様々なお店に連れ回され。気づけば外は真っ暗になってしまっていた。モールのガラス窓の向こう、夜の街がネオンに滲んでいる。
「……そろそろ帰らない? 時間も時間だし」
時刻は午後七時。僕の一声で、今日は解散になった。
帰り道の方角が同じで、僕は鏑木さんと一緒に帰ることになった。




