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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第一章:女神ちゃんになっちゃいました

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第21話:まきまきとの約束

 鏑木さんたちと別れた僕は、急いで校門へと向かった。

 廊下を縫うように走り、階段を駆け下り、下駄箱へ――息が切れる。


 こんなに焦っている理由は一つ。凛さんを待たせているからだ。

 正確には、凛さんをあまり長く校門に置くと、女子が寄ってたかって絡みだして、確実に面倒なことになる。


 ……そして。


 下駄箱を出た瞬間、嫌な予感が当たった。


 校門の前に女子たちが固まっていて、中心をぐるりと囲んでいる。

 囲まれている人物は、遠目でも分かる。頭ひとつ抜けて高い――凛さんだった。


「なあ、あの人、鈴木のなんなんだ?」


 いきなり後ろから声をかけられて、肩が跳ねた。

 同じクラスの男子だ。名前は覚えてないけど、顔は覚えている。運動着姿で、汗の匂いがした。


「……仕事仲間……になるのかな」


「なんだよそれ、あいまいだな~。女子、ずっとその話で持ちきりだぜ」


 彼は羨ましそうに凛さんの方を見ている。

 ……まあ分かる。僕も元男子だし、あれだけ女子に囲まれて平然としていられる凛さんは、正直ちょっと羨ましい。


「ま、いいや! 俺部活だからさ! じゃな!!」


「あ、うん。じゃあね」


 彼はそのまま運動場へ走っていった。


 ……高校に入ってから初めてかもしれない。

 あんなふらっと話しかけられるなんて。もちろん鏑木さんは除くけど。


「……なんか、いいな。こういうの」


 あんまり話したことのない相手に話しかけられるだけで、こんなに嬉しいんだな――と、思ってしまった。

 でも今は、それどころじゃない。


 僕が凛さんの方を見ると、ちょうど凛さんもこちらに気づいたらしく、小さく手を振ってくれた。

 もちろん凛さん基準の“小さく”なので、めちゃくちゃ目立つ。


「……目立ちたくないけど……まあ、いいか」


 僕も小さく手を振り返す。

 すると、その瞬間。


「きゃーーっ!!」


 凛さんを囲んでいた女子たちが、歓声を上げた。


 すごすぎる。凛さん、カリスマの塊みたいだ。

 ……逆に、なんで今までYouTubeチャンネル伸びなかったんだろ。


 僕が近づくと、女子たちは潮が引くみたいにさっと道を空けた。

 視線が痛い。恥ずかしい。


「えと……学校、終わりました」


「ああ。だから迎えに来た。お疲れ」


 凛さんは当然のように言って、バイクのサイドバッグを顎で示した。


「鞄とか荷物はそこに入れてくれ」


「は、はい……」


 みんなに見られながら荷物を押し込む。

 そこでふと、疑問が湧いた。


「あれ……そういえば、学校が終わる時間、伝えてましたっけ?」


 どの学校もだいたい同じだろうし、調べれば分かるだろうけど。

 でも、凛さんはさらっと言う。


「いいや。祈里のスマホの音声、こっちでも聞こえるようにしてあるから。終礼のチャイムが鳴ったタイミングで家を出た」


「……え」


 その言い方。

 ここでようやく僕は思い出す。


 そうだ。ジンバルン経由で、僕のスマホの音声とカメラ映像は、凛さんに筒抜け――


 そして、その話を女子に囲まれている状況で言えば、どうなるか。


「え!? うっそ!! 二人、そこまでの関係なの!?」


「すごいだろ? ジンバルンっていうAI経由で、カメラの映像も全部、あたしの端末で見れるんだ」


 言いやがった、この人!


 凛さんは“自分の発明”の説明スイッチが入ってしまい、機能だの仕様だのを楽しそうに語りはじめる。

 女子たちの反応はさらにエスカレートした。


「……それって……束縛……?」

「きっと裏では、あんなことやそんなことを……」

「たしかに~、鈴木くん、うぶそうだし……」

「え!? ちょ、それ……調教とか!?」

「いいな~! わたしもお姉さんみたいなイケメンに束縛されて~!」


 女三人寄れば姦しい、というけれど。

 十人近く集まったら、お祭り騒ぎどころじゃない。


「り、凛さん! まきまきのこと待たせてるんですよね! 急ぎましょう!!」


 僕は急いでヘルメットを被り、バイクの後ろに跨って、運転席をポコポコ叩いてせかした。


「分かった分かった。みんなごめんね、これから用事がある。それじゃ」


 凛さんは人差し指と中指を立てて、ピッと伸ばして挨拶し――そのままバイクに跨り、エンジンをかけた。


 ……こんなキメた挨拶、凛さん以外がやったらただの痛い人だ。

 本物は違う。悔しいけど。


「……あ、あの!!」


 女子の中で、ひとりだけ声が通った。

 おさげの女の子。頬が真っ赤で、泣きそうな顔をしている。


「あの……鈴木くん……また、明日……」


「……うん! また明日!!」


 エンジン音に負けないよう、僕も声を張って手を振った。

 そのままバイクは発進。反射で凛さんの体にしがみつく。


 キュルキュル、と加速して、景色が後ろに流れていった。


「凛さん……ごめんなさい。みんな、迷惑かけちゃって……」


「迷惑だなんて。むしろ楽しかったよ」


 インカム越しの声が、少しだけ弾んでいる。


「あたし、高校の時、あんまり周りと話せなかったからさ。青春取り戻した気がした」


「えっ……凛さん、高校でも人気者だったんだろうなって思ってました」


「高校はね……その頃からダンジョン配信やってたし、忙しくて。学校では大体寝てた」


 一瞬、「自分と同じなのかも」と思ってしまった自分を殴りたい。

 凛さんはボッチじゃなくて、孤高なんだ。


「やっぱり凛さん、すごいです。高校生の頃から、そんな行動力があって」


「ん? 何言ってるんだ。それなら祈里も同じだろ」


 ……そうか。

 僕も凛さんのチャンネルとはいえ、“高校生ダンジョン配信者”側なのか。


「でも、僕は凛さんみたいに強くないですし」


「あたしだって最初は弱かったさ。まあ、タッパの分、多少は楽できたけどな」


「……そうだったんだ」


 最初から強い人なんていない。

 凛さんも、ギフトなしでここまで来るまで、どれだけ努力したんだろう。


「そんなに意外か? 最初はまきまきにボコボコにされながら教えてもらってた」


「えっ……まきまきが師匠なんですか!?」


「ああ。高校入った時、研究室に押しかけて弟子入りした」


 懐かしそうに、凛さんは軽く息を吐いた。


 その間にも景色は変わり続け、いつの間にか家も通り過ぎ、学校からずいぶん離れていた。


(……そっか。まきまきに弟子入り)


 放課後監獄で、発育しすぎた人体模型と戦って。

 僕は自分の弱さを痛感した。


 これから先、凛さん頼りでいられない。

 そして何より――僕は変わりたい。


 今度、まきまきに直接、戦い方を教えてもらえないか聞いてみよう。

 そう決めた。


 大学までの道のり、凛さんの話は尽きなかった。

 初めて二人でダンジョンに入った話。

 言われて食べたダンジョンのキノコで腹を下した話。

 大学に入ってからは学会だの研究だの――。


 気づいた頃には、大学の駐車場に着いていた。


「それで、まきまきがな――っと。この話はまた今度だな」


「ですね!」


 二人でバイクを降り、ヘルメットを片手に研究室へ向かう。


「凛さん。まきまきのこと、大好きなんですね」


「……まあな。あたしにとって、父親みたいな人だよ。あの人は」


 その横顔が、なぜだか少し寂しげに見えた。

 「まきまきは女性じゃん」と突っ込みかけて、僕は飲み込んだ。


 研究室の扉を開ける。


 ……いつものように、酒臭くない。


 まきまきは中央のテーブルに座り、インスタントコーヒーをすすっていた。

 手元にはもう一杯、手つかずのカップ。


「お疲れさまです。えっと……紅茶かコーヒー、入れましょうか?」


「……座りな」


 まきまきは椅子を軽く蹴って、僕の前に滑らせた。

 顎をしゃくって“座れ”と命じる。


 凛さんは何かを察したのか、無言で研究室を出ていった。

 二人きり。ここに初めて来た時以来だ。喉が渇く。


 僕が椅子に座ると、ようやくまきまきが口を開いた。


「あたしさ、真面目な会話は好きじゃない。だから手短に済ませるよ」


「……はい」


 声の調子が違う。

 一昨日、僕の家に来た時みたいな“仕事の顔”。


「昨日の配信。あれはどういうことかな?」


「……」


 一瞬、頭が真っ白になって固まる。

 まきまきは気を遣ったのか、手つかずのコーヒーカップを僕に差し出した。


「無断での……ダンジョン侵入。あとは配信のこと……ですか?」


「よく分かってるじゃないか。ダンジョンは原則、立ち入り禁止」


「でも……ギフトがあれば入っていいんじゃ……」


 そう言いかけた僕に、まきまきは小さく頷いた。


「……そこはあたしの説明不足だった。教育者として謝罪し、訂正する」


 まきまきはぺこりと頭を下げ、すぐに鋭い目で僕を見る。


「ギフトがあっても原則禁止だ。ミノスダンジョンは、あたしの許可証があったから――凛君はグレー、君は正規で入れた。だから今回の君は、完全に違法侵入だ」


「……ごめんなさい。正直、うすうす分かってました」


 分かっていた。

 ダメなんだろうって、理解していたのに――昨日の僕は、自分に言い聞かせてしまった。


「理解しててやる方が、よほどタチが悪い。……でも正直に言えたのは偉い」


 まきまきが近づく。

 僕の頭へ、手が伸びて――


 バッ、と反射で目を閉じて顔を背け、腕でガードしてしまった。

 次に来たのは殴打の衝撃じゃない。


 ――優しく頭を撫でる、温かさだった。


「まき……まき……?」


「怒ってるわけじゃない。心配してるんだ。……いや、ごめん。ちょっとは怒ってる」


 そこで、涙が溢れた。


 泣く場面じゃない。泣いて許される状況じゃない。

 悪いのは僕なのに――それでも止まらなかった。


「祈里君。君のやったことは、あまりに危険だ。今回は運が良かっただけで、基本はそうならない。助けられる命を助けられなくなる。君自身も危険に晒す」


「……はい……」


 その通りだ。

 神様が助けてくれたから、一条くんを助けられた。僕も生きている。

 もし助けがなければ、僕は何もできなかった。


 涙で前が滲む。

 それでも、目だけはまきまきを見た。


「それと……もう一つ」


「……?」


「君の戦い方だ」


 撫でていた手が膝に戻り、まきまきの表情が引き締まる。

 僕も袖で涙を拭って姿勢を正した。


「君は痛みを軽視している」


「……軽視、ですか?」


「ああ。異常回復を利用した、骨が折れても殴り続ける戦い方。よく考えた。感心した自分もいた。でも――ダメだ」


 理由が知りたくて、僕はまきまきの目を見る。

 まきまきは、少しだけ柔らかく笑った。


「君は優しい子だ」


「え……」


 突然の言葉に、息が詰まる。


「どうして自分が優しいのか、分かるかい?」


「……分かりません」


「君は、人一倍、痛みに怯えているからだ」


 まきまきはゆっくり言った。


「痛みは危険信号だ。自分にとっても、相手にとっても。動物が共通にもつ“止まれ”のサインなんだよ」


「……」


「殴られたら痛い。怖い。だから距離を取る。だから互いを尊重できる。痛みは、人間を人間たらしめるものでもある」


「……」


 まきまきは一度、言葉を置いた。


「もし痛みが分からなくなったら、どうなるか。一番分かりやすいのはゲームだ。遊び感覚で殴って、殺して、笑える。――それが“痛みを理解できない”末路だ」


「……っ」


 胸が冷たくなった。


 まきまきは、また僕の頭を優しく撫でる。


「あたしはね。君にそうなってほしくない。だから――分かるね?」


「……はい。自分から痛みに飛び込むような真似は……絶対、しません」


 ぎゅっと、まきまきが僕を抱きしめた。

 大人の体温が、胸に染みる。


「ああ、いい子だ。まきまきとの約束だ」


「はい……心に刻みます」


 僕が落ち着くまで、しばらくそのままだった。


 妹ができてから、両親に抱きつくことなんてなかった。

 お兄ちゃんだったから。そういう役目だったから。


 だから、こんなふうに抱きしめてもらうだけで、心が静かになることに驚いた。

 同時に、痛みを失ったら――この温かさも失うのだと、怖くなった。


「さて。落ち着いた?」


「はい。本当に……ごめんなさい。それと、ありがとうございます」


 まきまきが肩をぽん、と叩く。


「痛みが分からなくなるのが、どれだけ怖いか……実感しました」


「だろ? 一切ギフトを使うなとは言わない。でも、不用意に乱発するのはやめような」


 明るい声で言って、頭をひと撫で。手慣れている。


「じゃ、明るい話に戻ろうか!」


「はい!」


 そのタイミングで、研究室の扉がキキッと小さく開いた。


「お、終わった……か?」


 凛さんだった。外で待っていてくれたらしい。


「まったく……あたしがこういうの苦手なの、分かってるだろ。凛君」


「そんなことないです! まきまきに諭してもらえて、僕、すごく理解できました!」


 凛さんは僕の顔を見て、ほっとしたように息を吐き、扉を開けた。


「それなら良かった。ところで、今は何の話を?」


「祈里君のギフトの話を始めようと思ったとこさ。――昨日あったこと、全部聞かせて」


 まきまきがコーヒーを一口。

 凛さんは扉を閉め、机に腰かける。


 僕は全部話した。

 神様を馬鹿にして怒られたこと。

 神様――“まま”と話したこと。

 テュポーンのこと。

 事細かに、思い出せる限り。


 聞き終えたまきまきは少し唸り、ホワイトボードに書き込んだ。

 タルタロスとクロノスにはバツ。ガイアとヘラにはマル。


「……となると、ガイアかヘラのどちらかだね」


「なんでタルタロスとクロノスは違うんですか?」


「女神だったんだろ? ならタルタロスとクロノスは男神。ガイアとヘラは女神。単純にそこ」


 確かに。声も女の人だったし、一人称は“母”。間違いない。


「でも……厄介なのは、ガイアとヘラのどっちか、ですよね」


 凛さんが腕を組んだまま言う。


「そーだねぇ。普通に考えれば“母”は大地の母ガイアなんだけど……」


 二人が同時に黙り込む。

 僕だけ置物みたいになる。


 沈黙を破ったのは、まきまきの手を合わせるポンッという音だった。


「分かった。じゃあそれは、祈里君自身に調べてもらおう」


「僕……自身で?」


「女神に会ったのは君だ。細かな感覚とか、言葉にできない違和感とか――君にしか持ってない情報がある」


 それは、確かにそうだ。


「それに……強制的にダンジョンに行けない理由を作らないと、君また行くだろ?」


「……うっ」


 辛辣。反論できない。


「だから今日から二週間。大学の図書館でギリシア神話の文献を読み漁って、レポートを書くこと。題材は“僕の神様予想”。いいね?」


「分かりました。やります」


 言い切る。

 自分のことを、いつまでも人に任せていたくない。

 自分で調べるのは、正直ちょっと嬉しい。


「それと、服とか生活とか――女の子としての暮らしにも慣れな。ずっと借りっぱなしじゃ困るだろ」


「はい……そこも、ちゃんとします」


 まきまきが満足そうに頷く。


「最後に。もし“のっぴきならない理由”でダンジョンに行くなら、必ずあたしに言うこと」


「はい。……まきまきなら、なんとかしてくれるって、分かりましたから」


「よし。合格」


 まきまきはピース。凛さんも腕組みのまま頷く。


「あ、でも!? まきまき!!」


 大事なことを言い忘れていた。


「放課後監獄の屋上扉! あれ、空いてたんです!!」


 空気が、ひび割れるみたいに凍った。


「「……詳しく聞かせてもらっていいかい?」」


 凛さんとまきまきの声が、ぴったり重なった。


 僕は屋上の件も全部話した。

 最初は二人とも食い入るように聞き、メモまで取っていたが――やがて落ち着いた顔に戻る。


「……気にはなるが、それも含めて二週間後。君のレポートが仕上がってからだ」


「でも、大丈夫なんですか? 誰かに先を越されたりとか」


「絶対とは言い切れないけど……ないと思う」


 凛さんがきっぱり言った。


「ダンジョンは逃げない。だから問題ないはずだ」


 意味が分からなくて、僕はまきまきに目で助けを求める。


「分かりやすく言うとね。放課後監獄は、かなり研究され尽くしたダンジョンなんだ」


「それは分かります。ボスも倒されてるんですよね」


「そう。ルートも単純。だからこそ、“絶対に開けられない”って結論に至ったのが屋上扉。普通の手段じゃ開かない。なのに、君の時は開いてた。――じゃあ、鍵は何だと思う?」


 まきまきが“答えてみろ”という目をする。


「……鍵は、僕? それか、一緒にいた一条くん」


「おっ」


 まきまきの顔が少し明るくなる。


「一条くんに気付けたのは流石だね」


「僕一人の時は閉まってました。一条くんを助けて、一緒に行った時に開いてたので」


 だから、焦って誰かに先を越される可能性は低い。

 凛さんの“ダンジョンは逃げない”という言葉の意味が、ようやく腑に落ちた。


「というわけで、屋上扉は二週間後。成長した祈里君と凛君に任せる」


「……はい」


 凛さんも静かに頷いた。

 僕は腹の底で、ちゃんとやり切ろうと決める。


 ――そして、その日から。


 僕は図書館に籠り切り、気づけば夜の七時になっていた。


 研究室に戻ると、夜も遅いということで、凛さんが駅まで送ってくれることになった。

 昨日のことで、よほど心配をかけたのだろう。もう一度深く反省する。


「……それにしても、良かったよ。本当に」


「なにがですか?」


「まきまきってさ。嫌いっていう子、結構いるんだ」


 それが意外すぎて、言葉が止まる。

 だって、あんなに親身になって諭してくれる大人なんて、僕の周りにはいなかったから。


「普段が普段だから。真面目モードとのギャップで苦手、って子もいる」


「……僕は好きです。まきまきのこと」


 反射で口から出てしまった。


 その瞬間、視界の端の凛さんの表情が、ほんの少しだけ歪んだ気がして――思わず見る。

 でも、僕が見た時にはいつも通りの凛さんだった。


「僕の周りの大人って、放任主義っていうか……深く関わってくれる人、いなかったんです。だから、まきまきみたいな大人は……好きになっちゃいます」


「……そうか」


 凛さんは僕を見下ろし、ぽりぽりと頬をかく。


「かっこいい大人、みたいな?」


「はい。尊敬できるっていうか……こんな大人になりたいなって思います」


「……そうだよな」


 凛さんは、まるで自分が褒められたみたいに笑った。


「まきまきは、かっこいいからな!」


 そう話しているうちに駅に着いた。改札は混んでいて、ゆっくり話す余裕はない。


「ここまでで大丈夫か?」


「はい! わざわざありがとうございます!」


 深々と頭を下げる。

 そのまま顔を上げた勢いで、僕は言ってしまった。


「そうだ! さっきまきまきが言ってましたけど、明日――一緒に服、買いに行ってくれませんか?」


「服か。別に構わないが……」


 凛さんはどこか気まずそうに視線を外し、頬をぽりぽりとかく。

 僕が首を傾げると、観念したみたいに小さく言った。


「……その。あたしも洋服とかおしゃれとか、あんまり詳しくないんだ」


「大丈夫です。僕も詳しくないですし」


 勢いで言ってしまって、今さら恥ずかしくなる。

 でも――引っ込めたくはなかった。


「……ただ、凛さんと遊びたいんです!」


「……そうか」


 凛さんは少し照れたみたいに笑って、頷いた。


「分かった。明日、学校が終わったら連絡してくれ」


「連絡しなくても……凛さん、分かるでしょ」


「……悪かったよ」


 申し訳なさそうに苦笑い。


「じゃ、また明日」

「はい! また明日!」


 そう言って、僕は家に帰った。


 ――この時、僕は完全に忘れてしまっていた。

 昼、学校で鏑木さんたちと「明日遊ぶ」約束をしていたことを。

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