第20話:女神ちゃん、ギャルに遊ばれる
そして、何かを言われる前に、僕はそそくさとそこから逃げていった。
教室へ戻るころには、みんな各々の話題で持ちきりになっていて、僕のところへは来なかった。落ち着く半面、ちょっぴり寂しさもある。僕もなかなか面倒くさい人間だと自覚させられる。
そんな中、遠くの席から声をかけられる。聞き馴染みのある声――鏑木さんだ。
「お~い、ずっきー!」
そっちを見ると、鏑木さんが席に座って手を振ってる。周りには、いつも鏑木さんとつるんでいる二人。
一人は白い肌に金髪ウルフカットの白ギャル。もう一人は褐色で、長いピンク髪を下ろして、猫耳みたいに頭頂部で二つ三角にまとめた黒ギャル。
本当に偏見で申し訳ないのだが、どっちも怖い。三人そろうと、ポケモンの御三家みたいだ。
唯一にこにこと笑顔を向けて手を振るのは、鏑木さんだけ。白ギャルさんはだるそうに手元のスマホを見下ろし、黒ギャルさんはじーっとこっちを見てる。
(これ……呼ばれてる……のかな?)
「ちょっと~! なに無視してんのさ、ずっきー!!」
(呼ばれてました!!)
ギャル耐性のなさから、おどおどしながら近づく。できる限り刺激しないよう、腰を曲げて、手は胡麻をするみたいに合わせて。
「へ、へい……な、なな、なんでございましょう……」
「あは~、うける~。三下みた~い」
笑っているのか分からない。でも黒ギャルさんは、ニヤッとした目つきのまま、おっとりした声で迎えてくれた。
一瞬だけ白ギャルさんを見るが、目線はスマホのまま。怒ってはいない、と思いたい。
「そんなおどおどしないで大丈夫だよ! みんないい子だから!!」
自分のことでもないのに、鏑木さんは腰に手を当ててドヤ顔だ。
「あは~、なんで有栖が得意げな~ん?」
「わたしの自慢のベストフレンドですから!! ふふん!!」
「え~ なにそれうれしぃ~」
「愛してるぜ、日香里」
僕を置いて話が回っている。僕いらない子。消えたい。
「……あんたらさ、呼んだんなら二人で話してないで、鈴木君も話に混ぜてあげなさいよ」
目線はスマホのままなのに、白ギャルさんは僕を忘れていなかった。嬉しい。好き。
「忘れてないよ!」
「えーっと……それじゃあ、どうして僕……呼ばれたんでしょう?」
「え? ……あ~……っとね」
「なんとなくだよ~。意味いる~?」
急いで意味を考えていた鏑木さんを横目に、黒ギャルさんが真実をさらっと言う。
「いや~、だって。有栖がず~っとずっきーの話すんだもん。気になるじゃ~ん」
ニヤッと笑って、つんつんと両手の指を差してくる。
「おい、人様に指を刺すな日香里……」
「え~、いいじゃ~ん。ねえ、ずっき~?」
黒ギャルさん、もとい日香里さんは机に突っ伏して、上目遣いでそう言ってくる。
「はい、いいです!」
可愛さに逆らえない。なにこのギャルさん、めっちゃかわいい。
それに、鏑木さんが言ってた通り、二人ともいい人そう……というより、いい人なんだと思う。僕が知らないだけで。
「そうだ! 呼んだ理由、思いついた!!」
バッとその場で挙手する鏑木さん。視線が彼女に集まる。
「は~い……その心は~?」
「ずっきーの髪、いじりたい!!」
「……へ?」
刹那、その場のギャル三人の目がハンターの眼になった気がした。獲物を見つけたみたいに。
「いいの? いじって?」
しかも一番最初に反応したのは白ギャルさん、もとい志暖さんだった。今にも髪に触りたそうに、スマホを机に落として、手をわきわきさせている。
「ちょっと! 志暖ずるい! わたしが思いついたんだよ!!」
対抗したのは鏑木さん。彼女も両手をわきわきさせて僕に近づいてくる。
「ごめんね~、ずっき~。あの二人。特に志暖、髪とかおしゃれ大好きさんでさ~」
確かに、今にも飛びついてきそう。何か、涎まで垂れてきてる気が……。
「ずっき~、かわいいから~。おねが~い、お人形さんになってくれないかな~?」
日香里さんは両手をポンと打ってお願いしてくる。あまりにも可愛い動作で、男が逆らえるわけがない。
「……どうぞ。わたくしめは人形です」
そこからは、授業が終わるたび、僕の髪型はさまざまな形に変えられていった。
ツインテール、サイドテール、ポニーテール、おだんご、おさげ。
いろいろな位置で、いろいろな形で、何度も何度も。気が付いたころには、帰りのHRも終わっていた。
「よし! それじゃあ祈里君! この後うちこよっか!」
「え!? いや、志暖さん……その、顔、ちかい……」
どうやら白ギャルさん――もとい志暖さんにすごく気に入られてしまったらしく、あいさつが終わった瞬間、走って来た彼女に両手を握られ捕まえられてしまった。
「うち、お菓子とかたくさんあるよ! あと祈里君、オタクっぽいし! ゲームとか漫画もたくさん!!」
「ほ~ら志暖! 祈里君困ってるよ~」
ぽふっ、という擬音が似合いそうな日香里さんのチョップが、志暖さんの頭に落とされる。
「てか、どう考えても不審者のセリフじゃん、それ……」
半目であきれ顔の鏑木さんも参戦してくる。
「いや、だって……こんなかわいい子……いじくれる機会なんて一生ないだろうし……」
いまだに志暖さんは僕の手を放してくれない。むしろ、さらにぎゅっと強く握られてしまった。
「あの……志暖さん?」
「なに!?」
元気よく、食い気味に志暖さんは返事する。
「その今日はこの後、用事があって……」
シュン、と志暖さんの眉が下がる。捨てられる寸前の子犬みたいだ。
「いやでも!? 明日……とか、明後日であれば……」
「いいの?」
次はぱあっと顔が明るくなる。まさしく百面相だ。
「はい。その……僕も……志暖さんが楽しそうにしてるの見てるの、好き……なので」
正直、楽しかった。志暖さんも日香里さんも、もちろん鏑木さんも、とても楽しそうで。見てるこっちも、いつの間にか楽しくなってた。
――しかし、僕の発言は別の意図として捉えられたようだ。
目の前の志暖さんの顔が、みるみるうちに赤くなる。そして、バッと手を離された。目線も逸らされる。
さらに斜め右前方から、ジトッとなぜか睨まれている。そこにいたのは、鏑木さんだった。
「お~、祈里君。結構大胆さんなんだね~。おもろ~」
日香里さんは変わらずにこにこ。……と思ったら、こっそり手元のスマホで赤面する志暖さんを撮っていた。
「あの!? ごめんなさい! 変な意味じゃなくて! 皆が楽しそうにしてて、僕も楽しかった、そう言いたく……て……」
鏑木さんの目線が……痛い。よし、逃げよう!
「あ、えと……ごめんなさい! このあと用事で! また明日!!」
僕は逃げた。情けなく。後ろから怒鳴る鏑木さんの声を無視して。
せっかく紹介してくれた鏑木さんのお友達に、変なこと言っちゃってごめんって。うん。そう謝ろう。誤れば許してくれるよね。




