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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第一章:女神ちゃんになっちゃいました

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第19話:赤髪のヤンキー

 カーテンの隙間から差す朝陽が、頬にかかる。温かくて、気持ちいい。


 ――だからこそ、あと五分。あと五分だけ。


 眠気眼でそれに抗いきれず、寝返りを打って、頭まで布団をかぶる。


「ん……んんん……」


 ぬくもりの中でうだうだしていた指先が、ようやくベッド脇のスマホを探り当てた。画面を点ける。


「……ぐええ。ま、まぶしぃ……」


 片目を細めて、なんとか数字を読む。


 時刻は……7時40分。


 学校が始まるのは、8時00分。

 家から学校までは、歩いて30分。


 ――それも、前までの僕の話だ。今の僕は小柄で、歩幅が違う。全速力でも、たぶんもっとかかる。


「……ちこ……」


 喉が引きつって、息が止まる。


「遅刻だあああ!!!!!」


 跳ね起きる。ベッドから転げ落ちそうになりながら制服に飛びついた。


 セーラー服。

 ……いや、着るのは慣れない。リボンがどこで結べば正解なのか分からず、鏡の前で一回ぶん投げたくなる。でも投げてる時間がない。


「ええい、多少曲がってても気にしない!」


 どたどたどたっ!


 階段を滑るように駆け下りて、リビングへ。扉をガラリと開けて開口一番、


「香苗!! どうして起こしてくれなかったんだ!! これじゃあ……ちこ、く……だ……」


 ――言葉が、途中で止まった。


「おはよう、祈里。家ではそんな感じなんだな」


 リビングのテーブルに腰かけていたのは、香苗じゃない。


 凛さんだった。

 コーヒー片手に、カリカリに焼いたトーストをかじっている。赤いジャムが、やけに鮮やかだった。


 僕は反射で部屋を見回す。香苗はいない。

 そして次に来るのは――羞恥。


 いつも凛さんには見せないテンション。家の中の僕。素のままの僕。

 見られた、と思った瞬間、顔が熱くなる。


「な、ななな! なんで凛さんが!?」


 凛さんはのんびりと、もう一口。


「昨日、君を家に送り届けたら、妹さんがまだ起きていてな。『客間も空いてるし泊まっていってください』って」


「いや、そんなのんきなこと言ってる場合じゃなくて!? てか、香苗は!?」


 あまりに堂々としてるせいで、僕の方が夢を見てるみたいだ。今日が休日なんじゃないかと、スマホの日付まで確認したくなる。


「妹さんは日直があるからって、さっき出ていったぞ。あたしの朝ごはんまで用意してくれて。できた妹さんだな」


「あ、いえ……ありがとうございます」


 もうどんなテンションで返せばいいのか分からなくて、とりあえず頭を下げた。


 凛さんはそこで、少しだけ眉を動かす。


「あ……そうだった。妹さんから『7時になったら祈里を起こして』って頼まれてたんだ。すまん、忘れてた」


「……忘れてたんですか」


「忘れてた」


 即答。悪びれもしない。


 そうだ。僕は忘れていた。二週間もの間、凛さんの面倒を見てきた僕が、見てきた“この人”を。


 頼りになるし、頭もいいし、かっこいい。

 でも――


(朝は起きられない。掃除はできない。ご飯も作れない。生活能力が欠如してるタイプ……)


 まるで箱入りのお姫様みたいだ。

 ……今の僕が言えたことじゃないけど。


「ん? なにか言ったか」


「何も言ってませんよ」


 僕は凛さんの向かいに座って、香苗が用意してくれた朝ごはんに手をつける。


「いただきます」


 パンは少し冷めてる。でも香苗の作るものは、どうしてこう、全部おいしく感じるんだろう。


「ああ……しあわせえ……」


 のんきにパンを頬張り、スープをすすり、目玉焼きに醤油を垂らしていると、凛さんが不思議そうに僕を見る。


「……ずいぶんとのんきだが、時間は大丈夫なのか?」


「いんやあ……もお……あきらめましたあ」


 香苗の朝ごはんを前に、朝抜きで学校へダッシュなんて、正気の沙汰じゃない。


「香苗のおいしいご飯を食べるためなら……遅刻もやむなしだと……」


「送っていこうか?」


「へ?」


 凛さんが、指先でちゃらちゃらと鍵束を回した。


 そこから僕は、猛スピードで食べ終え、歯を磨き、髪を整え(整ってない)、靴を履いて家を飛び出した。


 そして玄関先の道路。


 そこにいたのは――バイクに跨った、ヘルメット姿の凛さんだった。


 ドドドド……と腹に響く重低音。

 とにかく車体がデカい。シートは低いのに、存在感が暴力みたいだ。


「これって……あれですか……ハーレー?」


 凛さんは何も言わず、小さめのヘルメットを僕に投げて寄越す。

 キャッチした瞬間、指で「後ろ」と示した。


 確かに、このエンジン音じゃ声が届かない。


 僕は頷いてヘルメットをかぶり、後ろへ乗る。


(……どこ掴まれば……?)


「あたしの体に、しっかりしがみついておけ」


「ふぇあ!?」


 耳元で声がして、変な声が出た。

 今の、凛さんの声だ。聞こえた。はっきり。


「こ、これどうして!? 凛さんの声が!?」


 凛さんは自分のヘルメットの耳元を、こつこつ叩いた。


「インカム。マイクとスピーカーが付いてる。ほら、遅れるよ。つかまって」


「は、はい!」


 ぎゅっと、凛さんの腰にしがみつく。


 ……柔らかい。

 ……落ち着く。


(いや落ち着いてる場合じゃない!)


 ギュオン!!


 バイクが発進する。一瞬、身体が置いていかれそうになって、僕は必死でしがみついた。


「り、凛さん!? 法定速度は守ってくださいよ! 通学時間帯ですからね!!」


「大丈夫。いったん大通りに出て、そっから飛ばす!」


 と言った頃にはもう大通りで、そこからさらに加速した。


 怖い。

 でも――凛さんの背中が風防になってくれて、頬を撫でる風だけが柔らかい。


 気付いたら、喉が勝手に笑っていた。


「ふひ……ははははは! 凛さん! これ、すっごい気持ちいい!!」


「……そうだろ。でも残念ながら、もう学校に着くぞ」


「え? もうですか!? まだ数分しか――」


 楽しくなってきたところで、訃報。

 分かりやすくテンションが落ちた僕に、凛さんは少し迷ってから言った。


「今日は無理だが……今度、どこか連れてってやる。だから学校、頑張ってこい」


「本当!? 分かった!!」


 イヤホン越しに、凛さんが小さく笑う。


 キキッ……。


 バイクが止まった。校門のすぐ近く。


 校舎の大時計を確認する。――7時50分。


「間に合った……」


「ほら、行ってこい」


 促され、僕は降りる。ヘルメットを外すと、空気が顔に触れてすっきりした。


「あの、ヘルメットはどうすれば……」


「校則的に持っていったらまずいか?」


「た、多分大丈夫だと思います。うち、バイク通学も問題ないはずなので……」


「分かった。それじゃあ学校が終わる頃に迎えにくる。持っててくれ」


「はい!!」


 ――と、普通に返事してから気づく。

 周囲の視線。ひそひそ声。


「ねえ……あれって例のギフトの……」


「……鈴木さんだよね」


「バイクの人、誰? 彼氏?」


「彼女じゃない!? 胸でっか……」


「てかスタイルやば……」


 やばい。めちゃくちゃ目立ってる。


 ただでさえ目立つ凛さんが、こんな目立つバイクで学校前に現れたら――そりゃこうなる。


「どうした祈里? 固まって」


 凛さんがヘルメットを外し、首を振って髪を無造作にかき上げる。

 その瞬間、女子たちの声が一段上がった。


「え、やっば!! めっちゃ美人!!」


「鈴木さんの配信の相方さんじゃん!! リアルだとあんなスタイル良いの!?」


 僕は悟った。

 ここに突っ立ってたら、今日一日、死ぬ。


「だ、大丈夫です凛さん! 行ってきます!!」


「ああ、がんばれよ」


 勢いよく一礼して、僕は逃げるように校舎へ入った。


 そして案の定、教室でも地獄だった。

 窓から見てたらしく、休み時間ごとに質問の嵐。囲まれるのは嫌いじゃない。むしろ、ちょっと好きだ。


 ……でも、四方八方から質問を投げられ続けると、休む暇がない。

 想像の百倍、疲れる。


 そういうこともあり、昼休み。


 僕はみんなから逃げるように、屋上へ続く階段に一人、香苗が作ってくれたお弁当を持って座っていた。


 ――なのに、なかなか手が付けられない。


「一条君……今日……いなかったな……」


 昨日、僕に土下座してきた一条君の友達もいない。

 正直、あいつらがいるとパブロフの犬みたいに汗だらだらでびくびくしてしまうから、ちょっと安心ではある。


 でも、それは僕の望んでることじゃない。


「みんなが幸せに……だからな……」


 屋上扉の小さな窓を見上げる。

 ほとんど何も見えないくらい小さいのに、僕はあれが好きだった。


 でっかい空も、小さく切り取れば、案外身近に見える。

 僕みたいな小市民には、ちょうどいい。


「……なんでこんなところに人気者様がいるのかしら?」


「へあっ!?」


 突然声をかけられ、僕は階段下へ目線を移した。


 そこにいたのは――一人の少女。


 赤色の髪。紫が混ざったような、短めのボブ。

 首筋に沿う長さで、毛先が少しだけ外へ跳ねている。厚めの前髪が片目を半分隠し、斜めに流れていた。


 冷たい水色の瞳。半目。

 笑っているようで、笑っていない。口元だけが薄く弧を描いていて、白い肌にその表情だけが浮いて見える。


 黒いセーラー服に、黒いニーソ。

 耳には黒いインイヤーイヤホン。細いコードが首元から制服の中へ消えている。


 赤いリボン――同じ学年、同じクラスのはずなのに。


 小柄で病弱そうなのに、立ち姿だけは妙に落ち着いていた。


「え、えっと……」


 見覚えはある。けど名前が出てこない。


「……名前とかどうでもいいから。そこどいて。私の特等席」


 低い声。丁寧な言い方なのに、棘がある。

 キッ、とした目つきで睨まれて、背中が冷たくなる。


「ご、ごめんなさい」


 反射で謝って、僕は壁沿いへ避けた。背中が壁に当たる。冷たい。


「……あんた、人のこと馬鹿にしてんの?」


「えっ!? いや滅相もございません!!」


 ちっと舌打ち。

 彼女はそのまま階段を上がってきて、僕より数段上の、日が差して温かそうな場所にどさっと座った。


(いいな……あそこ、温かそう……)


「あ、あの……元の位置……戻ってもいいですか?」


 恐る恐る聞いた。

 でも返事はない。彼女はイヤホンをしたまま、完全に僕を無視している。


(……僕の方が先に座ってたのに)


「なんか言った?」


「ひゃっ!?」


 声に出してない。出してないはずなのに、即レスが返ってきた。


 恐る恐る振り返って、数段上を見上げる。


 ギロリ。

 本当にそんな擬音が聞こえそうな目で、僕を見下ろしていた。


「言いたいことあんなら言いなさいよ」


「い、いえ……滅相もございません……」


 怖すぎて目を逸らしてしまう。

 まだ睨まれている気がする。


 でも、それ以上何かしてくるでもなく、彼女はビニール袋からメロンパンを取り出して、無言でむさぼり始めた。


 怖い。

 でもここで動いたり逃げたりしたら、逆に怒られそうな気がする。


 僕は大人しく、お弁当を開いた。

 もちろん「いただきます」は言ったが、後ろの獅子を怒らせないよう、極力小さな声で。


 食べ終わりかけた時。デザートの梅干しを口に運んだところで、また後ろから声が来る。


「……あんた」


「は、はい……なんでしょうか?」


 箸で梅干しを持ったまま、振り返る。


「次から、ここに来ないこと。あんたが昔から気に入ってた場所だか知らないけど。あんたが学校休んでる間に、私の場所になったから」


「学校内だし……公共の場所じゃ……」


「分かった?」


 強い口調。

 “はい”以外の返事は許されない言い方。


 でも正直、ここは僕にとっても大事な場所だった。

 一年生の頃から、僕が唯一心を休められた場所。親友みたいな場所。


 簡単に明け渡したくない。


「……そうだ!」


「……なによ?」


 彼女は変なものでも見るような目で、僕を見下ろす。

 僕が笑顔だからか、若干引いてる気がする。


「手、出してもらえませんか?」


「は? なに――」


 眉間に皺を寄せながらも、彼女は掌を上にして手を差し出した。


 僕はそこへ、ぽとり、と。


「これ……ショバ代です」


 真っ赤な梅干しを落とした。


 彼女の脳がフリーズしたのか、数秒、完全に固まる。


「……なに、これ……」


「梅干しです。僕が漬けたやつなんですけど、近所のおばあちゃんにも人気で」


「なんで……うめぼし……?」


「え……だって、甘いパンばっか食べてるみたいだったので……しょっぱいの、欲しいかなって……あと場所代として」


 彼女の視線が、僕と梅干しを行ったり来たりする。

 まるで世界が理解できない顔。


「ショバ代は払ったので、またここは使います。それじゃ……」


 ぺこりと一礼して、僕はお弁当の包みを持って立ち上がった。


 よし。勝った。

 ヤンキー(っぽい子)の扱いには慣れているのだ。お金がなくても、こういう“物納”でなんとかなる。多分。


(梅干しあげたし、許してくれるでしょ)


 そして、何かを言われる前に、僕はそそくさとそこから逃げていった。

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