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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第一章:女神ちゃんになっちゃいました

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第18話:女神ちゃんパンツを買う。あと時は満ちたっぽい。

 そこからは急いで二階と三階の探索。

 運よく出口は、新たなモンスターに遭遇する前に見つかった。


 しかし、少し気になる点があった。リスナーが閉まっていて開かないと言っていた、屋上への扉。

 その扉が若干、開いているように見えたのだ。


 ほんの指一本ぶん。

 扉と枠の間に、黒い線が走っている。


『え? 屋上扉ってさっき閉まってたよな?』

『開かないって言ってたやつ?』

『おいおいおい……』


 僕は通り過ぎかけて、足を止めた。

 いや、止めかけただけで、実際には止められなかった。

 屋上扉の方へと歩を進めてしまう。


 ――身体が、まだ戦いのままだった。


 呼吸が荒い。喉の奥が鉄臭い。

 痛みは引いていないのに、アドレナリンだけが残っていて、視界が妙に冴えている。

 そのせいで、あの“黒い線”がやけにくっきり見える。


(……誰かが開けた?)


 扉は閉まっていた。

 少なくとも、さっきまで“閉まっているように見えた”。


 リスナーも言っていた。

 「閉まってて開かない」って。

 鍵がかかっているとか、何かで押さえつけられているとか、そういう感じの――“開かない扉”だって。


 なのに今は、わずかに開いている。


(僕たち、触ってないよな)


 一条は僕から距離を取っている。

 さっき殴られた頬を押さえながら、苦虫を噛み潰したような顔で、階段の方だけを見ていた。

 ジンバルンは僕のポケットの中。誰も扉に触れていない。


 つまり。


(開けたのは……僕たちじゃない)


 扉の隙間から、風が流れた。

 ぬるい空気じゃない。屋上の、外気。

 コンクリートと雨と、錆びた金属みたいな匂いが、細い線になって鼻先へ届く。


 ……その瞬間、背筋が冷えた。


 誰かが、この先にいる。


『行くなよ!? 絶対に行くなよ!?』

『絶対やばいって! ボスフラグ!!』

『ここのダンジョンボスって攻略済みでしょ?』

『女神ちゃん、今日は帰ろ!? 帰ろ!?』


 僕は一歩だけ、さらに扉に近づいた。

 ほんの一歩。確認するだけの距離。


 隙間が、ほんの少し……広がった気がした。


 ギ……。


 耳に届くか届かないかの、擦れる音。

 扉が“自分で”動くみたいな、不自然な動き。


 僕は思わず息を止める。


(……これ、開く)


 扉の向こうは暗い。

 暗いのに、その暗さが“深い”。

 ただ照明がないって暗さじゃなくて、夜そのものが詰め込まれているような黒。


 その黒の奥で――


 コツ。


 何かが、床を叩く音がした。

 軽い音。靴底じゃない。爪? それとも、骨?


『今、音したよな??』

『無理無理無理無理www』

『心臓に悪すぎるwww』


 僕の喉が鳴る。

 でも、足は前へ出なかった。


 さっきの戦いで分かった。

 “変わる”ってことは、無敵になることじゃない。

 勝てる相手だけを選ぶことでもない。


 ……今の僕には守るものがある。


 一条。

 そして、配信――じゃなくて、現実に戻ること。


 僕は、扉から目を離せないまま、後ろへ下がった。

 視線は切らない。背中を見せない。


 ジンバルンが、いつになく低い声で言った。


「祈里様。撤退を推奨します。現時点、情報が不足しています」


「……うん」


 たぶん、正しい判断だ。

 ここで好奇心を優先したら、また“気を抜いた”のと同じになる。


 僕は出口へ向かって、歩き出す。

 そのまま廊下を抜け、階段を下り、重たい空気をかき分けて――


 ついに、外の冷たい夜気が肌に触れた。


 渋谷の音が戻ってくる。

 遠くの車の走行音、人の気配、ネオンの光。

 ダンジョンの中とは違う、“生きている世界”の雑音。


『生還! 生還!!』

『女神ちゃんおつ!!』


【視聴者:???】『……時は満ちた』


 僕は、やっと息を吐いた。


 ……のに。


 背中の奥――屋上の扉の“黒い線”が、まだ目の裏に焼き付いている。


 さっき、確かに開いた。

 確かに、音がした。


(……一体、なんだったんだ)


 振り返りたい衝動を、歯を噛んで抑える。

 今、振り返ったら――僕はたぶん、戻ってしまう。


 だから、代わりにジンバルンへ小さく囁いた。


「……ジンバルン。さっき、配信に映ってる?」


「……確認します」


 一拍。

 ジンバルンの声が、少しだけ硬くなる。


「……扉の隙間。映っております。視聴者も認識可能です」


 僕は、ぞくりとした。


 映っているなら。

 “誰か”がそこにいたなら。


 ――僕だけの勘違いじゃない。


 僕は前を向いたまま、言った。


「……凛さんに、話そう。あと、まきまきにも」


(……次に入る時は、必ず、屋上を見ないといけない)


 その時、背後で。


 ギ……、……ギィ……。


 扉が、もう一段、開く音がした気がした。


 ……その後。


 とにかく、僕は一条君に引っ張られるようにして、服屋さんのユニ黒に入った。

 渋谷のネオン、車の音、人波。自動ドア一枚くぐっただけで、世界が急に“生活”になる。


 明るい照明。整然と並ぶ棚。無駄に爽やかな店内BGM。

 さっきまでダンジョンにいたのが嘘みたいに、現実がぬるくて、平和で――だからこそ、逆に落ち着かない。


 それに。


(……冷たい)


 下半身が、じわっと冷える。

 戦ってる最中は気づかなかったのに、外に出た途端、身体が急に正直になった。


 ……思い出してしまう。


 最初は、廊下。

 初めて人体模型と遭遇した時。あの瞬間、頭が真っ白になって――身体が勝手に、情けない方へ逃げた。


 それから、図書室でもう一度。

 追い詰められて、息ができなくて、逃げ場がなくて――また。


(……二回。最悪だ)


 そして、それは一条君にもとっくにバレている。


 セーラー服のスカートが、どう見てもびしょ濡れだったからだ。

 乾くわけもない。誤魔化せるわけもない。


 だから僕が今さら固まっても、一条君は「察した」みたいな顔はしない。

 最初から知ってる。知ってるからこそ、見ないふりをしてる。


 目線は、僕の顔より上。

 絶対に下を見ない。

 そのくせ、歩く速度だけはやたら急かす。


 一応、僕も一条君のズボンを確認する。

 視線を下げた瞬間――


「俺は漏らしてねえよ!」


「ご、ごめ……」


「謝んな。早くしろ」


 早くしろと言われても、僕はまず、スマホの画面を見て固まった。

 配信の赤い表示。コメント欄が、まだ流れている。


「……流石に、配信切れよ」


「え、えっと……どうやって切るんだっけ……」


「はぁ!? お前……!」


 僕は慌ててスピーカーに向かって言った。


「ジ、ジンバルン! ごめん配信切って! 今すぐ!」


 スマホから、いつもの無機質な声。


「祈里様。状況を確認。現在位置、衣料品店・下着売り場。プライバシー保護を優先します。配信を終了します」


『え、切るの!?』

『ちょ、祈里! 待っ――!』


 ぷつん、と画面が暗転し、「配信を終了しました」の文字だけが残った。


(……うん。さすがに、ここは切るよね)


 僕はレディースコーナーの案内表示を見上げて、さらに固まる。


 下着売り場。

 パンツ。ズボン。サイズ。色。素材。全部が未知の呪文みたいに並んでいる。


 その横で一条君が、息を吐いた。

 明らかに居心地が悪そうで、腕を組んだまま落ち着きなく視線を泳がせている。


「……お前さぁ」


「なに?」


「……早くしろ」


「う、うん」


 僕は棚の前から一歩も動けず、なぜか口が勝手に軽口を言った。


「こうやって、二人で買い物とか遊んだりするの、何年ぶりだろうね」


「……知るかよ」


「……あのさ」


「……んだよ」


「頼む奢って! 僕、お金ない!」


「はあ!? なんで――」


 一条君の言葉が、そこで止まった。


「いやだって、この前一条君に財布の中、ほとんど取られたじゃん!」


「……」


 申し訳なさそうな顔。

 でも、絶対に謝らない。


「……いくらだよ……」


「分かんない。多分千円とか二千円ぐらいじゃないかな?」


 一条君は一度、財布の中を確認した。

 そして、ものすごく嫌そうに言う。


「……んじゃあ、早く選べ。決まづいんだよ……」


 周りからの視線が気になるのか、きょろきょろ辺りを見回している。

 どっからどう見ても、女性用下着コーナーにいる不審者だ。


 別に他のところ見てればいいのに、と思ったが――

 僕にも普通にいじめられてた恨みがあるので、黙っていた。

 少しは苦しめ。


「おい、いつになったら決まるんだよ」


「一条君。これってどういうの買えばいいんだろ。僕、女の子の下着とかよくわかんなくて……」


「俺が知るわけねえだろうが! ぶっ飛ばすぞ!!!」


「ご、ごめん!」


 怒鳴ったくせに、一条君は視線を逸らして、耳まで赤くなっている。

 ……怒ってるというより、恥ずかしいんだろう。


 僕はなるべく無難そうな、黒っぽいのを手に取っては戻し、また手に取っては戻し――を繰り返した。

 自分でも分かる。めちゃくちゃ優柔不断だ。でも、どれも値段が同じだからこそ、決めきれない。


「……それでいいだろ。無地。目立たないやつ」


「え、これでいいのかな……なんか弱そう」


「いいっつってんだろ。早く」


 結局、僕が選んだのは、いちばん“普通”っぽいショーツと、ゆったりしたショートパンツ。

 一条君は最短距離でレジへ向かい、無言で会計を済ませた。


 レジ袋を渡されて、僕が「ありがとう」と言いかけた瞬間。


「……これで、貸し一つだ」


「貸しっていうか……奢りだよね」


「黙れ」


 僕は袋を抱えたまま、トイレへ小走りした。


 こうして。


 僕は一条君のおごりで、漏らして汚れてしまった着替えのパンツとズボンを手に入れましたとさ。


 めでたし、めでたし。

 ……いや、めでたくはないか。


 この後、一条君はボコボコにされるのだから。

 なぜって?


 ユニ黒を出た瞬間。店の前に――にこにこ笑顔の凛さんが仁王立ちして、僕たちを見下ろしていたからだ。


「一条君……だったっけ?」


「……」


 一条君が固まった。無理もない。一条君だって 一八〇後半と十分デカいのに、目の前の凛さんは一九〇後半とそれ以上。

 しかも女の人に見下ろされるって経験が、たぶん一条君にはほとんどない。服の上からでも分かる筋肉と、やけに静かな圧。

 “強者”を前にした時の、あの空気だ。


「祈里君、配信見たよ。話したいことは色々あるけど……うん。よく頑張った」


 そう言って、凛さんは僕の頭を優しく撫でてくれた。

 すっぽり。彼女の手の中に、僕の頭が収まる。


 ……安心しかけた、その次。


「それで……一条」


 凛さんの声は笑ってるのに、温度だけが落ちる。


「うちの物に、あれこれ唾つけてたのは……君だよねえ?」


 凛さんが一条君の頭を撫で――否、鷲掴みにした。


「あんたには関係な……あ、あが! 頭が! 割れ!!」


「り、凛さん! やめてください!」


 僕が止めると、凛さんの腕からすっと力が抜ける。

 抜けるけど、圧はまだ残ってる。怖い。


「ええ……だって君。うちの祈里、虐めてたんだもんねえ」


 凛さんはにこにこしたまま、一条君の頭から手を離した。

 一条君がほっと息を吐きかけた――その瞬間。


 ぐいっ。


 凛さんの手が、一条君の胸倉を掴んだ。制服の襟元が、みし、と軋む。


「……っ!?」


 次の瞬間、一条君の体がふわりと浮いた。

 持ち上がる。片手で。まるで荷物みたいに。


「あたしもさあ、思うんだよ」


 凛さんは笑顔のまま、目だけを冷やして言った。


「弱者は強者に弄ばれるべきだ……ってさ……」


 一条君の足が、地面を探して空を蹴る。

 喉が鳴る。声が出ない。出せない。


 一条君へ、圧が、下から振ってくる。

 彼は完全に石だった。


「凛さん! その、気持ちは嬉しいんですけど……本当に大丈夫です。僕の代わりに怒ってくれて、ありがとうございます」


「……ったく。君は本当に甘いんだから」


 ふっと、凛さんの放つ圧が消えた。

 胸倉から手を離して落とす。

 ほんとなんでこの人、ギフトもなしにこんなことできるんだ。


「一条君とのことは、僕の問題です。だから……大丈夫です」


 今度はちゃんと、真面目な顔で言う。

 凛さんは小さく息を吐いて、頷いた。


「分かった。……もうやめる。目的も果たせたみたいだし」


 そう言って、凛さんは一瞬だけ一条君のズボンに視線を落とした。

 つられて僕も見る。


 ……めちゃくちゃ漏らしている。


「あっはっは! ざまあざまあ!!」


 凛さんは腹を抱えて笑った。


「ほら、祈里。行くよ。とりあえず今日は休め」


 そう言って、凛さんは先に歩き出してしまった。

 ただ歩いてるだけなのに、やたら速い。追いつくのに全力疾走がいるタイプだ。


「えーっと……そう、だな」


 僕は最後に、一条君へ向けて言う。


「そのさ……一条君……また! 学校で!!」


 返事はない。固まったままだ。

 僕は凛さんを追った。


 追いついて、息を切らしながら聞く。


「あの! いつから配信見てたんですか……」


「え? 最初っからだけど」


 凛さんはさも当たり前のように言う。


「え……ええ? ジンバルン、どういうこと!?」


「すみません、祈里様。一芝居うたせていただきました」


 スマホから、ジンバルンの声。


「バイト中、いきなり祈里君からメッセージが来てさ。何かと思ったら、祈里君のスマホからのジンバルンのメッセージで」


 僕はスマホを取り出して、睨みつける。


「……ダンジョン侵入直前、私がメッセージを送らせていただきました。加えて、マスターに状況を共有するため、ダンジョン侵入直後、私が配信を開始させていただきました」


「もお! めっちゃ怖かったんだよ、あれ!」


「申し訳ありません」


「それじゃあ、あれ……“???”ってやつもジンバルン?」


「いえ。それは本当に分からないのです」


 その返答が重くて、僕は思わず下を向いた。

 次の瞬間、凛さんが僕の肩をぎゅっと引き寄せる。


「前見て。ぶつかる」


 凛さんは僕の歩く速度に合わせて、ゆっくり歩いてくれる。視線も、ちゃんと下に落として。


「それについてはね、あたしもすごく警戒してる」


 凛さんの顔が、さっきの笑いじゃなくなる。


「あの視聴者。あたしが配信を始めたばっかの頃からの古参でね。……なんだか怪しい。信用しすぎたらダメだって、あたしの勘が言ってる」


 真面目な顔。

 そこで僕は、今言わないといけないことを思い出した。


「そうだ……凛さん」


「ん?」


「……テュポーンって……知ってますか?」


 凛さんの足が、急に止まる。

 体が固まる。空気ごと止まる。


 凛さんは険しい顔になって、唾を飲み込んだ。


「なんで……その名前を?」


「いや……今日、僕の神様とちょっとだけお話ししたんです。そしたら最後に、“お前の名はテュポーンだ”って言われて」


 凛さんは顎に手を当てて、短く考え込む。

 それから、僕の頭をもう一度、優しく撫でた。……撫でるのに、目は全然優しくない。


「明日。学校が終わった後、時間あるか?」


「はい空いてますよ。ダンジョン探索ですか?」


「いや……それより重要なこと。君の神様についての話しだ」


 凛さんは指を四本立てて、一本ずつ折っていく。


「大地の母……ガイア」

「奈落の神……タルタロス」

「二番目の神々の王……クロノス」

「神々の女王……ヘラ」


 すごい。名だたる神様たちだ。中には僕が知ってる名前もある。


「祈里。君の神は、おそらくこの四柱のいずれかだ。どれも――とんでもなく強い」


 僕が「じゃあ――」と口を開きかけたところで、凛さんが指先を僕の唇に当てた。


「何するんですか?」


「ごめん。あたしも話しすぎた」


 凛さんは小さく笑って、すぐ真面目に戻る。


「こういうの、外でする話じゃない。明日、研究室で話そう」


 少し、悲しい。

 ギフトをくれた神様の名前が、やっと分かるかもしれない――そう思ったから。

 でも、明日には分かる。今日は、もう……。


「分かりました……それ、じゃ……あ……」


 あれ。体がふらふらする。力が入らない。

 ばたり。身体から完全に力が抜けた。


 ……落ちる。そう思った瞬間。


 ふわり、と支えてくれる腕があった。


「よく頑張ったな。かっこよかったよ」


 体温が温かくて、安心して――

 僕はそのまま、意識を手放した。

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