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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第一章:女神ちゃんになっちゃいました

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第16話:神との契約、ままは偉くて高貴で美しい

 体育館倉庫、その中央に血まみれで倒れていたのは……一条君だった。

 急ぎ、体育館倉庫の扉の隙間に体をねじ込み、そのまま中へ滑り込む。湿った空気と、鉄の匂い。床に広がる赤黒い染みが、靴裏にまとわりついた。


 そして一条君の元へ小走りで近づく。

 倒れる彼に被さるように膝をつき、顔を覗き込み、容態を確認する。


「……息は……まだ、ある。でも、意識がない!」


 即座にギフトを使用する。対象はもちろん、目の前で倒れる一条君だ。

 心の底から、彼のことを思う。何としても、目の前の一条君を助けたい――そう願う。祈る。


 ……しかし。


 身体の傷は回復しない。


「なんで!? どうして!!」


 少し身を引き、地面に腰を下ろしたまま、両手を組んで必死に祈る。


(彼の痛みを……どうか……僕に!)


 けれど、それでも彼の体は一向に良くならない。

 血が止まらない。冷たくなっていく。


「なんで! 早くしないと、死んじゃう!」

「……もしかして。僕、心の奥底で、こいつのこと……死んでも良いって……」

「いや、ない! そんなことあるはず……」


「……祈里様」


 焦り、軽い錯乱状態に陥った僕に、ジンバルンが優しく声をかけてくれる。そのおかげで、ほんの少しだけ落ち着きが戻った。


「祈里様のギフトは、ダメージの肩代わりであって回復効果はありません。よって、一条様の怪我はギフトの効果範囲外にあるかと……」


「……分かった」


 即座に背負った鞄を床へ置き、中を漁る。

 取り出したのは応急手当キットだ。正直、使い方は分からない。でも、今はこれしかない。


「ご英断です。祈里様」


「お願いジンバルン。やり方を教えて」


 そこから僕は、ジンバルンの指示に従って、急いで一条君の手当てに当たった。

 これ以上の状態悪化を防ぐため。加えて、少しでも痛みを軽減させるため。わずかでも痛みを僕が肩代わりして――。


 傷は、思いのほか致命傷ではなかった。体が大きいことに加え、分厚い筋肉が内臓へのダメージをカバーしてくれたのだ。

 それでも、全身をずたずたに切り裂かれているようで、出血がひどい。


「止血はほとんど完了……でも、このままじゃ……」


「出血多量による死が最も危険です。持って十分程度……でしょうか」


 明確な情報をジンバルンが告げる。輸血パックなんてあるはずもない。状況がどれだけ絶望的か、数字が容赦なく突きつけてくる。


 一番いいのは、僕が一条君を担ぎ、脱出口の扉を見つけ、外に出て救急車を呼ぶこと。

 しかし――僕の腕力じゃ、一条君を運べない。


「それならリスナーに助けを呼んでもらえば……」


「現実的ではありません。救急隊員がダンジョンに入るにも各種手続きが必要となります。間に合いません」


 わずかな希望ですら、ジンバルンは容赦なく叩き潰す。

 ……理解しているのだ。もう、どうしようもないことを。


「それなら! それなら……それなら……」


「マスターはスーパーのバイト中で配信には気づきません。らいこ様は配信中、しかし距離が離れすぎています。はっきりと申し上げますと、現状、付近に助けに来られる人物はいないかと……」


 ……ここに来てから、僕はだめだめだ。

 そう思いかけた――否。違うのだ。最初から。凛さんと出会った時から僕は、何も変わってない。変わろうとしなかった。ただ惰性で生きて――。


「そのくせ……かっこつけて……一人でダンジョンに来て。僕は……本当に……」


 ガンッ!!!


 自分の頬を、拳で思い切り殴った。口の中に鉄の味が広がる。


「そうだ……なら、今、変わればいい」


 考えろ、僕。何を諦めているんだ。

 ここまで変わってこなかった。それなら今、変わればいい。

 見つけろ。どこかにあるはずなんだ。打開策が――。


 ……そのまま、何もできずに五分が経過した。

 ジンバルンは何も言わない。コメントを見る余裕もない。

 ただ、一条君の血だけが、床の上でじわじわと広がっていく気がした。


「祈里様……」


 ジンバルンの無機質な声が響く。棒読みなのに、どこか諦めたような冷たさが滲んでいた。


「……あるよ。いや、あった。一つだけ、なんとかする方法。いや、方法なんてほど大層なものじゃない。一種の賭け」


 返事が返ってこない。ジンバルンは計算しているのだろう。

 でも、機械では辿り着けない。――ただの賭けだ。


「……神頼みだよ」


 すっと立ち上がる。足が震えた。

 鼻腔の奥が血と鉄でいっぱいで、おかしくなりそうだった。


「まきまきが言ってた。ギフトは神様からの贈り物。神様に感謝を告げず、無視し続けたら……神様が“おい、無視すんな”って揺さぶってくる。そう言ってた……」


 一度、大きく息を吸い、吐き出す。

 怖い。死にたくない。心臓が張り裂けそうだ。


「おやめください。それはあまりに危険な行為です。祈里様のギフトから考えて、あまりに大きな変動が……命に係わるどころではございませ……」


「やるんだよ。やるしかないんだ。何かを得るには、何かを捨てなくちゃいけない」


 簡単だ。無視程度でも神は怒る。

 だったら“見てもらう”なんて、もっと簡単だ。


「僕は……ずっと何も得ようとしなかった。捨てるのが怖くて。」


 やろうと決めた瞬間、恐怖が一気にせり上がってくる。

 あれほどジンバルンが焦ったような態度を見せるのは初めてだった。


「だから!!」


 でも僕は――目の前の、失われることが確定した命を救いたい。

 その為なら僕は……。


「命なんて捨ててやる。変わるんだ……僕は……」


 強く閉じた目を開き、叫ぶ。


「神の……バッカやろおおおおお!!」


 喉が裂けるくらい叫んだ。

 叫んだのに、体育館倉庫の空気は冷たいままだ。


「みんなが見るのは――女神ちゃんだ」

「あんたが作った、かわいくて、ただ誰かを守るために祈る……そんな“女神ちゃん”だ!」


 言葉が勝手に溢れる。止まらない。


「誰も……鈴木祈里を見てくれない」

「……別に、それでもいい。見てくれなくても」

「みんなが幸せなら。それが、僕が望んだことだから」


 一条君の血の匂いが、鉄みたいに鼻を刺す。

 時間が削れていく。秒針の音が幻聴みたいに頭の中で鳴る。


「だから僕は、女神ちゃんでいい……」

「道具でいい……」


 その言葉が、胸を殴った。

 ――自分で自分をそう呼ぶのは、こんなにも痛い。


「でも……だったら!」


 声が震える。震えるのに、止められない。


「僕以外の……みんなは……!」

「一条君だってさ……幸せにしてくれよ!」


 息を吸う。肺が痛い。

 怖い。死にたくない。

 それでも――ここで引き下がったら、僕はまた何も変わらない。


「誓うから……!」

「どんな地獄も……僕が受け入れるって……!」

「痛みも、代償も、呪いも、全部……僕が引き受ける!」


 だから――


「救えよ!!」


 次の瞬間。


 暗転。

 視界が闇で覆われた。


 何も見えない。

 何も聞こえない。

 何の匂いもしない。

 何の味もしない。

 何も……感じない。


 ――落ちた。

 いや、落とされた。


 闇だ。

 闇というより、世界から“僕だけ”が切り離されたみたいな無。


 自分の手があるのかも分からない。

 呼吸をしているのかも確かめられない。

 心臓が動いているかさえ――


 ……違う。


 動いてる。


 音でも感覚でもないのに分かる。胸の奥で、規則正しく何かが脈打っている。

 その脈が闇に波紋を作るたび、遠くでガラスが鳴るような薄い鈴が震えた。


『……祈りを名に持つ者よ』


 声は耳じゃない。頭の内側に直接落ちてくる。

 女の声だ。冷たい。優しくない。けれど、絶対に逆らえない重さがある。


『誓いを口にしたな』


 その一言で背筋が凍った。

 “聞かれた”じゃない。――捕まえられた。


『お前は祈らぬ。感謝もせぬ。

 それでも今、誓いを盾にして我を呼んだ』


 次の言葉が来る前に――


 ガシッ。


 首を、大きな手で掴まれた。ぐるりと指が回り、容赦なく締まっていく。


「……っ……!」


 苦しい。息が出来ない、じゃない。

 僕という存在そのものを、握り潰されるみたいな苦痛。


『恥を知れ』


 冷たい断罪。

 なのに、どこか――悲しみが混じっている。


『母は、かなしい。

 お前をそんな風に生んだつもりはない』


『何も捧げず、祈らず、感謝もせず……

 それでも自分の願いだけは押し通そうとする。

 ……浅ましい……まさに醜悪』


 悲しむような声。涙を含んだような声。

 全身を雑巾のように絞られる苦しさの中で、それでも言葉を絞り出した。


「……でも……お願いだ……」

「誓う……! どんな地獄も……僕が受け入れるって……!」

「だから……一条を……!」


『その潔さ……良し』


 締め付けが、ふっと緩む。空気が喉を通る。

 生き延びた、と思った次の瞬間――背中が凍った。


『母は、お前に最大の“罰”を与えよう』

『それは同時に、母への罰ともなる』


「……罰……?」


『誓いは鎖だ。口にした瞬間、お前は縛られる』

 『その鎖を我が受け取り、代価を授ける時――誓いは契約となる』

『契約は等しく残酷だ。お前も母も縛られる』

 『破れば、お前だけが傷つくと思うな』


 闇の中心に、光が生まれた。

 卵……? 白く淡い、脈打つように光る“卵”。


 それが、ゆっくりと僕へ近づく。

 逃げられない。目を逸らせない。


『お前は言った。地獄を受け入れると』

『ならば受け取れ。

 救いの代わりに――“全てを失う運命”を』


 卵が、左眼へ。

 ギギギ、と。無理やり、ねじ込まれる。


「――っ、あぁぁぁぁっ!!」


 刹那、これまでに感じたことのない激痛が全身を襲った。

 火に焼かれるより熱く、握り潰されるより重い。

 凌辱されるより屈辱的で、死よりも長い。

 大切な人が、目の前で傷つけられるのを――止められずに見せつけられる。

 そんな痛みだ。


『……この苦痛さえ、他者の痛みに喩えるか』

『お前は本当に……母好みの良い子だ』


 眼球が、ぐちゃり、と弾ける感触。

 どろり、と隙間から溢れ落ちていく感覚。

 それでも卵は止まらない。押し込まれ、押し込まれ――。


 そして。


 入った。


 左目が、内側から灯る。

 孔雀の羽の“眼”みたいな紋が、闇の中で開いた。


『また……作ることになるとは。母は心苦しい』

『それでも、誓いが鎖である以上……母も受け入れよう』


 ぎゅっと、優しく体を包まれる。

 こんな激痛を与えられたのに、どうしてか安心してしまう。

 彼女の胸の中は、暖かで、落ち着いて――だからこそ、怖い。


『……よいか、我が子よ』


 冷たい声のはずなのに。

 どこか、置いていかれたみたいな寂しさが滲んでいた。


『母との、お約束条項……』

『一つ。母への愛の言葉は、最低一日に一度。欠かさず捧げること』

『二つ。次、母に反抗的な態度を取れば……このような罰では許しません』

『三つ。“お母さん”や“お母様”などではなく――かわいく“まま♡”と呼ぶこと』


 少しだけ間が空く。


『母はものすごく、とてつもなく、びっくりするくらいに偉く、高貴で、美しいのだから』

『……女王として、ここは締めなくてはならぬ』


「……ありがとう……おかあさ……ま、まま……」


 無意識に言葉がこぼれた。


 返ってきた声は、優しいまま――けれど、容赦がなかった。


『誓いは受け取った。忘れるな』


『今後、お前は――生きながら地獄に落ちる』


『お前の願いは――何一つ叶わず』


『お前は――何一つ得られない』


『それでも救いたいと望むなら――そのたびに、お前の大切なものは必ず奪われる』


 胃の奥が冷たくなった。

 なのに、不思議と……逃げたいとは思わなかった。


「……うん」

「なら、僕は運命を受け入れて、なお抗うよ」


 声が、自分でも驚くほど静かだった。


「例え地獄に至る運命でも。僕は……そんな運命に負けない」

「今度こそ、僕は変わる。なんとしても」


 朗らかな笑みが、気配だけで伝わる。


『行け。運命は定まった』

『抗うなら、抗って見せよ。

 その苦悩を見届けること――それを母への罰としよう』


 身体が軽くなる。

 闇の向こうに白い光が差し、僕の輪郭が引き戻されていく。


 そして最後に、声が告げた。


『お前の名は――』


『……テュポーン』


 その名が胸の奥に刻まれた瞬間。

 僕は――光に飲まれた。

物語、加速します。

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