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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第一章:女神ちゃんになっちゃいました

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第12話:久しぶりの我が家

 さあ僕たちの闘いはこれからだ――そう思わせる一日だった。

 ……が、そこからすでに二週間が経過した。


 あの日から凛さんは、例のミノスの迷宮ダンジョンの報告レポートに没頭し、ずっと研究室に籠りきり。

 まきまきも僕の身元を保証する書類やデータの作成に時間を割き、この二週間は完全にダンジョンどころか配信からも離れていた。


「りんさ~ん! 起きてください! 研究室行くって言ってたじゃないですか。もう朝の八時ですよ!」

「んあ……んんん……あと……ごふん……」

「それ四回目です!! お~き~てえ!!」


 僕はというと、凛さんの家に泊めてもらっている立場なので、家事は全部担当させてもらっている。


「うっわああ! おいしそう!!」

「今日はフレンチトーストです。頭使うでしょうし、お砂糖ほしいですもんね」

「うん! いただきま~す!」


 親がほとんど家にいなくて家事をやっていたおかげで、料理にはちょっと自信がある。ワンルームの狭いキッチンも、小さくなった僕の体にはむしろぴったりで――ありがたい、のかもしれない。


「それじゃあ行ってきます」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 ぱたぱたと走って、家を出ようとする凛さんを玄関で呼び止めた。扉を開けたまま振り返る凛さん。寝起きの髪を雑にまとめて、でも目だけはいつも通り鋭い。


「お弁当! 忘れてます!」

 包みを二つ、凛さんに渡す。


「いつも悪いな。もう一つは……」


「一応、その……まきまきの分です。この前、菓子パンとお酒しか食べないって言ってたから。勝手に作っちゃってごめんなさい」


「いや、ありがたいよ。まきまきにも世話になってるしな。……じゃ、行ってくる」


「はい、いってらっしゃい!」


 凛さんが出かけたら次は、掃除と洗濯と、それから夕飯の準備。

 ――と、思ったところで。


「あ!? いけない……トイレットペーパーがきれそうなんだった。ドラッグストア行かないと……」


 家事を回していると、気づけば昼。僕も外に出る時間だ。向かうのは、まきまきの研究室。


 いつも通り、パソコンに向かう凛さんとまきまき。

 そして今日は――珍しく、らいこさんの姿もあった。


「こんにちは~」


「おっ!! 祈里く~ん。お弁当ありがとぉねえ」


「いえいえ、構いませんよ」


 まきまき、今日は酒の匂いが薄い。飲んでいるには飲んでいるけど、真面目に働いている証拠だ。

 それより気になるのは、やっぱり――。


「珍しいですね、らいこさん」


「あなたに関する書類を受け取りに来たのよ。上から任されちゃってね」


「僕に関する書類……例のギフト届ですか?」


「ええ、そうよ」


 戸棚から紅茶の茶葉を取り出し、流しへ。やかんに水を入れて火をつける。茶器を手早く用意して、三人分のカップに注ぐ。

 まきまきと凛さんにはそれぞれの作業机へ。中央の大きなテーブル、硬い椅子に座るらいこさんの前にも、かちゃり。


「あら、気が利くわね。ありがとう」


「僕のために皆さん頑張ってくださってるんですから。これくらいは……」


 そう言って研究室から出ようとしたところで、らいこさんに呼び止められた。


「ちょっと、どこ行くのよ?」


「今から温室の方のダンジョン植物への水やりです。朝とお昼に一回ずつ必要なんですよ」


「……」


 らいこさんの視線が、じとーっとデスクの二人へ刺さる。


「あなた達……さすがに祈里君に色々任せすぎじゃないの?」


「いいんですよ、らいこさん。お二人に僕が迷惑をかけてるのは事実ですし」


「……あなたがそれでいいならいいけど」


 納得しきれない顔のまま、紅茶をひとすすり。らいこさんが立ち上がり、椅子に掛けていた上着を羽織った。


「祈里君。私も付いて行っちゃだめかしら? ちょうどまきまきを待ってて暇なの」


 施設のことだし、僕には判断できない。ちらりとまきまきを見る。

 まきまきはパソコンから目を離さず、言葉だけ投げた。


「構わないよぉ~」


 らいこさんが、にこりと微笑む。


「らしいわ。ご一緒してもいいわよね?」


「はい。一人だと退屈しちゃいますし。嬉しいです」


 昼から夜はこんな感じで、研究室の雑用がメインだ。温室の管理、備品の補充、データ整理の手伝い。夕方になったらスーパーに寄って帰る。

 帰ったら夕飯。作りすぎても明日のお弁当に回せるから、いつも少し多め。


 ――ただ今日は、特別にもう少し多め。


 夜七時。帰ってきた凛さんとまきまきが床に座ったところで、ようやく夕飯だ。


「……」


 食卓に座った凛さんの表情が、少しだけ険しい。


「……もしかして、回鍋肉嫌いでした?」


「いや、回鍋肉はむしろ好物よ……でもね……」


 次の瞬間。


「なんでこいつがいるんだ!」

 凛さんの指さす先には――行儀よく正座するらいこさん。


「別にいいじゃない。減るもんじゃないでしょ」


「減るわ! ご飯の量が!!」


「大丈夫ですよ。いつもより多くご飯炊いてるので」


「そういう問題じゃ――……だあもういいや。お腹空いた。食べよ……」


 狭いワンルームの、さらに狭いちゃぶ台が、今日はいつもより狭く感じる。

 でもその分、妙に温かい。これがこの二週間の生活だった。


 そして、二週間が過ぎ――さらに二日後。

 今日の朝は、いつもと違った。


 玄関で、忘れかけたお弁当を渡している最中。凛さんがふと、何か思い出したように声を上げた。


「あっ……そうだった。少し待ってるから、祈里も外に出る準備してくれるか?」


「いいですけど……どうしたんですか?」


「まきまきが朝、君を連れて来いって」


(まきまきが? 思い当たること、特に――)


 そこで、はっとする。最近のまきまきの仕事は僕のあれこれ。身元照合、ギフト認証……つまり――。


「もしかして、僕の身元だったりギフトのことが終わったとか?」


「ぽいな」


 凛さんは嬉しそうに笑っている。

 なのに――どこか寂しそうにも見えた。

 それがどうしてなのか、僕にはまだ分からない。


 研究室に着く。

 しかし――そこに、いつものまきまきがいない。


「あれ……まきまき~……まきまき!」


「いるっているいる」


 研究室奥の扉が開き、出てきたのは――水色の髪をフォーマルにまとめ、スーツをびしっと着込んだ女性だった。酒の気配が一切ない。むしろ香水の、いい匂い。


「だ……だれ?」


「まきまきだよ。学会とかでは割とあんな感じ」


 横から凛さんがさらっと教えてくれる。

 いや、信じられない。別人みたいだ。


「……それで本物のまきまきは……」


「本物だよ!!」


 即ツッコミが飛んだ。

 声、間違いない。うん、本物だ。


「それで、今日呼び出された理由っていうのは?」


「あらかた察しはついてるだろぉ。お前さんの身元保証やギフト認証が終わった。ようやく家に帰れるって話だぁ」


 家。

 そうだ。二週間以上も家を空けてしまった。両親は海外。家には妹が一人だけ。


「心配……かけただろうなあ……」


 肩を落とした僕の頭に、凛さんがぽん、と手を置く。温かい。


「祈里が悪いわけじゃないんだ。ここは普通に喜んでいいと思うぞ」


 その柔らかな微笑みに、胸の奥の硬いものが少し溶ける。


「その前に……」


 まきまきが、じとっとした目で僕と凛さんを交互に見た。こんな表情、初めてだ。

 凛さんが不思議そうに首を傾げる。


「どうしたんだ? まきまき」


「あのだねえ。祈里君はまあ……いいよ。でも凛君、君は一応この騒動の責任者でもあるんだから、しっかり正装しなさい。できれば祈里君も」


 確かに凛さんの格好は変なTシャツにジャージ。僕もオーバーサイズのTシャツと短パンに、小さなエプロン。

 凛さんが、僕の顔を覗き込む。


「……だめか?」


「凛さんは何を着ててもかっこいいですよ」


 反射で言ってしまった。

 まきまきは呆れたようにため息をつき、頭を抱えた。


 そのまま凛さんは奥の部屋に連行。出てきた頃にはスーツ姿で、タイトなラインが日本人離れしたスタイルを際立たせ、まるでモデルみたいだ。


「すごい! さっきよりも更にかっこいいです!!」


 そして流れるように僕も連行された。奥の部屋は実験室兼更衣室らしく、ロッカーから出てきたのは白のセミフォーマルなワンピース。少し大きいけど、裾が地面につかないギリギリ。サンダルも隠せる。


「さあ、行くぞお前さんらぁ~」


 こうして僕ら一行は、僕の家へ向かうことになった。

 まきまきと凛さんは監督責任者として。――まきまき、やっぱり相当偉い人なんだな。


 電車に乗って、改めて思い知らされる。公共交通機関の人波の中で、自分がどれだけ小さくなったのか。登校中の小学生と、目線が同じだ。


 そしてさらに驚かされたのは凛さんだった。身長が高いとは思っていたけど、電車の扉より背が高い。周りのサラリーマンと比べても頭ひとつ抜けている。存在感が違う。


「あの~……凛さんって身長何センチなんですか?」


「んーとね。計ったの結構前だからな……たしか……一九〇くらい?」


「デッカ!?」


 予想よりはるかに高い。

 でも、ギフト無しでモンスターと渡り合うなら、このくらいの体格が必要なんだろう――と妙に納得させられる。


 まきまきは……うん。なんかちょうど良くて安心する。


「おい祈里……お前さんいま失礼なこと考えたろぉ……」


「そ、そんな! 微塵も!!」


「ホントかぁ?」


 服装だけはビシッとしているのに、会話はいつものまま。

 だから緊張も少しずつほぐれていった。


 そして到着する。僕の家。二階建ての一軒家。駐車場はあるけど、車はない。

 たった二週間なのに、妙に懐かしい。


 まきまきが躊躇いなくインターホンを押す。

 その瞬間、胸の奥がぎゅっと縮んだ。


 妹が心配で体調を崩していたらどうしよう。

 逆に、二週間空けた僕を見ても普段通りだったら、今度は僕が倒れそうだ。


(もう! どうしろってんだよ……)


 ガチャリ。

 扉がゆっくり開く。隙間から、懐かしい実家の匂い。

 それでも鳴りやまない心臓。僕は、開かれていく扉の先を見つめた。


 ひょっこりと顔を覗かせたのは――さらりとした黒髪を腰まで伸ばした少女。二歳下の妹、鈴木香苗すずきかなえだった。


 扉が開け切られ、姿が現れる。ジャージ姿なのはいつものこと。背筋を伸ばして立つその姿を見て、僕の心配が杞憂だったと分かる。


(妹だというのに、香苗は僕よりずっと大人びている。……心配の必要なんて、なかったのかもしれない)


 香苗が何かを言うより先に、まきまきが深々と頭を下げた。


わたくし、日本ダンジョン協会――通称NDKにて特別技術顧問、兼、ダンジョン生態・資源研究センター副センター長を務めております。包帯薪まきと申します」


 続けて凛さんも、ふわりと優雅に頭を下げる。


「そして、包帯薪さんのもとで教鞭をとらせていただいております、桐生凛と申しますわ。此度は鈴木様の身辺のお世話を――」


 ……お世話をしていたのは僕の方だ。

 言いたい。でも、飲み込んだ。空気が完全に“お上品モード”になっている。


「此度はご家族にご心配をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます。情報機密などの問題上、ご連絡もできず……不徳の致すところです」


「そ、そんな。頭を上げてください。事情は……ら、らいこさん? って方から聞いてはいますので」


 香苗は動じない。むしろ、対応が慣れているみたいに落ち着いている。

 そして凛さんが、さらに上品に手土産を差し出した。


「こちら心ばかりの品ではございますが、お納めください」


「あらあら……カステラ。申し訳ございません。ありがたく頂戴します」


 僕の実家の玄関が、いつの間にか上流階級の交流の場みたいになっている。

 その中で物怖じしない我が妹よ……いつの間にそんな立派になって。お兄ちゃん立つ瀬がないぞ。


 手土産を受け取ると、香苗は扉を大きく開け、中に招き入れるように手を差し出した。


「もしよろしければ、上がってください。立ち話もなんですから」


 まきまきと凛さんは言葉に甘え、いそいそと中へ入っていく。

 僕も追いかけようとした、その時――。


 ドンッ。


 玄関を塞ぐように、香苗の足が置かれた。

 沈黙が落ちる。


「お二方。リビング、そこの左の扉です。先に入っていていただけますか?」


 二人は状況を察したのか、軽く頭を下げてリビングへ。

 入る瞬間、親指を立ててくれた……気がする。がんばれ、ってことだろう。


 玄関に残されたのは、僕と香苗だけ。


「お兄ちゃん……ですよね?」


 背筋がぞくりとする。

 にこやかな笑顔。細い目。笑っているのに、その奥から漂う圧が告げている。


 ――怒ってる。


「え、えーっと……あは……あはは……」

「……やっぱり」


 香苗は大きくため息をついた。


「よくわかったな」

「そりゃ分かりますよ。生まれてからずっと、ほぼ毎日見てきたんですから」


 僕は、観念して視線を落とす。


「……悪かった。家を空けて……」


「そうじゃないですよね」


 言葉を遮られる。

 まずい。何で怒ってるのか分からない。分からないのに、怒ってるのだけは分かる。


 焦っていると、香苗はもう一度ため息をつき、吐き出すように言った。


「どうして……話してくれなかったんですか?」


「その……こんな姿で会っても、僕だと分からなくて怖がるかと……」


 香苗の“笑顔”が、ほんの少しだけ冷える。

 表情は変わらないのに、怒りだけが濃くなる。


「それじゃあ……今のわたしは何ですか?」

「……はい。一切の弁解の余地もなく。お気づきになられてます……はい」


 じりじりと押され、僕は数歩後ろへ。

 香苗も玄関を出て、ゆっくりと扉を閉める。


 ――めちゃくちゃ怒られる。

 そう覚悟した瞬間。


 ぎゅっ、と抱きつかれた。


 今では体格が逆転している。香苗の方が大きい。息が詰まるくらい、強い。


「ちょ、かな、香苗……つぶ……つぶれりゅ……」


「私を見くびった罰です。心配……したん……ですから……」


 言葉が途切れ途切れになる。肩に、冷たいものが落ちる。涙だ。


「……ごめん。今後はもっと信頼する。でもさ、お兄ちゃんとして、怖がらせたくなかったんだよ。いきなりこんな体になって、僕自身も理解できず、慌ててたから」


「だったら尚更です。家族を信頼してください。家族は迷惑をかけ合うものだって――そう教えてくれたのは兄さんでしょう」


 正論。ぐうの音も出ない。

 僕は黙って、香苗の震えを受け止めた。


「……ただいま」

「……おかえりなさい」

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