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底辺ダンジョン配信者を追いかけたら、ぼく女神さまになっちゃいました。  作者: まぴ56
第一章:女神ちゃんになっちゃいました

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第10話:あたしの道具になってほしい

 ぐらり――僕を握り潰していたミノスの腕が、ふいに揺れた。


 電柱みたいに太い前腕に、一本の“線”が走っている。

 次の瞬間、ぷしゅっと裂け目から赤黒い血が噴き出した。


 ……斬られた。


 握りしめられていたはずの腕が、肘から先ごと、重力に引かれて落ちていく。

 僕を掴んでいた指の圧がほどけ、視界がぐるりと反転した。


 落ちる。


 全身の骨がどこかで折れている。痛みが遅れて一気に押し寄せ、息が詰まる。

 再生が追いつかない。間に合わない。地面が迫ってくる。


 ――終わる。


 覚悟を決めて目を閉じた、その瞬間だった。


 地面を蹴る衝撃音。

 次いで、ふわりと浮く感覚。


 凛さんが空中で僕を抱えたまま、まるで羽があるみたいに着地した。

 着地の衝撃すら、ほとんどない。……いや、凛さんが全部“殺してくれた”のだ。


 そして僕の視界の端。

 地面に突き刺さったままの、巨大な黒い斧。


 《ジャイロ・クリーヴァー》。


 一刀両断した勢いのまま、刃が床を抉り、クレーターみたいな穴を作っている。

 白い蒸気が、ぷしゅう、と抜けた。


「《ジャイロ・クリーヴァー》……エネルギー残量0%……活動限界……機能停止……」


 ジンバルンの無機質な声。

 黒い煙を吐きながら、機械は沈黙する。


 目が合う。――ミノスの目前だというのに、凛さんの呼吸は乱れていない。

 堂々と立ったまま、腕の中の僕へ声を落とす。


「……配信。見たよ」


 その一言で、全部理解してしまう。

 僕が「凛さんは来ない」と決めつけて、勝手に死にに行ったこと。

 それが、全部バレている。


「……ごめんなさい」


 絞り出すように言うと、凛さんは首を振った。


「……いや。君の判断は、間違ってない。

 あたしは自己中だし、場合によっては人を見捨てる」


 胸の奥が、きゅっと痛んだ。

 でもそれは、恐怖じゃない。安堵でもない。


 ……ショックだ。


「君があたしに好意を持ってくれてるの、最初から分かってた。

 だから利用しようとした。相棒だの、耳障りのいいこと言ってさ」


 言葉が胸に突き刺さる。

 嘘でもいいから、あの時の「必要だ」は本当だと思いたかった。


 僕の目から、涙が落ちた。

 情けなさで、息が震える。


 凛さんは一度だけ、目を伏せた。


「だから……改めて、言う。

 あたしの本当の願い。……本音」


 たいまつの火が、ぱち、と鳴った。

 ミノスでさえ動かない。いや、動けない。

 世界が、音を失ったみたいに静かだった。


「あたしの……道具になってほしい。

 あたしの夢を叶えるための、道具に」


「……」


 真っすぐな瞳だった。

 嘘じゃない。逃げ道もない。凛さんの“本当”。


 涙が、さらに止まらなくなる。


「……う、っく……ひっく……」


「……これが本音だ。分かっただろ。だからもう、君は手伝わなくて――」


「ちが、違うんです……!」


 やっと声が出た。

 言いたいことが多すぎて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。


「……僕、学校で虐められて。誰からも必要とされなくて……

 でも、本当は……人に必要とされるの、大好きで……!」


 言葉が詰まる。

 凛さんは急かさない。ただ真剣な顔で、待ってくれる。


「僕……凛さんの本当の気持ちを知って……嬉しかったんです。

 道具でも……道具としてでも……僕を“必要”としてくれるんだって……!」


 凛さんの顔が固まった。

 鳩が豆鉄砲を食ったみたいに。


「……僕、凛さんの道具になります」


「い、いや待て。待ちなさい。

 あたしは本気で言ってるんだぞ? 人を利用価値でしか見ない――」


「なら、道具だったら。……それ以外でも、見てくれるんですよね」


「……っ」


 凛さんの言葉が、そこで止まった。


「……本当にいいのか。

 今日だって、昨日だって……これからも君は地獄を見る。

 あたしは、君の能力が目当てだから」


「いいですよ! それくらい! ばんばん使ってください!

 僕は――被虐の女神ですから!」


 涙がやっと乾いて、瞼が少し痛い。

 それでも僕は、凛さんを見上げて言い切った。


「……いいんだな」


「はい!」


 僕が笑うと、凛さんは諦めたように息を吐いて――最後には、少しだけ笑った。


 二人だけの時間が、永遠みたいに伸びた、その瞬間。


「なにえげつない話してんのよ!!」


 爆発音。

 風を切る音が、上から降ってくる。


 見上げた先――闇の天井から降りてきたのは、ピンクの地雷系ファッション。

 黒いハーフツインが揺れ、赤い眼光がこちらを射抜く。


 そしてその腕の中には――


「鏑木さん!?」


 鏑木さんを抱えたまま、彼女は足元で小さな爆発を連打し、風圧でゆっくり降下してくる。


「らいこさん!? なんで!?」


「貴方が“配信で”叫んでたからよ」


 らいこさんが唇を吊り上げる。


「……っ! 危ない!!」


 空気を蹴り、爆破。

 一瞬で加速したらいこさんが、僕らの頭上を通過――


 ミノスの顔面に、蹴りを叩き込んだ。


 武器みたいに分厚い黒い靴底が、巨体の顔を踏み潰す。


 そして。


 ドガァァン!!


 爆発。衝撃波。

 ミノスが数歩、よろめく。踏みしめるたび床が地震みたいに揺れた。


「なにモンスターの前でいちゃついてんのよ! 危ないでしょうが!!」


「いちゃついてない……大事な話をしてたんだ」


 凛さんの発言にらいこさんは「はいはい」と言いたげに肩をすくめ、

 ボンッ、ボンッ……と爆破で落下を殺しながら、僕らの前に着地した。


 その拍子に、鏑木さんが凛さんの胸の中で揺れる。

 目が合った。こんな状況なのに、彼女は小さく手をふりふりしてくる。


「鏑木さん……え、じゃあジンバルンは!?」


「ココニ……オリ……マス……」


 ふらふら、ふわり。

 黒い煙を吐きながら、墜落寸前のジンバルンが降りてきた。今にも落ちそうだ。


「でも……どうして、らいこさんが」


「これでもトップ配信者よ。コメントひとつ見落とすわけないでしょ」


 まるで当然みたいに、らいこさんは微笑む。


「で、ちょっとトイレ~って言って、急いで飛んできた。……大変だったのよ?」


 僕は改めて、彼女の足元を見る。

 爆発の余熱が、靴底から蜃気楼みたいに揺れていた。


「その脚……」


「これが私のギフト。《地雷(じらい)》――足から爆発を生み出す力。かっこいいでしょ!」


「は、はい……!」


 本当にかっこよかった。

 闇から降ってくる姿は、正義のヒーローみたいで。


 僕がきらきらした目で見てしまった、その瞬間。


「……君、中々に浮気性だよな」


 上から鋭い視線。凛さんだ。


「え!? 浮気って、いきなり何言って――」


「無駄話あと! 来るわよ!!」


 らいこさんの声で、全員の視線が前方へ揃う。


 ミノスと目が合う。

 巨体がこちらへ走り出した。


 ゆっくりした早歩きにしか見えないのに、距離が一瞬で詰まる。

 圧で空気が潰れる。


「らいこ! その子、貸して!!」


「任せたわよ!!」


 鏑木さんが投げ渡される。

 凛さんは僕を軽く上へ放り、抱え直し――空いた腕で鏑木さんをキャッチ。


 そしてミノスに背を向けて走った。


 逆に、らいこさんは膝を曲げ、腰を落とし――爆発。


 ドンッ、と地面が沈むほどの加速。

 さっきとは桁違いの速度で、ミノスへ突っ込んでいく。


「ジンバルン! この状況での勝率は!?」


 凛さんの胸の中。並走するジンバルンへ問いかける。


「マスター……ライコサマ……イノリサマ……サンニンデノショウリツ……200%」


「ふひっ……限界突破してるじゃん」


 冗談みたいな数値に、思わず笑いが漏れた。

 ……でもその笑いは、すぐ痛みに掻き消される。


 凛さんが柱の陰で止まり、僕と鏑木さんをそっと床に下ろした。


 僕の目を見て、凛さんが言う。


「あたしと、あいつに――被虐の女神の加護。お願い。

 一気にケリつける」


「で、でも凛さん! 武器が……!」


 《ジャイロ・クリーヴァー》は、地面に刺さったまま。

 今の凛さんには、まともな武器がない。


「らいこさんに任せちゃえば……」


「……大丈夫!」


 凛さんはそう言うと、装備を外し始めた。

 グローブ、プロテクター、邪魔な重さを次々捨てる。


 そして最後に――セーラー服“っぽいコス”すら脱ぎ捨てた。


 残ったのは、ぴったりした青のスポーツウェアと軍靴。

 割れた腹筋。浮き出る筋。歴戦の傷。


『魔王様の貴重なお色気シーン!!』

『筋肉と傷の数えぐいなあ』


 配信コメントが流れる。……今それどころじゃないのに。


 凛さんは床に置かれた一本の短刀を拾い上げる。

 少し古風な拵え。鞘を払うと、ぬらりと白銀の刃が姿を現した。


 青い灯りに照らされ、不気味に光る。


「祈里……一発勝負。あたしに賭けて」


「……はい!!」


 凛さんが走り出す。

 装備の重りが消えた分、動きが“軽い”。速い。


 その間にも、らいこさんは戦っていた。


 爆発で縦横無尽。目に追えない速度で飛び回り、ミノスの両刃斧の隙間をすり抜ける。

 狙うのは装甲の薄そうな腹――


 突っ込み蹴り。


 ぐにゃりと腹がへこみ、ミノスの顔が歪む。


 追い打ち。


 バチバチ……バゴォォン!!


 靴底から爆発。反動でらいこさんは後退し、くるりと回って猫みたいに着地した。


 ――だが。


 着地のタイミングを狙って、横から柱みたいな両刃斧が迫る。


 避けきれない。


 らいこさんは足を上げて受けたが――


 吹き飛ばされた。


 壁に叩きつけられ、クレーターが開く。


「うぐ……くああああ!」


 同時に、僕の腕と足がベキリと折れる。


「だ、大丈夫ですか!? 女神ちゃん様!」


 鏑木さんが怯えた声で僕の背中をさする。


「だ、だいじょ……ぶ……」


(らいこさんも……凛さんも、命を張ってる。

 この戦いが終わるまで……耐えろ、僕)


 クレーターの煙が晴れる。


 らいこさんは壁に張り付いたまま――無傷だった。


「な、なにこれ……」


「祈里のギフトだ! ダメージは全部無効って考えていい!」


「は!? 強すぎない!?」


 “強い”のは、僕が痛いからだ。

 でも今は――その痛みが盾になる。


 らいこさんは即座に復帰。

 両刃斧が振られる。けれど、もう“怖がらない”。


 爆破で急停止し、空中で前転。

 連続爆発で縦回転しながら突っ込む。


 燃え上がるコマみたいに――斧へ、かかと落とし。


 ドゴォン!!


 接触の瞬間、さらに爆発で勢いを上乗せ。


 反動は、僕が受ける。


 足が潰れ、血が噴き、視界が白くなる。

 歯を食いしばって耐える。


 ――ひび。


 両刃斧に、確かにひびが入った。


「いい加減ぶっ壊れなさい!!」


 逆噴射。

 後ろ向きに爆発し、膝蹴り。


 ドンッ!!


 ひびが走った箇所から、両刃斧が叩き割れた。


 衝撃でミノスの手から武器が離れる。

 そこへ最後の一撃。


 逆さになり、斧の柄を蹴って爆破――壁まで吹き飛ばす。


「最高……! ギフトの反動を気にしなくていい!

 さいっこうに気分がいいわ!!」


 汗と瓦礫で汚れた顔なのに、らいこさんは笑っていた。


 ミノスの顔に、焦りが浮かぶ。

 巨体が、らいこさんを掴みにいく。


 そして――掴めた。


 ……いや、違う。


 それは、スズメバチを素手で掴んだみたいな“自滅”だった。


 バン、バン、バン――!


 至近距離の連続爆発。

 空気が裂け、轟音が腹の底に響く。


 その反動が、僕の体に全部来る。


 皮膚が裂ける。骨が砕ける。内臓が揺れる。

 意識が、遠のきかける。


「やっば……きつい……かもぉ……」


 鏑木さんが必死に背中をさすってくれる。


 でも――その甲斐はあった。


 ミノスの片手が、ばらばらに砕け散った。これで両手を潰せた。


 グォォォォォ!!


 絶叫が空気を震わせる。


「らいこ! ジャンプ!!」


 良く通る声。凛さんだ。


「っ!」


 らいこさんが反射で跳ぶ。

 回転しながら、ミノスの顎下を蹴り上げる。


 巨体が仰け反った、その“口”が開く。


 ――今だ。


 らいこさんが地面に手をつき、逆立ちの姿勢で踏ん張る。

 腕が引きちぎれそうな痛みが僕に走るが、誤差だ。


 その足裏へ――凛さんが飛び乗った。


 二人の足裏が、ぴたりと合わさる。


 ボンッ!!


 一度の爆発。

 凛さんが、弾丸みたいに跳ね上がった。


 ミノスの“上”を取る。

 ふわりと落下――


 着地先は、顔面。

 凛さんとミノスの視線が、噛み合う。にらみ合う。


 一瞬の静寂。


 それを切り裂いたのは、凛さんの低い声だった。


「……死ね」


 凛さんが飛び込んだ。

 開いたままの口の中へ。


「凛さん!?」


 こくり、とミノスの喉仏が大きく動く。

 飲み込んだ。


 数秒の沈黙のあと――


 ミノスが暴れ出した。腹が跳ね、内部から何かが突き上げてくる。

 時折、腹の裂け目から短刀の刃先が覗く。


 中で、切り裂いている。臓器ごと、ずたずたに。


 ミノスが吐き出そうとした、その瞬間。


 ドガン!!


 下から、らいこさんの蹴り上げ。

 顎がひしゃげ、口が塞がる。


 閉じた口の中から、轟音が響いた。


 グゴゴ……グオオオオオ……!!


 それでも凛さんは止まらない。

 吐き出されそうになれば、喉へ食い込み、肺を裂き、心臓へ刃を届かせる。


 最後に。


 コヒャ……ゴゴ……と、情けない断末魔が漏れ――


 ミノスは、倒れた。


 巨体が崩れ落ち、迷宮の床が震える。


 そして。


 口が内側からこじ開けられ――凛さんが、血と体液にまみれて出てきた。


「凛さん!! 凛さん!! 凛さあああん!!」


 走り寄りたいのに、立てない。足が折れている。

 でも察したのか、凛さんとらいこさんが並んで歩いてきてくれた。


「……勝ったぞ。祈里」


「り、りんさああああん……!」


 僕は地面を這うように近づこうとして――凛さんに止められる。


 凛さんが片膝をつき、ぎゅっと僕を抱きしめた。


 やっと、安堵の涙が溢れてくる。情けないほど、ぼたぼたと。


「……ごめんなさい。祈里君のギフト……それ……」


 らいこさんが、僕の折れた腕や足を見て顔色を変え、眉をひそめた。


「僕のギフトは、ダメージの肩代わりです。

 でも大丈夫ですよ。ちゃんと……すぐ回復するので」


 泣きながら、できるだけ笑顔を作って言う。

 罪悪感は、持たせたくなかった。


 凛さんの腕が、少しだけ緩む。

 そして僕の顔を真正面から見つめて言った。


「祈里。……約束」


「は、はへ?」


「君はあたしの道具だ。

 あたしは自分の道具が壊れるのが好きじゃない。ジンバルンもそう。だから――」


 凛さんは、もう一度ぎゅっと抱きしめた。

 さっきより強い。痛いくらい。


「あたしのために……自分を大事にしろ」


「……分かりました」


 その言葉に、凛さんの呼吸が少しだけ柔らかくなる。


 ジンバルンも限界で、ここに長居はできない。

 僕たちは、らいこさんにまとめて運ばれることになった。


 どうやら第三層から地上へ直通する“隠しルート”があるらしい。

 そこを通れば、外はすぐだった。


 そして僕たちが向かった場所は――


 病院? 救護所?


 ……違う。


 暖簾の揺れる、見慣れた看板。


 居酒屋だった。

 そして店先でこちらに手を振る、小さな影。


 揺れる水色のツインテール。

 まきまきだ。

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