第2話 運命の機体
日の出が見えた朝だ。雨が降らないことを願う。
塹壕は雨が降ると足が完全に使って麻痺する。冷たい雨で、凍傷も壊死し、体も冷えまくる。これを塹壕足というのだ。雨の日は命運を分けてしまう、最悪の自然災害なのだ。
塹壕のサイレンが鳴り、機関銃手が発砲し始めた。
「敵だ!突撃してくるぞ!」
味方の戦車砲塔トーチカが撃ち、塹壕の奥では味方兵が吹き飛んでいる。
「数が多い!」
有刺鉄線を超えて遂には塹壕へ帝国兵が入って来てしまった。激しい白兵戦が巻き起こる。
「機関銃手を殺せ!」
味方の機関銃手が集中砲火され蜂の巣になる。
僕もハンマーで帝国兵を撲る。
「グレネード!」
味方兵の叫びが聞こえる。グレネードが爆発し僕は気絶した。
意識を取り戻すと、そこは死体だらけの塹壕で、銃声1つ聞こえなかった。
「また攻勢が来るかもしれない…」
本来なら軍法裁判行きだが、塹壕から飛び出して枯れた森へ逃げた。
宇宙を見ると、艦隊や戦闘機が攻撃している。
空戦も起き、黒い逆ガル翼の航空機がヴィーナスを追いかけている。終にヴィーナスが被弾し墜落したのが見えた。
僕は引き寄せられるように墜落現場へ向かった。
火災は起きておらず、ヴィーナスの電源も生きている。
コクピットはパイロットが横たわっており、銃痕と血があった。パイロットは死んでいた。
「…まだ、動くのか?」
操縦桿もない謎のコクピット。僕はパイロットを埋葬して乗り込んだ。
乗り込むと、自動でコクピットが閉まった。
[新たなパイロットの搭乗を確認]
[適応性異常無し]
[ようこそマスター]
画面が空中に映し出される。こんなシステム、見たことがない。全てホログラムなのに、感触もある。
機体がホバーし始め、いつでも飛べると語りかけているようだ。
不思議なことに、この機体は自分の体の一部のように動かせるように感じる。
体に力を入れ、機体と一つになると、一気に上昇した。
「飛んだ!」
飛行し、だんだんとコツを掴んで来る。
センサーに敵機のアイコンが映り込む。数は7…帝国戦闘機のセブンスターズだ。7機の編隊を組んで攻撃する。1機自体は強くはないが、数で押してくる。
「邪魔!」
殴るように向かうと、ヴィーナスの誘導ミサイルが発射され逃げるセブンスターズ全機を追いかけ撃墜した。
「…すごい…この機体、まるで俺みたいに自由じゃないか…」
それは体がこのヴィーナスと1つになったような気分だった。
とりあえず、空母に戻らなくては。
さらに上昇し大気圏を突破。敵艦が沈む中、間を縫うように通り味方空母に着陸する。アレスティングワイヤーにひっかけ停止した。
「両手を挙げろ!」
兵士に囲まれ俺は両手を挙げながら説明した。
「俺は敵じゃない!新しいパイロットだ!」
奥から1人の将校が出てきた。
「全員銃を下ろせ。君がその機体をここまで運んできたということは、間違いなく次の選抜者だ。少し、話をしたい。その機体は整備員に任せろ」
将校の後をついていき部屋に入ると、紅茶を一杯出してくれた。数ヶ月ぶりだ。こんな紅茶を優雅に飲めるなんて。
「さて、君はあの機体がなんなのかを知っているか?」
「エース専用機ですよね。噂では聞いたことがあります。パイロットを自ら選ぶ戦闘機だとか」
「そうだ。名前は金星と呼ばれている。君はヴィーナスのパイロットでは3番目だ。本来ならもう少し詳しく話したいのだが、今は即戦力が必要だ。ヴィーナスの操縦についてだが、SRSというシステムが搭載されている。それによりパイロットの精神と思考の2つをリンクして動かすことができる。武装も考えるだけで選び発射可能だ。だが、損傷を負えば君の精神に傷がつく。大きな被弾をすれば精神崩壊も起こすだろう。しかし、君が一発であの機体を動かせたことは、ヴィーナスに選ばれた証拠だ。これは命令だ。ヴィーナスに搭乗し戦場に参加せよ」
俺は素早くその命令を了解した。ワープをし、新たな戦場に参ることになったのだ。
味方の戦闘機であるコメットが次々出撃する。コメットは我々トルキ軍が運用する大量量産型戦闘機だ。その特徴は推進力。このヴィーナスの倍の推進力を持ち、スピードだけは絶対に負けない。
<ヴィーナス発進どうぞ!>
「了解。行くぞ!」
整備員の合図を確認し、スロットルを一気に点火。カタパルトが俺を宇宙へ飛び出させた。
不思議だ。Gがかからないのだ。これがヴィーナスの高機動の理由の1つだろう。
既に奥では戦闘が行われ爆発する光が見えていた。
数秒すると、コメットやセブンスターズの残骸が浮遊している場所まで来た。ついに弾丸が飛び交う。
画面に14機のターゲットマークが表示された。
力を入れ殺意を込めて、奴らを破壊することだけを考えると、ヴィーナスは一気に推進力を上げ10機のセブンスターズを撃墜した。4機が回避し隊列を組み直す。まるで空飛ぶ戦列歩兵だ。だが、そんな状況整理よりが幸福感が俺を襲った。
「…やった…!この機体…すげぇ!」
4機のターゲットマークが浮かび上がる。
同じようにして、一瞬で4機を全滅させた。
「…すごい…」
さらに奥へ飛ぶと、本格的にドッグファイトで乱戦が行われている戦場に突入した。
セブンスターズを次々撃ち落とす。
俺らの方が圧倒的に有利だった。だが、とある敵の一機が目立っていた。黒塗装の逆ガル翼。本体はヘルメットのような形をしていた。
<散開!散開しろ!シュトルムピッケルハウベだ!>
あの機体…あの惑星でヴィーナスを墜とした機体!前のパイロットの仇を取ってやる…。