第8話 地上に見えた闇
墜落現場から足を引きずりながら離れつつ、なんとか戦場から離れることはできた。だが、濃い霧は東西南北も分かるわけもなく、ただ真っ直ぐ進むことしかできない。
森に入り、まだ生きている葉や雑草、花といった植物は一時の癒しだった。不気味な霧がありつつ、近くに発砲音やマズルフラッシュは見えず、その場に倒れた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
右腕と左脚に痛みが走る。おそらく骨折しているのだろう。
休みつつ這いずりながら進むと、見えてきたのは防空壕だった。この惑星に存在していた組織が作ったのかは知らないが、近くには土嚢や塹壕、機関銃、高射砲が設置されていた。しかし、死体1つなく、武器は全て壊れていた。爆撃ではなく、工兵か何者かに破壊された様に見える。
だが、今は生き延びなければ。捕虜になってもいい。その一心で俺は防空壕を入った。下に続く階段をゆっくり下りていく。
一番下まで下りると、帝国兵が数名血を流していた。既に冷たく、動いていない。俺は帝国兵が持っていた懐中電灯を貰い灯りをつけた。
「…刺し傷…戦闘用スーツに直接刺さったのか?」
どうやら相当、鋭利な物で刺されたようだ。帝国の戦闘用スーツは耐久性が高く白兵戦を考慮して刃物類はほぼ貫通しない。関節部といった部分は弱いが、真正面から刺さるのは例を見ない。
中には首や腕を切断された死体もあった。進めば進むほど死体は増え、歩兵だけでなく作業員や研究員もいる。ここまで来ると、何かしらの実験場だったのではと思う。
「…逃げ…ろ…」
まだ息をしていた兵士がそう話しかけ力尽きた。なんとも不気味な場所に来てしまったのか…。
「おい!助けてくれ!」
暗闇から現れた帝国兵は、非武装だった。
「トルキの兵士か!頼む…攻撃するつもりはない!まだ生きている人たちが沢山いるんだ!」
「何をそこまで怖がっている?何があったんだ…?」
「わからない…ただ、人じゃないんだ!」
原生生物だというのか。だが、この惑星は戦前は平和な国で危険生物は滅多におらず、軍を放棄し平和主義を掲げていたこの国は幸福度も高かった…。もしや、外来生物なのか?
「頼む来てくれ!」
「分かっ…た…」
そう承知しようとした時、妙なことに気づいた。あの兵士の後ろには、血が流れていた。それに、手に力がないようにも見える。
「…待て。お前は大丈夫なのか?」
「えっ、あ、ああ。少し出血しているだけだ」
その時、一瞬、影が見えた。この帝国兵の影じゃない。
「…すまない」
俺は帝国兵に向かって発砲。慣れない左手でピストルを撃ち頭に当てた。フルフェイスのヘルメットを貫いたが、その場に帝国兵は立ち尽くした。
「酷いじゃないヵ…ウつナんて…」
俺は足を引きずりながら必死に逃げた。奴は人じゃない…あれは声を模倣した化け物だ!
「…マジかよ…」
先程出口付近で死んでいた死体たちが生き返ったかのように立っていた。俺はすぐ側の部屋に立て篭もり、バリケードを作りドアを固めた。
「まずいぞ俺。どうすればいい…」
無線機もなく救難信号を発信できない。八方塞がりとはまさにこのことか…!
強化ガラスから見える外はまさにゾンビ映画。帝国兵たちがドアを叩いていた。しかも喋っている。
そこに、1人の帝国兵が強化ガラス前に立つと、フルフェイスのヘルメットが口のように割れ、口奥から刃物のようなものを高速で射出。強化ガラスは粉砕された。
奴だ。奴があの兵士たちを殺したのか。
俺は追い詰められた。
帝国
天の川・アンドロメダ方面総司令部
某帝国領惑星
「敬礼!」
「ご苦労。戦況はどうなっている?」
「アウグスト閣下。現戦況は膠着に近い状態です」
「太陽系艦隊は?」
「この惑星を盾に押し返しつつありますが、惑星内は陸軍が全滅寸前です。予定外の突撃を行い成功したそうですが、多数の犠牲者を出しています。このままでは、惑星が奪還される可能性も高くはありません」
天の川戦線が膠着状態になっているのは一部だけである。他の戦場ではトルキや連邦軍による攻勢が激しく、日に日に押されていた。しかし、一番敵戦力が集まっているのはナガト大提督率いる第一太陽系艦隊が配備された戦場であり、主力は確かに足止めされていた。
「フィクストスターの試作型配備が決まった。こちら側に配備してくれるそうだ」
「随分と早かったですね」
「制空権喪失は士気低下にも関与するからな。一番先に完成されるだろう」
時計が17時を示した時、会議が開かれた。
「これより作戦会議を開始いたします」
「前線に配備された兵器はどうなっている?」
素早く質問を出したのはアウグスト天の川・アンドロメダ戦線総司令官である。
「残念ながら、B観測班からは情報が入っていません」
「空気感染はするのか?」
「いえ、接触感染のみです。ただし、あそこも1つの戦場ですので、可能性としてありえるのは観測班が戦死した事です」
「Bはあの惑星を滅ぼすだけでなく、他の生物たちを死滅させかねない狂気の兵器だ。もし、このまま連絡が無いというのなら、Bは没にせよ」
「…承知いたしました閣下」
突如、親衛隊が急いでドアを開けた。
「失礼いたします。敵の少数艦隊が接近中。直ちに避難をお願いいたします」
「抜け穴があったようだな。ナガト大提督に伝えろ。この惑星まで退却せよと」
「了解いたしました閣下」
帝国上層部はこの惑星から去って行った。
「ナガト…私を後悔させないでくれたまえよ」




