第4話 金星は貴方と私
「帰ってきやがれ!逃げるなクソ野朗ォォッ!」
嘆いた俺に応えるようにヴィーナスの画面がシャットアウト。再起動を起こすが画面は黄色く染まる。
「…何が…起きて…」
帝国の艦隊がワープから出ると、ガーディアン級が防衛線を構築していた場に到着する。
「流石だな。ナガト大提督は」
ナガト大提督は本部の作戦とは全く違う戦法を行った。これは軍法会議になりかねない行為だが、覚悟の上だった。
ナガト大提督が考えていたのはこうだ。
第1防衛線を臨時展開。この第1防衛線は本来構築予定だった防衛線の場所であるが、ここを最前線とし、後方に第2防衛線を構築。連合国軍は第1防衛線を突破しようとするところ、そこに各部隊から選抜したエースやネームドで構成した特殊部隊で攻撃させ、敵の突破する武力を下げさせる。後に、第2防衛線を進軍させ、この第2防衛線部隊が敵艦隊を壊滅させるというもの。まさに、"三十六計逃げるに如かず"と言える作戦だった。
ただし、この作戦は弱点がある。
マゼラン雲戦線が手薄になったことで、もしマゼラン大連合軍が攻勢を開始した場合、一瞬で戦線は崩壊。帝国本土まで一気に近づかれてしまう。また、トルキに大量の増援が到着した場合、第二太陽系艦隊はマゼラン雲戦線に派遣したため、数での勝算は少なく、押されてしまうということ。1分、1秒、一刻を争う作戦だった。
第一太陽系艦隊
シルバーバレットⅡ級巡洋戦艦5番艦
サプレッサー
「敵機接近!」
「数は?」
「…1つ!1つだけです!」
「大提督。敵の戦闘機と思われる影が接近中です。ワープ阻害装置が機能していないのでは?」
<…敵には何度も殺しても復活する機体がいるという。その機体の情報は噂だけ…ワープ阻害装置は効かないのかもしれん。敵のエースで間違いはないだろう。全艦に通達。対空射撃用意。戦闘機隊は準備完了次第、全機発進>
全艦に警報が鳴る。
「もう敵が来たのか?」
コーヒーを飲んでいたシュトルムシュタールヘルムのパイロットは飲み干しコクピットに乗り込む。
<発進準備が整ってるやつは少ない。あまり他に頼らないでくれ>
「分かってる。俺もそのつもりだ」
シュトルムシュタールヘルムが発進。外では対空射撃が続いていた。
一瞬で敵機は過ぎ去っていき、対空兵器を破壊していく。
「…速い!」
何の機体だか理解できた。考える時間も要らずに。ヴィーナスに間違いはないと確信できたのだ。
だが、速すぎると感じた。あれではGショックで気絶してしまう。もしや…ヴィーナス自体が動いているのか?
ヴィーナスは旋回し空母を攻撃。そのまま空母に向かってミサイルが発射され、撃沈される。
<空母がやられたぞ!>
今の航空戦力は俺と何機か出撃できたセブンスターズのみ…。
「大提督!どうしますか!敵は我々で撃墜できる相手ではありません!」
<…すまないが、時間稼ぎだ。ここで1秒でも耐えるんだ>
大提督がこの命令を出したのには理由があった。
帝国の負けを確信したのだ。
広大な支配下を広げ、天の川のほとんどを手中に収めた。徴兵制による数は多いものの、かつて十年戦争で損失した数を上回ることはなく、兵器に頼りざるおえない。それ故、敵の戦略によっては覆されてしまう。大提督は帝国滅亡を予期し、それまでの時間稼ぎをすることに決めたのだった。
「…了解」
ヴィーナスは猛スピードで接近しシュトルムシュタールヘルムの右翼を切断する。
「クソッタレ!奴は人間でも辞めたのか!?」
シュトルムシュタールヘルムからミサイルが発射。追尾するがミサイルが追いつけず安全装置が作動し自爆する。
ヴィーナスがこちらを向くや否や、脱出装置で脱出。シュトルムシュタールヘルムのパイロットは宇宙へ放り出された。
シュトルムシュタールヘルムは脱出用航空機が搭載されていないただの脱出装置。あるのは拳銃と酸素ボンベだけである。
シュトルムシュタールヘルムに何発もの弾丸が当たり爆発した。そのままヴィーナスは通過していき、トルキの方へと帰っていった。
「…なんなんだ…あの機体は…」
<ご無事ですか!>
セブンスターズの1機が安全を確認すると、赤十字が描かれた輸送艇が迎えに来る。
「…死ななかったよりマシだな」
1920年末期
天の川戦線
第一・第二防衛線宇宙戦
敗戦
ヴィーナスは空母の飛行甲板の上に機体を擦りながら不時着する。火花が飛び散り消火器を持った作業用が救助に向かった。同時に衛生兵も駆けつける。
「大丈夫か!」
「脈はある!気絶しているだけだ。医務室に搬送しろ」
「持ち上げるぞ」
救助作業が行われると、ヴィーナスは倉庫に保管され、修復作業が行われた。
「全く暴走とは…隊長、ホントに奴をチェスピースのクイーンにするんですか?」
ナイト分隊の1人が不満げそうに言い放つと、隊長はこう答えた。
「ヴィーナスのシステムであるS.R.Sは感情にも反応する。これは精神が怒りを脳に伝える役割を持つが故に、攻撃的になりやすいからだ。その攻撃性は、戦闘機の安全装置であるリミッターを解除し攻撃性を増加させる。このS.R.Sをどう上手く使うかは彼自身でもあり、ヴィーナス自身でもある。今回は主の怒りをそのまま受け入れたようだが…」
ヴィーナスを見上げ、隊長はかつてのマーキュリーを思い出す。
「…マーキュリーの後継機なだけあるな。お前も…。あいつをクイーンにする件は、そのままだ。クイーンにする。難ありだがクイーンの実力もあり、終戦のために動ける鍵の1つなはずだ。それにここまで来たなら、一緒に戦う方が彼も、ヴィーナスも楽だろう」




