1話
「……貼ったはいいけど、本当に来るかなあ……」
店の入り口に貼ったばかりの「スタッフ募集」の紙を、私はじっと見つめた。
──ルナリス、異世界初のコンカフェ。
中世ファンタジーな街ナグリアに、突如として誕生したメイド喫茶(ただし準備中)。
元・伝説のコンカフェ嬢、ひよたん(私)が、異世界に転移して2日目で始めたチャレンジングすぎるお店である。
「大丈夫ですよ、ひよたんさん。きっと……きっと誰か来てくれます……っ!」
おどおどしながらも、健気にポスターを見守るのは副店長・リリィ。
ふわふわのたぬき耳と、ふにゃんとしたしっぽが、落ち着かない様子で揺れている。
「うん! 信じよ。まずは……宣伝、だよね!」
✧
お昼過ぎ。
私は完成した募集ポスターを抱えて、リリィと一緒に街へと繰り出した。
街・ナグリアは、想像よりもずっとにぎやかだった。
石畳の道を馬車が走り抜け、風に乗って焼き菓子の香ばしい匂いが漂ってくる。
道の両側には露店が並び、人間、獣人、角の生えた魔族、小さな妖精まで入り混じって暮らしていた。
「すごい……本当にゲームの中にいるみたい……」
「ゲーム、って何ですか?」
「えっ……ごめん! 異世界トークだった!」
日差しはあたたかく、空は澄みきっている。だけどどこかで、剣を研ぐ音と魔導具の起動音が聞こえる。
この街は、可愛くて、賑やかで、ほんのちょっとだけ危険な香りがする。
私たちは、街の掲示板にポスターを貼り始めた。
「魔族・獣人・吸血鬼・人間問いません!かわいい制服支給!接客魂ある方大歓迎!」
「この文言……だ、大丈夫でしょうか……?」
「大丈夫!“萌えポイント高め”の一文がいい味出してる!」
「それ、誰にも伝わらないのでは……?」
横を通った子どもがポスターを見て、「もえきゅんってなに?」と母親に聞いていた。
その母親が困った顔をして「知らなくていいの」と返していたのを、私はこっそり聞いた。
……い、異文化……!
さらに、道端のパン屋さんから声がかかる。
「お嬢ちゃん、そこの貼り紙、店員探してるのかい?」
「はい! 異世界初のコンセプトカフェ“ルナリス”っていうお店を、オープン準備中でして!」
「コン……せ……? まあ、頑張りな!うちの娘が興味持ったら行かせるよ」
優しい……!
この世界、案外やさしい!
夕暮れ。ポスター貼りを終えた私たちは、店に戻った。
まだ照明も足りないし、壁も剥げてるし、厨房も半分壊れかけてるけど、それでも——
「ルナリス、もうお店っぽくなってきたよね。いよいよ始まるって感じ!」
「はい……とても、かわいいです。制服も……わたし、似合ってますか?」
「めちゃくちゃ似合ってる!! そのしっぽもかわいい!」
「でも、あの……不思議なんです。制服、どうしてこんなにぴったりなんですか?
ひよたんさん、裁縫もできるんですか……?」
「え? いやいや、無理無理!私はボタンすらまともに縫えないよ〜」
私はちょっと笑って、指先で制服の袖口をつまんだ。
「これね、昨日の夜、妖精の仕立て屋さんたちにお願いしたんだ。
“かわいくて映えるやつお願いします!”って泣きついたら、全力で作ってくれたの」
「妖精……ですか?」
「そう!ちっちゃい羽根がついてて、ピンクの糸を何本も一気に操るの。すごいよ!
しかも、仕上げに“月の布”とかいうレア素材まで使ってくれてさ……!」
「月の布……!あ、あれって触るとひんやりするやつ……!」
「そうそう、それでスカートのチュールがふわっふわなの!もう感謝しかないよね……!」
リリィは、制服のスカートの裾をそっと撫でて、目を輝かせた。
「まさか、異世界でこんな可愛い制服を着られるなんて……夢みたいです……!」
「だよね? でも、夢じゃないんだよ。これから、ここが現実になるんだから!」
ふわんと笑うリリィを見て、私はちょっとだけ胸があったかくなった。
誰も知らないこの世界で、こうやって一緒に夢を見てくれる人がいる。
それだけで、がんばれる気がした。
「さーて、あとは応募が来るのを待つだけだ!」
「……でも、本当に来てくれるでしょうか?」
「大丈夫、リリィ。来るよ、絶対!」
私はそう言って、ドアにかけた「準備中」の札を、こっそり“開いてるっぽい角度”にしてみた。
……なんとなく、そんな気がしたからだ。
——カランッ。
小さな鈴の音が、夕暮れの静けさを破った。
「……すみません、募集、まだ間に合いますか?」
現れたのは、黒髪に赤い瞳の少女。
吸血鬼。その気配はすぐに分かった。