表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

1話



「……貼ったはいいけど、本当に来るかなあ……」


店の入り口に貼ったばかりの「スタッフ募集」の紙を、私はじっと見つめた。


──ルナリス、異世界初のコンカフェ。


中世ファンタジーな街ナグリアに、突如として誕生したメイド喫茶(ただし準備中)。

元・伝説のコンカフェ嬢、ひよたん(私)が、異世界に転移して2日目で始めたチャレンジングすぎるお店である。


「大丈夫ですよ、ひよたんさん。きっと……きっと誰か来てくれます……っ!」


おどおどしながらも、健気にポスターを見守るのは副店長・リリィ。

ふわふわのたぬき耳と、ふにゃんとしたしっぽが、落ち着かない様子で揺れている。


「うん! 信じよ。まずは……宣伝、だよね!」



お昼過ぎ。


私は完成した募集ポスターを抱えて、リリィと一緒に街へと繰り出した。


街・ナグリアは、想像よりもずっとにぎやかだった。


石畳の道を馬車が走り抜け、風に乗って焼き菓子の香ばしい匂いが漂ってくる。

道の両側には露店が並び、人間、獣人、角の生えた魔族、小さな妖精まで入り混じって暮らしていた。


「すごい……本当にゲームの中にいるみたい……」


「ゲーム、って何ですか?」


「えっ……ごめん! 異世界トークだった!」


日差しはあたたかく、空は澄みきっている。だけどどこかで、剣を研ぐ音と魔導具の起動音が聞こえる。

この街は、可愛くて、賑やかで、ほんのちょっとだけ危険な香りがする。


私たちは、街の掲示板にポスターを貼り始めた。


「魔族・獣人・吸血鬼・人間問いません!かわいい制服支給!接客魂ある方大歓迎!」


「この文言……だ、大丈夫でしょうか……?」


「大丈夫!“萌えポイント高め”の一文がいい味出してる!」


「それ、誰にも伝わらないのでは……?」


横を通った子どもがポスターを見て、「もえきゅんってなに?」と母親に聞いていた。

その母親が困った顔をして「知らなくていいの」と返していたのを、私はこっそり聞いた。


……い、異文化……!


さらに、道端のパン屋さんから声がかかる。


「お嬢ちゃん、そこの貼り紙、店員探してるのかい?」


「はい! 異世界初のコンセプトカフェ“ルナリス”っていうお店を、オープン準備中でして!」


「コン……せ……? まあ、頑張りな!うちの娘が興味持ったら行かせるよ」


優しい……!

この世界、案外やさしい!




夕暮れ。ポスター貼りを終えた私たちは、店に戻った。


まだ照明も足りないし、壁も剥げてるし、厨房も半分壊れかけてるけど、それでも——


「ルナリス、もうお店っぽくなってきたよね。いよいよ始まるって感じ!」


「はい……とても、かわいいです。制服も……わたし、似合ってますか?」


「めちゃくちゃ似合ってる!! そのしっぽもかわいい!」


「でも、あの……不思議なんです。制服、どうしてこんなにぴったりなんですか?

 ひよたんさん、裁縫もできるんですか……?」


「え? いやいや、無理無理!私はボタンすらまともに縫えないよ〜」


私はちょっと笑って、指先で制服の袖口をつまんだ。


「これね、昨日の夜、妖精の仕立て屋さんたちにお願いしたんだ。

 “かわいくて映えるやつお願いします!”って泣きついたら、全力で作ってくれたの」


「妖精……ですか?」


「そう!ちっちゃい羽根がついてて、ピンクの糸を何本も一気に操るの。すごいよ!

 しかも、仕上げに“月の布”とかいうレア素材まで使ってくれてさ……!」


「月の布……!あ、あれって触るとひんやりするやつ……!」


「そうそう、それでスカートのチュールがふわっふわなの!もう感謝しかないよね……!」


リリィは、制服のスカートの裾をそっと撫でて、目を輝かせた。


「まさか、異世界でこんな可愛い制服を着られるなんて……夢みたいです……!」


「だよね? でも、夢じゃないんだよ。これから、ここが現実になるんだから!」


ふわんと笑うリリィを見て、私はちょっとだけ胸があったかくなった。


誰も知らないこの世界で、こうやって一緒に夢を見てくれる人がいる。


それだけで、がんばれる気がした。


「さーて、あとは応募が来るのを待つだけだ!」


「……でも、本当に来てくれるでしょうか?」


「大丈夫、リリィ。来るよ、絶対!」


私はそう言って、ドアにかけた「準備中」の札を、こっそり“開いてるっぽい角度”にしてみた。


……なんとなく、そんな気がしたからだ。




——カランッ。


小さな鈴の音が、夕暮れの静けさを破った。


「……すみません、募集、まだ間に合いますか?」


現れたのは、黒髪に赤い瞳の少女。

吸血鬼。その気配はすぐに分かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ