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八卦炉の返却について

朝のこと。

診療所の外来が開く時間になって、箒に乗った魔法使い──魔理沙が飛んできた。


竹箒を片手に診察室に入っていき、帳簿に目を通す永琳の姿を認めると、前置きもなく口を開いた。


「八卦炉を返してくれ」


幻覚茸を誤食して屋敷に飛んできたとき、錯乱してマスタースパークを撃とうとしたので、安全のために診療所で預かっていたものだ。一晩静養させて、次の朝に帰るときに渡すつもりだったが、それを待たずに箒で逃げていった。


こちらを泥棒扱いするような言い草に、永琳の口調は冷たくなった。


「返して、じゃないでしょう。置いて帰ったのは貴方よ」


朝までおとなしくしていれば返すつもりだった、と告げると、魔理沙は納得いかない様子だった。


「廊下が火事になってるのに寝てられるか。命を守るために最善の判断をしただけだ」

「そう。天井を撃ち抜こうとしたのも、貴方にとっての“最善”だったのね」

「天井を? 私が……撃ったのか?」


何かを思い出そうとするように、魔理沙は斜め上に視線をやった。この様子だと、本当に記憶が抜けているらしい。


「撃つ寸前で止めたから、屋敷に被害はなかったわ」

「よかった。弁償って言われたらどうしようかと思ったぜ。じゃあ、屋敷も無事だったことだし、八卦炉、返してくれよ」


安心した様子の魔理沙に、永琳は釘を刺した。


「その前に、診療代を貰ってないのだけど」

「手持ちの金がないんだよ。あれは仕事道具だから、手元にないと煮炊きもできないし、妖怪退治にも行けない。診療代を支払うためにも、八卦炉を返してくれよ」


話し合っても埒が明かない、と永琳は溜め息をついた。


「つまり、手持ちもなくて、働きにも行けない、と」

「……まあ、そうなるな」

「今日の予定は空いてるかしら」

「ああ、空いてるけど」


永琳は笑みを浮かべて「診療代は身体で払ってもらうわ」と告げた。





屋敷の廊下で、永琳は竹箒を片手に、魔理沙にあれこれと指示を出していた。


「廊下の雑巾がけをお願い」

「……長い廊下だな」

「八卦炉を返してほしいんでしょう。雑用が溜まっていたから、早くしないと日が暮れてしまうわよ」


脱走防止のために、八卦炉に加えて箒まで薬師の手に渡ってしまい、魔理沙は歯嚙みをした。箒がなくても空は飛べるのだが、見張られていては逃げられないし、魔道具の箒は炉の次に大切だ。


雑巾がけを済ませると、永琳は「厠の掃除を頼むわ」と続けた。


「また厠か。さっき掃除したぞ」

「さっきのは客用の厠。北側は兎たちが使っているの」


魔理沙は雑巾を絞って干すと、しぶしぶ北の厠に足を進めた。床を掃除する魔法使いと、付きっきりで見張る永琳の姿は、すぐに兎たちの注目を集めた。


兎が溜まるのを見かけて近寄った鈴仙は、「なにしてるんですか」と目を丸くした。従者の立場で口を出すのは良くないが、ひとこと言わずにはいられない。


「あの。厠掃除は兎に任せておいて、師匠は診察室へ戻ったほうが──」

「まあね。でも、ときには無駄なことをしたくなるものよ」

「そうですか」


魔理沙が北の厠を掃除している間、永琳は箒を手にして興味深そうに眺めていた。


「柄から葉が生えているわね。持ち主の魔力が染みて、生きた竹の性質が備わったのかしら」

「終わったら返せよ」

「終わったら手を洗ってご飯にしましょう。お結びと煮しめ、笹の葉茶があるの」

「おお、食事がつくのか」


魔理沙は気をよくして、壁を磨く手を早めた。鈴仙が「師匠のお人好し」と呟く。


「昼から力仕事をして貰うから。それに、うちには兎がたくさん居るし、今さらお結びが一つ二つ増えても変わらないわ」


魔法使いの背中と竹箒の柄に交互に目をやりながら、永琳は口元を緩めた。



八意永琳の記録


午後四時二十分:魔理沙に八卦炉および竹箒を返却。診療費は、厠掃除・廊下の雑巾がけ・書庫の木箱運搬にて代替とする。


幻覚茸の影響下での記憶に一部欠損を訴えるも、受け答えおよび動作に明らかな異常なし。後遺症は他覚的には認められず。昼食(お結び、煮しめ、笹の葉茶)完食。


補足:竹箒の柄より葉が生じている。持ち主の魔力との関連を検討する(スケッチ添付)

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