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「あなた達、看護を何だと思ってるんですか!」By鋼鉄の婦長

 明治は終わった。

 

 色々な物を置き去りにしてである。


 生き残るには仕方がなかったのだ。


 血税を搾り取り徴兵制を敷き、腐敗と癒着をばら撒きながら無謀な開発を続けるのも、近代化の美名の元民草を困窮させ、恐らくはこの先百年は解決できないと思われる致命的な貧富の断絶を作るのも、国家の名の元に戦場に送り込込むのも、ただ生き残る為の仕方がない行為だったのだ。


 だが仕方がなかったからといって、苦難を押し付けられた側が黙って従い続けてくれる筈もないのも、当然の成り行きである。


 臣民は対価を求めている。



 「「帝国は勝利した筈だ!何故暮らしは楽にならない?何故財閥は肥え太り、近代化の果実は都市に集中していく?電化は?上下水網は?医療は?」」


 何よりも明日への希望!高い賃金、充分な食事!最低限の社会保障!


 そして、そしてだ!



 「「「あたくしたちの錬金釜にハメる蓋がない!産めよ増やせよなら早くハメさせてYO!!!政府は男子の都市への集中を是正しろ~!財閥・華族による男子独占を許すな~!軍縮せよ!軍は咥えこんだ物を吐き出せ~!」」」


 おおうしっと!ふぁっきんさのばびっちだ!途中まで真面目に来ていたが駄目だった!


 これより始まるのは史実とは違う、淫乱至極にして邪痴暴虐の大正なのである。


 前述した問題。やがて帝国を破滅へと追いやる膨大な負債たちは確かにこの世界にも存在した。


 存在したのだ。


 過去形である。




 どういう事かと言うと後述した問題が大きくて相対的に問題になっていない。南国の楽園にして風紀紊乱万々歳へいゆ~かま~んなかよしみ~帝国には格差は確保できる竿の格差でしかない。


 それを可能ならしめているのは、人々の脳を侵す認識改変、それを補強するに充分な弧状列島を覆う奇々怪々にして摩訶不思議な現象である。


 地方病の報告がなくなったのは別段、臣民の皮膚が厚くなった訳ではない。人々が例の病に罹患しているいないに限らず、その認識と同時に生物学的に改変され、その改変は拡大しつつある。


 最早、彼らはこの惑星、いや例え外惑星に存在するであろう未知の病原に対しても、恐るべき順応性を見せるであろうし、日本帝国臣民は、この先何時如何なる環境でも腰を振り子孫を作り得るだろう事は請け合いである。


 異常気象がそれを更に飛躍させてもいる。既に東北では四毛作が可能であり、青森でカカオの試験栽培が始まっているレベルだ。


 読者諸氏は頭が痛いであろう、肥料は?いま緑の革命の何年前だと思ってるの?ハーバーさんとボッシュさんだってまだアレを発見してないよ?日露戦争にはチリって参戦してたの?温暖化で片づけるな!と御怒りであろう。


 其処の所は後で説明したいと思う。我慢して頂きたい、グッと堪えて欲しい。


 宜しいだろうか?では話を続けたいと思う。





 その様な訳で人々の脳は確実に緩んでいた。食うには困らず、寒さに怯える事もなくなり、病は何処かにいってしまった。


 余談ではあるが、医者の仕事はなくなってはいない。全国的に子供がポンポンと生まれているから産科医師が足りないのだ。医者の卵たちは卒業する端から希望も効かずに産科に放り込まれているそうである


 更に余談ではあるが、ポンポン生んでいるのにも訳がある。幾らパコパコする事に積極的になったとしても出産とは大変な苦痛と危険を伴う物であるからして、喜んでとヤルとは言いくい難事である。



 かの女傑オーストリアの女帝マリアテレジアも一説には「ダーリンとのなかよしは最高でもお産は辛いのよ」的な格言を残しているらしい。ビクトリア女王だったかな?


 兎も角、二大女傑が出来るなら勘弁して貰いたいといった難事を、女性はこなしている仇や疎かににしてはならないし其処に胡坐をかいてもいけない。


 ではこの世界の日本女性と元男性もとい、ホモサピエンス亜科ドスケベニウスメスブターズオトコパクパクは如何様な心構えで挑んでいるのであろうか?


 如何に不真面目で変態的生態を持つオトコパクパクであろうと生命の誕生と言う神秘には真面目に取り組むであろうから少し覗いてみよう。


 

 「「赤ちゃん出ちゃうの~!!!!陣ついぃいいいいいいい!」」


 駄目だった。


 嫌な予感がしたので、東京帝国大学病院に設けられた分娩室で出産を行う、ミドルアッパークラスの妊婦を覗いてみたのだが凄い光景である。


 彼女は白目を剥き、顔は快楽に蕩け、涎を垂らしながら生命の誕生を迎えていた。これは感度三倍くらいかな?あっ生まれた!正に犬のお産!一気に三人出て来た。全員が玉のような女児であり母子共に健康そうである。


 更にである。何と彼女はお産を終えると次の日には自分の足で退院すらしてしまった。軽いとか産後の肥立ちがとかそんな物じゃない。水天宮様とお薬師さまと鬼子母神様の加護を一遍に受けたが如きスピード出産である。


 ん?気のせいかな?いや気のせいではない!三人の子供の内抱き抱えられている子以外がヨチヨチ歩きながら歩いている!馬かな?


 如何であろうか?すげぇだろう?こいつ等人じゃぬぇ!なのである。




 斯様に丈夫な生命体であるからしぶといのだ。彼ら彼女らはこれを当然と受け取り日々暮らしそして繁殖している。余談終わり!これ以上続けていると正気を読者諸氏も保てないであろうから賛成して欲しい。

 さてこの様に脳も生態もガバガバで緩々な生き物たちが暮らしている日本であるが、明治大帝の崩御、乃木希典の殉死と言う一つの時代の終わり漸く乗り越え、大正の御世に至ったわけである。


 だがその大正も開始早々に難事に襲われる。


 第一次世界大戦だ。






 この世界に置いても1914年(大正3年)7月28日、大馬鹿野郎はオーストリア皇太子をハジいた。代替わりと言うビックイベントを乗り越えた日本は否応なく世界の荒波に晒されるのである。


 この事態に対し、史実と違い日本帝国は積極的なコミットメントを行った。確かに日本は史実でも多数の死者を出した海上護衛戦や鮮やかな手際で青島を陥落させた上陸作戦も行ってはいる。


 しかしながら後に胸を張って常任理事国でございと出て行けるかと言うと、同盟国であった英国からは火事場泥棒と白い眼を向けられてしまっている。


 「テメェらのクソのベッタリ付いたパンツの世話を押し付けんな!」とは言いたくはなる。けれど異論もあろうが、日露の決戦に於いてあれだけ国債の引き受けと支援をして貰った手前、もう少し何とか成らなかったとは思う所である。


 ではこの世界では如何うであろうか?




 新造艦の金剛は?


「貸し出してません!」


 陸戦は?


「青島は速攻で頂きました!捕虜美味しいです!ご馳走様!」


 支援とかしてないの?


「有り余る食糧は良心価格で輸出します!バブル最高!護衛は出しますね、一応ですが!」


 では一体何をコミットしたのでしょうか?








 


 1914年10月 エーヌ戦線後方野戦病院


 (クリスマス前に終わるなんて嘘だ!)


 9月に行われたマルヌの地獄を幸運にも生き抜いたフランス兵であるアンドレ一等兵は粗末なベットに横たわりながら心中で大声を上げた。


 (俺たちは嘘を付かれた!騙された!皆!皆死んだ!死んだんだぞ!バカ野郎!)


 罵声は後から後から心に浮かび、やり場のない怒りがその心を蝕んでいる。雨の如き砲弾、機関銃に薙ぎ倒される戦友、隣にいた友が二つに裂け、その臓物を浴びた時、アンドレの心は壊れてしまった。


 それでも彼は幸運な方なのだ。戦友を引き裂いた重砲の破片は勢いを減じて彼にぶつかり、この病院に後送される事ができたのだから。


 そう幸運なのだ。彼の属していた中隊は当の昔に泥と血肉の混交物に変わっていた。地獄は此処にある。人と泥と機械が混ぜこぜになり、全てがあの忌々しい塹壕の中で腐っていく。


 それを思うとアンドレの心は恐怖に締め付けられる。自分は重症とは言えなかった。もう少し、後少しでまたあの地獄に引き戻される。


 「嫌だ!ああああああああ!やだぁー!!助けてけれ!かあさぁあん!いやだぁ!死にたくないぃ」


 遂に堰を切った様に嗚咽の叫びはその口から洩れる。だがそれを笑う人間などここにはいない。




 この病棟には彼の恐怖を嘲笑事の出来る者など居よう筈もない。指がない、腕がない、足がない、目がない、皮膚が剥がれ、顎は下半分からなくなって、木乃伊の様になり、有らぬ方向を向いてブツブツと何かをを呟く者ばかり。


 戦傷とは肉体的なだけではないのだ。戦争は心を壊す、塹壕は人の魂を食らう事を身を持って知った英雄の抜け殻がここには収容されている。


 「またですかアンドレさん?ほ~ら怖くないですよ~、お母さん此処にいますからね~」


 「ああ母さん!怖いよ母さん!」


 狂乱するアンドレの叫びに気付いたのであろう。看護婦の一人が彼のベットを訪れ優しく抱擁する。


 彼ばかりではない。懸命な治療の合間、目を失い絶望の淵にいる兵士を、血が出る程頭を掻きむしる男を看護婦たちは抱擁し落ち着かせている。


 男とは兵士とは悲しい生き物なのだ。彼らが守られる事など無い。良き夫、良き市民であった筈の彼らは国家が求めるならば身を挺し肉引き機に行進せねばならない。


 そんな彼らを支えているのは日本から看護婦と医師団である。日本帝国は再三の連合国からの兵力派遣要請は固辞したが大量の医師と看護婦を戦線に送っている。


 彼女らの献身は目を見張る物であった。時に前線近くまで飛び込み負傷者を搬送し、殆ど寝ずに手術と看護に走り回っている。


 「クリミアの天使の再来」と英国欧州派遣軍では噂される程の活躍ぶりである。


 彼女らは何故にそこまで他国の戦争に懸命に慣れるのか?地獄で悪魔をシバキ上げながら看護に奔走しているか、天使のケツを蹴り上げながら職務怠慢な天国の改革を行っているであろう鋼鉄製の婦長の薫陶宜しい訳だけではない。


 「母さん!ああ母さん!」


 「あらぁ、、仕方ない子ですねぇ」


 それはアンドレ氏は看護婦に要求するには無体な要求を見ればわかる。母性だけではない、生命の悲しさであろうか温かい女体を求めて看護婦に抱き伝いのだ。


 そしてなんと看護婦の方もOKを出して身を任せている!


 耳を澄まして見よう、臭いを嗅いで見よう。小さく水音が聞こえる、甘く淫卑な香りが病棟を包んでいる事が分かるだろう。


 こいつ等は慈善だけで来たのではないのだ。遥々欧州まで男を回収にきたのだこの淫売集団。その証拠に日本帝国は看護婦名目で大量の娼婦を欧州に送り込み、後方の慰安を独占しようとしている。


 連合国としても、鼻白む所ではある。だが極力日本が自分たちの食い扶持を自前で補給している事から黙っているのが現状である。



 だがまあ、これも必要と言えば必要なのだ。戦争はまだまだ続く、壊れた兵士は量産され続ける。


 なんの救いも無くただ壊れ、死にゆくだけならば、せめて女の温かみを感じて死にたい物だ。そして生き残ったのであれば、、、、




 アンドレ一等兵は生き残った。彼だけではない、日本人看護団の一種独特の治療を受けた者は不思議と生き残った者が多い。


 そして生き残った者のかなりの人が戦後日本に移住したと伝えられている。その数は欧州に渡った看護婦たちと同数であった。

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