大バナナ日本帝国
伊藤の表向きな死、そして宮城での秘密会談から向こう、日本帝国は静かに変わって行った。
静かに、静かに。
表向きは何が変わったと言う訳ではない。憲法の改正は無く、男子普通選挙の開始も悪名高き治安維持法の成立もまだ先である。
では何が変わったと言うのであろうか?
この変化は読者諸氏がもし帝国臣民として、臣民が内地と呼ぶ弧状列島で過ごしていたならば、気づく事は恐らくない。
時は1910年代が始まったばかり、臣民たる諸氏が手に入る情報は新聞と伝聞のみ、ラジオ放送は1922年である。
だから分からないだろう。
病院で生まれる新生児の男女比率が七対三で女子に傾き、悲惨極まる日露戦争以降肩身が狭くなってきた陸軍が女子による後方部隊の創設を構想し、帝都を走る路面電車に痴女事件が増加し続けている事など気づきようもない。
気温の上昇は肌身に感じるだろう。帝大の教授連によれば、遊星落下により地軸がどうしたとか地磁気が何したとかで温暖化が進んでいるのだ。
自然とはそう言うものだ、人知の及ばぬ領域と言う物がある。
自然。そう自然である。弧状列島が常夏の楽園になった事は自然のなせる御業であるから諦めて欲しい。
諦めて欲しい事はまだある。
近ごろ煽情的な恰好の女子が増えている事は特に諦めて欲しい。それが元男子だとしてもである。
その様なミニ着物、うなじ丸出し、ギリギリふぁっしょん元男子現エロ女子に暗がりに引き込まれたら力を抜いても欲しい。
なんとなれば政府の方針は「富国強兵」から「産めよ増やせよ」に転換したのだ。
父無し子を量産するな?
問題ない。
政府は都市部では食糧給付と言う、社会保護プログラムを始めた。全国の農業生産は温暖化の影響か、うなぎ登りで、朝鮮米にも台湾米にも頼らなく済むほどであるから心配はない。
寧ろ労働力が足りないのだ。
社会構造は変化しつつある。
諸氏も所帯を持って東北の新規事業へ参加するか北海道開拓へ邁進して欲しい。今は移民を呼び戻しているほどの人手不足だ。諸氏も自作農になろうではないか?
工業化は確かに重要であるが、今の日本帝国は食糧輸出国になれるかどうかの瀬戸際である。高知でバナナ、石川でオリーブ、埼玉でパインアップルが露地栽培可能となったのだ。
丹波の山奥を見よ、猪に分けて置くには惜しいコーヒー栽培に適した高温多湿となっている。京都は少しばかり、、、耐え難い程の焦熱都市になっているが鴨川では鮎とサンショウウオが豊漁だそうだ。
マラリアも心配?ここ数年、地方病の話は聞いていない。日本国民の皮膚は厚くなったようなのでこれも心配は必要ないだろう。
山が嫌ならば海はどうだろう?何でも温暖化の影響は列島近海にも及んでいるようで、周辺海域は大変に豊漁だ。
北海の蟹工船等どうだろう?特に諸氏が男性であるならばおすすめだ。資料によれば「男子急募!三食昼寝付き給金優遇!男子ならば誰でも歓迎!優しい先輩が手取足取り教育!当方日照り続き!ハヤクサオオクレ」らしいので一考の余地はあるのでは?精子と生死の保証はできないがハーレムは男子一生の夢だろう?
さて、仕事斡旋の話はこれ位にしよう。ここまで述べて来た通り、帝国の社会構造は徐々にではあるが変わりつつあり、概ねそれは帝国の大部分を占める農村地域に於いてである。
情報の発信現である都市に波及は限定的だ。この変化が都市に押し寄せ、史実とは違う形で深刻な都市と農村の対立となって行き、引いては帝国が大陸に対する軍事行動にでる原因となるのであるが、その前に二つのビックイベントがある。
明治の終わり、そして第一次大戦グレートウォーである。
その日、少年は祖父そして人生の師と永遠の別れを迎えた。
名は語らないが長じて帝国を背負う宿命である少年である。
師の名前は乃木希典と言う。
少年に祖父との思いでは少ない、だが師との思いでは多かった。
偉大なる祖父、今や明治大帝と言われる男性の崩御は唐突な物であった。健康その物であった筈の祖父は呆気なくこの世を去ったのだ。
家族たる自分達も、勿論の事臣民にも、心配する時間も悲しむ時間も与えない突然の崩御であった。
呆然とする。自分も恐らく臣民もそうだったと確信できる。帝国は偉大過ぎる父を唐突に取り上げられたのだ。
憔悴しきった師が自分を訪れたのは、祖父の大葬があった九月十三日。
その夜に師は自刃した。
殉死であった。
乃木希典は妻を残し、一人明治と言う時代に殉じた。
少年は大人になった後もこの日を忘れなかった。
思い出の中の師は厳しくも慈愛の心をもった人であった。
慈愛であり決して愛欲でも情欲ではない。
大人となった少年はそれを思うとため息がでるのであった。
明治が終わり大正が始まる。
大正
その時代は大帝の崩御と忠臣の殉死で始まった。
だが変化した世界にその様な悲しいイベントは必要はないと思う所である。
それなので補足の話をしよう。
乃木希典が殉死した後、学習院に一人の女性教師が配属された。
彼女は詩文に巧で教養があり漢文を担当していてなにより美しかった。
彼女は後に蜂蜜授業お姉さんと呼ばれ、全男子生徒のセルフ仲良しのお供となり、学習院の男子は彼女で男子のお赤飯現象を迎えると伝説を残す淫魔であり、女性初の学習院長となる女傑でもあった。
であるが彼女は押しに弱く頼まれると断れない性分だあったとされる。
昔の癖で褌一丁で部屋で寛ぎ、いつもの感覚で生徒に「背中を流してくれんか」とバルンバルンした物をぶらさげて言い、体調を崩した生徒をいい匂いを全開にして一人で見舞ってしまっていた。
そうなると「先生が悪いんだ!」「先生ぼかぁ~もう!」「ガオ~先生がお~」となり「しかたないにゃあ」と言うしかなかった。
それとバイセクシャルだった。自分が女になってから吹っ切れた妻に哭かされていた。苦労の掛け続けだったので日に日にエスカレートする妻のプレイを拒めなかった。
彼女の名前は乃木石林子。
乃木家の遠縁で御年20歳と言う設定である。