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閑話 こーるおぶじゃずえいじ ある脳破壊の歌

 ポール・グロスマン(11歳)の場合

 

 ポールの父はポールから見ても尊敬すべき男であった。少し要領は悪かったが。

 

 グロスマン家は代々南部の地主の家系で、総祖父の代まではかなりの家産と広大な農園、多くの奴隷を抱える大農場の経営者であり、親族一同典型的な南部地主として欧州貴族趣味を貫いてきた。


 もっとも、それも南北戦争までの話であった。


 当然ながら南軍を支持した一族は、当然の義務として欧州貴族と比べても遜色ない勇を示し、当然ながら真っ向から近代の萌芽に突撃し、当然ながら奴隷たちが長年耕してきた土地と混ざって消えた。

 

 家屋敷もである。北軍は自分達で言う程寛大でも融和的でもなかった。


 


 幸いな事にグロスマンの一族は家産の一部を欧州に逃し、一族の子弟を貿易事業に当たらせていたので、焼け残った屋敷から家財を運びだし新たな生活を始める事ができた。


 もう一つ幸運な事は代々の家訓が奴隷を粗末に扱わないと言う事であったので、解放された奴隷たちは元主人を粗略に扱わず、前の暮らしを取り戻す事に協力してくれた事である。勿論ただではなかったが、グロスマン家は大分目減りした労働者を使って家を建て直す事ができた。


 


 問題なのは一族に残された女たちが、女であるが故にどうしても昔日の生活を捨てきれなかった事である。男たちが生きていれば違ったのだろうが、ウィルソンズ・クリークからアポマトックス・コートハウスまで一族の男は男気を出して着いて行き、南部魂と共に炸裂していた。


 そんな一族の出身であり、ハッキリ言って時代遅れな女であった母は父と1900年代初めに結ばれた。軍人であった父が、なぜそんな母と結婚し、まして婿養子となったかはポールにはかなり謎であった。


 後年分かる事であるが、彼の母は奔放な人物であり、父はそんな母の重石として一族のに選ばれのだ。ポールはそんな父の背中を見て育った。


 父の過去の事は良く知らない。唯北部の余り裕福ではない出身であり、当時はまだまだ金のあった一族の支援で遊び惚けていた母を、何かの間違いで妊娠させた、不運で要領の悪い人物である事は口さがない使用人たちから洩れ聴いていた。




 それを聞いてポールは幼いながら、さもありなんと理解できた。ウェストポイントを優秀な成績で卒業し将来を嘱望されていた男が予備役に回され、この様な場所で、傾いている一族を立て直す為に奔走させられているのはおかしいのだ。


 恐らく責任を取ったのであろう。事業事態は傾いていても、州議会に議員を送り出した事もある一族の令嬢を孕ませたのだから後ろ盾のない父の苦悩如何ばかりであろうか。


  自分が世間で言う所の、聡い子供である事を重々承知しているポールは、殊更に無邪気な子を演じながら父を慮って生活していた。




 そんな生活が変わったのは、大戦の勃発、そして1917年にアメリカ合衆国が大戦への正式参加を決めた時からだ。一族の命綱だった欧州貿易は完全に左前になり、予備役に入っていた父は勇んで参戦を希望し欧州へ出征し(余程に南部暮らしが嫌だったのだろう)、見せ掛けとは言え、昔日の面影を残していた一族の屋敷は煤けて行った。


 講和条約が締結された1919年のには、一族は資産を切り売りして散り散りとなり、ただ屋敷とその周辺の土地が残るばかりとなっていた。




 母の方はもう諦めている。父が欧州に去った時分から放蕩の虫が騒ぎ出した母は、何某かの資産を屋敷から持ち出し何処かへ消えてしまった(一族の没落にこれは一役かっていたらしい)。まあ、自分を産んだ後も美しさは健在であったので、ラジオで聞くシカゴやニューヨークで楽しく暮らしているのではないだろうか?

 

 正直、自分と父のこれからの生活の為返ってきて欲しくはない。ポール少年は屋敷に住んでいる祖母を含む昔を忘れられない親族の女たちが如何にも気に食わなかった。


 「女と言う物が嫌いだ。母も祖母も叔母も他の親族も」


 ポールは常々そう思う様になっていた。南部の明るい陽射しの中、自分の住む屋敷だけが陰気で影を作っている。


 


 そんなポールであるが、父以外に唯一気を許せる者たちもいた。長年使用人を務めてくれた黒人家政婦のマーシーと彼女の一家である。


 明るくでっぷりと太った彼女は「お坊ちゃん」と彼を可愛がり、ポールも人種の壁を越え彼女に懐いており、子だくさんだった彼女の孫たちとも遊び友達の仲で合った。


 そんな彼女が老齢を理由に職を辞したのは、ポールの父が欧州から帰ってきてからであった。父は五体満足で返ってきたが、これまで尊敬してきた父とは雰囲気が大きく変わっていた。


 「シェルショック」と後年大人となったポールは理解できたが、子供の時分には理解はできなかった。「戦争から戻ったらこの屋敷を出てカリフォルニア辺りに引っ越そう」そう頭を撫でてくれた父は、屋敷の自室にこもり塞ぎ込みがちになっていた。


 そんなおりマーシーが辞めたのだ。


 (この陰気な屋敷で唯一明るい者が居なくなってしまう!)


 ポールは焦り、困る彼女のスカートを掴んで引き止めさえした。そうでもしなければ人気さえ途絶え、癇癪持ちの祖母と塞ぎ込む父、偶に金の無心に来る迷惑な親族の中正気なのは自分だけになってしまう。


 そんな彼の焦燥を知ってか知らずか、長年の奉公人は「代わりの者を用意するから安心して下さい」と優しくポールを諭した。


 「代わり?あのお婆さんの相手をできるのはお前位だよマーシー!辞めないで!」

 

 「ははっ!確かに大奥様は気難しい方ですね、ですけどご安心下さいよお坊ちゃん。代わりに来るのは、私以上に働ける人間ですから!なんせ内の嫁の紹介なんですよ」


 「嫁?あの日本人の?まだ家にいたの?」


 「いやですねぇ坊ちゃん、まだなんて。息子が日本人を嫁に貰った事を誰かに愚痴ったの聞いていたんですか?マーカスの爺かしら?後でとっちめてやらないと!それはそうとご心配なく!私が馬鹿だったんですよ!あの嫁と来たら!グータラなドラ息子を蹴り上げて真面目に働かせるわ、家事洗濯仕事ぜーんぶしてくれるわ!働きにまで出てくれる最高の娘なんですよ!私、息子を追い出してあの娘と今度生まれる孫だけ貰いたいと思ってる程です!その娘の紹介ですから間違いございません!日本人は働き者です!」


 引き止める自分を言葉の洪水で押し流す。ここだけはこの黒人女の悪い所だ。どうやら嫁自慢をしたいらしい。しかも話の内容からするに、後任は日本人らしいではないか。


 「でもなぁ、、、やっぱり僕は、、」


 「デモもストございません!家の嫁は素晴らしいんです!その嫁が「お義母様のお探しの後任の者でしたらどうか」と紹介した以上、このマーシー、太鼓判を押させて頂きます!、、、ですが、お坊ちゃんがご心配なのはわかります。なにかございましたら直ぐにご連絡下さい。私、僭越ながらお坊ちゃんを実の孫の様に思っております。黒人が何ををとお思いでしょうがお許しを」


 更に何か言おうとした自分を遮りマーシーの義娘自慢、そして温かい言葉にポールは何も言えなくなり


 「ありがとう。世話になったね」


 「はい、こちらこそ長年お世話になりました。お坊ちゃんもお元気で」


  親愛を込めて抱きつく事しか出来なかった。祖母は顔を顰めるだろうが関係ない、父は兎も角、この屋敷で一番愛情深く接してくれたのはこの黒人だけなのだ。






 「ハルコと申します。若輩者でありますがよろしくお願い申し上げます!」


 後日来た後任にポールはややマーシーへの信頼が揺らいだ、マーシーは所用でどうしても来られないとの事なので、件のマーシー家の嫁である日本人が連れて来たのは、正に想像の通りの日本人だったからだ。


 マーシーの嫁自体も小柄であれでよく、彼女と同じく大柄な一家を支えていられるなと不思議に思ったが、この家政婦は小柄も小柄で4.5フィート程しかなく10歳の自分と比べても遥かにチビであった。そこには丸眼鏡と二本のお下げを揺らした少女がいた。


 (お前それで家政婦できるの?住み込み希望だろ?本気か?)


 初めてみる日本人は真にたよりなく、久しぶりに人と応対をしに現れた父も反応に困っていた。


  そう反応に困っていたのだ。この時まではそう思っていた。自分と同じく初めて見る日本人に父は興味を覚えて態々使用人の顔見世に現れたのだとこの時まで。


 本当は父は困惑していたのではない。驚いていたかもしれないが、それは歓喜していたのだと気づくのにポールが気づくのは暫くたってからの事であった。




 

 兎も角、新しく来た家政婦は陰気なる屋敷に奉公をする事になったのである。


 それから一年の事は大人になった後も未だにポールの心を温かく、そして最後には悔恨を覚えさせる出来事の連続であった。


 彼女、ハルコは働きものだった。


 「お坊ちゃま!そこどいて下さい!」


 「ちょこちょこと動くなチビ!じゃまだぞ!」


 ハル。英語ではSPRINGを意味する少女は陰気だった屋敷に名前の通り春風を運んで来てくれた。


 「どうですか!旦那様、坊ちゃま!これが日本料理であります!」


 「ああ、凄いな。所で私は少しは日本に付いて知ってるんだが、これは本当に日本料理なのかね?」


 「父さん、僕も本で読んだ事あるけど、これは違うと思うよ?なんでバナナとパイナップルが入ってるんだハルコ?あと何?カレー?カレーはインドでは?」


 「よくご存じで!ですが今はカレーは帝国国民食であります!スパイスも全て日本産です!冷めないうちにどうぞ」


 「「あっ美味しい」」


 「でしょー」


 あの昔に齧り付いて生きている祖母、それこそマーシーしか世話が出来ない我儘がハルコを頼るのも直ぐだった。


 「ハル―!お茶!」


 「はい大奥様!」


 「何だいこの着替えはもっと良いのは!」


 「クローゼットにありました物は全て洗って手直ししてあります!どれになさいますか?」


 「降ろしておくれよ!私は外になんて出たくない!これ!」


 「はいはい、外は良い陽気ですよ?お化粧もされましたから、車椅子でお出かけ致しましょう?どこまででもこのハルコお供いたします」




 

 あれを外に連れ出したのは驚いた。祖母は近ごろは自室から出ない人間だったからだ。食事の世話、着替え、化粧、風呂から、下の世話までハルコは嫌な顔一つしなかった。


 「飛ばしますよお坊ちゃま!」


 「遅刻してもいい!どうせ大した学校じゃない!」


 「舌噛みますよ!ほらドーン!」


 「止めろ~!」


 車で自分を送り迎えするのは勘弁して貰いたかったが、あの身長でよくフォードを運転できた物だ。整備さえしていた気がする。




 ハルコ、小さなハルコ、着物と言う民族衣装でクルクルと回る丸眼鏡の少女。彼女が来てから全てが明るく変わっていった。


 父も、地獄の様な戦争で心を壊した筈の父も、笑顔を取り戻した。彼女が来てから、父は滅びを迎えた一族の資産を片付け、自分達と元労働者たちの未来を作る為に働き始めてくれた。


 嬉しかった。本当に自分は嬉しかった。このままいけば自分と父は新しい人生を別の土地で送れる(勿論祖母が死んだあとだが)その時はハルコも必ず連れて行こう。


 子供の傲慢さか少年だった自分はそう思っていた。


 けれどもそうはならなかった。父はこの地、この屋敷に残って人生を終えると言い出したのだ。理由は直ぐに分かった。


 分かってしまった。


 分かりたくなかった。





 ハルコが来て一年と少し、11歳になった自分は、自分と同じ月に誕生日を迎える父に悪戯を仕掛ける事を考えてしまったのだ。




 今年で11歳、来年になればそんなバカげた事は出来ない。そこで父の寝室のクローゼットに隠れて脅かしてやろう。もっと幼い日は自分は寂しさを紛らわす為にそんな悪戯をしたものだ。




 そんな事を考える程自分は舞い上がっていた。ハルコ、自分、父、幸せな毎日は自分を年相応以上に幼くしていたのかもしれない。




 それが失敗だった。決行の日の昼、自分は外に出かけて来ると言って見つからない様に、屋敷の裏からそっと父の寝室に隠れた。父は昼を取ってから暫くして午睡をする事が日課だったからだ。




 驚く父の顔を思い浮かべながら待っていた自分、だが寝室に入ってきたのは父だけではなくハルコも一緒だった。


 

 検閲


 

 


 検閲



 

 彼の淡い恋は粉々になり、その性癖は永遠に捻じ曲げられた。だが男になった少年は強かった、悲しい程に。彼は歪な愛の籠る屋敷で父の真実に辿り着き、大戦の最中、父が受けた日本による治療行為を知る事となるのである。


 そして彼はこの後、父と、嘗て恋した少女のいる屋敷を出た後、軍人の道を歩む事になる。その望みは一つ、帝国への復讐である。


 自分と父を壊した日本人、それへ復讐を誓わなければ彼は前に進めなかった。彼は後に熱烈な対日攻撃論者となり陸軍中央へ進む事になる。





  さてここまで二つの愛の物語を語ったきたが、これが全米規模で起こっているとしたらどうだろう?ミネソタでバッファローでミルウォーキーでテネシーでニューメキシコで。


 対日移民法は確かに制定はされなかった。だが日本人を狙い撃ちにした風紀紊乱抑制法が禁酒法と共に全米婦人団体からの猛烈な圧力で可決された事は言うまでもない。


 日本帝国は米国人の半分と雌雄を決する敵と認定されたのである。

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