秋に人間になれたので
秋の行楽日和。おじいちゃんの家、二日目の午前。
日向ぼっこも兼ねて、縁側で本を読む。
日差しが本を特別な物のように照らしてくれる。
なんかこういうのいい。
トラがやって来た。
あぐらに座ってくれたら、もっとよくなる。トラの目的もそれなようで一直線にあぐらに向かってきて、くぼみに丸くなった。
流れの一つとして顎を撫でる。気持ちよさそうに目を閉じるかと思いきや、じっとこっちを見つめてきた。
ん? 気持ちよさが足りないのかと少し気合いを入れてみると目を閉じた。ゴロゴロもいいはじめた。
お互い満足して丸まって眠るのと本を読むのに移る。
「――眠いな」
切りのいいところまで読んで、本を閉じる。
トラを片手の指で、もふもふしながら目も閉じる。
あたたかな縁側で、まどろむ。
本を読んだ後の猫との一時、理想の流れ、理想の空間。
起きたら猫になっているかもしれない。
よぎったけど不安でもない、まぁいいかと思える体験。ちょっと楽しみにさえ思いながら眠りに意識を持っていく。
ふわりとした眠りから数分経ったか、確かめるために目を開けた。
トラと入れ替わってる!
うーん、やっぱり。
四度目ともなると余裕が出てくる。ゆったりと尻尾を振りつつ庭を眺める。
猫目線での縁側で日向ぼっこもいい。
さて、次は何をするか。
あぐらから降りようと立ち上がり伸びをする。
歩きだそう――とした時、トラに両脇を掴まれた!
「にゃあ!?」
寝てるものだとばかり思っていた。
振り向くと、しっかり目を開けてこちらの目を見つめてきてる。
「にゃ?」
トラから何かしてくるのは初めてのこと。
何だ?
「にゃ?」
「どこに行くんだ?」
トラが話しかけてきた!
答えよう。
特に、どこにも。
「にゃあ、にゃあ」
「そうか」
伝わったのか、トラは面白そうに笑った。
「サンマと言ってみろ」
サ、サンマ。
「にゃ、にゃあ」
「サンマが好きか?」
うん。
「にゃ」
「わしもだ。秋の楽しみってやつだな」
トラは体から手を離すと、頭をぽんぽんと叩くように撫でてきた。おじいちゃんがよくしてることだ。
"わし" という一人称も喋り方も。いつも一緒にいるから真似てるのか、方言みたいに自然とそうなのか。
「じっと見てきて、何を考えてるんだ?」
トラの方もちょっと顔をのめって、見つめてきた。
喋り方が、おじいちゃんに似てるね。
「にゃあ、にゃあ」
「そうか?」
無自覚なのか首をひねった。
「お前さんの喋り方をできるだけ真似よう」
できるだけ、喋らないほうがいいよ。みんなの前ではね。
「にゃにゃ、にゃにゃにゃ。にゃんにゃん」
「そうだな。そうするか」
決まりだというように、トラはうなずいた。
それからまた、ちょっと前にのめってきた。
「なぁ、それより、頼みがある」
頼みごと?
「にゃあ?」
「人のままでサンマを食べたいんだ。ご飯になるまで、寝るんじゃないぞ」
サンマを!?
「にゃあ!?」
「そう。さんまだ、秋刀魚。丸のまま一匹。猫は身をちょこっとしか貰えんからなぁ」
「にゃあ……」
丸々食べたかったんだ。
「食わせてくれるか?」
いいよ。
「にゃあ」
「よし、起きてるんだぞ」
トラはまた脇を掴んで、あぐらから降ろした。
「いつも、寝て起きたら戻ってるからな。わしも眠らんようにしよう。本でも読むか」
さっきまで読んでいたライトノベルを取ると同時に、首根っこを軽く掴んできた。
「どこにも行くな。見えんとこで寝たら困るからな」
わかった。
「にゃあ」
香箱座りで、本を読むのを見ていよう。
トラはこっちを気にしつつ、本を開いた。
慣れた手つきなのは、いつもそばで見ているからか。
「異世界の猫は大きいな。人のまま、猫をモフモフ」
脇腹を揉むように、もふもふされた。
「わしの毛は気持ちいいな。人がモフモフしてくるのもわかるぞ」
わかってくれますか。
「にゃあ」
これからも、もふもふさせてくれそうだなぁ。
トラは、もふもふしながらも本に目を落としている。
「人のまま、ほのぼのスローライフするのもいいか」
ええ!?
「にゃあ!?」
人のまま?
トラに戻る気がなくなり、入れ替わりを拒否されたりして戻れなくなったら猫のまま――!
猫のまま、ほのぼのスローライフするのもいいか?
「お前さんは、いつもちょこっと来ては帰っていくが、いつもはどこに居るんだ? 異世界か?」
そう。
「にゃ」
田舎からしたら都会は異世界みたいなものだろうから。
「異世界に行ってみるか」
「にゃ!」
言っておくけど、本物の異世界みたいに楽しいとこじゃないぞ!
「にゃっにゃ! にゃにゃにゃあ!」
「そうなのか?」
体にすがって、爪を立ててみるか。
「痛いぞ。わかった」
よし。
「にゃ」
「やめとくか――」
遠くを見ている。異世界に思いを馳せているのか。
「ずっと起きてることもできんしな。人のまま、やりたいことはここでするか」
考え直してくれた。
思いを馳せるのをやめたように、こちらを向いた。
猫は諦めがいいというか、興味を失くすのが早い。
「わしをもっと、モフモフするか」
トラはこちらに興味を移して両手でもふもふしてきた。
めったやたらとした後で。さすが猫というか体の持ち主らしく気持ちいいところを撫でてくる。されるがままにゴロンとなり、へそ天になってゴロゴロいって目を閉じてしまう。
「寝るんじゃないぞ」
拷問みたいなことを言ってくる。
起きるよ。
「にゃあ」
宣言通り、体をすぐさま起こす。
眠気覚ましに尻尾を激しめに振る。
「よしよし」
背中を撫でてくれだした。
乱れた毛を撫でつけるように丁寧に。これも気持ちよくて困る。うっとり目を閉じそうになりつつ耐えていると。
お母さんがやって来た。手に箒と塵取りと毛取りブラシを持ってる。
「ほら、家の掃除してあげて」
「掃除?」
トラは差し出された掃除道具を見つめた。
「そうよ。ほら」
お母さんがこちらを見た。
「トラの毛が生え変わり時期で、そこらじゅうに毛が落ちてるでしょ。ここも凄いわね。毛玉が転がってる!」
もふもふもふもふ、しまくったから。
「ほら、ここから綺麗にしなさい」
トラは強制的に箒と塵取りを持たされた。
「面倒だなぁ、人は」
呟いて立ち上がりながら、猫に戻りたそうに目配せしてきた。
しかし、お母さんに素直に従い、掃除も見ていたのか上手に箒を使いだした。
邪魔にならないように、おすわりして見守ろう。
そこへ、
「トラ、ブラッシングしようか」
お母さんが毛取りブラシを近づけてきた。
「これ、好きでしょ?」
「好き!」
「なに、あんたが答えてるの」
当然の疑問だけど、ギグッときた。
トラもそうきたのか、わからないが、お母さんを見つめてからこちらを見た。
何も言っちゃいけないよ。ややこしいことになる。
「にゃにゃにゃ。にゃあにゃ」
トラは対応に困ったように眉をよせた。
けれど、すぐに目を丸くした。
何かひらめいたらしく、お母さんを見た。
「トラが、ブラッシングが好きだと言ったんだよ」
おじいちゃんみたいなこと言ってる。
お母さんの反応は?
「なに、おじいちゃんみたいなこと言ってるの」
やっぱり、そう思うよね。
お母さんは冗談と受け取ったように笑い、
「トラ、好きなの?」
話すのを期待してか聞いてきた。
まだ、わからんな。
「にゃ、にゃにゃにゃんにゃ」
ゴロンとなって、試してみたいと意思表示しよう。
お母さんはそばにしゃがみこんだ、おもしろそうに。
「にゃにゃにゃ。言ってるような言ってないような」
言ってると判断してくれたのか。
ブラッシングをはじめてくれた。
一撫ででわかる――
うーむ、これは気持ちいい。
ブラシの動きに引っ張られるように体が動く。それもまた、されるがままになっていたいほど。
「気持ちよさそうね」
うん。
「にゃ」
「そう」
会話も成立してしまうほどの確かな気持ちよさ。
トラは不満そうな顔でしゃがみ込んできた。
猫に戻りたくなったようだ。
ちょいちょいとブラシにちょっかいを出しはじめた。
「ちょっと、なによ。やりたいの?」
お母さんから受け取ったブラシ。
トラはブラッシングしようとしない。
やっぱり、自分がしてもらいたいからか。大事そうにブラシを両手で隠すようにお腹に押さえ持っているのでもわかる。
わかった。入れ替わってからしてあげるよ。
「にゃあ、にゃあにゃあ」
安心したように、トラの体から力が抜けた。
今は起きるか。
おすわりすると、お母さんが撫でてきた。
抜けた毛を回収して、指先で毛玉にしていく。
「そうだ、お昼ご飯」
お母さんが毛玉からトラに目を向けた。
「なにがいい?」
トラは目を見開いて、お母さんを見た。
「そうだ、お昼ご飯! サンマ!」
「さんま? また!? 昨日、夜ご飯に食べたじゃないの」
「また、食べたい!」
断固とした訴え、決して譲らない表情。
お母さんは困惑したように眉を動かした。
にらみ合いが始まったか。トラに味方しよう。
「ニャアー! ニャアー!」
「サンマー! 秋刀魚ー!」
お母さんが劣勢になってさらに困惑したとき。
「なに騒いでんだ」
おじいちゃんが廊下をやって来た。
絶対、こちらの味方してくれる!
けれど先に、おじいちゃんの目はトラの小脇にある掃除道具にいった。
「掃除してくれてるのか。ありがとうな」
ぽんぽんとトラの頭を撫でてくれた。
トラはそのまま、おじいちゃんを見上げた。
「お昼ご飯、サンマがいい!」
「おう、いいぞ。サンマにしろ」
やっぱり味方してくれた。
「仕方ない。買いに行こう」
お母さんが折れてくれた。
ありがとう。
「にゃあ」
「はいはい、トラの分もね」
「他にも、食べたいものがあったら買ってやれ」
おじいちゃんがポケットから、お札を出してくれた。
「刺し身!」
また、トラの断固とした訴えが二人を注目させた。
「良いのを買ってやれ。鮭も旬だな」
「鮭ね。はいはい。牡蠣も食べたいなぁ。もう行こっか?」
お母さんがトラに聞いた。
「行かない」
「え? 行かないの?」
行かないの?
「にゃあ?」
「行かないのか?」
みんなに聞き返されたトラは困ったようで。
ちょっと思案するように首を左右に動かし、掃除道具を見た。
「掃除するから」
「そうよね!」
「掃除は後でいいだろ」
お母さんが同意して、おじいちゃんが意見した。
「やる気になってるんだから止めないでよ」
「今、やるから」
今度は、おじいちゃんが引き下がった。
「そうか。なら、今掃除して昼を食べたら川に釣りに行くか? 好きだろ? 釣り」
好き!
「にゃ!」
「うん、好き」
「よし、用意しておこう」
代わりに答えてくれたトラが、こちらを見て笑みを浮かべた。
釣り。行けるようにしてやったぞと言ってるみたいだ。ありがとう。
「釣れなかったときのために、晩ごはんのおかずも買わなきゃ。じゃあね、行ってくるから」
「鮎を釣ってくるぞ」
言い合いながら廊下を行く、お母さんとおじいちゃんを見送るとトラがしゃがみ込んできた。
「行ってくれたか」
また、目で見送ると呟いた。
「わしは、車が嫌いなんでな」
そうか。
車に乗るときはキャリーバッグに入れられて、向かう先は動物病院。嫌いにもなるのも仕方ない。
トラはこちらに目を向けた。
「お昼ご飯を食べたら昼寝をしよう。それで人に戻って釣りに行ってこい」
釣りも行かなくていいの?
「にゃあにゃあ?」
前足を合わせて上下に振ってみるか。
釣り!
「にゃ!」
「釣りか。釣りもやってみたいがなぁ。おじいちゃんが、自分で釣った魚を食べるのは格別うめぇと言ってるからな。お前さんも言ってたな」
うん。
「にゃ」
「そうか、迷うなぁ」
トラは目玉を天井に向けた。
「魚を待ちながら昼寝するのも、格別な時間なんだがなぁ」
そっか――
魚を待ちながらゴロゴロか。経験してみたくなってきた。
釣りに行ってきなよ!
「にゃ、にゃあ!」
「そんなに釣り行ってほしいのか? わかった。せっかくだから釣りをしてみよう。しかし、お前さんが寝てしまったら」
寝ない自信はないよ。
「にゃにゃあ」
というか、もう寝たいんだけど我慢してる。
鳴いて訴えるとトラの細められた鋭い眼差しが、ふいに柔らかくなりそらされた。
「まぁいいか。途中で入れ替われば両方楽しめるな。だろ?」
いい案だというように笑って、頭をぽんぽんしてきた。
そうだね。
「にゃあ」
「だろう。よし、決まった。晩ごはんは人に戻るんだぞ。わしは猫のまま鮎が食べたい。鮎なら丸々一匹もらえるからな」
そっか……
猫でいたほうが鮎は大きくて食べごたえもある。
人だとかえって小さくなるか。
わかった。
「にゃ」
「よし」
トラは立ち上がり掃除をはじめた。
小気味いい動きで、浮足立っているようにも見える。
小皿にちょこっとしか食べられないこちらは、浮足立つこともなく猫の足取りで後をついていく。
家中を掃除していると、
「ありがとねぇ。もういいよ。お茶淹れるから、お菓子食べなさい」
おばぁちゃんが言ってくれて、トラはすぐに掃除をやめた。
リビングのテーブルには、お菓子が色々ある。
どうせ食べられないから、ソファーに座ってよう。
お父さんと並んでテーブルの前に座ったトラは、おせんべいを食べだした。
食べてみたかったのか――後ろから横顔を伺うと、味わうように目を閉じている。
「おいしい?」
お茶を淹れながら、おばぁちゃんが聞いた。
「うん。ちょっと固いけど」
「そう? じゃあ、おばぁちゃんは食べないでおこうかねぇ」
何気ない会話を上手にしながら、次々食べていく。
柔らかい薄皮饅頭に、サクサク音がする軽いおかきに、ゼリーみたいな謎の四角いやつ。
お腹がすいてきた。ふて寝したくなる。
けれど、トラが寝てないかチラッと確認してくるので眠れない。
このまま、我慢の時が続くのか。
「トラ、退屈そうだな」
お父さんが食べるのをやめて、立ち上がった。
何か? 期待して待っていると、
「スポーツの秋はどうだ?」
猫じゃらしを鼻先に振ってきた。
本能のなせる技か。気がつくと、必死で猫じゃらしを捕まえようとしていた。ソファの上で前足を使うだけの軽い運動から、床に降りて遠くの猫じゃらしを狙う本格的な運動まで。
「貸してみろ」
トラが、おじいちゃんの口調で言ったから。
老練な猫じゃらしの使い手に聞こえたし見えてきた。
お父さんもちょっと驚いたように、猫じゃらしを渡した。
トラからすると、どういうつもりなのか。
口元が笑ってる。猫になった人を遊んでやるつもりなのか、人の目線で遊ぶ自分を見るのが楽しいのか。
とにかく遊んでやりたくなったらしいから、お手並み拝見といこう。
トラは距離を取ると膝をついた。
猫じゃらしが揺れはじめる。伏せて狙いを定めると、サッと横に動いた。こちらもサッと動いて捕まえに行く。猫じゃらしはサッサッと左右に逃げて、いいところで捕まらない!
お父さんよりは切れのある上手な手さばき。さすが猫だから上手なのかはわからない。
それでも好きなだけトラに翻弄されて、肩で息をして横になった。
「楽しかった」
あぐらをかいたトラが満面の笑みを向けてきた。
「な?」
もう鳴く余力がない。
目を閉じて、ちょっとうなずいておく。
「また毛が舞ってるわね。ここも綺麗にして。もう、ご飯よ」
いつの間にか、お母さんが帰ってきてた。
トラも手伝って、テーブルに次々料理が運ばれていく。
スポーツの秋を楽しんだ後は、食欲の秋。
「今日は魚尽くしだな」
お父さんが笑った。
「晩飯も魚だぞ」
おじいちゃんが、すかさず言って笑いが起きた。
みんな、嬉しそうに食べはじめた。
焼きサンマ、焼秋鮭、マグロとアジの刺し身、牡蠣ご飯に味噌汁。
「はい」
テーブルのそばで待っていると、トラがくれた。
猫の身だとやっぱり、小皿にちょこっとずつだ。
サンマと秋鮭のほぐし身にマグロとアジ。
ご飯のない海鮮丼みたいには見えるし味もいい!
「トラ、うまいか?」
おじいちゃんが聞いてきて、みんなが見てきた。
「うみゃうみゃ」
サービス精神と本音の答え。
「ほんとだ、うまいうまい言ってるね」
お母さんが驚いて笑った。
「言っただろ」
おじいちゃんは得意げだ。
お父さんも、おばぁちゃんも驚いて笑ってる。
トラだけがチラッとこちらを見ただけで黙々と食べている。念願のサンマ丸々一匹を食べられて満足そうに噛み締めている。上手に箸を使って骨から身を取って、もうほとんどない。
こちらも全部食べてしまったけど、まだ足りない。
ちょこっと分けて。
「にゃあ」
前足で腕にすがる。
トラはまたチラッとこちらを見ただけ。
すぐに諦めがついて、前足をおろした。
くれるわけないか。それに、せっかく人の姿で食欲の秋を楽しんでいるんだ。たらふく食べさせてやろう。
「トラ、ほら」
見ていた、お母さんがマグロをくれた。
おじいちゃん、おばぁちゃん、お父さんと巡回して、おこぼれをもらい満腹になれた――
「一服したら、釣りに行くか」
食後のお茶を飲みながら、おじいちゃんが言った。
「寒いかもしれんからな、上着を着ていけ」
「うん」
トラは上着を取りにか、立ち上がったのでついていく。
二階の部屋に入ると、トラは上着を着て窓を開けた。
「屋根に出てみろ、暖かいぞ」
うながすように、おしりを軽く押された。
後ろ立ちになって、窓の手すりに前足をかけてみる。
確かに、日差しが当たっていて暖かい。屋根に出たら縁側以上の特別な心地を味わえるだろう――けど、猫の身体能力を疑うわけじゃないけど屋根に出るのは怖い。
「ほれ」
トラが脇を抱えて、勝手に出してくれた。
有り難い。
ちょっとの間、怖気づいて尻込みしたけど歩き出す。
肉球のおかげで滑らずいける。
適当なところで丸くなり、トラのほうを伺ってみる。
どう? これで?
「気持ちいいだろ?」
うん。
「にゃ」
日に当たるトラも気持ち良さそうに笑っている。
「じゃあ、行ってくるから」
言ってから、トラは身を乗り出して下を見た。
「そうだ、今寝てもいいぞ。車に乗らないといけないからな。その間、入れ替わってくれ」
いいよ。
「にゃあ」
「じゃあな」
トラの姿が消えると同時に、眠気が襲ってきた。
長い眠りの後、ちょっと目を開けた。光の中で屋根にいるのがぼんやりわかり、眩しさにまた目を閉じた。
それから寝返り、毛づくろい、トラは釣りができてるかとしっかり起きて思ったりしたけど猫のままだ。きっと、トラと一緒に居ないと入れ替われないんだろう。多分、ぴったりくっついてないといけない気がする。
まぁいい。鮎が来るのを楽しみに待とう――
「入れ替わらなかったな」
部屋に帰ってきたトラも、焦ったように言ってきた。
「きっと、お前さんと一緒に居ないと戻れないんだろう」
同じことを言ってる。
そうそう。
「にゃにゃ」
こうしてぴったりくっついてないとね。
あぐらのくぼみに丸くなる。トラも試すように目を閉じた。
夕暮れの、肌寒さと温かさの入り混じった心地良さがまどろみに誘う――
「鮎が焼けるぞ」
おじいちゃんの声で目が覚めた。
人に戻ってる!
よかった。目があったトラもそう言って笑ってるかのようだ。
さぁ、夜ご飯にしよう。
再び、食欲の秋。
「お前が釣った鮎だぞ」
おじいちゃんが教えてくれた、鮎たち。
トラ、上手に釣ったんだ。
一番大きいのをあげよう。
おじいちゃんが七輪で焼いてくれるのを、縁側から一緒にじっと眺める。
トラの表情はすでに満足そうだ。
「ちょっと、待ってよ」
焼けたのを、リビングに持っていく。
夜ご飯の準備をしていると、食べやすい温度になった。
大きめの皿にのせて、
「はい、トラ」
召し上がれ。
スポーツの秋の後、自分で釣った魚にがっつく。
幸せそうなトラ。
「うまいか? トラ」
おじいちゃんが、お決まりのように聞いた。
「うみゃい」
がっついたまま。
「おう、はっきり言ったぞ!」
はっきり聞こえた!
みんなで笑って、鮎にかぶりついてみる。
トラの釣った鮎、うまい!
食後、縁側であぐらをかいた。
満月になりかけの、お月さまが出てる。もう寒いけど、秋のお月見はやめられない。
猫が背を丸くするように、おばぁちゃんに着せてもらった丹前に埋もれるように丸くなる。
そこへ、トラが来た。
寒いらしく急いで、あぐらのくぼみに丸くなった。
でも、落ち着いた瞳でこちらを見上げてきた。
「トラ、今日は楽しかった?」
「にゃ」
「うん、か」
ちょっと、うなずいても見える。
「そうか。よかった。こっちも猫の、スポーツの秋に食欲の秋に……昼寝の秋が楽しめたよ」
お礼に喉を撫でると、ゴロゴロいいだした。
このまま、秋の夜長を――
トラともう少し、話をして楽しもう。