場酔い上戸
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
お前は、間近にいる、ものの気配を感じることはあるか?
あの毛がぞわぞわするというか、妙なぬくもりを感じるというか、不思議な感覚だ。
たとえそちらを視認しなかったとしても、肌をなでられるような、ビニール越しに軽くおさえられているような……うーん、いまひとつしっくりこない表現だ。伝わるかなあ?
こいつらは雨の中とか、他のことに気を取られそうな空間では、鈍りがちな感覚だ。音や風、空気の冷たさに、体の神経がつい反応してしまう。
それが雨風さえぎられる屋内で、ある程度の暖かさも保障されると、それらへ気を回すことがなくなるのか、周囲の気配を悟りやすくなるんだろうな。
この「察し」に関して、俺自身、妙な体験をしたことがあるんだ。そのときのこと、聞いてみないか?
人の密度が増すと、この気配に肌がざわつく俺にとって学校行事は、拷問のようなものだ。あちこちから寄ってくる暖気に、俺は圧を感じてしまう。
万力とかで縛られる感じじゃない。不快極まりない異性に、四方八方からハグされていると思ってくれ。イヤでたまらないだろう? しかもいくら嫌がろうが、離してくれないときている。
聴覚過敏ならぬ、触覚過敏? いや空気だとなんといえばいいんだ……場酔い上戸?
当時は、保健室へ一度運ばれるだけでも虚弱、病弱というレッテルを貼られかねない環境だったからな。俺の誇りがそれを許さない。
くらくらしそうな時も、ぐっと前を向いた。自分でも分かるくらい、顔面をこわばらせた。
だが学年を追うごとに、このしんどさはじわじわと増していき、小学校高学年をむかえるころには、頭痛を覚えるほどになっていた。
外で人ごみに紛れるとかなら、問題がないんだ。みんなが集まったうえで、比較的落ち着いているときこそ、しんどさが際立つ。
卒業式を迎える段には、どうなってしまうんだと、子供心に心配しだすほどだったよ。
そうこうしているうちに、この年も運動会の時期が近付いてきた。
高学年が行うのは組体操。運動場や体育館を使って、練習を頻繁に行い始める。
この体操前の神妙な空気もまた、俺の体を不快な圧で包み込んでくるんだ。苦手だ。
俺たちの学校だと、2人の組体操は補助倒立とサボテン。特に後者はコツを覚えないと難しい。
俺は下で支える係だったんだが、肩車の時点から重さ以前に、件のぞわぞわした感触がのしかかってくるんだ。
肩に乗っかってもらうとき、ひざを曲げるとき、そこに乗った人を支えるとき……。
いずれも頭がずきずきと痛んだ。それでもどうにか耐えなくちゃと、上の子がポーズを決める間に、必死で奥歯をかみしめていたっけな。
人と接触しないときは、わずかに症状はよくなるものの、組体操は人数が増すほど接触機会も増える。
最終的にピラミッドをやるとき、土台になる俺は、いつも額に脂汗をにじませていたよ。早く倒れる瞬間にならないかと、心待ちにすること然りだったさ。
その疲れもあるのか。
俺は運動会の練習がある日の帰りは、ときどき、何もないところで足をとられ、ころけそうになることがあった。
靴の裏に、強烈なガムを引っ付けられたかのようさ。地面から離そうとした足が、思うように動かず、そのまま前のめりになりかける。
倒れる前に、どうにか反対の足を出して、どうにか踏ん張りをきかせる……ということがままあったんだ。
そう、最初は疲労だと思っていたんだよ。
けれど運動会が近づき、その間の朝礼などがある日でも、足をとられるときは増えてきた。
路上どころか校舎内でも起こり始め、まわりのみんなに心配される体たらくさ。
そのたび「問題ない」と告げていく。たとえ一時的な休みだろうと、保健室行きは避けたいからな。
もう、あと数日の辛抱だ。ひとまずこいつを持ちこたえすれば、練習などでみなが集う機会もなくなる。集まりも減れば、この奇妙な感覚に襲われることも減るだろう……と。
そして迎えた、運動会の当日。
たとえ人が集まっていても、賑わっている間なら例の感覚に襲われずに済む。組体操までの競技は、どれも周りが騒いでくれるおかげでコンディションを崩さずに取り組めた。
だが、問題の組体操で俺はにわかに頭痛を覚え始めてしまう。
組体操の入りは、合図以外じゃ周りは静かな状態を保つだろう? 集中をうながすはずの環境が、俺個人に対しては苦痛を増してくるのだから、たまらないさ。
補助倒立だけでも、だいぶ頭に血がのぼるかと思った。技を決めるたびみんなが拍手してくれるが、次の技へ移ればまただんまりになってしまう。どうか、騒ぎ続けて欲しかった。
サボテンに入る。
かがんだ姿勢から肩車したのはいい。だが、立ち上がると足の裏に、びきりと走る痛みがあった。
つい、ぴんと背筋を伸ばしてしまい、上の子がわずかに揺れる。小さく「大丈夫?」と心配されてしまう。
正直、気分はよくない。だが、拍手までの辛抱だ。
上の子をももに乗せ、なお強まる痛みに耐えつつもその足を抑える。再び起こった拍手がいくらか不快感を弱めてくれるが、皆無とはいかない。
すでに俺は足の裏に、靴越しにも感じた地面へのへばりつきを感じていたからだ。なんとか周囲に悟られないようにしつつ、ピラミッドまでたどり着く。
俺はあの瞬間のことを、いまでも忘れられない。
みんなの重みに、静寂が成す空気の圧、張り付くような地面からの痛み、そのすべてによく耐えた。
「早く立ってくれ、拍手をもらってくれ」と、歯ぎしりせんばかりの思いで、その時を待つ。
やがてみんなが手を打ち始め、ほんのわずかだけ気が楽になり、どこか緩んでしまったのだろうな。後は周りのみんなと息を合わせ、いっせいに崩れることが肝要だ。
そのうつ伏せに倒れ込む瞬間。
俺のみぞおちがかぶさるだろうあたりの土が、にわかにめくれ上がる。そこから筆の穂先を思わせるような突起が、飛び出てきたんだよ。
かわす暇などなかった。俺はそれを体全体で押しつぶしていたんだ。
突き刺さる痛みはなかった。代わりに襲ってくるのは、脱力感。冬場の朝の布団の中のように、動くことがたちまちおっくうになるような錯覚がしたのさ。
みんなはもう、立ち上がり出している。俺はひじを支えに、身体を起こそうとして、何秒か粘られたよ。その突起が、みぞおちに引っかかって抜けなかったのさ。
で、どうにか外れたときには、出てきたときのようにあっという間に引っ込んで、土まで元に戻っていたんだ。
みぞおちに傷は残っておらず、それから俺があの妙な圧を感じることはなくなった。
そのときはそれを喜んでいたんだが……困ったことに、それからめっきり背が伸びなくなっちまったんだ。
小学生にしては上背があったが、成長著しい男子にどんどん抜かされてな。いまはこうして低身長のおじさんというわけだ。
あの根っこらしきやつ、育ち盛りの子供をいただこうと狙い定めていたのを、俺が敏感に察知していたのかもしれないな。




