8、チームワーク
アカデミーの学びが本格的に始まった。
ランカが留学した正アルマゴートアカデミーは班ごとにそれぞれ紅蓮術を学ぶ。
紅蓮術はA、B、Cの3つの単元で分けられ、基本的な紅蓮術の扱いを学ぶA単元、紅蓮術の理論を机上で学ぶB単元、集団的紅蓮術を学ぶC単元と決まっている。
アカデミーに入って来る者はみなA単元をマスターしているので、アカデミーではB単元とC単元が中心に教えられる。
正アルマゴートアカデミーでは、成績は班ごとに決められ、班ごとに成績を競い合う形になっていた。
ランカの所属する第7班はただいま最下位を独走していた。
班は第9班まであり、現在第3班がトップを走っている。
第3班には現アルマゴート王女である「ヘル・アルマゴート28世」が所属していて、他の班員も実力者が揃っていた。
2位につける第6班も、「メイデン・フレイブース」というアルマゴートを代表する超エリートがおり、第3班を追いかけている。メイデンは特務紅蓮術師の父親と母親を持つ絵に描いたようなエリートだ。
では第7班の強みは?
ランカはこれからの実習のために、班員のノローカと訓練所に降りて来た。
ランカは留学してすぐにノローカという同級生と仲良くなった。
アカデミーでは、ノローカと行動を共にすることが多かった。
ノローカは外国人に対する差別意識もなく、好意的に接してくれた。
訓練所に降りて来たランカは第7班の強みの本質を見ていた。
スローンは力強く素振りをしている。彼は紅蓮術に対して余念なき努力家だった。
トランダは隅のほうで落ち着きなくうろついていた。彼はいつも行動が読めなかった。人づきあいがあまり好きでないようだったが、悪い人間ではなかった。
ほかの者たちはそれぞれにあちこちで自分のやり方で実習開始を待っていた。
ランカが見た第7班の強み。
個性。
ランカが見た第7班の弱み。
ノーチームワーク。すべてがバラバラ。
各々、誰かに自慢できるような紅蓮術を持っているが、それらにまったく統一感がなかった。
ランカはそんなバラバラのチームの中から、ある者を探した。
「今日もいないわね、ヌイ君」
「いつものことだよ。ヌイさんはいつもあまり出てこないわ」
「どこか具合が悪かったりするのかな?」
「さぼりだよ。おかげで、うちの班はちっとも成績が上がらないのよ」
ノローカは迷惑そうにそう話した。
留学時の自己紹介の時もそうだったが、ヌイは人一倍協調性がなかった。
調和を図ろうとする意思はまったくなく、第7班はそうして個性が暴走するようになった。
ただでさえ個性的な者ばかりが揃っているのに、和をおおいに乱す炎が紛れ込んでいるのだから、第7班にまとまりを作るのは不可能だった。
「あんまり気にしない方がいいよ。個人の成績が良ければいい仕事にスカウトしてもらえると思うし」
「うーん……」
ノローカはすでに個人で成績を上げることに妥協していた。ノローカは紅蓮術諜報部隊に入ることを志していた。
ノローカの生み出す炎は諜報活動に重宝するものだった。
ランカは何とかみんなで力を合わせたいと考えた。
教員のシルカがやってくると、第7班のメンバーはシルカの前に集まった。
ただし、その中にヌイの姿は見えなかった。
「ヌイ君は今日も来てない? 誰かヌイ君見なかった?」
シルカが尋ねると、スローンが次のように答えた。
「今日はアカデミーに来てもないですよ。いいですよ、あいつがいたところで足手まといにしかならないんすから」
「でも9人じゃ限界があるのよ。3日後の溶岩操作実習は人手とチームワークがものを言うんだから」
「おれがあいつの分ぐらい何とかしますって。それより溶岩操作だけは負けないようにしようぜ。なあ?」
「そうね、頑張りましょ」
「おう、ランカ。お前とは気が合うな。いっちょぶちかますぜ」
ランカはチームワークに優れ、スローンやノローカともうまくやっていた。
しかし、班員の中には外国人を強く嫌う者も少なくなかった。
ところで、溶岩操作とは文字通り、溶岩を操作する紅蓮術の高等技術のことだ。
北部の火山地帯で実習が行われる。
勢いよく流出してくる溶岩の流れをコントロールするには、班員全員が力を合わせなければならない。
個人の紅蓮術がどれだけ優れていても、自然の大いなる力の前には無力。力の結集がなければ、自然を動かすことはできない。
「さっそく本番に向けて練習しようぜ」
リーダーシップに優れたスローンが声を高々にした。
こうしたリーダーがいても、第7班は今日までうまくまとまることがなかった。
溶岩操作は炎を動かすというテクニックを扱う。
紅蓮術の中でも最も難しい技の1つとされ、紅蓮術で最も重要な技の1つでもある。
溶岩操作は列車を動かすエネルギー、明かりをつけるエネルギーに応用される。
軍事的には、より高度な使い方がなされる。
炎を動かすためには、炎の深部をキャッチしなければならない。
一番簡単な練習方法には、飛んでくる炎をキャッチして消滅させるという「キャッチング」と呼ばれるものがある。
対人して、一方が炎を投げ、もう一方がそれをキャッチして消滅させるという工程だ。
距離が長いほど難しくなる。さらに飛んでくる炎が強く速いほど難しい。
炎は紅蓮術師も例外なく燃やしてしまう。キャッチを間違えるとやけどでは済まないこともある。
アカデミーに入る者はこの程度難なくこなすことができる。
人それぞれキャッチングの方法は異なる。
ランカは炎の槍の先端で炎を吸収するようにキャッチする。真火王国で教えられてきた伝統芸だ。
ランカはノローカと組んでキャッチングを行った。
ノローカはノーウェポン派だった。
紅蓮術師は炎を武器として発生させることが多いが、武器を発生させない者も少なくない。というよりも7割の紅蓮術師はノーウェポンだ。
ウェポンは扱いが簡単ではないし、密度の高い炎生成が必要だ。
紅蓮術師が1日に生成可能な炎はヒートンという単位で「17~23ヒートン」と言われている。
炎の生成量が増えると、炎の力が弱まってしまう。武器はだいたい1ヒートンぐらいの炎を必要とするのに、7分ぐらいで実用性を失ってしまう。
ランカのように効率の良い武器使いでも、0.6ヒートンを必要とし、長持ちしても武器が使い物になる時間は10分程度だ。
ノーウェポンだとその武器生成にエネルギーを必要としないし、ノーウェポンでもほとんどのことはできる。
ウェポンは槍がよく用いられる。これが全体の9割を占める。
軍事的にはリーチが長いほど有利であるためだ。加えて、紅蓮術は「刺す」という攻撃の時に一番力を発揮するためだ。
スローンのようにハンマーを使う者は少ない。これはゴブリン族ならではの武器選択だった。
ハンマーの利点は、叩けば何でも破壊できる力強さだろう。接近戦になれば、槍にはできないこともある。
弓を使う者もいる。最近は空飛ぶ悪魔の襲撃が続いており、今後はアカデミーでも必修として学ぶことになるかもしれない。
ランカは得意の槍で紅蓮術のすべてを行った。