7、討伐隊
ここ最近、正アルマゴート帝国の中部地方から南部地方にかけて、謎の悪魔が出没している。
犠牲者はすでに100人近くにのぼっており、アルマゴート政府も本格的な対策に乗り出していた。
帝国主義を掲げる正アルマゴート帝国は軍隊を北西の方角めがけて展開させている。小国であるラスバニア竜王国を制圧するために多くの兵力を投入していた。
そのため、自国に残っている部隊はいつもより少ない。
今回、悪魔討伐のためにブーヤー・フレイムボンド大佐が部隊を率いて南アルマゴートにやってきていた。
彼は大柄で屈強な体つきをしている。まだ20歳だが、40歳と言われても疑われることがない貫禄を身に着けていた。
彼もまた紅蓮術師である。
「今日こそは」
ブーヤーは燃えていた。
彼も早く出世して帝国主義の前線に出たがっていた。
昇火者の寿命は20歳そこそこ。ブーヤーにとって、今年は最後の輝きの年になるかもしれない。
彼は最後の栄光として、現在侵攻中のラスバニア竜王国の女王を討ちたいと野望を持っていた。
そのためには前線に出なければならないが、優秀な兵士が揃っているアルマゴートの軍にあって、現在ブーヤーは前線から外されていた。
しかし、炎の強さには誰よりも自信があった。
「来たな」
遠くで警報の鐘が鳴った。
ブーヤーは拳を空に掲げた。
「野郎ども、今日こそはやつを討伐するぞ」
「おう!」
ブーヤーのもとには8人の紅蓮術師がついている。いずれもアカデミーを出て来た活きのいい若手だった。
この悪魔を討伐できれば、ブーヤーの部隊は出世できる。
ブーヤーは出世のために戦っていて、市民を守るためという理由では戦っていない。
ほとんどの紅蓮術師が彼の同じだ。
彼らが望むのは英雄的栄光であって、誰かを守るためという湿った理由を掲げることはない。
20歳そこそこで命が尽きる昇火者にとって、そんな時間のかかる理由は持っていられなかった。
出世のためブーヤーの部隊は悪魔と対峙した。
悪魔は漆黒の仮面を身に着けていて、その仮面の先は誰も知らない。
悪魔は空をゆうゆうと跳び回り、黒い炎を地面に落として回っていた。
この悪魔を討つのは難しい。
理由1:悪魔は空を飛ぶことができる。
紅蓮術師は地面で戦うことを前提に学びを受けて来た。飛ぶ鳥を撃ち落とすことには誰も慣れ親しんでいなかった。
「弓の1つぐらい身に着けてべきだったか」
ブーヤーは自分の上空をゆうゆうと通り抜けていく悪魔を見送りながら苦い顔をした。
「飛ばせ、撃ち落せ」
ブーヤーは炎の弾丸を手に作り出して、それを己の肉体の力に任せて投じた。
彼の弾丸ストレートは鋭く空を切り裂いたが、悪魔には届かない。
しかし僥倖なことに、ブーヤーの部下には射手の名手がいた。
「拙者、炎弓道で実績があります。お任せください」
「でかした。やれ! やれ!」
ブーヤーは部下の少年の頭を押さえつけて応援した。少年は迷惑そうにしていた。
矢を命中させるために、悪魔を低空に誘い出す必要があったので、ブーヤーの部隊は高層建造物の屋上に分散して、通り過ぎる悪魔に炎を飛ばした。
この悪魔を討つのは難しい。
理由2:ドラゴンのように速く飛び、ハエのように機動性に優れる。
生半可な炎の攻撃はまったく当たらない。
そして、最後の理由:人間の知能を持つ。
ブーヤーの作戦は完全に読まれ、裏をかかれた。
射手から死角になる場所から、悪魔は黒い炎の弾丸を連射した。
炎はブーヤーの足元の金属に穴をあけた。恐るべき強い炎だった。一度でも受ければ助からないものと思われた。
しかし、ブーヤーはまったくひるまなかった。
「おい、あそこだ。狙え」
「ダメです。角度的に」
「あいつはこっちを狙ってきてるだろ」
「炎が曲がってるみたいです。せっしゃは曲がる弓矢を放てません」
「この役立たずめが」
ブーヤーは射手の部下を蹴飛ばして、己の体1つで何とかしようとした。
死角を離れるため、危険な道を渡り、悪魔を捉えうる位置に出た。
「捉えたぜ、死ねい!」
ブーヤーの渾身の炎の一球。
周りの空気を巻き込むように火の玉は大きくなり、悪魔を呑み込もうとした。
しかし、悪魔の黒い炎の一撃が繰り出されると、その火の玉はかき消されてしまった。
あまつさえ、その火の玉を貫通した黒炎の一部がブーヤーを吹き飛ばした。
彼は直撃は逃れたが、階段を転げ落ちて、下の階を渡ろうとしていた市民を巻き込んで転落した。
悪魔はそのまま飛び去って行った。
「ちくしょー、覚えてやがれ。今度会ったら必ず八つ裂きにしてやるからな!」
ブーヤーは飛び去って行く悪魔に捨て台詞を残した。
悪魔討伐は難航を極めた。