5、消えない炎
正アルマゴート帝国にやってきて4日が経った。ランカは学業初日を迎えた。
この4日でアルマゴートの暮らしには順応できるようになった。
もともと真火王国とはお隣の関係だから、気候も人々の雰囲気も似通っていた。
ホームステイ先は都市から離れているので不便なところはあったが、真火王国の標準的な暮らしからするとすべてが恵まれていた。
ランカをアカデミーに送り届けるために、パンパラオーがのそのそと出て来た。
アカデミーまでは歩いて行くことのできる距離だったが、メーメルが送り迎えをすると申し出たので、それに甘えることにした。
パンパラオーはすぐにランカに懐いた。餌を数日与えるだけで懐いてくれた。
「では行きますよ、ランカさん、忘れ物はないですか?」
「大丈夫。オッケー」
ランカは手提げかばんの中身を簡単に確認した。
特に持っていくものはない。メーメルの作ってくれた弁当箱だけで良かった。
パンパラオーはランカとメーメルを乗せてゆっくりと歩き出した。
◇◇◇
アカデミーに到着した。
今日は悪魔が現れることもなく、陽気のいい日だった。
「それではお昼過ぎにまたお迎えに上がりますので」
「悪いわね、何度も往復させて」
「ちょうど出荷のついでなので気にしないでください」
メーメルはパンパラオーと共に去って行った。
いざ一人になると、少し不安な気持ちになった。
うまく学生たちと馴染めるかとか、差別されないかとか、留学生は特に色々と考えてしまうものだ。
ランカは留学生が集まるロビーに向かった。
ランカ以外に23人の留学生がやってくることになっている。
ロビーには、6人の学生と3人の教員がいた。
「ランカさん、あなたがランカ・フレイランスさんね?」
教員と思われる女性がランカに尋ねた。
ランカと同じぐらいの歳ごろに見えなくもなかったが、紅蓮術の世界では、同い年の教員は決して珍しくない。
「はい、そうです」
「私はシルカ・クラリオンよ。あなたの班の担当になるかはわからないけど、よろしくね」
シルカは笑みを浮かべて握手を要求した。
頼り気になさそうに見えたが、優しい教員だった。
右も左もわからない留学生にとって、シルカのような教員はありがたかった。
「真火王国から来たんでしょう?」
「はい」
「私も同じ。つまり、あなたは私の後輩ということになるわね。去年卒業したばかりだから、まだ新米なんだけど」
シルカはランカと同じように真火王国から留学生としてここにやってきた身だった。
学業過程をすべて終えると、そのままこのアカデミーの教員として働くようになった。
一般的にアカデミーは15歳で卒業となり、卒業生は紅蓮術師として仕事に就く。
シルカは16歳だと言う。まだ経験の浅い教員だった。
しかし、昇火者にとって16歳というのは決して若くない。
一般に昇火者は、15歳で学びを終え、18歳で子を残し、21歳で燃え尽きると言われている。
普通の人間とは違い、非常に早く一生を終えることになる。
最近は少しずつ寿命が延びている傾向にあったが、20代のうちにほとんどの昇火者は燃え尽きてしまう。
昇火者の最後は儚い。内側から燃えて無くなってしまうのだ。骨も残らない。すべてが炎に変わり、存在がこの世から消え去ってしまう。
これは昇火者として生まれたものの運命であった。
寿命で燃え尽きることもあれば、ちょうど人間の心臓のあたりにある発炎器官を損傷して燃えてしまうこともある。
低体温症で燃えたり、難病の影響で燃えたりと、昇火者は人間に比べて圧倒的に不安定な命を抱えている。
少し前、正アルマゴート帝国に、バイアン・ソードネスというミュージシャンが人気を博した。
彼は昇火者として生まれ、最初は紅蓮術師を目指したが、その生き方に疑問を覚えて、ミュージシャンになった。
彼は「消えない炎」という歌を歌っている。
そこには、昇火者の悲しみがつづられている。
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消えない炎 歌詞全容
私はあなたに恋をしました。
私はあなたを温かくする炎であると誓います。
私はあなたを守る炎であると誓います。
私はあなたを笑わせる炎であると誓います。
それなのに――。
あなたは私よりずっと早く歩いて行く。
あなたは私よりずっと遠くに歩いて行く。
私の炎はあなたに届かない。
決して決して、私の炎はあなたに届かない。
私には夢があります。
消えない炎がほしい。
あなたの隣をずっと歩けるように。
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この歌は、「昇火者は人間と共に歩くことはできない」ということを歌った悲しいものだった。
同時に、愛した人間のために尽くす炎であろうとする愛の歌でもあった。
バイアンはブレイクして有名なミュージシャンになったが、昇火者の運命のもと22歳の時に急性発炎病を患い、燃え尽きてしまった。
◇◇◇
留学生がそろうと、アカデミーの歓迎を受けることになった。
アカデミーの学生たちが留学生のために歓迎の催しを準備してくれていた。
温かい歓迎と冷たい歓迎の2つがあった。
まず、冷たい歓迎がランカにもたらされた。
歓迎会の会場に移動する際、卑しい目つきをした男子学生が一人こっそりとランカの近くにやってきた。
彼は突然、ランカに閃光の強い火炎を投げつけた。
ランカはひるんで目を覆った。男子生徒はその隙にランカのスカートをめくった。
そして、男子学生はけらけらと笑った。
「何するのよ?」
ランカはカッとなって男子生徒をにらみつけた。
「留学生の歓迎だよ。家に帰りたくなるようにとな」
「はあ?」
「コラ、何してるの」
シルカが間に入ると、男子学生はそそくさと立ち去って行った。
「ランカさん、大丈夫?」
「目がチカチカする」
「まったく、どうしてこうなんでしょう。私のときも色々されたけど、いつになってもこういういたずらをする子がいなくならないのよ。どうしてかしら」
留学生に対する冷たい歓迎。これはもはやアカデミーの伝統になっていた。
しかし、温かい歓迎もあった。
「イッツアショータイム!」
アカデミーの学生は炎を学ぶと同時に色々なサークル活動にも従事する。
アカデミーで有名な学生サーカス団が留学生のためにサーカスを披露してくれた。
男子学生が手で弧を描くと、弧炎が発生した。
学生4人が力を合わせると、大きな炎から「火猫」が創造された。
火猫は輪をくぐるように力強く跳び回った。
紅蓮術は軍事力を担保するためにある。
一方でこうした紅蓮術もあった。
留学生は温かい歓迎に拍手で応えた。