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3、漆黒のデビル

 ホームステイ先が肉屋だったのはランカにとっては好都合だった。

 主はランカを祝うために料理の腕を振るった。


 彼は自分のところで育てた肉をアカデミーやレストランに提供するほか、厨房で料理を作る経験も長かった。

 紅蓮術師に提供するべき料理もよく心得ていた。


「おれの魂のレシピをすべて披露するぜ」


 主は気合を入れて料理を作った。

 彼の作品がテーブルの上に並べられていった。


 ラム肉のレッドペッパースープ


 魚介類で取ったスープに岩塩を溶かして、ペッパーを効かせて焼いたラム肉を乗せるというシンプルな料理。

 野菜類が食べられない昇火者のための料理だった。

 昇火者でも食べられる植物由来の食材35種がまとめられた本があり、主はそれを良く熟知していた。


 ラム肉のソテー


 羊肉を焼いただけだが、主秘伝のソースが絶品料理に仕立て上げている。

 ところで、昇火者が最も好むのが羊肉だ。ランカも羊肉が好物だった。


 ラム肉のグリル


 羊肉のうち脂の多い部分と昇火者でも食べられる植物系の食材をグリルにしたもの。

 昇火者だけでなくアルマゴート人の一般的な郷土料理でもある。


 アルマゴート帝国の羊はランカの故郷である真火王国にも数多く輸出されている。

 ランカは異国の地に来ても、懐かしい味に出会うことができたことを喜んだ。


 ◇◇◇


 ランカが通う「正アルマゴート・アカデミー」は都市部のほうにある。

 近日中に留学のための必要な手続きをしなければならなかった。


 ホームステイ先からアカデミーまでは約8キロの距離がある。

 ランカにとっては徒歩で向かう標準的な道のりであったが、メーメルが車を用意してくれた。


 レッドホーンにつながれた木の車が車輪をゆっくりと回しながら道に出て来た。


 レッドホーンはここ一帯の基本的な移動手段となっている。

 今も遠くの道をレッドホーンが歩いている。


 レッドホーンは人に良く懐く温厚なビーストの一種で、力強さと走行の安定性を兼ねそろえている。

 荒い道もすいすいと進むことができるほか、持久力も高い。重たい荷物を引っ張って正アルマゴート帝国を横断することもできるという。


「ランカさん、用意できましたよ。パンパラオ―が私たちを目的地まで運んでくれます」

「パンパラオ―?」


 ランカはメーメルに似た温厚な様子のレッドホーンを見つめた。


「この子の名前です。私がつけたんです。一番かっこいい名前を与えてあげたんです。だって、この子、すごくかっこいいでしょう? ですから、かっこいい名前をつけてあげないといけないと思ったんです」

「かっこいい……のかな?」


 ランカは首を傾げた。この国の文化のことはまだよくわかっていない。ましてや、メーメルの趣向など理解できるはずもなかった。

 パンパラオ―は眠そうに出発の時を待っていた。かっこいいという形容詞のまったく似合わないレッドホーンだった。


「私が世話をしているんです。パンパラオ―ったら、世話をしてあげるほどにかっこよくなっていくんですよ」


 メーメルは車の上でほほ笑んでいた。彼女が世話をするほどに、パンパラオ―は飼い主に似ていったものと思われた。

 無事アカデミーにたどり着けるのか不安だったが、ランカはメーメルの隣に座った。


「それでは行きますよ」

「おーい、ちょっと待て!」


 出発しようというときに、主が外に出て来た。


「やっぱりおれも行く。心配だからな」


 主は大きな体を揺らしながら駆け寄ってきた。


「お父さん、店番はどうするんですか?」

「少しぐらい閉めたって問題ない。それよりも安全第一だ。最近は物騒な悪魔が出没しているんだからな」


 主はそう言うと、大きな体をしてもって車の座席に座り込んだ。

 主を収納するには、ランカとメーメルを合わせたよりも多くの面積が必要だった。

 ゆったりとした車内は突如としてむさくるしく窮屈になった。


「すごく狭くなりましたよ、お父さん。窮屈です」

「お父さんのクッションだ。頼りになるだろ? 両手に花だ。わははははは」


 主は座席の中央を陣取って、その両手に座るランカとメーメルは隅っこに追いやられてしまった。


「そういえば、駅に看板が上がってました。漆黒のデビルが出没していると」

「そうなんだよ。そいつがまた恐ろしいやつでな、肉の出荷中に、おれも遭遇してよ、このざまだ」


 主は右手をランカに示した。

 主の右手には包帯が巻かれていたが、それは例の漆黒のデビルの攻撃を受けて負ったやけどの痕だった。


「いつごろから被害が出ているんですか?」

「つい最近だぜ。なあ、メーメル?」

「いつごろだったでしょうかねえ……」


 メーメルにとって、時間の経過という概念は希薄なようである。


「ひーふーみー、1か月ぐらい前だな、ほんとつい最近だ」


 主が答えた。


「クーデターか何かですか?」

「そうかもなぁ。うちの国は帝国主義でガンガンやってるだろ。そりゃあ、どっかで恨みの1つや2つが爆発してもおかしくねえ」


 漆黒のデビルが正アルマゴート帝国に現れたのはつい先月のことだった。

 それは突如として現れて、甚大な被害をもたらすようになった。


 いま、アルマゴートの軍隊が漆黒のデビルを討伐するために各地に派遣されている。アルマゴートの軍隊の9割は紅蓮術師によって構成されている。

 しかし、漆黒のデビルがどこからやってきて、何を目的にしているのかさっぱり掴めず、討伐は難航していた。

 愉快犯にしては執拗すぎるし、被害が大きすぎる。

 略奪が目当てにしては金品にはまるで興味を示さない。

 無差別に人を襲うデビルというほかないのだと言う。


「だが、不幸中の幸いというかな、ちょうどあのデビルが出て来たころだ。うちの娘がみるみる元気になっていったんだよ」

「そういえば、病気だったという話でしたっけ」

「そうなんですよ。私ったら、先月まではベッドの上から起き上がれなかったんですよ。それがですね、突然羊の丸焼きを頬張ることができるほど元気になったんです」


 メーメルはそう言って明るく微笑んでみせた。

 先ほどのお祝いパーティーのときも、メーメルはランカよりも食が進んでいた。

 あの食べっぷりは病人とは思えなかった。


「娘の病気は治らないと医者に言われてな。一度は絶望したもんだ。うちの最高の娘がおれより早く死んじまう。受け入れられねえってな。それがこんなに元気になったんだ。あの悪魔がなんかおかしなものを運んできたのかもな。そう思ったら、やけどの1つぐらい安いもんだぜ」


 主はやけどの手をぱんぱんと叩きながら笑った。

 漆黒のデビルとメーメルの病状回復につながりは認められていない。

 しかし、漆黒のデビルの登場から1か月、メーメルはこうして元気に外に出られるほどに回復していた。

 店番もできるようになり、肉の出荷の手伝いもできるほどだった。


 何はともあれ、漆黒のデビルは少なくともメーメルには神秘的な治癒をもたらしていた。

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