動く印(マーキング)
アリサ視点に戻ります
花は咲く 観る者無くとも 芳しく
青き風にも 散るそぶり無く
人に喩えるなら、散りようがねーだろって話です。
だって〈花〉に気付いてる人なんて居ないんですから、色っぽい展開になんてなりようがないじゃないですか。
では逆に、衆人の関心を集めてしまう〈花〉はどうなるのでしょう。本当の花ならば摘み取られてしまう確率は高いです。
──でも それが 人間なら?
──しかも 女性ではなく 殿方であったなら?
ああああぁぁぁうあ!!
印が動き回るって、落ち着きませんわ! 未だ嘗て無い鬱陶しさですの!
動き回る印、それは
──ラ・ジオラス・クルイウィル令息
健康な十代半ばの青年ですから、そりゃ動き回りもします。
座学の授業中はともかく、体育の授業なんて最悪ですわ。朝晩は物理的に距離ができるので殆ど感じませんけれど。彼、入寮しておりませんの。学園へは自宅からの通い。ですから学園から出れば、物理的な距離から察知の範囲外になりますの。残念なことに意識すると検索可能にもなってしまうのですけれど。
ついでに、わたくしは寮で暮らしておりますわ。学園が目の前! 朝一で登園するには持ってこいの立地! 入寮するでしょう! 生徒はタダですし。
話が逸れましたわ。
ここ数日で大分慣れましたけれど、やっぱりウザイ。小さな昆虫を連想するウザさ。わたくしが〈お花君〉にマーキングする話は学園側も承知している事。つまり先生方も御存知。ですので授業中でもソワソワ落ち着きの無いわたくしを見ても見ぬ振りをしてくださっていますの。今はお試し期間でもありますし、その内この実験も終了するでしょう。してください。
とにかく、望むと望まざるにかかわらず〈お花君〉を目にする機会が増えましたわ。一応でも視界に入っていれば、認識が変わるようですので楽ですの。
そうすると必然的に気付かざるをえないのです。女性に囲まれても〈お花君〉は喜んでいない事に。それどころか、彼は嫌がっている感じですわ。さすがに露骨に表したりはしておりませんけれど。
そして女性徒達のアプローチはプレゼント攻勢に発展しているようですわ。
夏の長期休暇を前にして、直接贈り物をする形に流行りが変わったようですの。あらあら〈お花君〉も女性徒達も大変そうですわね。
とにかくこれら〈お花君〉に関する目撃情報もせっせと(勿論、寮の自室に帰ってから)記録いたします。この記録はクルイウィル様と学園双方からの依頼でもございますの。いざ何かに巻き込まれた時の為の保険──第三者による証拠の確保かと存じます。その点わたくしは前々から植物に関してだけですが、コツコツと記録をつけてきた(一応)実積(?)がございますので、適任、とされてしまったのでしょうね………。
さて、更に月が変わって幾日。
わたくし最近、天気の穏やかな日のお昼は、学食でテイクアウトしてお外のベンチでいただきますの。広い一階の職員室から丸見えの場所ですわ。何故そのような場所を定位置にしたかといいますと、安全確保の為ですの。そろそろわたくしが〈お花君〉を(横目に)見ている事実に気付いていらっしゃる方が出て来ても不思議ではない頃合いです。そのような方が出て来て居ないなら居ないで一向にかまわないのですわ。念のためです。思春期という年頃、しかも恋に恋するお年頃の、本当に恋に恋した女性は恐ろしいのです。勝手に(勘違いして)同類扱いされるなら御の字。けれど高確率で攻撃性を向けて来る輩は侮ってはいけません。幸い教師陣営はわたくしの現状を理解しておられます。ですからわたくしが一人でお昼を頬張っていても何もおっしゃいませんわ。たまにダリア先生や他の専門教科持ち先生が御一緒くださいますけど。
さて、本日のスープは……あら、(所謂)トマトスープですわ! そろそろ初夏ですものね。けれども実が生るには些か早い気がいたします。早生かしら?
現代日本とは違い、新鮮な(所謂)トマトは夏しか食べられませんの。他の食材も季節や天候に大きく左右されるのですわ。その代わり、味や風味はグッと強いですの! ああ、少し話は逸れますけれど、勿論保存食もございましてよ。現代日本と比べてはいけませんけれど……。
「……………フラッシュ……………デンチッ……………も負けませ……………」
あら、話し声。
声に釣られて思わずそちらに目を遣ります。すると近くの東屋に二人の御令嬢が居ります。あの東屋は庭の景色が楽しめ、かつ職員室からは見えそうで見えないというので、御令嬢達に人気なのだそうですわ。お茶の準備をしているようですわね。
…………………ん?
今、何かティーポットに入れましたわよね? 茶葉ではありませんわ。茶葉は横に用意されているだけですもの。つまりまだ準備の段階。明らかに誰かを待っています。
わたくしは風を操り二人の会話を拾います。盗み聞きははしたないとか言っていられません!
「こちらの飴を事前に口に入れておきましょう。お薬の中和剤ですわ」
「ありがとう存じます。………ふふふ。これで〈百合の君〉はわたくし達のものですわ!」
!? なんですって!!
「お静かに! 誰かに聞かれたら大変でしてよ」
会話が途切れます。きっと周囲を確認したのですわ。ですがわたくしは既に東屋を見ていません。代わりにポケットから小さな手帳を引っ張り出し、今の会話を日本語で記録いたします。持ってて良かった記録用手帳! 〈お花君〉以外の観察記録もビッチリ書き込んでおりましてよ!
私がせっせと記録をつけていると、印が近づいて来るのが分かりました。ああ、本当に〈お花君〉ですわ。これまでの観察で御令嬢の誘いに乗るような方ではないと思って居りましたけれど………〈家〉関係で断れないお相手だったのでしょうか?
何はともあれ、実際に薬を盛られてどうにかなる前に何とか阻止しないと、大変な事態になりそうですわ……!
冒頭の一句は作者の創作です。
あまりに拙いので目を覆う方も居られるかもしれません。
ですが添削や突っ込みは、どうか御容赦を! 作者、挫けます。