放課後ではなく、昼時でしたわ
作者、暑さに殺られました
あれ? あら? 放課後になると思ってましたのに? 昼休みですか……わたくしの昼食は抜きになってしまうのでしょうか? そもそもここは何処ですの? 学生食堂に近い場所であるとしか分かりませんわ。
「アリシア嬢を連れて参りました」
わたくし現在クラスの担任に付き添われて、そこそこ広い部屋に入室したところでございます。部屋の中には細長い大きなテーブル。これ、クラス一つくらいなら全員座れるのではないかしら? そのテーブルの上座に教頭先生、学年主任、そしてダリア先生、更に全く存じ上げない殿方がお二人座っておられました。ただ初見の殿方の内お一人は、アイスブルーの影が差す銀髪に他国にも知れわたるブルーオパールの瞳。〈水伯爵〉クルイウィル一族。〈お花の君〉の御家族……。歳の頃から……父親にしては若過ぎますわよね。ではお兄様? 老けてますこと。
考え事は後ですわ。まずは御挨拶。挨拶大事! これ人生の標語の一つですわ!
「お呼びと伺い、アリサ・テッド・アリシア参上つかまつりましてございます」
わたくしはカーテシーで御挨拶。これ、歳を取ったら膝に来そうですわ。勿論現在のわたくしは優雅に見せてございますけど。
「アリサ君、こんな形での呼び出しだ。驚いただろう」
この気遣いのお声がけはダリア先生です。この中でわたくし以外の唯一の女性ということもありお気遣いくだされているのでしょう。
「でもまあ、折角の昼時だ。食べながら話そう。さあ座りなさい」
ダリア先生の言葉に合わせて給仕の人間が椅子を引いてくれます。そこに座れとの指令ですわね。でも……後半の音頭は普通、教頭が行うのではないかしら? 何か不自然ですわね。初見の殿方お二人にいたっては、挨拶も自己紹介もございませんし。疑問だらけですわ。
とりあえず、昼食は摂れるようです。とすると、ここも食堂と考えられますわね。貴賓用? それとも食事のマナーの授業で使用する為の部屋なのかも。
全員無言のまま食事が始まりました。軽い前菜から始まるコース料理のようです。学生食堂での方が気楽な食事で個人的にはそちらの方が好きなのですけれど、コース料理でも不満も不自由もありませんわ。腐っても伯爵令嬢。お作法は身に着いてございましてよ。
我がアリシア家は同じ伯爵家の中でも真ん中辺りの家格。時代によって浮き沈みがあるので、没落とかでなければ我が家は気にしない家柄ですの。他所のお家は大抵、家格だとか派閥等に神経を尖らせているそうですが、我が家はお役目第一主義。それもあって娘の自由を早々にある程度でも担保くださいましたのかもしれません。その代わり──否、だからこそ子供には相応の教育が徹底されます。家の役にはたたないと思われるわたくしにも、両親は教育にお金と時間を費やしてくださりましたわ。前世の記憶がなければ嫌がらせや押し付けだと思ったかもしれません。ですがわたくしは教育が如何に大切で、また贅沢な事であるのかも承知してございましたので、本当に有難いと頭の下がる思いですの。現にこうして学園にも上げてくださっていますもの。愛情深いしっかり者の両親の元に生まれる事ができたわたくしは幸せ者ですわ。
それはそれとして、食事会に現場は戻りましてよ。
食事がメインに入り、大きな伊勢海老に似たコレッタ海老でわたくしが幸せを噛みしめている頃合いで不粋な問い掛けが始まりましたの。
「アリシア嬢は今朝、面白い物を見付けたそうですね?」
〈水伯爵〉一族、クルイウィル様(ほぼ確定)からでしたわ。わたくしは幸せに水を差されて、顔色に出ないよう注意してから返事と共にそちらに視線を向けたので、1拍不自然な間が入ってしまったと自覚いたしました。カトラリーを一旦置き、クルイウィル様に向き直りながら一生懸命咀嚼いたします。
もっとゆっくり味わっていたかったのですが、お返事しないわけにもいきません。
「にゅっ? ……………面白い…物…ですか?」
クルイウィル様がダリア先生の方へと視線で合図なさいます。ダリア先生は準備なさっていたようで、速やかにわたくしへ言葉を振られます。
「今朝のロッカーの件だよ」
「あれはある意味貴重な光景ではございましたけれど、面白い光景であるとは表現したくございませんわ」
「君の感想はともかく、その一件での呼び出しだ。分かりますね?」
「はい」
「…………………」
わたくしの素直な反応にクルイウィル様は暫し言葉を失われたようです。
暫しの無言の後、クルイウィル様と共に居られた初見の殿方が代わりのように口を開かれました。曰く、ロッカー発見に至るまでの説明が欲しいとのこと。ですのでこれにも素直に正直にお答え致しました。するとあら大変。ここまで黙って耳を傾けておられた教頭先生が厳しいお顔になって居られるではありませんの。
「君はいつも遅刻をしているのですか?」
「遅刻は本日が初めてですわ❗」
教頭先生ったら恐いお顔で確認なさいますものですから、わたくしも空かさず返させていただきましたわ。だってそうでございましょう? 有耶無耶の内に遅刻の常習者にされては堪りませんもの。しかも今朝は不可抗力でしてよ!
「余裕を持って登園できるようになさい。門を預かる教師に注意を受けている筈ですよ」
門を預かる教師と云うのは、現代日本の小中学校のように、毎朝門の所にその日担当の教師が立って生徒達に挨拶したり注意を促したりしている教師のことですわね。
「……僭越ながら言わせていただきますと、わたくしは開門と同時に登園しておりますので、注意を受けた事はございません」
「嘘を仰い。だったら遅刻する時間まで何をしていたのですか?」
教頭先生、静かですがお声が尖っております。だからでしょうか? 学年主任とダリア先生が同時にお声を挙げてくださいましたの。
「それに関してはこちらで説明を」
「こちらが証言致します」
とてもありがたい事ですわ! これも日頃の行いの賜物ですわね。以下、代わる代わるの御説明ですわ。
「彼女は確かに本日も早朝に登園致しております」
「本日に限った事ではなく、大概いつも学園の屋外を彷徨っています」
「どのように過ごしているかというと、大抵何かしら探索しているようです」
「だいたいは植物が対象のようですね。見付けた対象にマーキングを施し、長期の観察を可能にしているとか」
「マーキング? とは何ですか?」と、初見のいま一人の殿方から当然の疑問が上がりました。……蛇足になりますけれど、お名前が分からないと表現に苦慮致しますわ。
何はともあれ、〈マーキング〉に関してはわたくし自身が御説明いたします。
「長期観察を可能にするために、他の個体と見分けが付くように一つ一つ印を施しておりますの。例えばこのグラスを例にお見せしますわね」
わたくしは自分用に用意されていたグラスに印を付けました。
「この時点ではわたくしか余程魔力に敏感な方でなければ、まず気付かない状態です。因みに、今の状態でお分かりになれる方はいらっしゃいますかしら?」
すると初見の片割れの方が小さく手を上げました。
「何となくは感じ取れます。しかしそれは目の前での宣言と魔力の行使があってこそでしょう。何も知らなければ、気付くのは難しいかと」
わたくしは一つ頷いて次の行動に出ます。
「魔力を強めるとこうなります。皆様にも見えるようになったかと」
確認するまでもなく、「おお」とか「ほお」といった反応がございましたので、可視化に成功したのだと分かりました。
「この魔力で付けた印は、わたくしが近付くと自動的に可視化されます。仕組みは、わたくしが近付く事で魔力が供給されるからです」
たぶん。
「勿論、今お見せしたように任意で印を出し入れできます。普段は魔力の節約のために見えない状態にまで力を絞っておりますの。そして、印を外すのも基本、任意ですわ。尤も大した術ではございませんから、第三者が印を消滅させる事も充分に可能でしょう」
わたくしは皆様の前で印を外しました。
クルイウィル様が何やら真剣なお顔で一連の説明を聞きながら見詰めてございます。
「今朝も何か見付けて、この術を?」
質問者はクルイウィル様でしたが、私は想わず弾んだ声で肯定してしまいます。
「はい! 今朝は入学以来観測を続けてきた花が咲いておりましたの! 他にも蝶のサナギを見付けましたのよ! 花の方は以前に印を付けた物ですけれど、サナギの方は本日新たに印を付けました!」
うふふふふ! 興奮が抑えられませんわ!
わたくし、サナギの羽化を見た事がございませんの。印を付けても見られる可能性は低いですけれど、ちょっと楽しみではありませんこと?
「今まで生き物に印を付けた事は?」
「植物もサナギも生き物でしてよ」
「失礼。ああ、でも、サナギが孵ったら、印はどちらに残るのでしょう? 羽化した蝶の方か、それとも脱け殻の方か?」
「……分かりませんわ……」
「これまで動く生き物……犬や猫や馬等に印を付けた事は?」
「いいえ……」
「人間には?」
「──いいえ!」
「本人の同意があれば付けてみませんか?」
「……え?」
朝晩、漸く涼しい時間が(*´∀`*)
涼しいと寝てしまい、話が進まない………ヽ(;´ω`)ノ