王子様とか呼んでません
途中、王子視点が挟まります
第二王子は隣国からの留学(予定)生を学園見学がてら案内に来たのだそうです。他にもわらわらお付きが王子を取り巻いて居るので気が付きませんでしたが、言われて見れば一歩下がった場所に可愛らしい少年が居ます。こちらも見たことあるようなお顔です。王子が自ら案内して来たとなると、おそらくあちらの王族なのでしょう。……波乱の予感しかしません。どうか留学を思い止まっていただきたいです。
わたくしが頭の中で従妹だと思い込んでいた不思議なる矛盾に六割がた気を取られているうちに、何やら話が進んでおります。高位貴族御令嬢方──つまりブーチン様とゴルデーエヴ先輩の二人で留学予定生に学園を案内するよう殿下からお願いされてしまったもよう。
第二王子はいったい何を考えてらっしゃるのかしら?
わたくし達、特に自称従妹から距離を取りたいというのなら、単純に引き続き自分が留学(予定)生を連れて行けば良いだけの話。よしんばアティア(に限らず礼儀知らず)が付いて行ったとしても、それは周囲のお付きの者が近寄るのを阻止する。少々煩くなるかもしれないが、その手の手合いのあしらいはお手のものだろう。わざわざブーチン家とゴルデーエヴ家を巻き込む腹が分からない。そう、このような公の場で高位貴族令嬢の先輩方を名指ししたとなると、個人ではなく〈家〉を巻き込んだと取られても仕方の無い処遇。そうなると、後は大人達の問題になってくる。それこそ派閥とか、権力とか、色々だわね。本当、貴族って面倒臭いですわぁ。
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ブーチン嬢とゴルデーエヴ嬢、反応は対極と言っても言い過ぎではないだろう。
ブーチン嬢は単純に頬を染めて喜び、名誉な役目に奮起したようであった。ブーチン嬢は高位貴族令嬢の割には素直で体形と共にそれなりに可愛らしい御令嬢だ。家柄から私の妃候補としても名が上がっている。だが、ただお茶を楽しむ程度ならともかく、身近に置きたい相手ではないな。
対するゴルデーエヴ嬢は訝しげに私を見ていたな。私が二人に案内を頼んだのが気に入らないらしい。まあ、それはそうだろうな。私自身はこの場に留まると言外に告げたのだから。それに案内する対象者は明らかに重要人物でもある。何かあるのかと疑いの一つでも持ったのかもしれない。声をかける前の漏れ聞こえた話でも、ゴルデーエヴ嬢は賢いのだろう。ゴルデーエヴ嬢は妃候補として残しておくか。
さて、目の前の問題に向き合うか。
私が二人の知り合いを引き離したのは、こちらに残した令嬢擬きと相対する為だ。
一人は文字通り警戒対象。まあ今のところ雑魚らしいがな。どうも怪し気な術を使うらしい。
一人は他家の守護者を引き寄せる変わり者。隷属化させる程に強力でもないらしいが、面白いと一部官僚の間で噂になりつつある。
さて、どちらがどっちだ? 約束を裏切らず馬鹿っぽい方が間引き対象者であってほしい。イライラする対象者を罪悪感無く取り除きたいからな。
しかしこの無表情の方、ゴルデーエヴ嬢のように私の対応を訝しんでいたようだ。……まあ最低限の常識が詰まっていればそれくらいの反応はするか。
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どうしてこんな話になっているのでしょう?
殿下は護衛の三分の二を付けてお客様──留学(予定)生と御令嬢二人を送り出した後、残ったわたくし達に質問を投げ掛けたのです。
──目の前に孤児であろう二人の幼子が居る。
──一人は自国の子。
──もう一人は他国の子。
──二人は飢えていて今にも死にそうである。
──手元には一人分のスープ。
──スープは一人にしか分け与えられない。
──助けも呼べない。
──あなたならどうする?
普通なら別けて与える、という選択肢をきちんと潰してある嫌な設問。
でもこの王子様、自分よりも隣国からのお客様を優先して護衛を別けてますのよね。まあ政治的な事情だけ見れば模範的な対応ですけれど、本当にできるかどうかは別問題。一応は平和ですし、殿下は第二王子ですし、割り切ったのでしょうけれど。
設問を聞く限り、危機意識の低い馬鹿とは考え難いかも? いや、日本人のような平和ボケかもしれませんわ。捻くれた切れ者である線は今は考えないようにいたしましょう。どうせわたくしの答えが変わるわけでもないのですし。
「じゃあ、身分の高い順に答えを聞こうかな。それだと──」
殿下が楽しそうにわたくしの顔を覗き込みます。
「君だね」
どういう訳か、こういう時、ズルいアティアは後ろに逃れる事が多いのです。持って生まれた身分だけでなく、そのように運が働くとでも言うのでしょうか? この場合は殿下ははじめからアティアの答えを聞く気が無いように思えるのは、わたくしの気のせいでしょうか? 考えても答えは出ません。
「わたくしなら、自国の子を優先いたします」
「えー! アリサって、本当、酷い! 殿下聞いてください。アリサって昔から冷たいんですよぉ」
「まあまあ、まずは理由を聞いてみようじゃないか」
「相手国の民間人を敵に回しても、わたくしはこの国の貴族として自国の子を優先いたします。おそらく選択肢には自分も含められているのでしょうが、設問には『助けは呼べない』とありました。でしたら自分が食べて体力を養い助けを呼びに行くという選択肢はありません。そしてわたくしなら餓死しそうな子供よりも体力がございます。ですからまず自分を選択肢から外しました」
「うん。なかなか良い答えだ。続けて」
「残るは二人。政治的な要因は設問に含まれておりませんでしたので、迷わず自国の子を選びました。政治的な要因が絡めば自国の子を選ぶは悪手になる事もございましょう。ですがそうでないならば、例え相手国に恨まれようが、自国の子を守ります。いざ戦争がどうとかいう話に発展したその時は、国外追放にでもしてもらって、一応のけじめとするしかないでしょう。最悪、相手国に送られて民間人に寄って集って石を投げられて、わたくし個人があの世逝きです」
「………うん。まさか一令嬢がそこまで答えてくれるとは思わなかったかな」
最終の授業が終了した鐘が鳴りました。
午後の授業はクラスによって変則的なのです。
そしてわたくしは、この鐘の音を目安にしているのです。
「殿下、申し訳ありませんが、予定がございますので失礼いたします」
「えー! 信じらんない! 殿下より優先する用事って何!?」
いちいち雑音が聞こえますが、肝腎の殿下は「そうなのか」とあっさり頷いて立ち上がります。何故殿下が立つのでしょう?
「送ってくよ」
いや、いらんがな。
「沈黙は了承と受け取るよ」
「ホント、しょーのない女ねぇ。一緒に行ってあげる」
頼んでない。その上から目線は何なん?
「君はもう少しゆっくりしてると良いよ。──では行こうか、アリサ・テッド・アリシア嬢」
私はさすがに目を剥きました。何故殿下がわたくしのようなしがない伯爵令嬢の名を把握してございますの!?
わたくし、何かしました!?
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サロンから充分に離れ、人影の無くなった辺りで殿下が立ち止まりました。そして何かを切るように手を振り下ろします。その合図はわたくしに向けた物のようです。わたくしは仕方なく術を打ち切りました。
殿下がお付きのお一人に目線で確認致します。お付きの方は無言で頷きました。
「何かずっと術を掛けていたようだけど、何をしていたの?」
「保険、ですわ」
「……へぇ」
わたくしは風の魔法で御令嬢達との会話を学園中に届けていましたの。そして殿下が加われてからは、街にまで。もしかしたら、学園の御近所と言える範疇にあるお城にまで声が届いているかもしれませんわね。勿論、何か言われたら素っ惚けますわ!
読んでくださっている皆様、ありがとう(*- -)(*_ _)ペコリ
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