逢魔時
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ちょっぴり、しんみり回の巻き(T_T)
約百三十年前、シメサツシで国際的な醜聞が沸き起こった。
偽聖女と聖女の戦い。
偽物聖女は数年の間活躍し、王家にまで取り入っていた。それを打倒したのが本物の聖女とされている。
本物の聖女は新しい概念をシメサツシに拡げ、シメサツシに大いなる繁栄をもたらした。
ほんの一時、精霊達の存在を生け贄にして。
しかし他国は初めから気遣いていた。
本物の聖女とされている女こそ、毒婦であったという事実に。
国の為に働いていた乙女を悪戯に殺してしまった恐ろしさに。
シメサツシは後戻りができなくなった。
精霊を消費する方が楽だから。
まともな人間は精霊虐殺の罪の意識に耐えられず、自ずとシメサツシから色々な意味で消えていったから。
シメサツシを止められる者はシメサツシの中には居なくなった。
外からの制止の声は……残念ながら届かない。
もう、シメサツシに警告を発しようとする国も無い。
さて、では世界の一部である精霊をただの資材にできるのか。
正攻法では不可。裏道でも不可能。つまりシメサツシもとい毒婦は禁術を用いたとなる。この世界以外の。おそらく彼女は希人もしくは渡り人で、異世界の知識を以て一国を滅亡へ導いたとなる。
毒婦は聖女を偽物として罠に嵌め、精霊を消費するための前準備としての生け贄にしていた。毒婦は精霊に愛された愛し子の命を糧に、精霊を使い捨てにする布陣を国中に布いたのだ。
本物の聖女と宣う毒婦が黄金化の呪いに掛かったのをトドメとして過ちに気付いたらしいシメサツシは、過ちと知りつつ精霊に犠牲を敷き続けた。
どの面さげて戻れるのだという恥の概念と意地はあるらしい。
だがそれを踏み越えて明らかなる間違いから道を正そうという勇気は無いもよう。
いや、勇気ある臆病者は排除され続けているのだ。嘗ての毒婦を聖女と祀る狂信者に。
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「と、いう事で、嘗ての私レイナはここまで聞いてはいなかったものの何となく勘が働いたというか虫の知らせというかで、当時は理解できていなかったあの女の企みを妨害するべく命を代償にやらかしました、とさ」
「ああ、うん……」「少し待て」
当代アリシア伯爵と先代アリシア伯爵レイモンド翁がそっくりな姿で頭を抱えながらも反応を返す。周囲のすっかり傍観者になっている面々は素直に感心した。なるほど、この残念トンチキ娘をここまで育てて来ただけはある。地味に胆力がありそうだ。今の(守護竜の)話からして、レイナは文字通り生け贄にされたのだ。第二のシメサツシを目指して。しかしどうやらそれを阻止したらしいアリサの前世(もしくは前々世)レイナ。新旧辺境伯は、頭での理解はともかく感情が付いていけないだろう。まして愛する家族の悲劇なら尚更。それでも反応してやる底力。家族愛に誉あれ。
「……つまり、私の父アシュラムはシメサツシのように精霊を消耗品としてハリシアその物に呪いを掛けようとしたのだな?」
「少し違いますわ、トト様。やらかしはあくまで生臭ジジイの引っ付き虫たるあの女。手伝いは居ましたけれど、ジジイはどちらかと言うと止めようとしておりましたわ。ただ制止の声がしっかり届く前にあの女が私の心臓を刺したのです。後は既に語った通り。生臭ジジイが呆然としている間にあれよあれよと終局を迎えました」
『当代愛し子は一番肝腎な箇所を省いておる。刺されている段階で身体強化並みの細工をしての犯行と気付いたレイナはスタンピードの濁流に放り投げられる迄に覚悟を固めた、らしい気配があった。事実この馬鹿娘は魔獣に己を喰わせながら魔獣を媒介に術を敷き、あの気持ちの悪い狂信者の企みを挫いておる』
「我ながら良くやりました! 私であって、わたくしではないけれど」
ペシリと当代アリシア伯爵に頭を叩かれた。だが叩かれた当人たるアリサは慣れきったように平然としている。そして必然として守護竜がアリサの頭から離れた。
『レイナが精霊を守る布陣を敷いているのに気遣いていたのかいなかったのか、あの女は初めからそうするつもりであったかのようにレイナを追うようにしてスタンピードの群れに飛び込んだ。おそらくそれが企みの総仕上げであると共に、シメサツシの毒婦とは違う手順よな。毒婦は神々による呪いで死すまで生きていたのだから、直接禁術で死んだのではない』
「まるで人間のような仰せのありよう。フリングホーニの守護精霊様ともあろうお方が、精霊ならではの情報共有はどうなされたのですか?」
『シメサツシのやらかしで精霊はまともに機能しなくなった。故に毒婦のやらかしの正体が我等精霊には分からん。レイナの時はレイナ自身に遠ざけられて、そちらも詳細は分からなかったのだ。だがあの狂信者もスタンピードに飛び込みながら何かしていたのは確かよ。それがレイナ程の精度に届かなかった事と魔獣に喰われる途中で意識が途切れた事、何より担保となる命の質に差があり過ぎた等、全ての要素でレイナが遥かに上位であったが為に術が反転して精霊の守護へと術式が変遷したというところだ』
「ま、レイナから見た祖父の引っ付き虫ですからね。その時点で結構な婆さんでしょう。余命どんだけ残ってんだバーさんと人生これからって少女では、比べるべくもないでしょうて」
『愛し子、おぬしは本当に口が減らぬの。おぬし人間なら真っ当な怨みの一つもあるのではないか?』
「怨みに真っ当もへったくれも無いと思いますが、ございません。思い出すと怒りは湧いて来ますが、怨みはございません。日本の漫画で登場人物がこのように言ってました。怨みは恋に似ている。常に頭の中に相手が居て忘れられない心境、なのだと。なるほど言いえて妙な話です。冗談ではございません。常に頭の片隅を相手に占拠されるなぞ、人生の損失以外の何物でもありませんわぁ」
「父の事も──いや、私の事も怨む価値さえ無いと割り切っていたのだな……」
「父上……。おそらくアリサはそこまで考えておりませぬ」
「まあまあまあ大変。父様の仰せの通りでございましてよトト様」
「娘よ、アリサよ、お前本っ当に大変そうに聞こえん! 反って煽っているようにしか聞こえん」
「煽るって何をですの父様? 話を戻しますけれど、トト様にとってのレイナは、トト様にそのようなお顔をさせるだけの思い出なのですの?」
レイモンド翁は苦しそうな悲しそうな、見ている方が堪らなくなるような苦悶の表情であった。人前で顔を作れない。レイモンド翁にとってのレイナへの想いはそれ程の重みがあるのだろう。
「レイナは生まれながらに魂が疲れ果てておりましたの。それをレイモンド父様やエルフィナ母様、ミト爺さんにクロトワおじさん、クシャナ姉さん……ふふ、本当に皆に大事に大事に守られ癒され育ててもらって今のアリサに繋がってますのよ。感謝と敬愛の念を忘れた事はございませんわ。ああ、ロクサーヌお祖母様とはもっともっと語り合いたかったですわねぇ」
「お前の、レイナの大事に駆け付けられなかった父が憎くはないのか? 娘を守れぬような腑抜けを。私がもっと早く父を、アシュラムと決着を着けておればレイナにあのような惨たらしい最期を迎えさせる事はなかった!」
アリサが一度目を瞑り、そして開いた。
「……………トト様、アシュラムは既に疲れておりましたの。ただ周りの取り巻きが、アシュラムがハリシア流に馴染むのを由としなかったのです。トト様はそれ等にも気付いておられたのでしょう? だから非情にはなれなかった。私だって初めの一撃が心臓であった瞬間は──って刺したのはアシュラムではありませんでしたけれど、アシュラムを怨みその顔を睨もうとしましたわ。けれど…あの顔を見てしまったら、もう怨めませんでしたの。私は、嘗てレイナであった私もアリサのわたくしも、トト様にあのようなお顔をさせたくはありません。ですからお尋ね致します。トト様にとってのレイナは、悲しみと悔恨の象徴でしかないのですか?」
「私は、私はただレイナをもっと育てたかったのだ。笑顔が可愛くて可愛くて、ただたまの笑顔を守りたかったのだッ。いつか嫁に出す時は婿を一発殴ってからだと決めておったのだ!」
「………逆縁の不幸、謝りたいけど謝りません。あれは流された成り行きですが、最期は私の決意の結末ですから。けれどエルフィナ母様が儚くおなりあそばされる時にお側にある事叶わず、申し訳ありませんでした。そしてあの甘ったれ坊主でしかなかったユナスをここまで育ててくださり、且つハリシアを守り導き続けてくだされている事実に尊敬と感謝を申し上げます」
アリサの真っ直ぐな声と眼差しが届いたのかどうか、レイモンド翁がツカツカとアリサに歩み寄り抱き締めた。翁の肩が震えている。
「トト様? わたくしもレイナもトト様の事は大好きですけれど、鼻水を頭に擦り付けられるのは許容できませんわぁ……」
アリサは結局アリサなのである。
レイモンドがこれ見よがしに大きな音で鼻を啜って見せた。おそらくそれがアリサと、そして嘗ての娘への返事。
あれだけ重苦しかった空気が少しだけ暖かく軽くなった瞬間であった。
最後にアリサの言葉で解散となる。
「大分陽が短くなりましたわね。もう夕方を通り越して夕暮れですわ。本日はこれにてお開きに致しましょう」
事実室内は西日がほぼ沈んで、暗くなっていた。ただ暗闇ではなく、影も射さぬ逢魔時。
片足分だけの秋が訪れていた。
レイモンド翁は色々背負って生きてきたメンタル猛者です。
でも、レイナと自分の父親の事は引き摺っていたのですね(ノ_・。)
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初の短編書きました。気が向きましたら
「その訴え棄却します→逆提訴されるぞ」で覗いてみてくださいm(_ _)m