帰路は~~~窯元で・いい仕事してますねぇ
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女将さんの語尾への突っ込みは聞きません)^o^(
陶磁器を焼く窯焼きの里、と聞いていたので、てっきり食器の類いでも焼いている里だろうと思っていたら……磁器の箱の蓋に蟹がくっついていた。
何故、蟹なのだ!?
アリサがいたら、日本の明治工芸の茶碗を思い浮かべていたであろう。あれの茶碗が箱になっただけである。ただし箱の方が蟹を乗せるのに安定性はあろう。
他にも伊勢海老にそっくりな鎧海老が乗っている箱もある。何故このような内陸の里で海の生物そっくりの飾り物が付けられているのかと問うと、内陸だからこそ海の生物等に憧れがあるという。
……………なるほど?
「それにしても随分と精密に作られた蟹だ。海の蟹を研究しに出掛けたのか?」
「………これを参考にした」
ぶっきらぼうながらも職人が出してきたのは、一冊の図鑑。
「見てもよいだろうか?」
職人の承諾を得てから、騎士の一人が生活魔法で自身を清めた後、丁寧に図鑑を借り受ける。内容をあらためると、蟹や海老ばかりの精緻画。絵には数字と名前。図鑑の後半には、番号順に名前が並び、各々に生態等の説明書き。王都なら金貨が飛ぶ確かな高級書物だ。
失礼かもしれないが、このような薄汚い職人小屋にあるような品物ではない。それが何故、このような場所にあるのか……。
「失礼だが御主人、この書物はどうやって手に入れられたのだろうか?」
「天使様だ」
騎士一堂、一斉に疑問符の嵐である。それが見てとれたのだろう。どちらかと言うと寡黙気味な職人が分かるように説明を付け加えてくれた。
「天使様は各市町村に図鑑を配り歩いた事がある。そん時に個人で買えないか聞いてみたのが切っ掛けで、今手元にそれらがある」
「それら? 他にもあるのか?」
「きちんと支払いは済んでる」
「金貨がどれだけ飛んだんだ!?」
「全部で金貨一枚くらいだ。月々の支払いで、丸三年かかった」
「そんな支払い方、聞いた事無いぞ」
「天使様は優しい。若様は頭が良い。だからだ」
最後の最後で説明になっていない。
「あんた、それじゃ分からんとよ」
女将……おそらく職人の妻だろう女が今度こそ説明してくれた。
曰く、天使様というのは現在の領主の娘の事。うむ、それは騎士達も知っている。
そのアリシア嬢は自分で本を作ってしまったという。……出版したと受け取ってもよいのだろうか? 作者という意味……なのか?
アリシア嬢は子供の頃に、その土地土地に合った図鑑を配り歩いた。……王城で聞いた覚えがあるような無いような。
図鑑の内容は、基本は食べられる植物。しかし夫である職人は他の土地の生き物の図鑑を欲しがった。結果、アリシア嬢は草花、草木、鳥、魚、蟹や海老の甲殻類、蝶やトンボの昆虫が載った図鑑を用意してきたそうだ。しかも一冊ずつ、日を別けて。
本は高級品だ。そんなに何冊も庶民が買える代物ではない。職人は色を無くして、心苦しく感じながらも二冊目以降を突き返そうとしたらしい。しかしアリシア嬢は分割払いを提案したそうだ。しかも用意された本はアリシア嬢の試作品であるので、激安だという。合計七冊で、金貨一枚。金貨一枚を三年分で割っての月々払い。お金は町の役所へ月々届ける形。そのお金は、最終的には若様──領主の跡取りが管理していたという。
いや、待って欲しい。見たところ、精密画の図鑑。しかも後ろ半分は生物の詳細な解説。普通なら、どんなに安く見積もっても、これ一冊で金貨が三枚は飛んでも不思議じない。それを七冊で金貨一枚とか、アリシア嬢は本の値段を知らないのだろうか?
「騎士様方、大丈夫ですかい?」
「あー………ちょっと驚いている」
実際のところ、“ちょっと”ではない。かなり驚いている。
呆然とした数名が視線を遠くすると、珍しい“壺”が目に入った。陶磁器と言えば壺。漸く代表格の品物だ。しかし……本当に壺なのか?
「御亭主。あそこにあるのは、壺でよいのか?」
「あそこ? ……ああ、そうですよ。他の何に見えるってんです?」
「あんたっ、失礼だろ!」
女将がコソッと注意をしているが、職人は何処吹く風だ。
「何やら彫刻が付いているようだが?」
「彫刻って、馬鹿ですかい」
「あんた!」
バシッと良い音がした。職人の暴言に、女将が職人を叩いたのだ。少し心配になるくらいの勢いで、頭を。
「女将、気にせんで良い。それよりもあの壺に関して教えてくれぬか?」
「はい、騎士様」
曰く、土で半立体に作った飾りを壺に付けて乾燥させて釉薬で色彩を施してから焼くらしい。詳細な説明は、さすがに拒まれた。
「しかし、随分と色鮮やかだ。この辺りは、金を使っているのか?」
「釉薬は天使様が開発してくれたモンなので、アタシ達にはさっぱりでして」
また、アリシア嬢。本当に何者なのであろうか、あの娘は。
そして値段を聞いたところ、さすがにかなり良い値段であった。しかも外国への輸出用で、国内には出回らないという。
勿体ない!
「これなら王城に──」
「売り主は御領主様だ。俺達には分からん」
つまり、アリシア家に直接交渉しろということか。
報告案件だな。
〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉〉
おまけ
職人の作業小屋からゾロゾロ出て行くと、少し離れた焼き窯の辺りから歩いて来る子供達二人。手に何かを持っている。
「君達」
ビクッ!
「こ、こんにちは」「こんにちは」
何か疚しい所業でもしてきたのであろうか? 子供達がやけに怯えているように見える。
「お前達、怯えんでも大丈夫だ」
「あんたに怯えてるんじゃないのかい? ──二人とも、お遣いかい? こっちのオジサン達はおっかない顔してるけど、王宮の騎士様ね。なんも心配いらんとよ」
職人と女将の言葉に、騎士達は軽く傷付く。
それはそれとして、子供達は職人夫婦の知り合いらしい。
「二人とも、お家のお手伝いかい?」
子供二人がコクンと頷き、手に持っていた物を差し出すように見せる。
「ああ、ムクロジの実か」
「もっとたくさん持っていけばいいに。いちいち取りに来るの、面倒ちがうかい?」
女将の言葉に子供達は揃って首を振る。
「必要なだけ」「なくなったら、また取りに来るん」
「そうかい」
「ああ、そうだな」
「次の火入れはいつ?」
「明後日だ」
「また来るね」
「気を付けて帰れよ」「気を付けて帰るんだよ」
子供達が元気に手を振ってから帰って行った。
小さな背中を見送ってから、騎士の一人が職人夫婦に訊ねる。
「あの子供達は何をしに来ていたんだ?」
「ムクロジですよ」
「あんた、それじゃ分からんとよ」
なにやら少し前に聞いたような言葉をまた聞いた。
女将曰く、窯元は何件かあるらしい。そして日が被らないように窯の火入れをする。その理由は、ただ陶器や磁器を焼くだけでなく余熱を利用してパンを焼いたり、湯を沸かして銭湯に湯を流すのだという。その都合上、窯元は何処も周囲の土地より高い場所にあるのだと教えてくれた。なるほど。言われてみれば確かに延々ここまで登ってきた。夏場は他の季節よりも窯の余熱利用者が増えるそうだ。夏の窯炊きは、一般の家にとっては苦役だ。だから外の熱源を利用する。なるほど。
そしてムクロジとは、錦秋の時期に採れる木の実。水に付けて擦り合わせると石鹸の代用品になるのだという。それを各窯元と銭湯にそれぞれ纏めて置いておくのだ。誰でも無料で、好きな時に好きなだけ持って行けるように。
「なんのかんの言っても石鹸の代金ってのは馬鹿にならんとね。特に母子家庭なんかだときついとよ。何より石鹸の水ってのは土や川を汚すと。けどムクロジならそんなに気にせんともいいとね」
「先人の知恵だ」
「……そうなのか」
「ハリシアの民は物知りばかりなのだな」
「いやだよ、騎士様方。ただの生活の知恵たい」
最後に次なる目的地のヒントを貰い、騎士達は馬に跨がった。
次に目指すは薬草の産地。
この世界は石鹸もお高い設定です。
ムクロジの実は、中の種が羽根突きに使われている
大変に縁起の良い実。
漢字で書くと「無患子」。ここから子供が患う事が無いとの願いが重ねられたそうな。