ラズベリーパイはもう焼かない
「俺、姫様と結婚することになったから」
「え?」
「メイリーンは村にでも帰って他の奴と結婚してくれ。金ならがっぽり稼いでるんだろ?」
夢であったなら良かったのに。
私の目の前にいるジュードとは幼い頃から結婚の約束をしていた。何事もなければ今頃結婚をして、子どもだっていたことだろう。
けれど三年前に新しい魔王が誕生したことで、魔王討伐をするための勇者とその仲間たちが選ばれた。
その勇者に選ばれたのがジュードだった。
それまで田舎の村でのんびりと暮らしていたのに、勇者の素質なんてものが認められたせいで国に取られてしまった。
お国のため。ひいては世界のため。
仕方ないと飲み込んだ。
『帰ってきたら結婚しよう』
その言葉を信じて待ち続けた。
ジュードが旅立った翌年には、王都の教会で聖女の試験を受けた。それから二年、聖女見習いとして働いていた。全ては前線で戦う彼の力に少しでもなれるように。
その一心だったのに。
「じゃあそういうことだから。迷惑だから連絡とかしてくるなよ」
彼はあっさりと私を捨てた。
聖女の中でも最も優秀な者に与えられる『大聖女』の称号を持つ姫様と比べたら、私なんて力は弱いし、美人でもない。天秤にかけたら姫様が勝つだろうなんてことは分かっている。
それでも三年も待たせておいてこんな言い方はないだろう。
ジュードが勇者と決まった時、村長の息子が嫁に取ってくれるという話が出ていた。それを断ってくれと言ったのは他でもない彼である。
絶対迎えに行くからなんて言っておいて、稼いだ金持って帰れ?
迷惑だから連絡してくるな?
「バカにしないで! 誰が連絡なんてするもんですか! 顔も見たくない」
「それは好都合だな。ああ、それと。その服、似合ってないぞ」
ジュードはハッと鼻で笑って去っていく。
このワンピースは彼が魔王との交渉に成功し、戻ってくると知ってから買ったもの。
聖女見習いとしてもらった報酬のほとんどは家への仕送りに回し、贅沢なんてしてこなかった。二年間で唯一買った贅沢品だ。王都のウィンドウで輝いている花柄のワンピースはきっと褒めてもらえると思っていた。
王都に戻って早々呼ばれて、すぐにクローゼットから引っ張り出した。
ずらりと並ぶ修道服とは異色を放ったレモン色。髪だって服に合わせて爽やかな緑のリボンで結って、薄っすらとではあるもののお化粧だってした。
同じ聖女見習いの子達には彼氏と会うのね! なんて冷やかされもしたけど、応援もしてもらって。
ーーなのにこの有様だ。
自分が恥ずかしい。
用意をして教会を出るまでが私の人生で一番幸せな時間だったのだろう。
「これからどうしよう…….」
魔王討伐から共存へと変わった今、聖女の役割はグッと減ってしまった。王都に集められていた聖女見習いのほとんどは数日後には暇を出される。私もその一人だ。
退職金代わりに最後の月の報酬は多めに出してもらえるけれど、お金だけあっても行く先がない。
村に帰るという選択肢はない。
ジュードは村に帰って結婚しろなんて簡単に言っていたが、三年も村を離れていて結婚相手などいるはずもない。
そもそも私達の村は若者が少ないのだ。村長の息子からの申し入れを断った時点で、花嫁枠なんて空いてない。
だからといって実家は兄夫婦が暮らしているし、長く居座るわけにもいかない。
ともなれば、村に帰らずに手持ちのお金を元手にどこかで暮らすしかないのだが、聖女見習いを受け入れてくれる伝手などない。
いっそ聖女は辞めて、他の仕事に就けばいいのだが、国で一番仕事が集まる王都にはジュードがいる。姫様と結婚して幸せそうに笑う彼の顔を毎日拝むなんてごめんだ。それに近々凱旋パレードなんてものも行われる。
何かいい場所はないだろうか。
出来れば未婚でも何も言われない場所で、簡単に村に帰れない場所であればなおいい。お給料は低くもなく、長めに雇ってくれるところだと文句はないのだが……。
教会に戻る途中に斡旋所にも足を運んでみたが、望まれているのは男手ばかり。
魔族とは共存関係になったとはいえ、この三年で被害があった場所も多い。復旧作業で重要視されるのは肉体自慢・体力自慢になるのは仕方のないこと。
一応回復系の魔法が使える魔法使いや聖女の募集もあるが、どれも広範囲魔法が使えることが条件になっている。体内魔力の少ない私ではそんなものは使えない。
せいぜいタオルに肉体強化の付与魔法をかけるか、ポーションを生成するくらい。だがどちらも回復魔法が使える者がいる場所には必要ない。
これが聖女と聖女見習いの差である。
「仕事仕事……」
ブツブツと呟きながら一応貼り紙募集も見てみたが、やはり良さそうな場所はない。
気づけば教会へと戻って来ていた。
はぁ……とため息をこぼしながら、見習いの暮らす寮へと足を向ける。
だがこんな姿で戻れば振られたなんて一目瞭然。応援してくれた彼女達に愚痴を聞かせたくない。
寮の手前で少し行き先をズラし、建物の陰にしゃがみこむ。ペシペシと頬を叩き、口の端は指先でグイッとあげて無理に笑顔を作り上げる。
笑顔は得意だ。
笑っている君が好きだとジュードが言ってくれたから。この三年間、悲しいことがあっても彼の好きだと言ってくれた笑顔で乗り越えて来た。その苦労も無意味だったわけだが。彼のことを考えてムッとした顔を弄る。
「私は久し振りに恋人に会って幸せな女の子」
幸せなのだと繰り返していけば徐々に笑顔が出来ていく。窓で確認すれば表情は問題なし。少し崩れた髪は手櫛で直して、裾についた埃を軽く払う。そして意気揚々と寮に向かった。
案の定、近くの部屋の子達には「どうだった?」なんて声をかけられた。まさか彼女達も笑みを浮かべる女が勇者に捨てられたとも思うまい。上手くかわしながらニコニコと笑い続ければ「お幸せに!」と祝福してくれた。
さながら気分は舞台女優である。女優はカーテンが下がるまで役から離れてはいけない。笑みを顔に張り付けて、寮内に幸せオーラを振りまく。そして自室のドアを閉めれば、途端に仮面が剥がれ落ちた。
メイクを落として。
髪を解いて。
ワンピースを脱いで。
鏡に映ったいつもの自分を見て、涙が溢れた。
日焼けすることのなくなった肌に、荒れることもなければマメさえない手。
それはまさしく村から離れた女だ。
身長も伸びたし、少しだけ子どもっぽさも抜けたと思う。
それは私の二年間。
戻ることのない時間の証明でもある。
「バカだな、私……」
待ってでも掴みたい恋だった。
けれど待つだけで掴めるはずもない恋だった。
勇者に選ばれたあの日から、ジュードは私の知っている幼馴染ではなくなったのだ。それを気づくまでに、三年もかかってしまった。
乙女の貴重な三年で得たものが苦い失恋と、少し高めの報酬と低級付与魔法。
田舎娘にはちょうどいいのかもしれないけれど、それでもここで潰れるつもりはない。
最終日にもらうお金を持って、異国の地で仕事を探そう。もうこの際、うんと僻地でも構わない。家族には申し訳ないけれど結婚なんてもう無理。仕送りも少し減らして、代わりに一人で生きていくお金を貯めることにしよう。
だがそれにはまず旅をするだけの荷物を揃えねばならない。村からまっすぐこっちに来て、必要なものはほとんど寮に揃っていたので手持ちの荷物がほとんどないのだ。服も修道服が支給されていたのでそれを着て過ごしていた。
休みの日もほとんど外出することがないので、村から出てくる時に持ってきた二着を着まわしていた。それすら身長が伸びたので、若干サイズが合っていない。唯一ピッタリなのは先ほど着ていた花柄のワンピースのみという悲しい現実に打ちひしがれる。
初めに揃えるべきは普段着になりそうだ。
行き先や働き先が変われば服装も変わる。調子に乗って大量に買っても後で困る。安めの服を三〜四セット買って着回せばいいだろう。
そうと決まれば明日は服の買い出し、明後日はその他の荷物の買い出しになりそうだ。これからは食費や宿賃もかかるのでなるべく多く残しておかないと。
翌朝は早く起きて、朝食を食べる。
「今日も恋人とデート? 羨ましい!」なんて言葉を流しながら、町へと繰り出す。
向かう先はメイン通りの高級店ではなく、裏路地のリーズナブルなお店。近所の人々や聖女見習いの子は大抵こちらで服を購入している。
ファッションに興味はなく、当時は軽く聞き流していたが、記憶の端に残っていて本当に良かった。
いつも賑わっているとの話だったが、帰省が決まる前と後とでは状況が異なる。
きっと表通りを歩けば顔見知りの子と出会うのだろう。
私が買ったワンピースは少し値段がはるが、今年のトレンドらしいので王都土産として買う子もいるかもしれない。
「一回着ちゃったけど、村に送れば誰か着てくれるかしら」
ちょうどいい服を探しながらポツリと呟く。けれどすぐに、あんな縁起の悪い服を妹達が着たら最悪だと頭を振る。
結構高かったのにとかもったいないとか思ったら負けだ。
あれは過去を切り捨てるための投資だと考えなければ……。
ここにいるともったいない精神が刺激されそうだ。慌てて服を見繕ってレジに持っていく。
大きな袋を手に、来た時と同じ道を通る。
すると寮の手前の路地で、とある人物と出会った。
「メイリーンさん、ちょうどあなたに会いに行こうと思っていたのよ」
「わ、私、何か粗相でも……」
聖女オリヴィエ様は姫様が光の力に目覚めるまで、大聖女として活躍されていた方だ。
かなりの高齢ということもあり、五年前から大聖女の座を引き、今は見習い聖女の監督役をしている。私が聖女見習いになった時から面倒を見てくださっているお方で、憧れの人でもある。
背筋をピンと張り、ここしばらくの自分の行動を思い出す。
ジュードが帰ってくると浮かれて、何かミスをしていたかもしれない。
もうすぐ去るからこそ気を引きしめなければならなかったのに。
背中にダラダラと汗が伝う。
だが私に落とされたのはお叱りの言葉ではなかった。
「そういうのじゃないのよ。少しお話ししたいことがあって……。ただ、寮では少し話しづらいことだから、私の行きつけのお店でお茶でもしながら話さない?」
「は、はい!」
寮では話しづらいことって何だろう?
疑問に思いながらも、荷物を手に持ったまま来た道を戻る。路地をずうっと真っ直ぐ歩いて、服屋さんへの曲がり道も通り過ぎる。そして教会から十五分ほど歩いたところでようやく右に曲がって、そこからは今までとは正反対の入り組んだ道を通っていく。
「ここよ」
目的地にたどり着くまでにどのくらいかかっただろうか。途中から時間の感覚が薄れていたように思う。
オリヴィエ様が立ち止まったのは、店というよりも小屋だった。それもかなりオンボロの。看板も出ていなければ、ライトさえ付いていない。
連れてきてくれた相手が尊敬する相手でなければ即行で逃げ出していたことだろう。
平然と店? の中に入っていくオリヴィエ様に続き、ドアをくぐる。すると視界は一気に華やいでいく。
「わぁっ、すごい……」
「ふふっ驚いた? ここは店全体に付与魔法がかかっているの。招かれざる客は絶対に入れないし、個室に入れば外に会話も漏れない。密談にはピッタリなのよ」
外観を偽装しつつ、入り口にも何かしらの仕掛けがなされているのかな? それに店の中にも。
複数の付与魔法を組み合わせているのだろうが、使われた付与魔法の予想がつかない。付与魔法ってこんなことにも使えるのか……と唖然として店を見渡す。
「オリヴィエ様、お待ちしておりました」
店の人に案内され、個室へと通される。その際にオリヴィエ様が注文していたアイスティーだが、机の端に置かれているメニューを目の端で確認しても値段が書いていない。すぐに運ばれてきたグラスは非常に細工が凝っていて、高級品の風格を漂わせている。私にも払えるお値段だったらいいのだが……。服の上から少し多めに入っている財布を撫でる。
「私、見習いの子たちが教会を去った後、とある魔法使いのサポートとして魔界に派遣されることになっているの。期間は決まっていないけれど、私ももう長くはない。きっと死ぬまで魔界勤務のままだわ」
「オリヴィエ様……」
「幼い頃に力が発現してからずっと教会で働いてきて、大聖女になって。ようやく好きに生きられると思ったの。でも魔界に行ってくれって言われてしまって……。見たい景色や行きたい場所がたくさんある。先立った家族や友人たちのお墓参りもしたい」
そう話すオリヴィエ様の手は震えていた。
貴族出身で強大な力を持つ彼女を取り巻く事情はよく分からないけれど、家族のお墓参りさえ自由に行けないなんて絶対におかしい。その他の願いだって本当にささやかなものだ。長年国に尽くしてきたのに、まだまだ働けなんてそんなの酷すぎる。
「こんなことを若いあなたに頼むのは申し訳ないのだけれど、二年間、私の代理として働いてもらえないかしら」
「私でよければ!」
「いいの? 頼んだ私が言うのもあれだけど、行き先は魔界よ? 二年間、ずっと帰れないかもしれない」
私の即決に驚いて、オリヴィエ様は弱気になる。だが私にとって二年帰れないくらいどうってことはない。むしろこの先、村に顔を出すタイミングがあるかすら怪しい。行く宛もなければ働き先の目処も付いていない。
魔界行きに不安があるとすれば、オリヴィエ様の代理をちゃんと務めることができるかという点である。魔界行きに抜擢されたのはきっとオリヴィエ様が優秀だったからだ。私なんて彼女の足元にも及ばない。それでも彼女から得たものを少しでも返せると言うのなら、捨てられた女の二年くらい差し出そう。
彼女の震える手を両手で包み込み「二年なんてあっという間ですから」と明るく笑ってみせる。
「メイリーンさん、ありがとう。……二年でちゃんと片付けるから」
片付ける、か。オリヴィエ様にとって魔界行きは死に場所に向かうようなものなのだろう。彼女の目は真剣そのもので、本気で一度行けば帰ってこられないと思っている。
二年は彼女にとって猶予のようなものなのかもしれない。そう思うと少しだけ寂しい。だが同時に自分が頼ってもらえて嬉しくもある。
少しは役に立てるといいな〜なんて思っていると、オリヴィエ様は机の下から水晶玉を取り出した。水晶玉は魔法が得意な聖女が、広範囲魔法を使う際に媒介とするアイテムである。透明度が高いほど良質で、色によって使える属性も異なる。
目の前の水晶は紫だから属性は闇。それも大聖女様が使っていたものよりも透明度の高い。オリヴィエ様の私物だろうか。何に使うのだろうと首を傾げていると、彼女はニコリと微笑んだ。
「了解も取れたことだし、早速」
「へ?」
「寮に残っている荷物は後で送るわ。それと報酬は教会でもらっている金額の五倍、手渡しでもらえる約束だからしっかりもらってちょうだい。二年間働いて割りに合わない・足りないと思ったら、追加で私が出すから今度会った時に遠慮なく言ってちょうだいね」
「いえ、あのまだ詳しい業務内容と職場についての説明が」
「行けばわかるわ。それじゃあ二年後にまた会いましょう」
オリヴィエ様の言葉を最後に、私の視界は真っ白になった。
眩い光に包まれて、再び目を開けば私は見覚えのない場所でへたり込んでいた。
足元には真っ赤なカーペット。それに沿って視線を進ませれば、部屋の最奥、王座と思わしき場所には幼い子どもが座っている。それも立派な二本のツノが生えている。
おそらく魔人。長年、人間の敵とされていた魔族の中でも高位に属する者で、その頂点こそがジュードが戦った魔王である。高位に属する者ほど、人間達の住まう場所にやってくることはほとんどないと教会で習った。
「ここは、魔界?」
魔族は見た目と年齢が比例しないらしいし、子どもに見えても実は強いなんてことも十分ありうる。
オリヴィエ様はなんて場所に飛ばしたのか。転移場所がズレたのだろうか。ともかく一刻も早くここを去らねばなるまい。立ち上がり、出口を探す。
「魔界は魔界でも魔王城。それも王の間だがな」
玉座から降り注いだ声にビクッと身体を震わせ、深く頭を下げる。
魔王城の王の間ということはつまり、彼こそ魔王と呼ばれる存在なわけでーーなんで私、魔王様なんかの前にいるの!?
「すみません。すぐ退きます!」
状況把握はできていないが、こういう時はとにかく謝罪に限る。
住居不法侵入は人間界でも立派な犯罪である。一応和平協定が結ばれたとはいえ、いきなりやってきた女一人消しとばすくらい問題ないだろう。
ペコペコと頭を下げながら、先ほど見つけたドアに向かってすり足で下がっていく。けれど魔人は愚かなる人族の逃亡を許してはくれなかった。
「どこに行くつもりだ」
「職場です!」
「貴様はこの魔界に職場があると申すか」
「えっと、はい。たぶん……」
「確証もなく、魔王の前に転移してきたというのか!」
「ひぇっ、すっ、すみません」
キッと睨まれて、思わず頭を守って丸くなる。防衛本能だ。だがこれくらいで自分の身を守れるとは思っていない。引き受ける前にちゃんと詳細を聞かないからこんなことになるのだ。
そもそもジュードに待っていてくれって言われた時だって、事前に何年以内に帰らなければ〜とか連絡がなければ〜とか何かしらルールを決めておけばこんな悲劇は起こらなかったわけで。捨てられたことに怒るのはいいが、自分の考えなしの行動も反省すべきなのではないだろうか。
潤む瞳は恐怖からか後悔からかは分からない。
だがもうどうとでもなればいいと思っている自分がいる。丸まりながらスンスンと鼻を鳴らせば、はぁ……と長いため息が聞こえてきた。
「ああもう、何か事情があったんだな。分かったから泣くな。だが人間の働く場所なんて魔界にはないと思うがな……。騙されたんじゃないか?」
困ったように頭を掻く魔王様は案外良い人なのかもしれない。だがオリヴィエ様が騙すなんてことをするはずがない。私を騙したところで得することなんて一つもないし。
「魔法使いさんのサポートの仕事で」
「そいつ、ババアの代理だってさ」
私の言葉を遮ったのは、ローブの男。先ほどまで誰もいなかったはずなのに、平然と私の隣に立っている。
「なんだ、タイラン。この者を知っているのか?」
「そいつと一緒に送られた手紙に書いてあった。二年後に引き取りに来るってよ」
「オリヴィエの代理ということは貴様、スイーツは作れるのか?」
「スイーツ、ですか? 簡単なものなら作れますが」
「よし、ならなんでもいい。作ってみろ」
魔王様はそう告げるとパチンと指を鳴らす。彼の呼びかけに応じて外からやってきた魔人達によってキッチンへと案内される。
「ここにある材料は全て使っても構いませんので、魔王様の舌を唸らせる品を作ってください」
「魔王様の好物を教えていただけますか?」
「ありません」
「えっと、じゃあ嫌いなものは」
「魔王様に苦手なものも好物もありません。あのお方は元来、食事を必要と致しませんので」
食事を必要としない人の舌を唸らせろって無理難題すぎない!?
それともオリヴィエ様の代理なら当然クリア出来るとでも思われているのだろうか。だが私には王都のパティスリーで並んでいるようなキラキラしたお菓子は作れない。そもそもそれを望んでいるのかすら不明だ。
腕を組んでしばらく考えては見たものの、答えはいたってシンプルなものだった。
「作れるものを作ればいっか」
考えることを放棄したとも言えるが、下手に慣れないもの作って不味くなるよりマシだろう。そうと決まれば早速調理に取り掛かる。
作るのは甘芋の蒸しパン。スイーツかと聞かれると悩むが、私の好物の一つである。
蒸し器はあるし、材料も揃っているので問題ない。早速、甘芋を鍋の中に投入していく。その間にカップにバターを塗り、その他の材料である薄力粉、ふくらし粉、たまご、牛乳をボールに入れて混ぜておく。
甘芋が茹で上がったらボールに投入してざっくりと混ぜ合わせ、カップに流し込む。後は二十分ほど蒸して完成だ。
簡単だがとても美味しい。
優しい甘みでついつい食べ過ぎてしまう、魅惑のスイーツである。
串で刺して中が生ではないことを確認してからお皿に載せる。終始私の調理を見ていた魔人さん達は「そのよくわからないものを魔王様にお出しするつもりですか?」「今からでも作り直した方が……」なんて言ってきたが無視だ。
甘芋蒸しパンが美味しくないと言われたら、味覚が合わないと諦めよう。
そう決めて、王の間へと戻った。
「……これは、なんだ?」
「甘芋蒸しパンです」
「よりによって子どものおやつかよ……」
蒸しパンを六個ほど詰んだ皿をずいっと差し出せば、タイランさんは顔をしかめた。キラキラなスイーツではないにしても、もっと洒落たものが出てくると期待していたのかもしれない。
一方で魔王様は蒸しパンを初めて見るらしく、皿を回しながら観察している。
「虫パン? 虫が入っているのか?」
「『蒸す』という調理をしたパンです。美味しいので食べてみてください」
ひとつもらおうと口に運び、もごもごと口を動かす。食べ終わると何も言わずにもう一つ口に運ぶ。こうしてみるとおやつを食べている子どもにしか見えない。彼の魔王らしい一面を見ていないというのもあるのだろうが。あ、三個目を手に取った。そして四つ目に手をかけて、ハッとした魔王様はタイランさんの名前を呼んで手招きをする。
「お前も食え」
「いや、俺は昔散々食ったし」
「いいから食え」
「……美味い」
「そうだろうそうだろう。ほらもう一つあるぞ。遠慮せずに食うといい」
魔王様は上機嫌でタイランさんに皿を押し付ける。魔王様は美味しいものを分け合いたいタイプらしい。無表情だったので少し心配だったが、気に入ってもらえたようでホッとした。
「なんで魔王が偉そうなんだよ」
「我が命じて作らせたのだから当然だろう」
「作ったのはそこの女だろ。おいダイリ、お前明日からもなんでもいいからお菓子作れ」
「それはいいですけど、ダイリって……私にはちゃんと「ババアの代理なんだからダイリで十分だろ」
メイリーンって名前があるんです! という主張は遮られてしまった。
「名前聞いて欲しかったら成果を上げるんだな。といっても俺やババアのような才能のないお前にはお菓子役が精一杯だろうがな」
「私は魔法使いさんのサポートで来たんです!」
「俺のサポート? 笑わせんなよ。ババアならともかく、見習い止まりの聖女のお前に出来ることって低級の付与くらいだろ? そんなの役にも立ちゃしない。ババアの不在をごまかすための生体反応役でしかないんだ。お前はただ邪魔しないようにしてればいいんだよ」
鼻で笑われてムッとする。
けど実際、私に使えるのは低級の付与魔法くらい。
偉大な元大聖女をサポートに付けるくらい有能な魔法使いからしてみれば私なんているだけ邪魔なのかもしれない。でも生体反応役としては魔界に滞在する必要がある、と。
生体反応役って何するのか分からないけど、それを聞いたらまたバカにされそうだ。
置物状態でいるのと、お菓子作りの役目だけでももらえるのだったら私は後者を選ぶ。
それでいつか、魔王様から押し付けられた蒸しパンを食べながら去っていくあの男に私のことを名前で呼ばせてみせる!
ーーなんて意気込んではみたものの、三ヶ月と経たずに名前くらいどうでもいいかなという気がしてきている。
「ダイリ! 俺の分のおやつないんだが!」
「今日はちゃんと三時に出てくるって言ってたから、王の間のカートの上に避けておきましたよ」
「だが皿は空だったぞ」
「ええ〜」
言い方に若干の圧を感じるタイランさんだが、しばらく共に過ごしているうちにただ口が悪いだけだと分かった。
初めのうちはいらないと突っぱねていたおやつも、十日もせずに食べるようになり、今では魔王様と一緒に楽しみにしている。ワーカーホリック気味な彼だが、必ずおやつ休憩を入れるほど。生体反応役というのが未だによく分からないが、今ではタイランさんを休ませる意味もあったのではないか? と考えるようになった。
面倒見のいい人のようで、私が図書館から借りた魔道書を前にウンウンと唸っていると毎回アドバイスやヒントをくれる。お陰で勉強が捗っている。生活魔法ばかりではあるが、使える魔法も増えた。
「どこに置いたんだよ。分からないからちょっと来てくれ」
タイランさんと共に王の間へと向かう。けれど先程まで確かにあったはずのカートが見当たらない。はて? と首を傾げれば彼は「な? ないだろ?」と不満気な声を漏らす。
「魔王様、ここにあったゼリー知りません?」
「食べた」
「なんで食べちゃったんですか!」
「だ、だって残ってたから、食べていいのかと思って……」
「俺の牛乳ゼリーが……」
タイランさんはその場にへたり込み、床をドンドンと叩き出した。よほど牛乳ゼリーが食べたかったらしい。甘芋蒸しパンといい、彼は子どものおやつが好みのようだ。その絶望した顔が不憫でならない。
「明日作ってあげますから。元気出してください」
肩に手を乗せて励ます。彼もそれで納得してくれたらしい。小さく頷いてから、立ち上がった。
「明日も牛乳ゼリーなのか!? 我も食べるぞ!」
「魔王様は一日お休みです!」
「なんだと!?」
ムッと睨みつけてくるが、怖くなんてない。確かに来て数日は、相手が魔王様だと思って気を使っていた。だが二年間も働く以上、自己主張は重要だと知った。自分の仕事なら特に。それ以外だって自分で動かなければ次には進めない。
この三ヶ月で学んだのは、村や教会にいた時のように受動的に暮らしていてはいけないのだということ。
積極的に動くようになってから、ずっと分かり合えないと思っていた魔族の人とも少しだけ仲良くなれた。『おやつ』というものに興味を持った彼らに、みんなで分けて欲しいと差し入れをしたのだ。
「この前だって使用人さんたちの分の一口ドーナツ食べちゃったじゃないですか! あれだけ他人のおやつは取っちゃダメって言ったのに」
もちろん魔王様の分は別に用意した。だが優れた嗅覚でおやつの在処を探し出してしまった魔王様によって全部奪われてしまったのである。魔族の長たる魔王様に寄越せと言われれば、差し出す以外の選択肢はない。魔王様がやったことに彼らが文句を言うなんてことはない。
気づいたのは他の魔族の子にあげたはずのそれを魔王様が「美味い美味い」と頬張っていたからである。
それは彼らにあげたものだと怒る私に対して、魔王様は不思議そうに首をかしげるだけ。
魔族は弱肉強食。
強き者が弱き者から物を取るなんて日常茶飯事で、彼らとて理解しているはずだ。そう伝えられた時は頭が痛くなった。
それが魔族のルールなら口を出すべきではないのだろう。だがそれを認めてしまえば、私が今後彼らにおやつを作るたびに腹ペコ魔王様に奪われてしまう。だから私はルールを作った。
『今後、他人のおやつを取ってはいけない。取ったら取った分に応じて、翌日以降のおやつを抜くこととする』
もちろん魔王様は「傲慢だ!」と抗議をした。魔族のルールから外れた提案だ。その上、私は魔王様のおやつ係でもある。彼が怒るのも当然といえば当然。
だが私には秘策があった。
元々魔王様に渡す予定だったとある物を取り出し、目の前に掲げてみせた。
「約束してくださるなら、これをあげます」
とある物とは、使用人から分けてもらった魔林檎で作った林檎飴である。よく洗った魔林檎に棒を差し、飴でコーティングしただけではあるが、魔王様の心を奪えたらしい。見たことのない食べ物に目をキラキラさせ、空中で手を動かしている。
「守る! 守るからそれを我に!」
こうして約束を取り付けることに成功した。ちなみに魔王様からの提案で、彼が良い行いをしたと私が判断した場合には林檎飴をあげるという約束も追加した。
以降、彼が約束を破ることはなかった。安心しきっていた矢先のことであった。
「で、でも今回はわざとじゃないぞ? 冷蔵庫の外だったから忘れているのかと思って……」
「通信機があるんですから、おやつの催促以外の時も使ってください」
「……悪かった」
「もう人の勝手に食べないって約束しますか?」
「約束する」
通信機は高価で貴重なものなので、人間界では王族や貴族、平民でも一部のお金持ちか重役しか使う機会のない代物である。それを魔王様は来て早々ポンと寄越したのである。『魔王城は広いから迷子になったら困る』と言われて渡されたが、今では主におやつの催促とご飯の連絡にのみ使われている。
魔界の最大権力者である魔王様が今最も重要視していることとはいえ、一年前の私に『もう少ししたら通信機を持たせてもらえるよ』なんて言っても信じてもらえないだろう。そもそも魔界にいると伝えた時点で腰を抜かすかもしれない。
まぁあの頃の私はジュードに捨てられるなんて小指の爪ほども想像していなかったわけだが。
今はこうして魔王様にお説教できるほど平和に暮らしているのだからよしとしよう。
項垂れる魔王様だが、それが悪いことであるということは理解してくれたらしい。タイランさんも責めるようなことはしない。ならこの件はこれで終わりだ。
「じゃあ明後日は魔王様の食べたいお菓子作ります。本で調べますから、今日中に食べたいの考えておいてくださいね」
「明日の牛乳ゼリーは……」
「それはお預けです」
「ううっ仕方ない……。なら明後日はラズベリーパイを作ってくれ」
「ラズベリーパイ?」
思わず聞き返してしまったおやつは、かつて私の得意料理だったものだ。ジュードの好物でもある。
村にいた頃は美味しいラズベリーが手に入る度、ジュードのためにラズベリーパイを焼いた。二人分のお茶を用意して、焼きたてのラズベリーパイを切り分ける。美味しい美味しいと幸せそうに食べてくれる彼を見ながらお茶を飲むのが私の幸せだった。
あの日を境にそれは最悪な記憶と成り果て、ラズベリーパイは世界で一番嫌いな食べ物へと変わった。
とはいえ、魔王様には関係のない話である。あの匂いを嗅ぐのも嫌だが、調理中は窓を全開にして、自分の分は作らなければ良いだけ。
「ラズベリーパイなら作れます。では明後日のおやつはそれにしましょうか。タイランさんもそれでいいですか?」
「ああ」
話はそれでまとまると思われた。
だが魔王様はよほどラズベリーパイを食べたかったらしく、上機嫌で理由まで話してくれた。
「ラズベリーパイは勇者の好物らしくてな、冒険中にも『幼馴染の作ったラズベリーパイが食べたい』としょっちゅうぼやいていた。だから我はずっとラズベリーパイが食べたくて食べたくて、オリヴィエが初めてきた時にはラズベリーパイを作ってもらったものだ」
明確に放たれた『勇者』というワードに取り繕っていた顔面からピキリと音が鳴る。
「やっぱりラズベリーパイを作るのは止めましょう」
「え、だが今、ダイリは作ってくれるって……」
「勇者の好物なんて食べていたら将来ロクでもない大人になりますよ。有名人が好きだったおやつなら勇者以外の方がいいですって。私、今から調べて夜には一覧を持ってきますからそこから選びましょう?」
「美味しいのに……ダメか?」
魔王様はよほどラズベリーパイが食べたいのか、お目目をうるうるさせて懇願する。その可愛らしい表情に罪悪感が刺激される。
「……勇者と関係ないと言うなら、作ります」
「! 我の好物だから作ってくれ」
「分かりました」
ラズベリーパイは嫌いだ。匂いだって嗅ぎたくない。それでもパイと魔王様に罪はない。
これは魔王様の好物だと頭の中で繰り返し、脳内に刷り込んでいく。そう思い込まないと、幸せを運んできてくれるはずのおやつを苛立ちで潰してしまいそうになるから。
翌日、タイランさんの要望で透明なボールいっぱいの牛乳ゼリーを作った。彼はそのボールと大きなスプーンを持って王の間まで向かうと、おやつ抜きの魔王様の前でかき込んでみせた。騒いでも懇願しても耳を傾けることはせず、無言で食べ続けたのだという。
タイランさんなりの復讐らしい。魔王様もよほど堪えたそうで、昨日の彼のように床をドンドンと叩いて悔しがっていたと、タイランさんは満面の笑みで教えてくれた。
食べ物の恨みというものはなんとも恐ろしいものだ。
それでも翌日には二人揃ってケロっとした顔でラズベリーパイを頬張っていて、魔族と人間は共存を決めたのだと改めて実感した。ジュードのことは嫌いだし、彼の行いを今後も許すつもりはない。それでも彼の功績までも否定するつもりにはなれなかった。
「ふ〜ふふ〜ふ〜〜ん〜〜」
図書館でレシピ本を読みながら今週分のおやつに必要な材料リストを作っていく。元々魔族は食べ物を食べる習慣がなかったため、これらは全て魔王様が最近になって集めたものらしい。他の書物と比べて圧倒的に冊数が少ない。
なるべくいろんなものが食べたいとの要望で、いろいろ調べてはいるものの、今のままではそろそろ限界が来そうだ。
「本は見て選びたいけど、本屋さんって連れて行ってもらえるのかな?」
魔界に来てからしばらく経つが、私は一度も人間界に帰っていない。初めてお給料をもらった際、実家に仕送りをしたいから人間界に連れて行ってくれと伝えたら断られてしまったのだ。
定期的に生体反応が動いていると相手が何かに勘付くかもしれない、とかで。
代わりにタイランさんが人間界に用事があるときに手紙とお金を送ってくれることになった。なぜか受付場所は毎回違うが、必ず郵便屋さんの受け取り書を持って帰ってきてくれる。
その他にもペンやノートが欲しいと言えばついでに買ってきてくれる。
季節が変わる前にはオリヴィエ様が新しい服を何着も贈ってきてくれた。これらは教会に残した荷物を回収できなかったお詫びも兼ねているらしい。
なんでも私がこちらに来た直後に聖女見習いの間で事件が起きたらしく、本人以外の持ち出しが出来なかったそうだ。残った荷物は私が教会に入る際に記した住所、実家に送られているらしい。
すぐ手元に欲しいものは特になかったので、高価な服を何着ももらってしまってこちらが申し訳なくなったくらいだ。
ーーと、こんな具合で人間界に行く必要性がなかった。
むしろ帰る理由がことごとく潰されたことで、勇者の近況を目にしなくて済むと安心していたほどだ。
だが今はもうジュードのことを考えている時間よりも、他のことを考えている時間の方が多くなった。
おやつ作りと勉強の他にも、使用人達を手伝ったり、少し前には一緒に花を植えた。私のために人間界の花の苗を用意してくれたのだ。あと一年と少ししか居られないことを残念に思うくらいには慣れてきた。
「一応聞くだけ聞いてみるか」
本を戻し、ノートを胸の前で抱える。
そのまま王の間へと向かい、魔王様へと伝える。
「おやつの本か……。我としても今より多くのおやつを食べられるのは嬉しいが」
「本を買うだけならいいぞ」
「いいんですか!?」
「二度目は約束できないし、変身魔法をかけることになるが」
「ありがとうございます!」
「そうと決まれば早く用意してこい。出発するぞ」
「え、今日行くんですか?」
「今日はちょうど空いてる。それにそろそろ一年経つからな。祭り準備に召集されるかもしれん」
祭りとは魔族と人間が協定を結んだ日を祝うものだろう。そうか、あれから一年くらい経つのか。新聞で報じられた日と勇者一行が帰還した日のどちらを祝うかによって一ヶ月半の差が開くが、私には関係のない話だ。タイランさんも準備に参加するつもりはあれど、当日出向くつもりはないようだ。
部屋に戻り、引き出しの鍵を開ける。
中にはここに来てから一度も使っていない財布と貯まる一方のお給料が眠っている。お給料袋から少し多めの額を取り出して、お財布に入れる。ポケットにねじ込み、タイランさんの気が変わらないうちに急ぐ。
王の間に戻ると、すでに転移陣の用意が整っていた。タイランさんに変身魔法を施してもらい、陣の中へと入っていく。
「それでは行ってきます」
「久々の人間界を楽しんでくるといい」
魔王様に手を振れば、次の瞬間には見慣れぬ森の中に立っていた。どうやら転移が成功したらしい。タイランさんはしゃがみこむと転移陣に魔法をかけた。すると地面に浮かんでいた模様が綺麗さっぱり消えてしまった。
「本屋はこっちだな」
タイランさんの後を追えば、すぐに人通りの多い道に出た。通りにはいろんな店の看板がずらりと並んでいる。王都ほどとまではいかないが、人の多い街に転移したようだ。
「ぼおっとするな。はぐれるぞ」
「はい!」
トトトと駆けて、タイランさんの隣に並ぶ。ショーウィンドウに映り込んだ私達の顔は素顔とはかけ離れており、二人揃ってよく似ている。兄妹の設定らしい。
「その辺りじゃ見かけない年頃の男女が歩いていたら、露天商はカモにしようとするからな。断るのも面倒くさい」
本屋さんに行くだけなのに? と思ったが、実際に歩いてみれば彼の言葉が正しかったことがわかる。私達はスイスイ進めているが、若い男女は高確率で声をかけられている。
要らないなら断ればいいだけではあるが、彼らの熱気あふれる言葉から逃げ出すのは気力がいることだろう。
目的の本屋さんに到着し、中でタイランさんと分かれる。時計を渡され、この時間に集合なと告げられる。そして彼は棚の間へと消えていった。
どうやら彼も欲しい本があったらしい。時間は長めにとってもらえたので、私も私でレシピ本を探すことにした。
なるべく図書館にある本と内容が被らないものがいい。
家庭的なおやつなら作れるのでそれも外して。異国のおやつも食べたいかな? これなんか見たことないものばかりだな〜なんて考える。あれも欲しいこれも欲しい。
次来れるかも分からないなら一応これも……なんて手に取っていくと、すぐに大量の本が腕の中に収まっていく。量が増えたそれらを抱え直せば、肩口から見慣れた顔がひょっこりと現れた。
「多くないか?」
タイランさんである。
手には本屋さんの紙袋を提げている。会計も終わったらしい。
「もう終わったんですか?」
「ああ、わりとすぐに揃ったからな。ところでそれ、全部買うのか?」
「買える時に買わないと、ですから! ちゃんと計算しながら積んでるのでお金なら大丈夫です」
「多めに預かってきてるから金の心配はしてない」
「預かってきた?」
「うちにいるお坊ちゃまからな。まぁ経費みたいなもんだから気にするな。代わりにしばらくこれがいいあれがいいと騒ぎそうだが」
お坊っちゃまとは魔王様のことだろう。
新たなおやつに喜ぶ姿を想像すると、ふふっと声が漏れた。
「それより料理以外の本は買わなくていいのか? あっちに雑誌なんかもあったが」
「レシピ本だけで大丈夫です。普通の本なら沢山ありますし。あ、でもおやつの本は買ってもらえるなら、普通の料理本も見ていいですか?」
「料理なら使用人が作るだろう?」
「作る料理に少し偏りがあるのを気にしているみたいで、最近、家庭料理とか郷土料理とかの作り方をよく聞かれるんですよ。だから余裕があるなら、本を何冊かプレゼントしたいな〜って」
魔王様を筆頭として、食事を必要としない魔族は多い。上位種になるほどその傾向は強まる。なので魔界料理は少し前まで簡単なものしかなかったそうだ。
しかし魔王城に人間の調理人が捕らえられたことで革命が起きた。
その調理人は解放を条件に、魔王城の調理人に料理を仕込んだ。私達の日頃の食事はその時の料理人が伝えてくれたもので、とても美味しい。
だが仕えていた貴族がかなりの偏食家だったらしく、伝えられた料理もまたひどく偏っている。
ボリューミーだが、野菜と彩りが極端に少ない。美味しいので量さえ調整すればペロリと食べられるが、ごく一般的な家庭料理で育ち、教会に来てからは慎ましやかな食事を摂っていた私は慣れるまでに少し時間がかかった。
今まで食事を作る相手は、食事が必要でも楽しむことはなかった魔族と捕虜のみだったが、私達が来たことで食事をする魔族も増えた。彼らは栄養補給に必要はなくとも、美味しいからと食べ始めたものたちだ。楽しみにもしている。作る側も力が入り、そしてレパートリーを増やしたいと思い始めたーーと。
「なら俺も一緒に選ぼう」
「何か食べたいものがあるんですか?」
「カボチャのポタージュ。芋が入ったやつ」
「ならこの辺りとかどうですか?」
肩を並べて一緒に本を選ぶ。
タイランさんが選ぶ本は芋やかぼちゃが表紙のものばかり。好きなのだろうか。彼が選んだものとジャンルが被らないように何冊か選んだ。
「じゃあ会計してくるから待ってろ」
「お願いします」
おやつの本以外もまとめて買ってくれるという彼の言葉に甘えて本を託した。会計が終わった彼と二人で分担しながら本を持つ。
「どこか他に行きたいところがあれば寄るが」
「いえ、買いたいものは買えましたし、お坊っちゃまも待ってますから。早く帰りましょう」
「帰ったら早速本を見てあれが食べたいこれが食べたいとか言い出すんだろうな」
「さっきのタイランさんみたいに?」
「ああ」
腹減った……と呟きながら、森を歩く。先ほど転移した場所まで戻るとしゃがみこみ、ふいっと指を振る。すると消えたはずの魔法陣が浮かび上がってくる。どうやらさっきの魔法は陣を隠していたようだ。一緒に魔法陣に入り、行きと同じく一瞬で魔王城へと帰還する。
「帰ったか!」
魔王様はトトトと駆け寄ってくる。
「いっぱい買ったな〜」
「お金、ありがとうございます」
「我のおやつに変わるのだから安いものだ。それより買った本を早く見せてくれ!」
戦利品を紙袋ごと手渡すと、魔王様は大事に抱えて王座へと戻った。レシピ本をペラペラとめくる彼の表情はキラキラと輝いていた。微笑ましい気持ちで眺めていると、横から本屋さんの袋が差し出された。
「そうだ、ダイリこれやる」
「え?」
「ダイリが使いそうな魔法が書いてる本があったから」
「選んでくれたんですか?」
「いつもの礼だ」
「ありがとうございます。大事にしますね」
「ああ」
タイランさんはそう言って目を逸らす。本屋さんで別行動をしていた時に選んでくれたようだった。普段と変わらぬツンとした表情だが、髪に隠れた耳が少しだけ赤らんでいるのを私は見逃さなかった。
その日の夜、魔王様から大量の要望が押し寄せたのは言うまでもないだろう。
お土産の料理本を渡すと調理スタッフ達はとても喜んでくれた。本のおかげでレパートリーは増え、ご飯が気に入った魔王様はお菓子の本以外も買い集めるようになった。
人間界に潜むことが出来る魔人に「とりあえずそこにあるもの全部買ってきてくれ」と頼んでいるらしい。そのせいか図書館に新たに追加された本に収録されるレシピは重複も多い。たまに同じ本も混じっている。
だが料理関係の本を借りる人も増えたので案外ちょうどいいのかもしれない。
お城を歩いていると、使用人がレシピ本片手にこれはどういう意味なのかと尋ねてくることがある。
顔見知りも初めての人も関係ない。人間の作ったレシピなのだから人間に聞いた方が正確だと思ってのことらしかった。とはいえ私にも分からないものは多い。特に専門性の高いものなんかは調理スタッフに聞くように伝えている。
役に立てたり立てなかったりするのだが、お城の人達は生真面目な人が多いらしく、お礼をくれることが多い。
「この前のお礼」
「わぁこんなにもらっちゃっていいの?」
「構わない。こちらこそとても助かった」
少女はぺこりと頭を下げて、タタタと走っていく。
つい数日前、お菓子の作り方で分からないところがあると尋ねてきた子だ。確か魔獣の世話をしている使用人だったか。お礼として渡してくれた毛糸はおそらく魔獣から採ったのだろう。白い毛糸が袋にこんもりと山になっている。山をかき分ければ、中には茶色と赤のものもある。少しアドバイスをしただけなのに、なんだか悪いな〜。
そうだ、今度何かおやつを差し入れよう。
りんご飴だと魔王様と同じになってしまうので、いちご飴にしよう。りんご飴よりも小さくて食べやすく、そんなに大層なものでもない。お礼のお返しとしてはちょうどいいはずだ。
「せっかく毛糸もらったし、何か編もうかな。これだけあればセーターも出来そう。いや、服はあるから腹巻の方がいいかな?」
何の魔獣の毛なのかは分からないが、非常にモコモコしている。防寒力は高そうだ。鼻歌を歌いながら部屋へと向かう。その途中、タイランさんとすれ違った。
「機嫌いいな」
「さっき大量の毛糸をもらったんです! これで何か編もうと思って」
「編み棒持ってるのか?」
「あ! ない、です……」
「ちょっと待ってろ」
しばらくしてから帰ってきたタイランさんの手には編み棒が握られていた。
「これ使え」
「ありがとうございます」
「ババアが使っていたものだから気にするな」
「ところでタイランさんってそのローブの下にセーターとか着ます?」
「着ない。なぜだ?」
「ずっと同じローブだからそろそろ寒いんじゃないかと思って」
「特殊繊維で作られているから寒さも暑さも感じない。だが昔、師匠もババアに同じようなことを言われていたな」
「タイランさんの師匠さんはオリヴィエ様とお知り合いなんですか?」
「姉弟だ。師匠は俺の養父でもあるんだが、子どもにちゃんとした服を着せろとババアによく叱られていた。その時、ババアがセーターを編んでくれて……。まぁすぐに着られなくなったが」
つまりオリヴィエ様はタイランさんにとって義理の伯母に当たるのか。初めから引っかかっていたババア呼びが今になってスッと身体の中に染み込んでいく。
目を細めて幼少期を懐かしむ彼を見ていると、私もつい村にいた頃を思い出す。昔はよく寒くなると妹達にセーターや腹巻、手袋なんかを編んだものだ。
ジュードにもマフラーを編んだものだが、どうせ今頃物置か何かで眠っているのだろう。犬の寝床にでも持ち帰られているかもしれない。
ジュードのことを思い出してもろくなことはない。早く忘れたい記憶だ。ブンブンと頭を振って、思考を切り替える。
「よければ私にセーター編ませてもらえませんか?」
「は?」
「この前もらった本のお礼です」
防寒の役目は果たせないし、きっと彼だってオリヴィエ様からもらった方が嬉しいに決まっている。
それでも私の腕の中には大量の毛糸があって、私はおやつ以外でのお礼をしたいと思っていた。断られたらその時はまた他に考えればいい。軽い気持ちで言い出した提案だった。
「ならセーターじゃなくてベストにしてくれないか? ローブの中に着る。ババアからもらったのもそうしてたから」
「わかりました。じゃあベストにしましょう。サイズ測らせてください」
使用人からメジャーを借り、彼のサイズを測る。数年前で成長が止まってしまっている記憶の中の妹達よりもずっと大きい。これは作り甲斐がありそうだ。
「ありがとうございます」
「頼んだ」
「はい、任せてください」
ドンっと胸を叩き、タイランさんと分かれる。それから空いている時間にはせっせと編み進めていく。すると数日が経った頃、魔王様から呼び出しがかかった。
「我にも作ってくれ」
てっきりおやつの話かと思ったが、そうではなかった。魔王様が私に押し付けてきたのはレシピ本ではなく、大量の毛糸。どうやら私がタイランさんのベストを編んでいることをどこからか聞いたらしい。
「我は赤が良いぞ! こっちの白はダイリに似合うな」
色の指定までして、断られることなど微塵も考えていない。
信頼されていると取ればいいのか、拒否権が与えられていないだけと取ればいいのか。
毛糸の隙間から顔色を確認すれば、魔王様の表情はキラキラと輝いていた。純粋に贈り物を楽しみにしているらしい。
結果、三人色違いでベストを編むことになった。
この歳で、それも家族でも恋人でもないのに色違いだなんて……。思うところがない訳ではないが、不思議と嫌な気はしない。
彼らと関わっているとなぜだかすごく落ち着く。そんな気持ちを見透かされているのだろうか。
完成したベストを手渡せば、タイランさんは宣言通りローブの下に着込むようになった。生活魔法をかけているそうで、洗う必要はないらしい。便利なものだ。
魔王様に至ってはわざわざベストに合う服装に着替え、魔界中に自慢して回った。喜んでくれるのは嬉しいが、魔界中に『ダイリ』という名前を広げないで欲しかった。本名でないにしても恥ずかしさはあるのだ。
魔王様が魔界を飛び回った翌日、タイランさんに召集がかかった。
以前から聞いていた祭りの準備ではない。なんでも国防の危機だとか。荷物をまとめる時間もなく、食べかけのドーナツを手にしたまま人間界へと出発してしまった。
「国防の危機ってなんでしょう? 魔王様はここにいるし、魔物達だって大人しいのに……」
「争いが起きるのは他種族間だけではない。魔族と人間が協定を結んだところで、平和になるとは限らんのだ。……ところで残りは我が食べてもいいのか?」
「タイランさんの分はまた帰ってきてからあげなおすのでいいですよ」
「今日中どころか数日中に帰ってくるかどうかすら怪しいがな」
ドーナツを頬張りながら呟いた魔王様の読みは見事に的中した。タイランさんが戻ってきたのは出発してから二週間が経ってからのことだった。
「大丈夫ですか?」
よほど大変なことがあったのか、タイランさんはヘロヘロ状態で王の間へとやってきた。そして床に倒れこむと「ダイリのドーナツが食べたい」と告げて意識を失ってしまった。
人間同士で大きな揉め事があったのだろうか。
お疲れなタイランさんに私が今すぐに出来ることといえば、毛布をかけることと、彼の希望したドーナツを揚げることだけ。
シンプルなたまごドーナツを皿に山盛りにして、牛乳とセットで運ぶ。すると匂いに反応して、タイランさんがもぞもぞと動き出した。低い声で「ドーナツドーナツ」と呻く姿は異常だ。
さすがの魔王様も自分の分を主張する気も起きないようだ。ドーナツを鷲掴んでもしゃもしゃと食べ始めた彼に同情の眼差しを送っている。
「牛乳もありますからね」
「ん」
少しは残るかと思ったドーナツの山は見事に完食。そしてようやくタイランさんは少しだけ人間の顔をするようになった。それでも顔色は悪いままだし、ヒゲも伸ばしっぱなし。目の下にはクッキリとしたクマが出来ている。生活魔法のおかげでローブには一切汚れがなく、髪も綺麗なままなのが違和感を引き立てている。
「やっぱりここが落ち着く」
「何があったんですか? もしかしてどこかの国に攻め込まれて……」
「いや、そうじゃない。人探しに手こずっているだけだ」
「人探し?」
「勇者が結婚を約束していた女性が失踪した」
「は?」
食べ物をお腹に入れたタイランさんは眠くなってきたのか、うつらうつらと船を漕ぎながら今回の召集内容を教えてくれた。
ブツブツと途切れながらも紡いでくれたタイランさんの話をまとめるとこうだ。
女性が失踪したのは勇者一行が戻ってきてからわりとすぐのことだと思われる。失踪した原因は、おそらく姫様との結婚なんて噂が流れたから。実際一部の王家や貴族、教会は大聖女である姫との婚姻を半ば強引に進めようとしていた。メディアに報じられたのも彼らの策の一つ。そう思い込んでしまうのも仕方のない状況ではあった。
だが勇者は帰ってからすぐに事実とは違うという旨の手紙を送ったらしい。また自分は君と結婚するから村で待っていてくれとも記したとのこと。
勇者は彼女が待ってくれていると確信し、二ヶ月前に村に戻ったが、そこに愛する人の姿はなかった。そもそも村に帰ってきてすらいない。信じてはもらえなかったのだろうと嘆き、国を救ったのにこの仕打ちはないだろうと激怒。彼女が見つからなければ原因となった姫を殺すとまで言いだした。姫だけではなく、彼女との結婚を進めようとした者や計画に少しでも関わっていた者を全員許しはしないと。
これはマズイと国をあげて捜索を開始したのが先月のこと。
だがまるで見つからない。そこで魔法を広範囲に展開出来るタイランさんが呼ばれたらしい。
本人は何が国防の危機だ。痴話喧嘩に人を巻き込むな。いい迷惑だとぼやいている。
それでもこの様子ではしっかりと役目を果たしてきたのだろう。なんだかんだで真面目な人なのだ。
勇者と結婚の約束をしていた女性とやらが全く見当がつかない上、初めから私を捨てるつもりだったことに苛立ちを覚える。
この際、二股していたことは許すとしても、なぜ村長の息子との結婚を止めたのか。あの時点なら私はまだ幸せになれたのだ。それに言い訳に姫様との噂を都合よく利用するなんて……。許せない。
けれどタイランさんには何の関係もないことだ。ひとまず終わって良かったと追加の牛乳を注ぐ。
けれど話はそれで終わりではなかった。
「だが俺の力を持ってしてもその女性を見つけることはできなかった」
「え……」
「日が経ち過ぎてたんだよ」
捜索系の魔法は日の経過とともに足取りは掴みにくくなるらしい。その上、彼女が失踪した日取りの前後一週間には教会全体に探索妨害魔法がかけられていたため、一切の痕跡が拾えない。魔法は故意的にかけられたもので、使用者は相当な実力者であることが判明した。
タイランさんもこれが一、二ヶ月前にかけられたものなら対処できたが、一年近く経過してからではどうにも出来ない。相手はすぐに動かないことを知っていたのかもしれない。教会関係者か城関係者である可能性が高いということになった。
そこで犯人探しは後回しにして、聖女見習い達に聞き取りを行った。
そこで有力な情報をキャッチした。
消えた日にちの特定は出来ないが、聖女見習いの数人が、暇を出される数日前に彼女が何者かと会っていたらしいと証言したのだ。
いつも修道服なのにあのときは服だけじゃなくてメイクまでして。出る時はもちろん、帰って来てからも幸せそうで、きっと恋人にでも会ったのだろうと。
となれば彼女のそれは失踪ではなく、恋人とどこかへ向かった可能性が浮上する。
前の情報と合わせて考えると、相手はよほどの実力者。勇者が彼女を愛していることを知りながら、周りの思いを利用して連れ去ったのではないか。
「情報が出れば出るほど勇者は荒れて、俺達元パーティーメンバーも止めるのが大変でな〜。姫だけではなく、そもそも彼女と何年も引き離す原因を作った国王や魔王までも殺すと言い始めた」
「我も含まれているのか!?」
「村から出ることさえなければあの子は俺と結婚してくれた。それが勇者の言い分だが、完全なる八つ当たりだろうな」
魔王様に当たる前に数ヶ月も愛する女性を放置したことを後悔しなさいよ。それに帰って早々向かったのが不要な女の方で、本当に愛していた女性は手紙で済ませようとしたのも悪い。順序がおかしい。
早めに切り捨てなければ彼女に被害が行くとでも思ったのか。だったら村を出る前に結婚させてくれれば良かったものを……。
村に帰れと言ったのは、私を村に帰りづらくする狙いがあったのだろう。実際、私は帰ってなるものかと躍起になっていた。
余計なことにばかり気を取られて、どこの誰かも知らぬ相手に大事なものを横取りされるなんていい気味だ。そんなことにタイランさんや他人を巻き込まないでほしい。
「さすがに魔王にまで飛び火させるわけにはいかないし、探索妨害魔法をかけた犯人だけでも特定することになった。あれほどの魔法を使用できる人間なんて限られているからそのうち結果は出るだろう。俺は当時魔界にいたということで早々に容疑者から外されて、一時帰還が許されたというわけだ」
「一時、ってことはまたすぐに行くんですか?」
「別に自分の意思で逃げたならそのままにしてやれと思うが、悪意を持った人間に連れ去られていた可能性も否定はできないからな。それに国や教会が関与してきた場合は立ち会う必要がある」
「勇者に愛されるっていうのも大変ですね」
「帰った後さっさと会うか、初めの一通以降も手紙のやり取りをしていれば、すぐに見つけ出せていたんだから自業自得でもあるがな」
タイランさんはポリポリと頭を掻きながら「ただでさえ待たせてるのに、帰ってきてからも放置すんなよ」と呟く。待っていた相手が彼のような人なら、私も、本命の相手とやらもこんなことにはならなかったのかもしれない。いや、そもそも二股かけるなという話だが。
村にいた頃はそんな人には見えなかったのに……。
ジュードが勇者に選ばれてから未来が変わってしまったのは本人だけではないのだ。
とはいえ、彼の言葉を真に受けたおかげで私はオリヴィエ様と出会い、魔法を習得して今があるのだが。心に大きな傷が出来たが、ここに来てから優しい思い出もたくさん出来た。今三人揃って着ているベストがいい例だ。人生何があるかわからないものである。
「そんなわけでまたいつ呼び出されるか分からないからとりあえず俺は寝る」
「あっちに持っていけるような、日持ちするお菓子でも作りましょうか? クッキーとか簡単なものになっちゃいますけど」
「いいのか? 頼んだ」
へにゃっと笑うと、タイランさんは亡霊のような足取りで王の間を後にした。
「膨大な魔力を使ったのだろう。あの様子ではダイリの魔法がなかったら倒れてたぞ?」
「魔法? なんのことですか?」
「ベストに回復の付与魔法をかけただろう? それもかなり強いものを」
「かけてませんよ?」
私は付与魔法なんてかけていない。それに私が使えるのは低級魔法のみである。だが魔王様が嘘を吐いている様子もない。二人揃って、はて? と首をかしげる。
「もしやおやつに付与している魔法も無自覚か?」
「え?」
「訳ありだろうとは思っていたが、まさか無自覚だったとは……。我の魔力を隠れ蓑に使うなど、大陸中を探してもオリヴィエくらいなものだ」
もしや探索妨害魔法をかけたのは、とブツブツと呟き始めた。今の会話で何か気づいたらしい。
それにしてもまさか無自覚に力を使っていただなんて……。
ベストだけではなく、おやつにも付与していたとなれば日常的に使用していたということになる。だが言われても全く思い当たる節がない。魔王様に尋ねようにも、しばらく思考モードから戻ってくる様子はない。
とはいえ、害はないらしいので少しくらい先送りにしても問題はないだろう。それよりもいつ呼び出されるか分からないタイランさんに渡すおやつ作りが先である。
キッチンへ向かい、数種類のおやつ作りに取り掛かる。簡単に摘めるクッキーは五種類の味を用意した。それを缶に敷き詰めていく。また起きたらすぐに食べられるように、彼の好物である甘芋の蒸しパンも作った。
多めに作ったそれを王の間に運んだが、魔王様の姿はない。いつもはここに居るのに珍しい。外出の用事でも出来たのだろうか。帰ってきたら食べるだろうと、机の上に並べてメモを残しておく。これでよし。
部屋から出ようとして、ふと完成したそれらが気になった。魔王様の言葉が正しければ、これらにも付与魔法がかけられているということになる。もちろん今回もかけているつもりはない。じっくりと眺めてみる。
「やっぱり魔法の痕跡なんて残ってないけどな〜」
私には見えないほどの微弱な力でうっすらとかかっているのだろうか。それなら無自覚に発動していたとしても、信じられなくはない。
そう、おやつだけなら。
だが魔王様はベストにも付与魔法がかけられているといっていた。微弱な力であれば、タイランさんが人間界に行く前で効果は切れているはずなのだ。
謎は解けぬまま。疑問は深まるばかり。
うーんと唸りながら廊下を歩いていると、どこからか言い合うような声が届いた。魔王様とタイランさんの声だ。大声を出すなんて珍しい。しかもタイランさんは数時間前に寝ると部屋に戻ったばかりだ。大声なんて出す体力が残っていたとは思えない。一体何があったのか。声のする方へと走り出す。
辿り着いたのはタイランさんの自室だった。ここまで来たはいいが、ドアをノックする勇気が出ない。彼らの話の中心にいるのが自分だとは思わなかったのだ。
「ダイリとババアは悪くないだろ! 悪いのはそれを利用した奴らだ」
「我も悪いとは言っていない。だが探索妨害魔法をかけた人間が分からなければ、相手の居場所も特定できないだろうと言っているのだ」
「そんなもん知るか! ババアがダイリを隠さなければ殺されていたかもしれないんだぞ!」
その言葉に、黙って聞いていることなんて出来なかった。ギイっと音を立ててドアを開き、中にいる二人に問いかける。
「殺されてたかもってどういうことですか?」
「ダイリ……」
「教えてください。私は誰に、なぜ、殺されそうになっていたのでしょうか?」
「姫を大聖女に据えることで王家との縁を強固にした教会にとって、姫よりも力の強い人間は邪魔なんだ。実際、ババアはそれで処分されかけた」
「処分ってそんな言い方!」
「力の強い子どもを家族から引き離して酷使し、使えなくなったら捨てる。それが教会のやり方なんだよ!」
「っ」
ビリリっと肌をひりつかせる怒鳴り声に身がすくんだ。タイランさんはバツ悪そうに「悪い」と短く謝った。それでも彼の中の怒りがなくなるわけではない。恨めしそうに唇を噛んでいる。
「だが教会はババアを処分できなかった。伊達に長年大聖女と呼ばれているわけじゃない。だから少しずつ権力をそぎ落として、隔離することにした。二度と力をつけないように、ババアの唯一の身内の俺も一緒に、な。隔離といっても買い物や墓参りくらいは許されていたし、俺もババアも元々権力なんぞに興味はない。これでいいと思っていた。……ダイリさえいなければ」
「え」
「教会はダイリを処分しようとした。オリヴィエはダイリを助けるために魔法を展開し、それが偶然にも勇者の想い人の捜索を阻んでいる。だからオリヴィエが魔法を解けば捜索は一気に進むのではないかーーと我は考えている」
「だがそんなことをすれば、勇者の怒りの矛先がババアとダイリに向きかねない。それに教会自体、崩れかけてる。もう長くは持たないだろう」
タイランさんの話によれば、大聖女がオリヴィエ様から姫様に変わった際、上層部もかなり変更されたらしい。加えて短期間で聖女の見習いを大量に増やし、今はそのほとんどを放出した。暇を出された聖女見習いたちは地元の教会に入ったり、教会生活で得た魔法を利用して仕事を得たり、はたまた普通に暮らしたりと、進む道はバラバラだった。
王都の教会から出すにしても、各地から集まった彼女達を上手く導くことが出来れば教会はさらなる力を得ることができただろう。だが姫やその取り巻きにその力はなかったようだ。
長年、教会が悪として掲げていた魔王は討伐されず、噂になっていた勇者との結婚も白紙と続いたのもあるだろう。加えて王都の教会に力が集まりすぎないよう、何者かが意図的にかき乱しているらしい。
だから教会は今、なんとしても勇者のご機嫌をとっておきたいのだと。彼らはそのためなら平気でババアとダイリを犠牲にするのだと。タイランさんはそう言い切った。
身勝手な理由で利用されて捨てられて。
その上なぜジュードの怒りを向けられなければいけないのか。怒りたいのはこっちの方だ。
「タイランさん。今度王城に行く時、私も連れて行ってくれませんか?」
「お前、俺の話ちゃんと聞いてたか!?」
「ジュードを殴らせてください」
オリヴィエ様は恩人だ。右も左もわからぬ私に優しく魔法の使い方を教えてくださった。その上、私を守ってもくれていた。
私の提案は彼女の好意を無碍にすることなのだろう。それでも、身勝手な男を殴りたいという衝動を抑えることはできない。
「もしかして知り合い、なのか?」
「幼馴染です」
そう告げれば、タイランさんと魔王様は揃って目を丸くする。まさかここに有力な情報を持っていそうな女がいるとは思わなかったのだろう。
だが私は使える情報なんて何一つ持っていない。幼い頃からずっと一緒だったのに、もう何も分からない。彼の好物だと思っていたラズベリーパイだって、本当に好きだったのかさえも怪しいのだ。
長い時間をかけて踏みつけられて。
彼と共に歩いてきたと思っていた道を振り返ったところで、あるのは愛情ではなく深い後悔。ラズベリーの赤がべったりと地面に染み込んでいる。
あの時、一発でも二発でも殴ってやればよかったのだ。殴って、最低だと罵って。スッキリして終わればよかった。拳を固めてわなわなと震える私に、タイランさんは心を決めたらしい。
「殴らせてもらえるかは分からないが、それでもダイリを守ることだけは約束しよう」
「ありがとうございます!」
それから呼び出しがかかるまで、私達はいつも通りの日々を過ごす。
どうせすぐに戻ってくることになると、持っていく予定だったおやつは三人で食べてしまうことにした。一人分とはいえ、そこそこの量ではある。けれどこれらを持って行けないよう、一気に食べ尽くす必要があった。
「このマドレーヌ、いつもと少し違う? いつものもいいが、こっちも美味いな」
「日持ちするようにレシピをちょっと変えたんです」
「このクッキーもうないのか?」
「後で魔王様にも出そうと思っていたので、生地は冷蔵庫に入れてありますよ」
「焼いてくれ!」
「明日でよければ」
「今日は?」
「今日はもうダメです」
「うう〜」
「明日も明後日も、その次だっておやつがあるんですから、今日くらい我慢してください」
ずっとずっと。二年という期間が過ぎてもここに残りたい。そんな気持ちを込めた。
「だがいつ呼び出されるか分からんのだろう?」
魔王様は口をちょんっと尖らせた。置いていかれるのが気に入らないようだ。
「なら行く前に魔王様用のおやつ弁当を残していきます」
「おやつ弁当?」
「ボックスにおやつをいっぱいに詰めておくんです」
「そんなもの、一日もせずに食べ終わってしまう」
「殴って文句言うだけですから、すぐに帰ってきますよ」
「……なら、このクッキーも入れてくれ」
それからあれもそれもと、次々に指差していく。ここにはないおやつも挙げられ、全てをボックスに入れることは難しくなる。けれど魔王様だってその全てを入れろと言っているわけではないのだろう。実際、三段ケーキなんてどう考えたって入りきるはずがない。だから早く帰って来いと。全て終わったらまた三人で一緒に食べようと言いたいのだろう。
二日後、タイランさんに呼び出しがかかった。
私は魔王様と約束していたおやつ弁当を渡し、王の間に描かれた転移陣に乗った。
眩い光を受け、ゆっくりと瞼を開く。目の前には約一年ぶりとなるジュードの姿があった。
「久しぶり、ジュード」
「メイリーン? 本物、なのか?」
「は?」
「会いたかった……」
ジュードは涙をポロポロと溢して抱きついてくる。なぜ捨てた女との再会を喜んでいるのだろうか。状況がイマイチ理解できない。
タイランさんに救いを求めようと振り返れば、彼は「メイリーン……」と私の名前を呟きながら固まっている。彼は私の本当の名前を知らなかったのだろう。すっかりダイリと呼ばれることに慣れていたので、私としても本名で呼ばれると少しむず痒い。それでもこの状況で唯一の味方がタイランさんなのだ。
「タイランさん、どういうことですか」
状況説明を求める。
けれど私に教えてくれたのは彼ではなく、ジュードだった。
「遅くなってごめん。でもやっとあの日、メイリーンを傷つけた犯人が見つかったんだ」
どういうことだ。私を傷つけたのは他でもないジュードだろう。キッと睨みつければ、悲しそうに笑った。そして背後へと視線を動かした。彼の視線の先にいたのは捕縛された姫様と数人の男達だった。服装を見る限り、男達の身分や職業はバラバラ。中でも神父服と騎士団服が目立った。
「あいつらは変身魔法を使って俺になりすまし、俺とメイリーンを引き離した」
「探索妨害魔法をかけたのは俺たちじゃない!」
「黙れ!」
ジュードは心底忌々しいと言った様子で彼らを睨みつける。タイランさんが魔王城に帰ってきている間に見つけたらしかった。私が彼と会ったのは教会からほど近い場所なので、目撃していた人がいたのかもしれない。
「傷つけてごめんな。けど俺はずっとメイリーンを愛し続けている」
深い傷を負ったあの一件は全てが偽物で、本物の彼は私をまだ求めてくれている?
「村に帰って式を挙げよう」
耳元で囁かれたセリフに鳥肌がたった。
悪者を知っても、私はもうジュードを好きになることはできなかった。ましてや罵声を浴びせることも、殴る気力すら起きない。
「なんでもっと早く探してくれなかったの?」
ただその一言に尽きる。
早く探してくれていたら、この傷は癒えたかもしれないのに。
乙女の時間は貴重なのだ。
一日、一ヶ月、一年先も同じ気持ちで居続けるなんて出来やしない。私を思っているというのなら、偽物よりも早く会いに来て欲しかった。手紙なんかで済ませないでちゃんと探してくれればよかったのに。
所詮、私はその程度の女だった。そう考えざるを得ない。
「メイリーン?」
頬に伸ばされた手を軽く振り払う。
「なん、で……」
「さようなら。もう、顔も見たくない」
「嘘、だろ?」
へたり込む彼に別れを告げ、タイランさんと共に帰る。ジュードが追ってくることはなかった。
魔界に帰る前、実家に手紙を書いた。
そこにはジュードとの結婚がなくなったこと。これから仕送りがなくなることへの謝罪を綴った。
これで、今度こそ私の長い恋は終わったのだ。
もう人間界に思い残すことはない。
別れを告げた後も私の生活が変わることはなかった。タイランさんも何も言ってくることはない。名前もダイリのまま。付与魔法の件はなんだか聞きづらくて放置してしまっている。知らなくて困ることもないので今後も知らないままなのだろう。
こうして今も変わらず、毎日彼らのためにおやつを作っている。
私が来てから二年が経った日にオリヴィエ様もこちらにやってきた。
「全て終わったの」
ゆっくりと吐き出された言葉の意味は分からない。けれどタイランさんと魔法の研究をしながら暮らす彼女は教会にいた頃よりもずっと幸せそうだ。
あの後、教会と国がどうなったかは分からない。それにジュードも。
あれだけ愛おしく、憎らしかった彼の顔や声も次第に思い出せなくなっていった。
それでもたまに思い出してしまう時がある。
昔の夢を見ることも。
声も顔も思い出せないのに、思い出だけは時が経っても完全に消すことが出来ないのだと実感させられる。
そんな時は決まって彼が愛したラズベリーパイを焼く。
嫌いになってしまったそれを一人自室で、紅茶で流し込みながら食べるのだ。そうしたら胸の中に残った引っかかりも取れて流れていってくれる気がするから。
「また焼いたのか」
「はい」
ラズベリーパイを焼いた日は決まってタイランさんの表情が曇る。服を着替えても匂いが残っているのだろうか。そう思ってシャワーを浴びてみてもやはり彼は簡単に見破ってしまった。
香りを誤魔化そうと他のお菓子を使ってもダメ。
深夜に焼いても、早朝に焼いても、必ず彼は私にこの問いかけを投げてくる。
「あげませんよ? あれは私のものですから。ラズベリーパイが食べたかったら、オリヴィエ様に頼んでください」
「悲しいだけのおやつなんていらない。こんなこと、いつまで続けるつもりだ」
「全てが流し終えるまで、ですかね」
終わりなんてない。
だから私はこの行為をずっと繰り返すのだろう。
「あいつはここにはいない。いない奴のことを思って作るより、俺のことを思って作ってほしい」
「何か食べたいものでもあるんですか?」
「甘芋の蒸しパン」
「タイランさん、本当に好きですよね。早速作るのでちょっと待っていてください」
「ダイリが、お前が初めて作ってくれたおやつだ。俺との思い出じゃジュードとの思い出をかき消すことは出来ないか?」
彼の言葉に、喉がきゅっと閉まる。
上書きをすればいい。それは私も何度と考えた。彼が私のために本を贈ってくれたあの日に芽生えていた感情を肯定してしまえば楽になれるのだと。
けれど止めた。彼との思い出までも汚れてしまうことを恐れたのだ。せっかく見つけた平穏な生活を失いたくない。苦しみたくない。これ以上、嫌いなものを増やしたくなんてない。
私にはもう前に進むだけの勇気がない。
勢いだけで行動出来た時間はもう他の人に捧げてしまったから。
声を紡ぐことも出来ずにフルフルと首を振る。
タイランさんはとても傷ついたような顔をした。傷つけたいわけじゃない。けれど傷つけているのは紛れもなく私である。ぽろぽろと涙をこぼしながら、かすれた声でごめんなさいと謝り続ける。
「俺が悪かった。忘れてくれ」
寂しそうに笑い、タイランさんはこの場を立ち去ろうとする。そんな彼のローブを無意識に掴んでいた。
「ダイリ?」
きっと彼なら今の出来事を記憶の底に埋めて、何もなかったように振る舞ってくれるのだろう。けれど私は知っている。なかったことになんて出来るはずがない。そこにあった気持ちが強ければ強いほど、記憶と胸に残り続ける。
ラズベリーパイを流し込むタイランさんを想像して、胸が苦しくなった。
嫌だ。笑っていてほしい。苦しまないでほしいと思うのは私も同じだ。
ならどうすればいいのか。
タイランさんは私のために踏み出してくれた。
関係が壊れてしまうことを恐れていたのはきっと彼も同じ。
私ばかりが怯えて、彼の気持ちも自分の気持ちも全部なかったことにして。それで送る生活は平穏だと言えるのだろうか。
「好き、です。でも進むのが怖い」
「なら進めるまで待っていてもいいか?」
「でもタイランさんの時間を奪いたくない」
でも。でも。
私の口から零れるのは言い訳ばかりだ。
きっと呆れられてしまう。怯えて震えていると、彼の手が私の頬を撫でた。
「奪われるなんて思わない。何かをしながら気長に待つさ」
そう言ってくれたタイランさんの表情は、彼の大好きな甘芋の蒸しパンのように、柔らかくて優しいものであった。
その言葉通り、彼は私を急かすようなことはしなかった。ラズベリーパイを焼いた日だけは少しだけ顔を顰めるけれど、代わりによく笑いかけてくれるようになった。
ゆっくりと時間が過ぎる平穏な日々で、私にとっての刺激は彼の笑みだった。
少しずつ喉元に溜まった苦みは薄らぎ、胸の中には甘さが募っていく。タイランさんはおやつが大好きだから、私が今よりももっと甘くなってしまっても受け入れてくれるだろう。そう思うと、ほんの少しずつだけど進むことが出来るのだ。
「タイランさん、私、新しい本が欲しいです」
「また見に行くか?」
「はい」
もう二度と踏むことはないと思った人間達の住む土地も、タイランさんと一緒なら怖くない。
兄妹と偽って歩いた道を恋人として歩きたい。
あの時みたいに露天商を躱して歩くことなんて出来なくなるけれど、並べられているアクセサリーよりもずっと綺麗なものを得ることが出来るから。
だから、伝えようと思うのだ。
転移陣に乗った足取りは自分でも驚くほどに軽かった。
きっとこの先もタイランさんと一緒ならどんなことでも突破できるような気がする。
「ふふっ」
「どうした? いいことでもあったのか?」
「それは」
あなたの隣を歩けることが幸せなんです。
そう囁けばタイランさんの顔は真っ赤に染まる。
彼の手に自らの手を絡ませ、もうラズベリーパイは焼かないと神に誓った。
5/10追記:手紙(https://ncode.syosetu.com/n0214gl/)というお話も勇者となった幼馴染みを待ち続けた女の子が主人公の恋愛短編なので、もしよろしければこちらも是非~