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紫乃の自白

 時計が夜8時を指して、辺りはもう真っ暗になっていた。

 俺は帰りの身支度をしている若槻さんを待ち、共に玄関まで来た。


「今日はありがとう。すげーきれいになった。」

「ううん、こちらこそ。…お仕事なのにいっぱい手伝ってもらっちゃったね。」


 一瞬申し訳なさそうに顔を曇らせたが、ぱっと笑顔になって。


「おかげで今日掃除する予定じゃなかったサンルームまで終わったよ~ふふっ。」

「若槻さん手際良いから。」

「蓮見くんのサポートがあってだよ。…ねぇ、今日はお夕飯作れなくてごめんね。次回から腕を振るうからねぇっ。」


 おどけて見せる若槻さんに、料理をするのは次回からと母さんから聞いていたので、俺もなんともないよという風に笑う。


「全然平気。…それより、か、帰り…送ろうか。暗いし危ないし……。」


 噛んでしまった。慣れていないのがバレバレである。


「…いいの?」


 若槻さんは期待を膨らませて、次の返事を待った。その顔は試験に合格して「ほんとに合格?」と聞き返すときの表情とよく似ている。


「うん。」


 ぱぁぁっと目を輝かせると嬉しそうに笑う。うっすら紅潮した頬がより若槻さんを魅力的に見せている。


 2人並んで夜道を歩く。昼間はこんな美少女が隣にいたため人の目を集めて大変だったが、夜になると人気も少ないこの周辺は静けさに包まれていた。こつん、こつん、と靴の音が聞こえるほどに。


「私の家、蓮見くんちから歩いて10分くらいなの。ふふ、実はかなり近いとこに住んでたんだよー。」

「え、そうなんだ!?知らなかったな。あの若槻さんがこんなそばにいたとは。じゃあ近くでバイト先を探してたってわけか。」


 あの学園のかぐや姫。容姿端麗で成績優秀、おまけに性格まで良い純粋無垢なお姫様。そんな女の子と最寄り駅が一緒で家も結構近い、なんてファンからすれば喉から手が出るくらい羨ましい状況だろう。


 俺はこうして実際に関わってみるまですごいなあ、可愛い子だなあ、くらいにしか思っていなかったが、そして初めて話してからまだ間もないが、今ならわかる。若槻さんは噂に聞く以上に素敵な女の子だと。何より本当に性格がいい。細やかな気配りまでできる、思いやり深い女の子なんだろう。


「…近いからっていうのもある、けど……。…あのね、私蓮見くんが思っているようないい子じゃないよ?純粋でも何でもないもの。」


 俺の考えていることをすべて見透かしているような、そんな瞳が俺をとらえる。そして、少し気まずそうに眼を逸らして。


「…私ね、近くで勉強とか家のことと両立できるアルバイトないかなって探してて。…ほんとに偶然、通りかかって蓮見くんちの家政婦募集の張り紙を見たの。家事は私の少ない特技だから、こういうのいいなぁ、くらいに見ていて。そしたら、表札の苗字が蓮見くんって!…もしかしたら、クラスの蓮見くんかもしれない。そう思ってすぐ応募したの。」


 若槻さんはそこで一呼吸おいて、長いまつげで紫水晶の瞳を隠すようにして目を伏せた。大切な宝石をそっと隠すような、そんな伏せ方で。


「蓮見くんのお母さんと面接した時、恵斗えとくんっていう息子さんがいるのを聞いて確信したの。…私、蓮見くんとずっとお話してみたかったんだ。入学式の時から、ずっと。…でも、学校では…タイミングをつかめなかったし、勇気が出なくて」


 なぜ、ずっと俺と話してみたかったのか。それも、入学式の時から。俺と若槻さんは入学式の時はもちろん、つい先日まで話したことすらなかったのだ。接点も何もなかったのに。俺は話の流れが上手くつかめず、ただ狼狽うろたえ、困惑していた。


 若槻さんはそんな俺にかまわず、ゆっくりと話を続けた。


「だから、嬉しかった。蓮見くんちの家政婦さんができることになって。……あの時、偶然、なんて嘘をついてごめんなさい。同じクラスの人が蓮見くんと関わりを持ちたくて応募したなんて、知ったら嫌がるかなって思ったら…怖くて言えなかったの…。今更だけど、…そういうよこしまな気持ちで応募してごめんなさい。」


 ぴた、と足を止めるとうつむいてしまった。しゅん、とした雰囲気が伝わってくる。黙っているのが耐えられなくなって懺悔ざんげした。そういう風だった。


 先程まで俺は、なぜ若槻さんは俺と話してみたかったのか、突然の打ち明け話に困惑していたが、今は不思議なほど落ち着いていた。


 なぜなのかなんておいそれとは聞けないし、おそらく心優しい若槻さんのことだ。クラスで浮いている俺を気にかけていたんじゃないだろうか。これは勝手な憶測なのだが。


俺は、どんな経緯であれ今俺ん家の家政婦として若槻さんが来て、マドレーヌが美味しかった。一緒に掃除をして楽しかった。家がすごくきれいになった。それだけで、十分だった。


「若槻さん、顔を上げてよ。俺、全然気にしてない。」

「…でも……。」

「…俺さ、若槻さんと掃除して楽しかったよ。ああゆう風にやれば、要領良く掃除できるんだな。…前の家政婦さんには甘えっぱなしで、任せっぱなしだったから知らなかった。……若槻さんが来てくれなきゃ知らなかった。」


 若槻さんは顔を上げた。申し訳なさそうな、痛々しい顔のままで。


「若槻さんが来てくれてよかったよ。じゃないと俺、掃除の大変さすら知らない奴のままだったからな。親孝行と自立のために、今から家事やってる若槻さんを見習わなくちゃなって思えた。…だから、これからも家政婦続けてくれるとありがたい。もちろん、俺もやる。」


 そう言って、ニカッと笑って見せる。何もかも、俺の本心だった。

 若槻さんは、痛々しげな瞳のまま、笑顔になった。


「…っ…。ありがとう、蓮見くん…。」


少し湿り気を帯びた、潤んだ声色。そして安堵からか、すん、と鼻を鳴らすと、もう一度よれた声で


「ありがとう。」


と言った。

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