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無自覚VS無自覚

「あっ。」


 リビングに戻ろうと2階から階段で降りている途中、階段の踊り場で若槻さんが可愛らしい声を上げる。


(…改めて、きれいな声だよなあ。)


 静かで透明な泉のように透き通っていて、尚且つあどけなさというか、愛くるしさも含んだ癒しの美声。

「あ」の一文字だけでハッとするような響きを持っているのである。


「ここの窓、拭き忘れちゃってた。」


 そう言ってエプロンのポケットから布巾を取り出し、窓拭きを始める。

 俺んの階段の踊り場は、ゆったりとした広めの設計になっているため、2人佇んでいても余裕がある。踊り場にある窓は少し高めの位置に細長くついているため、若槻さんは少しやりづらそうに背伸びをしていた。


「……ん、んぅ。んーっ。」


 一生懸命背伸びをして、体がぷるぷるしている。小動物みたいで大変キュートだ、うん。

 微笑ましいのでうっかり見守っていたが、若槻さんより背が高い男の俺が手伝わなくてはならないと気付く。


「俺、やるよ。窓の位置高いし。」


 手を差し出して布巾をもらおうとするが、若槻さんは振り向いて微笑むばかりである。


「ううん、大丈夫だよ。……何から何まで手伝ってもらっちゃ悪いもの。…ありがとうね。」


(…かぐや姫の顔だったな。)


 学校で皆によく見せる顔。おしとやかで上品な、静けさすら感じさせる微笑み。それでいて、苦など微塵も感じさせずに、なんでも完璧にこなす時の微笑み。誰の助けも必要ないのだという、さらりとした拒絶の_______そういう、微笑みだった。


 先程の押し問答で分かったが、若槻さんは申し訳なさが先に立つと手伝おうとしても頑なに断るだろう。なぜ若槻さんがあそこまで頑ななのか、その牢固ろうこたる信念を持った所以ゆえんは知らないが、ひとまず俺はそっと見守ることにした。


「それにほらっ。ジャンプすれば届くよー!」


 長いポニーテールを揺らしてぴょんぴょん跳ねている。

 その度に香る、柔らかく、みずみずしいフローラルのような匂い。おそらくシャンプーの香りだろう。


(だーくそ!ぴょんぴょんしてて無邪気だし、シャンプーの女の子特有のいい匂いがするし!)


 高鳴る鼓動を抑えるのにこっちも必死である。

 何とか意識をそらそうと目を背ける。跳ねるたびにはためくセーラー服の襟が視界に映って。


 とたん。若槻さんが飛び跳ね、スカートがひらりとめくれた。瞬間、露になる白い太ももと白いレースのショーツ。ショーツの生地がぴったりと乙女の柔肌やわはだに軽く食い込み、尻や太ももの煽情的せんじょうてきな曲線を描いている。


(…きわどい。俺、今日こんな美少女のパンチラ2回も見られるとか、前世で徳積みまくった?)


 そんなことを疑問を持たずに考えてしまうほどには動揺していた。

 見てしまったのはほんの一瞬だったが、脳裏に焼き付いてしまい離れない。何ならデザインを思い出せるまである。


(それにしても女の子の下着って何であんなデザインが緻密ちみつなんだろうな。男物とは全然違うぜ。)


 ふんわり漂ういい匂いやら、白く光る太ももやら、下着やらで色々とキャパオーバーしそうになっていると、ぴょこ、と若槻さんがまた跳ねた。

 幸か不幸か今度は見えなかったものの、その一跳ねで崩れかけていた理性が形を取り戻す。


「わ、若槻さん!!俺、代わる!」


 若槻さんはその声に少し驚いたように振り返る。俺は理性と正気を取り戻し、否が応でも窓拭きを代わると固く決意していた。

 そして、


「だいじょ」


 と口を開きかけた時にはもう、反射的に片方の手で若槻さんが持っている布巾を握り、片方の手で窓に手をドンと突いて迫っていた。

 いわゆる壁ドンという状況が出来上がったが、これに気付いているのは若槻さんだけである。


 若槻さんは透き通るような眼を大きく開き、開きかけた小さな口はそのままに、声を出せずにいた。

 身長170センチ程度の俺より15センチ位背の低い若槻さんは、熟れたりんごのように頬を染め、上目遣いで見つめてくる。僅かに揺れる瞳には羞恥や困惑が入り混じっていて。


 しかし俺は先程までの理性が崩壊しそうな状況を変えるべく、自身も負けないくらい赤面して言った。


「俺がっ、やるからっ…!」


 若槻さんはぱちり、と一度大きく瞬きをして


「ひゃっ…ひゃい……!」


 上ずった声でそう答えると、縮こまりながら布巾を離し、場所を代わってくれたのだった。

 邪念を追い払うように強くゴッシゴッシと窓を磨く俺は、自分が無意識に壁ドンをしていたことにも、後ろで若槻さんが何かごにょごにょと呟いたことにも気が付かない。


「はっ…はしゅみ君て、意外と大胆……!ひゃあぁ……!すごーく近かった…。優しいそよ風みたいな、湖畔の森みたいないい香りがしたよぉ……!ううう。」


 この場で一番動揺していたのは、若槻さんなのであった。

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