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紫乃のマドレーヌ

「ここがリビングで、あっちが浴室。こっちがキッチンで―――――」


 すいすいと部屋を案内していき、一階から二階へと上がる。


「わぁ、綺麗……!私こんなに広いバルコニー初めて見た!」

「そ、そう?そこにサンダルあるから、出て良いよ。」

「ありがとう」


 若槻さんは控えめに微笑んだ。あぁ、みんなが清楚な美少女といって最初に思いつく人ナンバーワンと噂するわけだ。


(あ!ここ、パラソルにテーブルに椅子もあって、お茶するのにぴったりなのでは?いやでも、室内の方がいいかな。)


「あー。その、お茶出すよ。バルコニーにする?あ、でも若干外むわっとするしリビングの方が良いかな……。」


 喋り方が尻すぼみになってしまった。なよなよしている人と思われているだろう。


(情けねぇ……。)


「えっ、私が選んでいいの?それじゃあ、バルコニーが良いっ!あ!もちろん、蓮見くんが良ければだけど……。」


 ぱぁぁっと分かりやすく瞳が輝いたかと思えば、ほんのり心配そうな顔つきになる。

 それにしてもお互い気を使いすぎて会話がぎこちない。人見知り同士で、初めて会話したの今日だもんな。


「お、俺は全然。外結構涼しいし。」


 動揺しっぱなしの俺は前言と反対のことを口走ってしまう。


「ふ、ふふっ。蓮見くん、さっきと言ってること違う……!ありがとう、きづかってくれて。」


 鈴を転がすような声で笑っている。

 俺はくすくす笑う若槻さんに背を向け、お茶を取りに行くことにする。


「あっ、待って!」


 と、背中のシャツが引っ張られている感じがする。


「こ……れ。手土産なの。つ、つまらないものですが。」


 シャツをつまむ手をゆっくりと離し、両手で白い紙袋を差し出される。


「あ、ああ。ありがとう。」


 伏目がちに小さく、うん、と返されたが、白い頬がほんのり赤くなっている。


(自分からシャツつまんだのに……)


 なんだかこっちまで恥ずかしくなってくるでねぇか。


(に、逃げよう。)






「お待たせ……しました。」


 椅子に腰かけ長い髪を風にたなびかせている若槻さんの前に、二人分の紅茶ともらったマドレーヌを並べる。


「わ、ありがとう!一緒に食べよっ、蓮見くん。」

「そうだね。いただきます。」

「いただきます。」


 両手でマドレーヌを持ってもぐもぐしている小動物みたいな若槻さんは置いといて、


「うう、うまい!」


 ぷっくりと真ん中が膨らんでいて、きれいなきつね色をしたマドレーヌは、しっとりとしていて上品な味わいだった。ふんわりとバターが香り、鼻を抜ける。懐かしく、優しい甘さである。

 食べることが一番の趣味と言っても過言ではない俺は、つい興奮してしまう。


「これ、すげぇうまいね!紙袋にお店の名前書いてなかったから気になってたんだけど、どこで買ったの?」


 若槻さんの頬が緩み、ちょっとあどけない笑顔になる。


「えへへ……実は私が作ったんだぁ。」

「え!?まじ!?すげ……。料理得意なんだね。」


 何とか平静を装いつつも、俺は内心固まっていた。

 え?だってやばくない?

 俺今学園二大美女の手作りマドレーヌ食べてるとか……。罰が当たらないだろうか。


「ありがとう。これからお料理沢山することになると思うし……お口に合わせられるように頑張るね。」

「いや、すでにばっちりだよ」

「……ほんと?」

「ほんと」


 ふわぁ、と安堵した空気が伝わってくる。


「よかったぁ。」




 いつの間にやらいくつもあったマドレーヌも無くなり(主に俺が食い尽くしたのだが)夕方になった。


「私、そろそろおいとまするね。今日はありがとう。」

「こちらこそ。」


 なんて、和やかに食事会(?)も終わろうとしていた。


(……ん?待てよ?よく考えてみたら、よく考えてみなくても、これからは若槻さんが週に三回、俺の家に家事しに来てくれるってことは……。学校二大美女が超うまい手料理を週三回も振る舞ってくれる……!?は!無理無理無理!!俺みたいな弱キャラが手に負える事態じゃないんだが!!)


 飲み込みの遅い俺は未だにこの事実に現実味を持てていなかった。


(え、しかもこれ学校でばれたらやばいよな。若槻ファンの人たちに殺される……!社会的な死が待っているだとおお!?)


 若槻さんがそっと椅子から立ち上がった。んんっ、と小さく咳払いをするとアメジストのような瞳で俺を見据える。


「えぇと、蓮見くん。改めまして……若槻紫乃です。これから蓮見くんちの家政婦さんとして一生懸命頑張るから……どうぞよろしくね。」


 そうして、まるでたんぽぽの綿毛が飛ぶように顔をほころばせた。


 そう、これはクラスの清楚な黒髪美少女が俺ん家のメイド、もとい家政婦になった話である。


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