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若槻紫乃という少女

「えっ……蓮見はすみくん?」



 俺の目の前には、学園二大美少女と呼ばれるうちの一人、黒髪の乙女がたたずんでいた。

 腰まで届く絹糸のように艶のある黒髪。顔に影を落とすほど長いまつげ。陶器のような白い肌。桜貝のような色をした唇。小作りな顔立ち。まごうことなき美少女である。


 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花ってこういうことをいうんだなぁ……。

 って違ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーう!!

 どうしてこうなった!?



 話は今朝にさかのぼる。


 俺は寝ぐせでぼさぼさの頭を手櫛で整えながら、リビングに降りてきた。


「おはよー恵斗えと。そうそう、この間家政婦の佐藤さん、今度赤ちゃん産むからってやめちゃったでしょ?早速新しい人、雇ったから。」


 母さんは陽気に目玉焼きを作りながら言った。


 突然だが説明しよう。

 俺の家は、比較的裕福である。

 両親共働きで忙しいため、家政婦を雇っている。週に三回程度家に来てもらい、掃除や洗濯から料理まで家事全般を頼んでいるのだ。


「それで、新しい家政婦さん、今日ご挨拶にいらっしゃるから。いつも通りお母さんとお父さんは仕事だし、恵斗、挨拶と家の案内任せていいかしら?」


 母さんの”任せていいかしら?”は可か不可かを問うものではなく、イコールよろしくねになることを知っている俺は、食パンをかじりながら頷く。


「了解。細かい家事の説明はもう済んでるんだよね?」

「えぇ、本格的に家事をしてもらうのは明日からよ。恵斗、案内だけじゃなくってお茶くらい出しなさいねー?」

「分かってるよ。」


 人と打ち解けるまでに時間はかかるものの、さすがにそこまで不愛想な男ではない……と思う。多分。


 あのぽっちゃりしていて優しい佐藤さん良かったなぁ……。今度の人はどんな感じなんだろう、などとまだ覚醒しきっていない頭で考えていると、


「よしっと。お母さん、もう仕事行くわね。」


 いつの間にやらエプロンをはずし、手には通勤バッグを持っている。

 ショートカットの髪がビシッと決めたスーツと相まって、いかにも仕事ができそうなキャリアウーマンである。

 まぁ事実なのだが。


「あぁそれと。新しい家政婦さん、恵斗と同い年の女の子よ。」


 思わず牛乳を吹き出しそうになって咳き込む。

 眠気は完全にどこかへ飛んでしまった。


「げほっげほっ。え、待って聞いてないんだが!!同い年の女子!?」


 母さんがニマニマといたずらっ子のような顔をする。


「そうよ~。アルバイトの募集かけてたら応募してくれたの。あんまり可愛いからお母さん一目惚れしちゃって!気が付いたら雇ってたわ。」


「かわ……?!」


 思わず反応してしまう。

 男のサガである。


「もう、とびきりがつくほど可愛いんだから!……あらいけない。もうこんな時間。」


 シルバーの腕時計をちらりと見やると、玄関まですたこらとかけてゆく。


「ちょ……!待って!俺がっ、対応するの?!」


 同い年の女子とまともに話すのがいつぶりか分かりかねる俺にとって、挨拶、家の案内、一緒にお茶、をこなせというのは鬼畜の所業である。


「それじゃあ恵斗。後は頼んだわよ~!」


 高らかな声が玄関で響き、ぱたんとドアの閉まる音がした。



 回想終わり。……なるほど。

 新しく雇った家政婦が女の子。しかもとびきり可愛い。ここまでは理解できる。うん。


 そして今俺の家の玄関にいるのはその通りの美少女である。

 ただ、非常に重大な事柄が一つ抜け落ちている。


 それは、今目の前にいる女の子______若槻紫乃わかつきしの______は俺のクラスメイトであるということだ。



 神奈川県立藤見が丘学園高等学校。

 一年A組若槻紫乃。


 清楚でおしとやかな大和撫子。特待生として入学していて、学力学年一を誇る才女。

 人見知りだが愛される性格のため、いつも多くの友達に囲まれている。友達に向ける笑顔が可憐で朗らかで、魅了される男子が後を絶たない。


 容姿端麗で秀才であるにもかかわらず、謙虚でそれを全く鼻にかけていない。スポーツがあまり得意ではないというのが唯一の欠点であるが、それすらも愛嬌として魅力的に映るのだから美少女というものははなはだ恐ろしい。


(嘘だろ……。まさかクラスメイトの、ましてや学園二大美女のうちの一人が家政婦になるなんて誰が想像できるんだ。だ、だって家政婦だよ?つまりその、メイドさんだよ?)


「あの」


 視界の端で、彼女が耳の上に結んだ白いリボンが揺れる。

 そういえば、いつも片耳の上だけ髪を編み込んで、髪飾りを付けていたっけ。


「蓮見恵斗くん……だよね?私、蓮見さんのお家で家政婦さんとして働かせてもらうことになっていて……このこと聞いてた?」


 ほんのり不安げに、やや上目遣いで聞いてくる。

 若槻さんも、まさかクラスで若干浮き気味の蓮見の家で家政婦をすることになるなんて、きっと困惑しているのだろう。


(蓮見って名字わりと珍しいと思うけど……まぁまさかクラスの蓮見だなんて普通思わないかぁ。きっと知らずに応募したんだろうな。)


 謎の申し訳なさを感じつつ、正直に答える。


「……初耳だよ。偶然、だね」

「よかったぁ!初めてのアルバイトだから知らないお家で働くの、緊張してたんだぁ。えへへ、すごい偶然だねっ。」


 まるで蕾がほころぶような笑顔を向けた。

 不意打ちである。思わず心臓が跳ね上がってしまった。


(落ち着け俺……。笑顔を見ただけでドキドキしちまうなんて一体どこぞのチョロインよ。ここ数年まともに女子と会話をしていないガタがきている。ううう。にしても美少女の笑顔って破壊力ぱねえええ!)


「そ、そうだね。俺も驚いた。」


 我ながら気のない返事である。

 でっでも仕方ないでしょ!動揺しちゃってるんだから!


 ふと、若槻さんが小さな手に持っている紙袋を見て思い出した。

 挨拶、家の案内、一緒にお茶をこなさなければならないことを。正直こんな美少女相手にできる自信はないが、やらなければ母さんに殺される。よし、頑張れ蓮見恵斗!


「と、とりあえず家上がる?案内とか、したいし。」

「いいの?」

「うん。……どうぞ。」


 来客用スリッパを出し、若槻さんの前に置く。


「えぇと……お邪魔します。」


 こうして俺は、学園二大美女の一人、若槻紫乃を自宅へと招待することになったのである。




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