後編 放っておけるか!
今回は後編です。
まあ、結構重くなりますけどお付き合い願えると幸いです。
私たちがバレー部を引退した時に状況が一変した。
瑠李が家庭環境のことだったり、容姿のことだったり、でイジメられるようになってしまった。
シャイで不器用な奴だけど、根っこはめちゃくちゃ熱くて優しい奴だからこそ、私には原因が分からなかった。
勿論見て見ぬふりをしていたわけじゃないし、私が瑠李だけじゃない、周囲と仲良くしていたのは事実だったから余計辛くなった。
でも私は決めたんだ。
「瑠李は私が守る」って。
だから私は間に立った。
瑠李とクラスを繋ぐ、「パイプの役割」になって。
でもそれとは裏腹に、瑠李から笑顔も消えていったし、口数も減っていった。
瑠李は休み時間、人混みを避けるようになった。
クラスの輪から離れて、1人で図書室に行くようになった。
今思えば、人気者の私に対して、瑠李は私に依存している「悪い蟲」に見えていたんだと思う。
それでも一緒に帰ったりしていたし、なんだかんだ言って、瑠李の話をしてクラスから笑いを誘ったり……とはしていたんだけど、それは本人の気持ちを無視していたものだって気づいたのは……高3になってからだった。
だからあの事件が起きたんだと思う。
私と瑠李の間に亀裂が走る、あの事件が。
ある日のホームルーム終わり、1人で帰ろうとする瑠李に私は「一緒に帰ろう」と声を掛けたのだが、こちらを見ないし、声も発さない。
やっぱり、繊細な瑠李のことだし、クラスのことを気にしているんだろうか……そう思って、私は瑠李に声を掛けた。
肩を叩きながら。
「瑠李ー、クラスのこと、気にすんなって! なあ? 私がいるから大丈夫だって!」
しかし、次の瞬間だった。
一瞬、こっちを向いたかと思えば、今まで私に見せたことのないような殺気立った目を私に向けて、私を思い切り突き飛ばしたのだ。
怖かった。
あの優しい瑠李を、あの目にさせるまで、私にここまでさせるまで瑠李を追い詰めていたのか、ウチのクラスは……あの時はそう思っていたし、もう、ウチのクラスに対しての愛情はその時点で消失した。
瑠李はというと、何も言わないまま走って階段を降りていったのだった。
でも今なら分かる。
瑠李の気持ちを分かっていなかったのは……「私の方」だったんだってことに。
後から聞いた話だと、瑠李はあの後公園で泣いてたって言ってたから……よほど堪えたんだと思う。
その次の日から、瑠李は学校に来なくなった。
文化祭まで、一時的に不登校になってしまっていた。
まあ、歌が抜群に上手かった瑠李を欠いた状態で合唱コンクールに望んだ結果、大敗を喫するんだけども。
丁度弟の豪介が産まれてきたタイミングだったし、私の身辺も忙しかったけど、心配だったのはやっぱり瑠李だった。
で……まあ、文化祭が今丁度やっていたタイミングでゲームセンターに行ったら瑠李が不良複数人に絡まれているところを目撃し、首根っこ掴んで逃げ出したこともあったし、何より心配だったのは、心の穴を埋めるために悪い方向に行ってしまうんじゃないか……いや、あの家庭環境で育ったんだ、絶対そっちの方に行く、私は瑠李に対してそう思っていた。
私はその後、JOCの最終選考で落ちたりしながらも、私学の推薦までは漕ぎ着けられたし、佳代さんのいる横浜信愛女学院高校に行こうとしていたのだが、やっぱり、瑠李の進路次第じゃないとどうしようもない。
だって、守るって決めたし、第一あのまま瑠李を1人にしていたら絶対に非行に走るって思ってたから。
誰が何と言おうと、どんなに手を焼いてても友達なのには変わりないから。
……本人は鬱陶しいと思っていたみたいだけど。
まあ、私や後輩の韋蕪樹が相模原東中では1番目立ってたし、瑠李に推薦が来るわけないよなー、なんて思いながら瑠李に進路を聞いてみた。
提出期限までは、まだ先だから。
昼休みに図書室に立ち寄り、本を読んでいる瑠李に進路を聞いてみた。
「瑠李ー? 進路決めた?」
瑠李は無愛想に答える。
「……何処だっていいでしょ、春希……第一私はアンタと違って推薦貰ってないし……」
あれからどこか私のことを避け気味だった瑠李だったが、話してくれる、ってことはまだ信頼は得られている方か……私はそう考えながら話を続ける。
「別に推薦なんてどうでもいいよ、私は。いいから教えてよ瑠李。」
瑠李は小さくため息を吐いた。
そして、ボソッと、呟く。
「……小田原南……」
「……え? わ、小田原南……? な、なんでそんな遠い所……?」
「………だって……みんな、行かなさそうじゃない……? もうクラスの皆と関わらないで済むって考えたら遠出の方がいいかなー、って。」
やっぱり人を避けるようになってしまっている。
このままじゃダメだ。
一応バレー部はあるにしろ、ほぼ毎年ベスト16止まりで、数年前に開催地枠で一回インターハイに出たくらいの実績しかない、そんな高校に行くってことは……もう、バレーをやらないんじゃないか……不安が私の胸を締め付けた。
瑠李がもし、今の状態で私の手を離れて良からぬことをしてしまったらそれこそ私の責任だ……そう思い、瑠李にこう言った。
「……じゃあ私も小田原南に行く。」
私がバレーの強豪校に行くのと、瑠李の「負の悪循環」を止めるのと、どっちが大事か、ってことを考えたら、絶対に後者の方がいいと思った。
例えそれが、自分のより良き未来を犠牲にするような選択だったとしても、私は絶対瑠李のことで後悔しないと決めたんだから。
「や……辞めてよ……なんでアンタまで一緒に行かなきゃいけないの……」
瑠李は恥ずかしそうに顔を背けた。
何の冗談だ、って思ったかもしれないけど、私は本気だった。
「……放っておけるか……」
私はそう、呟いた。
「………え……?」
瑠李もこっちを振り向く。
「放っておけるか! 今の瑠李を!! あのまま行ったら瑠李、アンタさ……絶対悪い方向に行くでしょうが!! 私が見守ってやる、だから一緒に行く!!」
幸いにも小田原南高校の偏差値は30後半くらいでも行けるレベルの学力の人間が集まる。(まあ、瑠李は勉強できるんだけど。)
私はぶっちゃけ勉強にはそこまで自信がないので、普通にやればいけるぐらいの学力なら行けると踏んでいたし、何より瑠李がそこに行きたいなら、瑠李を見守る義務が私にはある。
だって、友達だから。
私にとって、一番大事な友達なんだから。
だが、当の瑠李本人は冷淡だった。
「別にもう……私なんてどうでもいいからさ……春希は春希で誘われてる所いきなよ……」
顔には悲壮感が滲み出ている。
もう、空っぽな心になってしまったんだな、って。
だからこそ放って置けない。
もし瑠李が高校に入って、悪いことやって捕まったとしても、私以外のクラスの皆は笑うだろう。
嘲笑という意味で。
だけど私が一番悔しいし悲しい、それだったら。
だからもう、私に迷う要素は何処にもなかった。
瑠李のために、小田原南に行くって、この時決めた。
母さんも、瑠李のことを娘みたいに可愛がっていたから分かってくれるだろう。
もう迷わないし、ブレない。
私はそう、心に誓った。
高校に入っても同じクラスで、しかも席も前後同士、やっぱり「友情」という名の運命の糸は、私と瑠李を結んでいるんだな、ってその時は思った。
だが瑠李は、誰とも打ち解けることはなかったし、バレー部に入るものだと思っていたら最初は来なかったし……だから私が強引に引っ張り出してきて小田原南高校女子バレー部に入部させたのはある。
今の瑠李だったら何をするか分からないから。
でもバレー部に入ったら、瑠李は恐ろしいほどに真面目だった。
誰よりも遅く残るし、そんでもって、片付けもキッチリとやるし、モップ掛けも1人で黙々と、練習後の自主練後もしていたし。
でもって、不真面目な先輩と衝突したし、チームの方針を巡って3年生と大喧嘩したこともあった。
相変わらず1人でいることがあの時は多かったし、先輩が食事に誘っても絶対に瑠李だけは来なかった。
先輩たちは瑠李を嫌っていたし、瑠李も先輩を避けてた、でも私や莉子奈、瀬里も藍も、態度は鼻につく箇所はあっても決して嫌いじゃなかった。
だって、誰よりもバレーが好きで、誰よりも仲間想いだということをみんな知っているから。
夏岡先生が次期キャプテンは瑠李、っていう風に心に決めてたらしいんだけど、瑠李が直訴して辞退した、って話だし、まあ瑠李がなったら反感は必至だろうな、とは思っていたので、私たちの代のキャプテンは莉子奈で良かったとは思ってる。
でまあ、今の一年生の、「倉石麗奈」のお陰で瑠李とヨリを戻せたし、瑠李もまた昔のように笑顔も増えてきたし、チームに溶け込むようにもなった。
相変わらず瑠李は硬派な奴だけど、それでも一皮剥けたな、っていうのは1番側で見てきてて思うし、今の瑠李の状況を知ったら当時のクラスのみんなは笑うだろうか。
いや、多分もう、笑わないだろう。
だって今……チームのために喜んで、チームのためにバカやって、チームのために泣いて……っていう瑠李を、幸せそうな瑠李を見ているだけで、私も幸せなんだから。
まあちょっと……後編部分は高校の現在も少し入れましたけど、僕はこうも思うんです。
いじめられてきた子は、今が幸せならそれでいいんじゃないかな、と。
無理に変わろうとする必要はないですけど、それでも楽しめる何かが、幸せになれる何かがあれば、僕はそれでいいと思います。
なんでまあ、2日に渡って前編後編を「過去編」として投稿しましたけど、僕のこの話の中で少しでも救われる人が出てくれたら幸いです。
御清読、ありがとうございました。
「無表情の天才セッター」本編もよろしくお願いします。