中編
【登場人物】
セラ:本作の主人公。ガラスの靴が履けてしまったせいでチャーミー王子の婚約者として城まで連れてこられる。
チャーミー王子:王国の王子。ガラスの靴の合う女性を探している。
ジャック:チャーミー王子の召使い。小さな頃から世話をしており、王子の事を心配している。
メジャー:セラの幼なじみで恋人。結婚の約束もしている。
分かりましたとは言ったものの、どうしようか。いきなりプライベートな話をするのも難しいだろう。
ジャックさんに案内されたチャーミー王子の部屋の扉は、他の部屋とは比べものならないくらい豪華な扉だった。
扉からここまで違うのだから、きっと部屋の中もすごいに違いない。
ごくり、と生唾を飲む。ジャックさんが期待の目でこちらを見ている。
「あの、ここからは私が行きますのでその…」
「も、申し訳ございません。ここにいたら気が散りますよね。では私はここで失礼いたします。また後ほど、お話をお聞かせください」
深々と頭を下げるとジャックさんはその場を去った。もう一度深呼吸をすると、私はチャーミー王子の扉に手をかけた。
コンコン、と扉を叩いても返事がない。私はゆっくりと中を覗く。そこには窓際で外を見ているチャーミー王子がいた。
「…何をしにきた」
振り返らずに低い声でチャーミー王子は言った。先ほどとは違う雰囲気に思わず背筋が伸びる。
「セラです。婚約をするのあれば、少しは言葉を交わすべきだと思い来ました」
自分で言いながら何を言っているんだと突っ込んだ。婚約?チャーミー王子と?そんな気、全くないくせに。
「そこに座れ、今紅茶を入れよう」
「ありがとうございます、お気遣いなく」
指を刺された椅子に私は座った。この椅子もフワフワで沈みそうなほどだ。
チャーミー王子の部屋は予想よりもシンプルだった。ベッドが一つ、テーブルにイスが二つ。何か書き物をする時用のデスクがあるだけだった。
「なぜここにイスが二つあるか分かるか?」
私の向かい側に座ったチャーミー王子は言った。
「…婚約者とゆっくり二人きりで話をしたいからだ」
先ほどのジャックさんの言葉を思い出す。
チャーミー王子は5年間、婚約者探しをしていた…
「でも君も驚いただろう?びっくりさせてすまなかった。まさかこんな早く…」
ここで王子は口をつぐむ。風の噂で聞いていた、前の婚約者候補がほんの数日前に城を抜け出し、行方不明になったと。
「いやそんな話はどうでもいい。君の話を聞かせて欲しい」
「私の話、ですか?」
「言葉を交わすべきと言ったのは君の方だろう。僕は君にとても興味がある」
グッと乗り出しながらチャーミー王子は言った。
それもそうだったと思い、私はゆっくり自分の身の上話を始めた。もちろん、メジャーなことは一切触れずに。
いつしか王子は私の話を聞いて笑うようになった。そこにはチャーミー王子ではなく、ただ一人の男の子として笑う姿があった。
「それで私びっくりしちゃって。アップルパイって甘いでしょう?なのにものすごくしょっぱいの。お母様に確認したら塩を入れ替えるときに砂糖の瓶に入れてしまって、それで…」
そこまで話した時に、ゴーンと鐘の音が鳴った。18時の合図だ。
「もうこんな時間か、いろんな話が出来て楽しかったよセラ」
「私もとても楽しかったです。それで…あの…」
私は申し訳なさそうにポケットからメモを出した。
「これはなんだ?」
「メモです。お母様に夕食の買い物を頼まれていて、その途中だったんです。きっとお母様、今頃心配しているはず…」
「……分かった」
チャーミー王子は何かを決心したような顔をした。
「帰っていいよセラ。でも必ず、必ず明日も来るって約束してくれる?」
「ほ、本当ですか!?」
ここからが正念場だと思っていた私は拍子抜けしてしまう。こんな簡単に帰してもらえるとは思わなかった。
「もちろん約束します。絶対にまた来ます」
「ああ」
そう言いつつ、チャーミー王子は少し寂しそうな表情をした。そんな彼の手を取って私は小指を絡ませた。
「…?何をするつもりだ?」
「ゆびきりげんまんって知りませんか?約束事をする時にこうやってするんです」
ポカンとするチャーミー王子をよそに私はゆびきりげんまんをする。
「ゆびきった、はい!これで約束しました。また明日、来ますね」
「なんか変な感じだ…明日、待ってるから」
王子は少し顔を赤らめながら言った。こういうのは初めてだったのかな。
「ああ外まで見送りに…」
「大丈夫です。チャーミー王子が外に出るとまた騒ぎになっちゃいますから」
「そうか…」
「ではまた」
そう告げ、私はチャーミー王子の部屋を後にした。すぐ横にジャックさんがいた。
「セラ様、どうでしたか?チャーミー王子は…」
「ゆっくりいろんな話が出来ました。さすがに過去のことまでは話してくれませんでしたけど…でも楽しかったです。明日また来ますね」
「……本当にありがとうございました」
笑っていたと聞いて驚いた後、ジャックさんはまた深々と頭を下げた。本当にこの人にとって、チャーミー王子は大事な人なんだな…
実際、私も王子と話が出来てとても楽しかった。約束を破るつもりはない。
とりあえず買い物だけ済ませて早く家に帰らなきゃ。私はバタバタと城を後にした。
「あらセラ、こんな時間から出かけるの?」
「うん、すぐ戻るから」
翌日私はそれだけ言い、家を出た。あれから無事家に着いた私は、また城へ向かった。メジャーはまだこちらへ来ていなかった。
それよりも私は今、チャーミー王子と話がしたいその気持ちでいっぱいだった。
「おはようございます、セラ様」
「ジャ、ジャックさん!?」
家から数十メートルのところで、ジャックさんがいた。馬車も用意してある。
「チャーミー王子の命令で、セラ様をお迎えにあがりました」
「もしかして私を待っていたんですか…?」
「ええ、今日も来られるとおっしゃっていましたので。では早くお乗りください。王子がお待ちしております」
そのまま私は馬車に乗る。なんか変な感じだ…本当にお姫様になったみたいじゃないか。
でもなんだろう、待っていたジャックさんの表情が少し曇っていたような…
「セラ!!待っていた!!」
城の扉を開けるとすぐにチャーミー王子はいた。満面の笑みで私を迎えてくれた。
「おはようございます、朝早くにすみません。昨日はよく眠れましたか?」
「そうだね…ある意味、眠れなかったというか」
少し視線を外し、恥ずかしそうに王子は言う。
「それより早く部屋に行こう。君に話したいことが山ほどあるんだ」
そのまま手を取られ、王子の部屋へ入る。机の上には紅茶が二つ並んでいた。
「あっ紅茶、そういえば私昨日いただいてないですよね」
「話に夢中になっていて忘れていたね。さっき入れ直したところだからぜひ飲んで」
「はい、ありがとうございます。いただきます」
カップを取り、そのまま口に運ぶ。なんだろう不思議な味だな…
「…君もそんな顔をするんだね」
「え?」
「いやなんでもないよ、こっちの話。それより見てくれ、昨日あの後…」
そこから私たちはまたたわいない話をした。恋愛感情はない、本当に友達としてとても楽しい時間だった。
そう、時間だったんだ…
「ん……ここは………?」
いつのまにか眠ってしまっていたらしい。変な体制で寝ていたのか身体が痺れている。起き上がろうとすると、カチャカチャッと鎖の音がする。
…………鎖?
私は慌てて辺りを見渡した。手首と足首が鎖に縛られており、そこ鎖はベッドにつながっている。立ち上がることもできない。
視界が少しずつ戻ってくる。ここは、チャーミー王子の部屋?ということは今私が横たわっているのは王子のベッド?
そこで一つ違和感に気づく。チャーミー王子はどこ?
もしかしてチャーミー王子も私と同じように…
「目、覚めた?」
扉の方から声が聞こえた。誰の声なのか咄嗟に判断が出来ない。
「戻ってきてくれて良かった。もし戻ってこなかったら君の命はなかった、ジャックは僕の命令には絶対に背かないから」
何の、話…?
「もう絶対に逃がさない。辛い思いはしたくないんだ、君だって僕といた方が幸せだろう?金だって、名声だって、なんだってある。願いだって叶えてみせよう」
声の主が近づいてくる。黒い、ローブを着ている。
そこでまた私の意識が薄くなっていく。目がゆっくりと閉じていく。
その人物は私の耳元で、ただ一言、こう言った。
「愛してるよ、セラ」