2-23 ②VS奴隷の町
道を塞ぐ町人たちにレイは剣一本で立ち向かっていく。
同時に切りかかる攻撃を防ぎ、よろめいた相手から一人ずつ
戦闘不能にさせていく。
「なんだ、こいつ。昼間はあんなに逃げ回ってたのに、
戦えるぞ?」
「当然!」
レイは意気揚々とあふれ出る活力をかんじさせるほどの
奮闘ぶりを見せている。
実際に、レイは活力が有り余っていた。
ノラと牢獄の中で打ち合わせてから今まで、
レイは体力の回復に努めていた。
ニースから貰った装備で戦力を上げ、
十分な食事と睡眠を取ってこの機に臨んだ。
それは牢獄を破壊するためだけでなく火事の規模を大きく見せるために
闇の炎魔法で演出させるためでもあったが、
それでも剣を振り増せるほどの体力が残っている。
「さっさと片づけさせてもらうわよ」
「そうはいきません」
最後の一人を叩き伏せようとしたところへ
横から蹴りが入ってくる。
無防備な横腹への攻撃を受け、
レイは地面を引きずって下がらされる。
「そうもいかないわよね」
薄い甲冑に身を包んだ町の守護騎士、カレンが
細剣を抜いてレイの前に立ちはだかる。
「ここは私に任せてください」
≪戦闘開始≫
レイの攻撃を転がっていた男たちは
起き上がってカレンを援護しようとするが
「手出し無用です。それより皆さんは
あちらの処理をお願いします。
これは私が見過ごした失敗。責任を取らせてください」
鋭い剣先を向けてカレンは止めた。
彼女に促されるまま、男たちは傷んだ場所を押さえて去っていき
レイとカレンの二人が残された。
「抵抗しなければ無傷で済みますよ」
「抵抗するに決まってるでしょうが」
二人は剣をぶつけあう。
互いに攻撃と防御を繰り返していくが、
リズムを掴む作業が終わると戦い方がガラリと変わった。
「クッ!?」
レイが攻撃する直後、腕に鋭い痛みが走る。
カレンの細剣がレイの腕をかすめる。
動脈まで達していないものの
吹き出る血しぶきがその痛みを物語っている。
レイが攻撃するたび、勢いが出る前の起点を狙ったカレンの突きが
手や腕を切って中断し、細剣の引きで別の個所に切り傷を残す。
最小限の力で攻撃と防御を両立したカレンの剣技が
小さいながらもレイを切り刻んでいく。
傷を負ったそばから魔王の体の力のおかげで塞がっていくが、
すでに失血死していてもおかしくないダメージ量だった。
飛び散った血はそのまま地面にしみこみ、
乾いた土を赤く濡らしている。
(くそ、くそ!)
思い通りに動けないもどかしさにレイは苛立つ。
「このままじゃジリ貧だわ」
間違いなくカレンは自分より強い。
本気の攻撃を何度も繰り出しても捌かれて不発に終わってしまう。
(だったら……)
レイは動きを止め、精神を研ぎ澄ませる。
刀身に闇魔法が集約され、レイを中心に風が渦巻く。
「行くぞ」
渾身の一振りをみまう。
その覚悟をカレンも見抜き、大一番の一合となる、はずだった。
「え?」
突然、レイは何かに足を取られ、よろめいた。
集中を途切れたせいで一撃につぎ込んだ闇魔法も霧散し、
耐性を崩したために防御も回避もできない無防備な状態に陥った。
しかし、そんな格好の的になってしまったがカレンも
その急な変化に戸惑って攻撃の手を乱した。
本人たちの気持ちを置いてけぼりにして
体だけが条件反射で動く。
カレンの細剣がレイの横腹に吸い込まれ、
内臓と肉を押しのけながら貫いた。
「ぐぁっ」
今までの比にならないほどの痛みがレイを襲う。
そして、カレンにとっても予想外の痛手を負うことになった。
「ぬ、抜けない」
傷を一瞬で塞ぐ回復能力が細剣を強く締め付け、
押しても引いてもびくともしなかった。
武器を取り返すことに躍起になるカレンを蹴り飛ばす。
放つはずだった力には及ばないがかなり強く蹴って、
カレンは向かいの家の扉を破って転がっていった。
こうして大一番の勝負はアクシデントによって
痛み分けの不完全燃焼な結果に終わった。
「こういうときはやっぱり……」
「レイ、無事だったか」
背後から心配する声をかける少年を
レイは一切の手加減をせずに殴った。
「無事に見える? これ、刺さってるんですけど!
あんたどっちの味方なの? 向こう? 向こうなのね?」
「待たれよ。少し落ち着け。話せば分かる」
癇癪に任せた報復の一発で少しだけ怒りを収めたレイに
ノラは慌てて語った。、
「レイ、自分から負けようとしていただろ」
「負けようって、そんなことないわよ。
私は勝つために全力の攻撃をしようとしてたんだし」
「だが、相手は自分より強いと分かっているのだろう?
ただの自爆ではないか」
「いやいや、だからそんな相手でも勝てるように特攻をかけたのであって――」
「今までは外したから次は当たる、という神頼みか。
その心意気は買おう。だが、運なのか相手の不注意なのかに逃げた選択が
効果的であるはずがない。
断言しよう。今の攻撃は絶対に当たらなかった。
割り切れ。無理なものは無理だ」
きっぱりとレイの覚悟を無駄と指摘した。
「ならばどうするか? 勝てない相手に勝つ方法は何か。
我はもう言ったはずだ」
「……」
レイは神妙な顔でうつむき、反論しなかった。
言いたいことはあるけれど、ノラの言葉にうなづけるところもあったからだ。
(だったらどうする)
自分でもあのカレンに勝つ方法は何か、ただ考えた。
「話は終わりました?」
「……とっくに終わってるわよ」
激痛に顔を歪ませながら、腹に刺さった細剣を抜いていく。
本来はそこから大量に出血して死ぬところを
高い回復能力がそこを防いだ。
手に一本ずつ剣を持ち、無手のカレンを迎える。
「二刀流ですか。確かに私は武器を取られてしまいましたが、
それで勝てるとでも?」
「やってみないと分からないでしょ」
「なら試してみましょうか」
カレンが弾丸のように駆け出す。
迎えるレイは奪った細剣を投げつけてけん制する。
雑な回転で飛んでくる刃を小手で防ぎ、自分の武器を取り返す。
次は自分の攻撃の番、出ばなをくじかれたレイに
お返しをしようとするが。
すでにレイは遠く離れた場所まで逃げていた。
「…………」
体制を整えるための逃避ではない。
剣を納め、無防備な背中を見せて全力で逃走している。
「待ちなさい!」
「待たない!」
戦って勝てない相手ならば、戦わなければいい。
それがノラから聞かされた戦法だ。
待ち伏せを気にしながら逃げるレイより、
目標めがけて追ってくるカレンの方が足が速い。
時間稼ぎにノラから持たされた煙幕を使い、
戦場をかき乱しながら逃走劇を繰り広げていく。
「はっ、はっ、はっ、はっ、うわっ」
今度は本当に道の段差に躓いて転んでしまった。
起き上がろうとしたが、背後にカレンの気配を感じて
壁にぶつかることも恐れず、飛び込んだ。
案の定、さっきまでいた場所に細剣が突き刺さるが、
カレンには避けられることも分かっていて
落ち着いた様子でレイを見下ろしている
「終わりです。どんな小細工をしたところで
力の差は歴全でしょう」
事実とともに剣を突き付けられるが
レイは不敵に笑った。
「あんたはさぁ、なんでこんなことしてんの?
初めて会ったとき、野盗を倒しに来たとか、
助けが必要な人の支えになる
みたいなこと言ってたけど。
あれは全部嘘だったわけ?」
恨み言を伝えているわけではない。
平然とそんなウソをつけてすごいなと
あざけりを込めた物言いだった。
しかし、カレンは恥じることなく言い返す。
「全て真実ですよ」
「なんだって?」
「私もこの町の奴隷なのですよ」
「!?」
取り乱す姿を期待したレイは予想外の返答に驚いた。
「私はかつて誰かのために戦う戦士でありたいと思っていました。
魔王がいなくなり、肩身が狭くなった冒険者で居続けたのは
その在り方が誇りであり、私の幸せだったから。
だからどんなに苦しくても戦っていた時期がありました。
ですが、この町で真の奴隷になってから、
ご主人様に出会ってから私は変わりました。
服従こそ最高の幸せだと気付いたのです」
「服従が幸せ?」
嬉々としてカレンは語り続けた。
「ええ、そうです。誰かのために尽くすこと、その究極こそ
服従であること。
あなたも社会もご主人様の意向を悪と思うでしょうが、
それは間違いです。
奴隷として売られた方たちもこう思うでしょう。
『自分は求められている』と。
何が喜ばれるかが明確で、何をしてもご主人様のためならやれるという自信が
どれほど生きやすいか。自分の主に出会う前の人なら全く想像できないでしょう。
それを私たちは導いているのです」
全く価値観の違う言葉にレイは混乱してしまう。
そんなレイをカレンは優しく諭す。
「あなたは私と似ています。
どのような関係か知りませんが、先ほどの少年にあなたは従っている。
このようなことをした報いは受けてもらいますが、
服従の喜びを知る同志として私はあなたを認めています。
私はあなたの味方です」
「私があんたと一緒?」
目を丸くするレイから剣を引き、手を差し伸べるカレン。
その表情は聖母のように暖かかった。
「いや、恥でしかないんですが」
その微笑みにひびが奔った。
「私があんたと似てる? 嘘だよね?
なんか幸せがどうのとか言ってるけどさ、
そのご主人様って奴に使われてるだけじゃない。
ご主人様のためなら何でもできるって言うけどさ、
世間にばれたらマズいとは思ってるんでしょ?
ご主人様が言ったからやりましたっていう言い訳に使ってるだけ……。
あぁ、そっか。分かった」
思ったことを言ううちにある結論が浮かび、レイは得心がいった。
「さっきはあんたのペースに呑まれたんじゃない。
あんたなら勝てそうだと思ったんだ。
どんなに実力があったってあんたは結局ご主人様に依存してる。
道具のように命令することであんたのつらさや弱さを
隠してくれるご主人様に縋り続けてるだけ。
可哀そ。本当に可哀そう。そういう相手にしか会えなかったんだから」
「私の、私たちの在り方を否定しないでください」
「少なくとも! あんたがここで戦っているのに、
ご主人様とやらはどこにいるの。全てあんたに任せてるんでしょ?
ただの引きこもりじゃない。それに多分、捕まっても全部あんたが
自主的にやったっていうつもりよ。ただの道具でしかないんだから。
ウチのは違う。あの|ノラ≪バカ≫はクズでザコだけど、
自分でやれることは全力で取り組んでるし、
どんな時でも私を一人にすることはしない。
絶対に私といる。あんたの依存とは違ってね。
確信したわ。だからあんたは私より弱い。
だから私はあんたに勝てる」
「それなら証明してみなさい!」
わずか一メートルの間合いを細剣が滑る。
一秒もたたず、剣先が体を突き刺すが
レイの心は全く動じていなかった。
(あんたは強いよ。でも勝てる。だって――)
聖母から鬼神に変貌するカレンの顔が横にぶれる。
(私だけで戦う必要はないんだから)
「やめないか!」
「うわっ」
視界の外から現れたダイアンがカレンを殴りつける。
予想外の攻撃を防ぐことは出来ず、
カレンは体力を大きく削られてしまう。
「ほう。間に合ったか」
「遅い。すごく下らない話を聞かされて、
大変だったんだから」
ダイアンに背負われたノラが顔を出す。
なぜこのタイミングでダイアンが現れたか、
それはノラが呼んできたからだ。
カレンから逃げる直前、
レイは二つ、頼んだ。
一つは煙球を分けてもらうこと。
もう一つはダイアン側の誰かを連れてくることだったが、
ダイアン本人を連れてくるのは想定外だった。
「お嬢ちゃん、大丈夫か。ケガとかは?」
「あ、どうも。大丈夫です」
「そっか。良かった良かった」
ダイアンはそのままカレンの両腕をつかみ、
動きを封じる。
ダイアンの力はカレンより強かったが、
もがいて細剣を振り回されてしまい、
制圧しきれていない。
ただし、まだレイの手が残っている。
実力で優っていても自分と同等の助っ人が現れたら、
どうすることもできない。
「卑怯者。2対1なんて騎士道精神の
欠片もありませんよ」
「町ぐるみで襲ってたあんたが言うか」
「おとなしく捕まりな」
「邪魔ですよ」
「だからって放すわけにはいかんだろ」
「いいえ。もういいわ。危ないからどいてて」
「え?」
「≪ダークフレア≫」
闇の炎で急加速する体がカレンに衝突し、
ダイアンの手を振り払って壁に叩きつけられる。
「かはっ!」
重い一撃にカレンは武器を落とし、
背後に回ったレイに羽交い絞めにされた。
「私もさ、ここにきてからずっと追い回されてたから最後は
スッキリして出て行きたいのよ。このまま捕まってもらったら
腹の虫がおさまらないのよ」
「おのれ。放しなさい!」
「じゃあ、振りほどけば? といってもここまで
ガッチリつかまれたら実力差なんてほぼ関係ない。
ただの我慢比べよ」
「何を我慢すると?
そんな細腕で締められたって
全然苦しくないです、よ?」
背後のレイに目を向けていて目の前の事象に気付かなかった。
それは先ほど建物を破壊した異音が、目の前にあった。
「言っておくけどまだ制御できてないから一切手加減しないから。
半端な私と一途なアンタ、どっちの覚悟が上かしらね」
「クッ、放せっ」
「そろそろだから舌嚙まないでよ? ≪ダーク・エア≫!」
町を破壊する空気の爆弾がさく裂し、
余波を受けた町中の乱闘が一瞬止まる。
そのほぼ中心地にいた二人は何軒もの家を破壊しながら吹き飛ばされる。
壁にぶつかるたび、全身を打ち付けられ意識が飛びそうになる。
(耐えなさい。ダメージは向こうの方が大きい!)
レイが先に壁にぶつかる分、自分に伝わるものは軽くなっている。
自分がつらいということはレイはもっと深刻であるということだ。
(私には信念がある。奴隷に落ちてもそれは変わらない。
私は正しい。正しいことをしてきた!
正しい……のか?)
他のために戦う女騎士は捕まえたときの旅人の顔が脳裏に写った。
彼らは喜んでいたのか。
奴隷に堕とし飼い主に引き合わせた後の彼らの笑顔は
本当に笑っていたのだろうか。
何かをつかみかけたとき、自分を縛るレイの腕が解けた。
最後の壁を突き破り、町の門まで転がっていた。
「力尽きましたか。私の、勝ちですね」
「いいや」
カレンのつぶやきを魔力の奔流が埋める。
「今のあんたなら勝てるわよね」
レイは気力が尽きて解けたのではなく、自分から外していた。
武器もなく、息も絶え絶えの弱り切った女騎士。
今なら渾身の一撃を当てられる
「卑怯なんて言わせないわよ。
全てはこのために用意した手だったんだから」
刀身に込められた闇の炎が一段と大きく輝きを増す。
卑怯などと言えるわけがない。
|レイ≪彼女≫には覚悟があった。
どんな逆境でも乗り越えるために、
知恵と力を振り絞っていた結果が今につながっている。
「私の負けですか」
悔しいのに、どこか満足したカレンのつぶやきは
レイには届かなかった。
「ダメ押しよ。≪ブレイズオブダークネス≫!」
この町の闇を覆う壁ごと闇の炎はカレンを焼き、
閉鎖された奴隷の町が開放された。
≪戦闘終了≫
勝利
報酬 5000G,町からの脱出経路
長文でしたが、
読んでいただきありがとうございました。
前回の後書きを呼んでいただいた方には
特に申し訳ありません。
1/22(土)の投稿予定日に間に合いませんでした。
この遅れを取り戻して、
今度こそ予定日に投稿する所存です。
二章の残りの予定は本編一話と余談一話で
締めるつもりです。
もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。
次話の投稿予定日は
1/25(火)
です。
この小説に好感持っていただけましたら
ブックマーク登録及び評価を
どうぞよろしくお願いします。
以上です。




