2-17 魔窟
「なるほど。人間自体を売り買いするとは。
その発想はなかった」
「いやぁ。これが面倒なんだよ。
大元をはっきりさせるまで解決出来ないし、
そこにたどり着くまでどれだけ胸糞悪い物を
見せられることか。
モチベーションが上がんないよ」
「それはお疲れ様だな」
「ちょっとあんたら! なんでそんなに落ち着いてんのよ」
鬼畜の所業を世間話にする二人を
レイは非難した。
しかし、ノラにはそれを全く理解しておらず、
平然と答えた。
「金で人を雇う契約があるのだから
別におかしな事でも無いだろう」
「そうじゃない。人身売買っていうのは
キツい仕事とかせ……接待を無理矢理させる人を
お金で売り渡すことなの!」
「金のために嫌な仕事や接待をする人間なら
どこにでもいるではないか。
他の選択肢も残っているというのに、
自ら進んで奴隷のように生きる者がいる。
それに何かの理由で働けない者、
働かない者もいる。
そんな彼らに彼らを求める者と
ひき合わせているのなら、
それは良いことなのではないか?」
「うっ」
ノラの言葉は全くの間違いなのだが、
うまく説明出来ず、
視線で話を持ちかけた本人に助け船を求めた。
その意を汲んでニースは肩を竦めて話す。
「確かに金で受け渡す分には
何も悪いことじゃないかもね。
だけど、売られた人、働かされる人から
成長するだめの自由と権利を奪っているのが
問題なんだろうね。
あと、労働力じゃなくて殺すことを
目的に取引されてるケースもあるから
それは絶対に止めさせたいよな」
「なるほど。難しいな、人間は。
だが、悪いことならここを
攻略するのは可能だな」
「何か方法でもあるの?」
「勿論だ。通報すればいい。
最寄りの警備隊だか軍だかに
ここは犯罪者の巣窟だと言えば
数日で片付けてくれるだろう」
「おー、初めてまともな事を聞いた気がする。
だけどこういうのってお約束的に……」
「お察しの通り、抱き込まれてるね」
レイの悪い予想にニースが
苦笑いで答える。
「安い賃金とつまらない日常に
娯楽をくれるんだから、
この辺りの領主も貴族も全力で守ってるよ。
どこかの貴族なんてそういう悪いお友達の
パイプ役になってボロ儲けしてるって話だ。
まぁ、最近金品を丸ごと奪われた上、
屋敷に火をつけられたから大赤字になってるけどね」
どこかで見た覚えのある話に
レイは冷や汗をかく。
「ちょっ、ちょっと話が脱線してない?」
「そうだった。そういうわけで通報は無理。
第一、そんな重犯罪してる組織が
こんな辺鄙な場所で何の備えもなく
運営してるわけがない。
基本的に人身売買関連の根城と言ったら
人が踏み入れないような秘境だったり、
逆に物の出入りの多い大都市あたりで
教育と販売をしてるものだよ」
「お主詳しいな」
「ウチもやってるからね」
あっけらかんと言い放ったニースに
レイは感心するノラを抱き抱えて
距離をとった。
「あぁ待って待って。
やってると言っても貸出まで。
傭兵や派遣みたいなものだって。
それにウチは徹底的に鍛えあげた高品質が売り。
所構わず攫ってバラ売りするようなゲスじゃない」
慌てて言い訳されても信用できるはずがなく、
レイは警戒を解かなかった。
そこで自分の失言を後悔したニースは
説得を諦めて構わず話を続けた。
「人身売買ってさ、凄く難しいんだよ。
もちろん犯罪だからっていうのはある。
けど、そもそも売れるモノを見つけるのが難しい」
「なんで? さっき言ったみたいに
所構わず攫えばいいじゃない?」
「言い方が悪いけど人には誰だって
値段がつけられて不良品なんか誰も買わない。
だからちゃんとした売り物になるように
僕ら売る人間が教育するんだ。
でも、モノになるまでずっと
最低限の世話を見なきゃいけない。
自分たちの食料すら少ないのに分け与えたり、
病気がまん延しないように身の回りの
掃除をしたり、身だしなみ整えさせたり、
本当にめんどくさいんだよ。
その分の手間を考えたら儲けなんて全然ない!
むしろ赤字の方が多いから!
いっそ別の商売に手をつけた方が
絶対稼げるよ」
「悪党も辛いな」
途中からただの愚痴に変わったニースを
ノラが慰める。
「けど。何故かここはそうじゃない」
哀愁を浮かべる表情を
懐疑に変えたニースはこの町への
不審を話す。
「最初の方に言ったけど、
この町は旅人を売っている。
それを売るためには個人差はあるけど
多少なりとも教育のコストがかかる。
そのコストが少なすぎる」
「少ない?」
「具体的に言えば
出荷されるまでの期間がすごく短いんだ。
迷い込んでから一週間で
百戦錬磨の猛者を作り上げてる、それも何人も。
同業者だからこそ
絶対にありえないって言える。
何かあるんだ、ただの人間を
達人に変える仕組みが」
ようやくニースの真意を理解した二人は
それを口にする。
「つまり、それを我々で潰したい、
ということで良いのか?」
「でもそんな大層なものを
私達二人に頼んで出来ると思ってんの?」
「逆に君等にしかできないと思っている」
「「??」」
『しかできない』という言葉に
二人は首をかしげた。
初めまして。
披検体560です。
継続的に執筆出来るようになりましたので
今後は後書きも加え、
読んでいただいた方へ
お礼を伝えたいと思います。
今回、第51部は
特に長い話になりましたので
手にとっていただけただけでも
ありがたく思っています。
これに懲りず今後とも
読んでいただいたければ幸いです。
次回の投稿予定日は
1月1日 です。
元旦のお忙しい時ですが
また読んでもらえたら嬉しいです。
以上、披検体560でした。




