2−10 穏便
道の幅を広く取って歩く男たちの先に
女が一人立っていた。
大きく胸を開けたワンピースで着飾り、
目の冴えるような鮮やかな朱色と
ふわりと広がる裾で艶やかな華を連想させた。
「なんだよ女。こっちは今、仕事中。
遊びなら夜空けてやるから
さっさと消えろ」
男たちは一際ガタイの良い男を筆頭に
ドスの効いた言葉を口々に飛ばした。
しかし、そんなものどこ吹く風と女は歩み寄ってきた。
「重いでしょ? その子、私が預かるわ」
敵対心を向ける集団の中にいても
女は緩やかな態度を崩さずノラを持つ男に
両手を広げた。
「ふざけんな。『はい、どうぞ』って
渡すわけねえだろうが」
舐められたと思い、男は勢いよく殴りかかったが
すでに女は男たちの中から出た後だった。
「そう。残念ね」
それだけ言って女は
ノラを連れて離れていった。
「「「あれ?」」」
いつの間にかノラは見知らぬ女に抱かれていた。
奪われた男たちもだが、
助けられたノラもいつから
女の腕の中にいたのか分からない。
「このアマッ! ふざけたマネを」
追いかける男たちが女を力づくで抑えかかる。
しかし、伸ばした手はどれも空を切るばかりで
翻る服にすら触れることができなかった。
押し寄せる男たちで混雑した道を
女は踊るように回り続けた。
(特別すごい動きはしていない。
ただ歩いているだけなのになぜ捕まらん)
たおやかな腕の中からノラは鼻歌を歌う女と
息を切らせる男たちを見やる。
暴力とは縁遠く鼻歌交じりに踊る女の横で、
男たちが間違って仲間同士で
ぶつかったり殴り合ったりしていた。
「そろそろかしら」
女はそっとノラを下ろすと
突然わざとらしい悲鳴をあげて倒れた。
「ヨヨヨ。ヒドイわ。
私はただ歩いていただけなのに
寄ってたかってこの仕打ち。
私、もう耐えられないわ。ヨヨヨヨヨ〜」
「はあ? 何言ってんだ? テメエがーー」
白々しい嘘泣きに怒った男の一人が言い返すが、
それを言い切る前に顔面を野太い腕に殴られ、
錐揉みに飛んでいく。
「お前ら、この人に何をした?」
また新しい男が現れたが、
今度は女をかばうように立ち、ノラたちを
守ってくれていた。
「ありがとう、ダイアン。私、怖かったわ」
「僕が来たからにはもう大丈夫だよ、リザ」
「嬉しい。ガシッ」
「何だ、この茶番は」
抱き合う二人の見た目は悪くないのだが
女の棒読みのせいで三文芝居の臭いが漂う。
「おいおい、またかよ。誰だか知らねえが。
他人の問題に首突っ込むなよ。
見ろ、この顔を。
人様の顔を殴るじゃじゃ馬ちゃんとボウヤに
お灸を据えてるところだ」
「嘘を言うでない。お主らで勝手に
ぶつかってただけではないか」
「ガキが。余計なことを」
今も鼻血が止まらない顔を見せて
追い返す男にノラが反論する。
だが、ダイアンはその二人に質問せず
静かにリザの手を取った。
「『殴った』んだな? けれど
鼻血が出るほど殴ったにしては
リザの手はキレイすぎる。
このボウヤが正しいと
僕は信じるけどね」
あっさり嘘を見抜かれ
男たちは舌打ちをする。
「状況を軽く見たかんじ、
贔屓目抜きにしても
お前たちが悪いということだよな?」
男たちを敵とみなしたダイアンの睨みに
一瞬たじろいだが
「怯むな! たかが相手は一人で女子どももある。
囲むなり、人質を取ったりすりゃ楽勝だぜ」
「「「「うぉーっ!」」」」
自らを奮い立たせて突撃する5人の男たち、
しかしまもなく彼らは悲劇に遭う。
「チンピラが」
彼らの攻撃がダイアンに届く寸前、
反撃を受け反発するように男たちの頭上を
飛び越え、壁に突っ込んだ。
「制裁の時間だ、悪漢ども。
許しを乞う時間すらやらんからな」
反撃の勢いで壁にめり込む男たちを見て、
その場の何人かは思った。
(あっ、これは。死んだな)
ノラは男たちの冥福を祈るように
その場で目をつぶっていた。
「貫亀・岩鉄拳!」
瞼の裏で人数とハンデでは覆せない実力差が
男たちをことごとく蹂躙していった。




