1-29 ③ VS守備隊長
逃げられない。
負けられない。
勝てる気はしないが戦う以外、
選択肢は残されていない。
覚悟を決めて頬を叩く。
レイは気を引き締めて、正面の敵に相対した。
《戦闘開始》
「ガキのくせに生意気なんだよ!」
攻撃目標を自分に合わせ、剣を振るう隊長。
生身でも受け止められることは分かっていたが
「エクスカリバー!」
「はいよ」
ノラから投げ渡された木剣で、隊長の剣を受けとめる。
自分の腕力でそれが出来たことに誰よりも自分が驚いた。
(落ち着け私。これはまぐれだ。浮かれたらすぐ死ぬと思いなさい)
小道具と聞いていたが思った以上に頑丈な作りのおかげで
少なくともこの戦いで折れることはなさそうだ。
そのつばぜり合いの最中、レイはあることに気づいた。
(刃こぼれしてる)
隊長の剣にはサビやヒビはないが研ぎを怠っていたのか、
所々目で分かるくらい刃が丸くなっている箇所があった。
転生前の柔い自分の体を斬る程度の攻撃力はあったようだが、
魔王の体を得て強度が上がった今の状態なら
斬られたり、貫通したりすることもなく、
大きなダメージを受けることも無さそうだ。
武器だけで見れば重さだけが違う鈍器同士の戦い。
この点においては大きな差はなかった。
しかし、それが安心につながることは無い。
「はっは、こりゃ良い案山子だ。殴り放題だぜ!」
「ぐっ」
実力と経験の差がレイを何度も痛めつける。
こちらの一撃は流され、数倍の攻撃で返される。
仕切りなおそうと、距離を空ければ
『灯せ、ファイアボム』
「うっ!」
火属性魔法をぶつけられる。
火だるまになることはなさそうだが、
魔法によるダメージは大きい。
こちらは何度も受けられない。
「どうだ。これが俺とお前の差だ。あるべき社会の姿だ。
お前らガキは大人の玩具になればいいんだよ」
防戦一方の戦いに逆転のチャンスを見いだせない。
(やっぱり無理か。
はじめから分かってた。
どうしたって私じゃ勝てない)
あらゆる面で自分を上回る相手に勝つ方法。
そんなものがあるなら今すぐ教えてほしい。
直接、剣で叩きつけて遊ぶ隊長に
ただレイは押しつぶされていく。
「難しいことを考えるな!」
安全圏から踏み出し、レイのすぐ後ろでノラが一喝する。
「どうすればいいかなど考えるな。
どうしたいかだけ考ればいい。
元の我に比べれば大したことは無いが
その体なら『闇魔法』が使える。
レイが望むなら大抵のことはどうにか出来るはずだ」
「闇魔法……」
魔法の属性は大きく分けて6つ。
地水火風と闇、光。
その中で闇は一部の魔物のみが使用し、
光を除く他4つへの相性が強い。
性質だけでなく、元の威力も強く使えれば
この状況を打開できるかもしれない。
ただし、使えれば、である。
「4属性の魔法すら出来ないのに
『闇』魔法なんてーー」
「現時点において闇魔法発動に適した体である以上、
問題は使うか使わないかだ」
「そんなこと言われたって、使い方も知らないのに」
「レイ! 良いのだ。使い方など知る必要はない!
お主が今何をしたいかを言う。
それだけで良い。
何かを望むのなら、言わねば何も始まらんだろう!」
「私のしたいこと……」
戦うにつれて相手の強さが浮き彫りになって敵わないと思った。
逃げたい。今すぐ背中を見せてここから逃げる。
それが私のしたいこと。
(違う)
怖いとは思うけどそれだけじゃない。
いくら望んでも『敵わないから』と、
気持ちに蓋をしている自分がいる。
体が痛む。空いた腹に衝撃が通る。
骨にひびが入ったのではと思うほど重い一撃が
肩に降りかかる。
痛い。痛いんだ。だから
「もう止めてよ」
小さくつぶやいた言葉に体が熱を持つ。
「ここまですることないじゃない。
逃げたのは悪かったけど、こっちは一度死にかけたのよ」
数年にわたって心を抑えてきた枷が壊れ、
無遠慮に言葉が流れ出る。
「私、関係なかったわよね?
一緒にご飯食べてただけで巻き込まれただけじゃない?
それなのにいきなり牢屋に放り込まれたと思ったら、
こっちの事情、全無視の上、流れで処刑されかけて!
だいたい山賊まがいのあんた達に
どうしてこっちが下手に出なきゃいけないのよ」
つぶやきが文句に代わり、隊長を見るレイの視線が
攻撃的なものに変わる。
レイは体を打つ刀身を握る。
その手は力強く、指が切り落とされることを全く恐れていない。
「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ」
「おおっ!?」
力で押していた隊長が逆に押され始めた。
「本当に自分より偉いと思える人に
負けるのは仕方ないわよ。
でもあんたは、出世に失敗したただのおっさんじゃない。
昼間っから酒に溺れた中年の食い物に、
どうして私がされなきゃいけないのよ!」
胸の熱さが電波したように、拳に熱がこもる。
宿った熱が薄暗い光を放つ黒いもやを形作る。
「『闇の炎』、怒りか。
それで良い。やりたい事が見つかったようだな」
「そうね。もう我慢しない」
「あちっ!?」
黒い炎の熱が刀身を伝わり、
反射的に隊長は剣を手放した。
自分はどうもおかしくなったらしい。
考えなきゃいけない事があるはずなのに、
全てどうでもよくなって、
たった一つしか考えられない。
奪った剣を捨て、木刀を突きつける。
「あんたを倒すわ。往生しなさい」
大見得切るレイの立ち振舞いに
力量の差を恐れる女はいなかった。
数々の戦いを潜り抜けた隊長の目には、
人の形をした魔物のように写った。
(落ち着け。煽られて気を大きくしたガキなんて
腐るほど見てきた。
あんなのそこらのチンピラと同じだ。
初めの一発を避けて
一発入れれば鎮火する)
捨てられた剣を取りに行かず、拳を握る。
中距離の魔法で出鼻を挫く手もあるが、
心を折るに一番適した方法は昔から
原始的な暴力だと隊長は知っていた。
今まで通り、と思い込むが、
反対にそうではない事も経験から感じ取っていた。
レイが踏み込む。
反撃を恐れない分、速度が増している。
しかし、劇的な変化はない。
予定通り、カウンターを狙う隊長。
その余裕はいきなり目の前に
レイが現れたことで砕かれた。
「速っ!」
完全に目測を間違えた。
すんでのところで回避に成功し
反撃を仕掛けたいところだが、
逆に出鼻を挫かれたせいで足がふらつく。
「そこだ!」
「ちぃっ!」
隙を突くレイの追撃に焦る隊長は、
自傷を覚悟して魔法を撃つ。
『灯せ!』
互いの間に爆発が起きる。
距離が近すぎて隊長自身にも火傷の
痛みを伴う。
「痛えな、ったく。ッ!?」
自分と同じだけ、
相当痛いはずの爆発にも怯まず
レイが前進してきた。
「そっ、『染め上げろ。フレアレイド』」
もう一度『ファイアボム』を撃っても、
自分が傷つくだけ。
気力の消耗が激しくて使い渋っていたが、
自分が使えるなかで一番強力な魔法を撃つ。
突き出す両手から炎が放射される。
深紅の火柱が目の前を飲み込もうとする。
レイの体は限界を迎えていた。
直前に受けた爆発では
五体がバラバラになったと思えるほど痛かった。
それでも前進したら、
今度は数段上の威力を持った魔法が発動していた。
あれを受けたら立ち上がれない。
頭の中で警鐘が鳴り、レイは思った。
「邪魔」
邪魔だから燃えて無くなってしまえ。
そう思うと体がそれを実行しようと自然に動いた。
手に灯った『闇の炎』を火柱にかざす。
赤と黒の炎が触れた瞬間、
黒色が隊長の魔法を塗りつぶす。
「何だよ、それ!?」
魔法に込める気力を継ぎ足し、
黒い炎を押し返す。
額の汗すら蒸発させる高熱の衝突の奥に
レイの木刀に黒い炎が包むのを見た。
『ブレイズオブダークネス!!』
レイが切り上げる。
それだけで軌道をなぞるように
黒い炎が射出された。
今までの魔法とは比較にならない衝撃が
周囲の石も巻き上げて隊長の体を吹き飛ばす。
(しかも、あの動きは)
新人の頃、立派な騎士になって
活躍したいと鍛えて初めに覚えた剣技『二連斬』。
それを理解不能な力を手に入れた若造が振るい、
自分に止めを差そうとしている。
「ふざ、けるな!」
偶然か、巻き上げた物に混じった自分の剣が
手の届く場所に飛んできた。
二度目の斬り下ろしを受ける前に
それを掴み凌ぎきる。
しかし、レイの勢いが止まらない。
黒い炎がもたらした物なのか、
押す力が増していく。
「こんなことってあるかよ!」
欠けた場所からひびが入る。
「やりたいと思っただけで強くなるだぁ?
そんな訳の分からん力に俺の努力が負けんのか。
偶然、手に入れた謎パワーで
他人の全部を台無しにするのかっ!
それこそ理不尽じゃねえかよ!」
かつて失脚した時に流した涙が
今またこぼれだした。
不公平な現実を恨む隊長の叫びに
届かないことを知った上でノラが言った。
「理不尽ではない。
レイは必ず倒すつもりで挑み
隊長殿は遊びで臨んだ。
覚悟の差がこの結果に繋がったのだ」
「何でだ、何でなんだよっ!」
「いつか分かる」
隊長の悲痛な叫びに答え、
決着の瞬間に目を瞑った。
「吹っき、飛べぇっ!」
欠けた剣が両断され、隊長の体を一閃する。
斬り下ろしから射出された黒い炎が
切り上げ時の倍ほどの衝撃波を生んだ。
地面を抉り木をなぎ倒しながら
吹き飛ぶ隊長の体は何本か木を折って、
ようやく地面に転がった。
《戦闘終了》
報酬:折れた剣。古びた防具。
15000G。安酒。




