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1-23 場所

「それで話って? 何を話したいの?

恋愛? 初恋の経験すらないから出来ないわよ」

「なるほど。恋愛経験がないのか。

いや、そうではなくてだな。

この後、どうするのか聞きたいのだ」

「だから、この先の村まで逃げるのよ」

「その後は? 行く当てがあるのか?」

「まさかまだついて来る気?」

「うむ」

レイは疲れた手で額を押さえた。

「勘弁してよ」

「邪魔になるなら、次の村で別れよう」

「是非そうして」

「そうか、残念だ」

四六時中騒がしかったがここに来て初めて

寂しい声が聞こえる。

(いやいや! だからって

もう面倒なんか見きれないって)

「それで。行く当てはあるのか?」

「めげないなっ! 偶然を装って来る気でしょ」

「そんなことはせんよ。

確かについていきたい気持ちはあるがな。

だが、そちらの都合もあるし大人しく引き下がろう。

しかし袖すり合うも多生の縁とも言う。

今後レイがどのような活躍をされるのか

聞いておきたくてな」

「活躍って……」

いちいち人を立てる言葉ばかりノラは選ぶ。

見え透いたお世辞は逆に相手を苛立たせるのを

この子どもは知らないらしい。

「行く当てなんてないわよ」

「え!?」

「驚くほどのことじゃないでしょ」

右手を前に出し、自分の特徴を

指折り数えていく。

「生まれは平民。頭も体も中の下。

職務経験は小物屋の手伝いを少しだけで他はなし。

こんな人間なんかどこも迎えてくれないわよ。

私なら絶対距離を取る」

改めて口に出して考えさせられると

やるせない気持ちでいっぱいになる。

ノラの『その先』への答えも

言わないというより分からないと言った方が本音だ。

「そうは言っても食い扶持を稼がなきゃ

いけないからどこか探さなきゃダメなんだけどさ」

疲れて言うレイだが悲壮感はなかった。

それもそのはずで別に今回が初めてな訳ではないからだ。

もう三回はこんな思いをしてきた。

その度にいっそ体を売ろうかと思ったが

幸いというか残念にもというか

そういう経験はまだない。

「ふむ。やりたいことなどは無いのか?」

「あった。でもなれなかった。

何度も掛け合ったんだけど

経験とコネが無くて門前払いされたよ。

事実だし、実力も大したことないから

仕方ないんだけどね」

「経験とコネで仕事をするわけでも無いだろう。

実力も就いてから付くものであろう?」

「残念だけど頑張ればなんとかなるものじゃ

ないのよね、世の中って。

頑張らなくったって偉くなれる人はなれるんだし」

「そういうものか」

「そういうものよ」

望んだものになれない。それは誰のせいでもない。

強いて言えば自分だけのせいだ。

努力が足りなかったか、運がなかったか

どちらかは分からないが実力がないことも

経験の機会もコネもないことも

全ては自分に責任がある。

「仕方ないのよ。私だけじゃない。

みんな、そうなのよ。現状に納得して

折合いをつけて生きていく。

それが『普通』なのよ」

「つまり、妥協が必要だと」

レイは質問に答えなかった。

ノラに背を向けて寝ようとした。

今夜はもう話してくれないだろう、

そう思っていたが無言の背中に話しかけた。

「我からでは嬉しくもないだろうが、

我はレイを高く買っているつもりだ。

お主は何にでもなれる。我はそう信じている」

真摯に話す言葉を受けてもやはり返事は返ってこない。

それでもノラは話し続けた。

「レイ、それでも行く場所がなければ。

もしお主の都合が良ければ我とーー」

その後の台詞は夜の風に吹かれた

木々のざわめく音が続く。

「……いや、止めておこう。

今日は世話になった。ゆっくり休んでくれ」

それからノラは全く喋らなかった。

やっと目を閉じれたレイは

寝心地の悪い地面の上でも

すぐに眠りに落ちたのだった。

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