1-1 出会い
今日の昼は陽射しが柔らかく、湿り気のない風が吹いている。
とても気持ちよく、空につられて晴れ晴れしい気持ちになるだろう。
一人を除いて。
「はぁ~」
川辺に座る人物は死んだ魚の目で水面を見ていた。
名前はレイ。年は18歳。職業は昨日まで道具屋の受付をしていたが、
(明日からどこで暮らそう)
昨日の仕事終わりに道具屋の主人から解雇通告を受け、
今は専業の無職になってしまっている。
川の流れに乗って目の前を横切る葉っぱを眺め、
ため息を漏らす。
(植物は良いなぁ。働かなくても生活が出来るから)
水底まで透けるほどきれいな川は上流から
色んなものを運んでくる。
散り残っていた《春告げ花》の花びら一輪、
使い古されてくたくたになった下着一着、
木の板にしがみ付いた子供一人
がさらさらと下流へ流れていった。
「いや。最後のは流せないでしょ」
濡れることも構わず、川の中を歩く。
水面が腰まで浸かったころに
ようやく流れる子供に追いついた。
「ほっ。よっと」
7歳ぐらいの子どもを肩に乗せ、
ざぶざぶと水をかき分け岸に戻る。
子どもを横に寝かせると、とりあえず
頬を強めに叩いてみた。
「おい。大丈夫? 生きてる?」
「むっ。ごほっごほっ。ぶふっ」
気絶していた子どもが息を吹き返し水を吐き出した。
「ありがとう。助かった。少し事情があり、川に逃げたのだが。
ごふっ、自分が泳げないことを忘れていたな」
「普通、そんなことを忘れるかね?
ん? 逃げてきた?」
見た目7歳の少年。水にぬれた服は裾も袖口も
擦り切れていてみすぼらしく、
貧民街に住む子どもの一人に見える。
だが、この地域では見たことのない浅黒い肌と
深い闇をひそめる赤黒い瞳が
ただの子どもでないようにも見せる。
もしかすると事情というのもかかわってはいけないものだったり……
「ああ。うっかり尻尾を踏んでしまってな。怒らせてしまった」
「……。何の尻尾?」
「犬だ。こーんな大きい犬。
しかも仲間を呼ばれて三匹に追われてしまった」
苦労を分かってもらおうと両手いっぱいに広げて
犬の大きさを見せつけてくるが、思ったより、
いや予想通りの小ささだった。
「ま、ですよね」
これが何かの冒険物語なら
魔獣に追われた子供を序章で助け、
とんとん拍子で成り上がっていくのだろうが、
現実はそこまで劇的ではなかったらしい。
「あっ。マズい」
子どもが何かを見つけ、焦りをつぶやいた。
視線の先を追うと、首輪をつけた犬たちが
牙をむいて低く唸っていた。
「くそ。逃げ切れなかったか。
むぅ、まだ日は明るいが
我の足では追い付かれるし、困った」
少年が一歩を後ずさりをすると、
犬たちが散歩進んで追いつめる。
目の前で栗ひげられる絶体絶命のピンチを見ていたレイはため息をついた。
「ガウッ!」
三匹の先頭にいた犬が大口を開けて少年に飛び掛かる。
尖った牙に怯えて少年は目をぎゅっとつぶり身を縮める。
しかし、直後に来るだろう犬の噛みつきはこなかった。
「キャン」
かわりに犬の高い鳴き声を聞く。
「うわぁ。小さいなー。私の第一戦小さいなー」
少年と犬の間にレイが割って入り、
木の棒を手に肩を叩いていた。
「お主。あっ」
「「グルルル」」
仲間を傷つけられて怒った残り二匹が
少年からレイに標的を変えて唸り始める。
「お? なんだ、やる気か、犬っころ。
よぉし。ちょうどこっちもむしゃくしゃしてたんだ。
ちょっと遊んであげよう」