いづれの御時にか、女御、更衣あまた候ひ給ひける中に―――――
悪役令嬢―――――それは平成のラストを熱く彩るジャンルである。
何の?言わせるなよ、もう。
でもね、皆さまご存知かしら?悪役令嬢は平成に生まれた存在ではないの。
かの有名な乙女ゲームの奔り、アンジェ〇ーク?いいえ。
その歴史はもっと古い。
金髪縦ロールのお〇夫人?いいえ。
小〇女のラビ〇ア・ハーバート?いいえ。
そう、歴史はもっともっと突き抜けて古いのよ。
ヒロインは薄幸の美少女。
家柄はそう良いものではなく、しかし一族の再興という期待をその細い両肩に背負った少女。
美しさも権力も学識も最高級の女達の中で、しかしヒーローの眼に留まった少女。
留まってしまった、その少女。
当然、権力も希望も他の追随を許さない「悪役令嬢」は「ヒロイン」を排除しようとするわよね。
哀しいことは、彼女は薄幸の美少女ではあるけれど、「主人公」ではないの。
唯のキーパーソン。
物語の味付け。
「ふぅ」
そっと、吐息を零す。
「どうなされました?女御様」
「いいえ、何でもないわ」
ぱらりと扇を開き口元を隠す。
(さて、と)
どういうことよこれぇぇぇ――――――!!
もしかしたら日本一高名な大長編ドロドロ恋愛絵巻の「悪役令嬢」に転生(転生か?コレ??)しちまったアタシは、心の中だけで思いっきり叫んでみた。
【いづれの御時にか、女御、更衣あまた候ひ給ひける中に―――――】
ハローハロー、御機嫌よう皆様。
平安の昔よりこんにちは、時の右大臣の娘でございます。
通称・弘徽殿の女御とはワタクシのこと。
どこかで聞いたことがあるような?ないような?
ああ、そうね。
私の名はあまり有名ではないけれど、この上なく有名な物語の序盤から中盤にまでそこかしこに出演しているから、少しかその物語を齧ったことのある方なら聞き覚えがあるかもね。
「弘徽殿の女御」「弘徽殿の大后」とはワタクシの事。
皆様、「源氏物語」はご存知?
そう、レディキラー「光源氏」の栄枯盛衰、また栄えて落ち着く物語。
恋多き男光源氏。
その名の通り光輝く美しさ(笑)を持つ、究極のマザコン男(大笑)
いや、アタシが笑っちゃダメなんだけど。
思わず真顔になっちゃったわ。
件の超有名平安恋物語において、「弘徽殿の女御」の登場は主人公が生まれるよりも早い。
というのも、「弘徽殿の女御」は光源氏の父親である「桐壷帝」が一番最初に迎えた奥さんなのだ。
桐壷帝がまだ東宮の頃に入内した、時の権力者である右大臣の娘。
光源氏の生みの母、「桐壷の更衣」を苛め抜いた筆頭がワタクシ、弘徽殿の女御でゴザイマス。
桐壷の更衣は薄幸の美少女だったけれど、正ヒロインではなく、所謂「親世代」。
言い換えれば物語の踏み台、味付け、スパイス……。
「ハリ〇タ」でさぁ、物語始まる前からリ〇ー死んでるじゃん?
でも存在感めっちゃあるじゃん?
あんな感じよ。
桐壷の更衣亡き後、桐壷帝は桐壷の更衣に瓜二つな「藤壺の宮」を迎える。
幼い光源氏はやがて生母に生き写しとも言われる義母の藤壺の宮に並々ならぬ想いを抱く。
やがて藤壺の宮の面影を見出して不憫な幼子を手に入れ養育し、妻とする。
あ、これが後の「紫の上」ね。
光源氏はいつもどこか藤壺の宮…ひいては「母」の面影を女人に見出しては恋をする―――――。
ちょっとだけアニメ版「セーラー〇ーン」の木星を守護に持つあの子の「そっくりだ」を思い出してしまった私を責めないで頂きたい。
「分かる」と頷いた貴女は友だ。
ともかく、ね。
このままだといずれあの薄幸の美少女は死の床に就く。
数えで幾つだろう?
下手したら二十にも届いていないかもしれないくらいだ。
平安の女の身体はそう強くない。
あまり動かないから明らかに運動不足だし、栄養面も偏っている。
しかもアレだ。
「悪役令嬢」たるワタクシに苛められ、弱った身体を……まぁ、何だ。
帝はお離しにならないのだ。
夜のスポーツの消費カロリーは馬鹿にならない。
「……どうしよっかなぁ」
「ふぅ」、と、また一つ吐息が零れた。
傍近く控える女房達には聞き拾えない程の小さな困惑。
アタクシは弘徽殿の女御、当代の帝の一の女人。
権勢誇る右大臣の長女で、肝の座った多分美女。
さて、少しだけ前世の話をしようか。
これより千年以上も後の、帝がそれでも「国の象徴」として在るそんな世の、殿上人なんてそれこそ雲の上のアタシの話。
ハローハロー、御機嫌よう皆様。
アタシ、名を湊 優紀と申します。
十六歳、高一。
父は国文学者、母は無し。
何で死んだかは覚えてないけれど、「死んだ」ってことだけは理解出来ている摩訶不思議。
彼氏無し=年齢の残念女子でございます。
ねぇ、聞いて。
ファーストキスもまだなのに、いきなり既婚者(当然処女喪失済み)になってんだけど。
思春期として思わず真顔になるのは仕様がなくない?
乳飲み子の長男抱えて目ぇかっ開いたアタシ悪くないと思うの。
花の女子高生よ?この間まで義務教育なうだったのよ?
ああ、こんな事態父さんが知ったら―――――確実に両手握りしめて「ぃよっしゃああぁぁぁ!!」って叫ぶわね。
一応言っておくけど現代の方の父ね。
あの人、マッドサイエンティスト寄りの国文学者だから……。
ああ、クラスメートの大野君とモモちゃんの恋をもうひっそりこっそり見守れないのね……。
小学校からの幼馴染だっていうあの二人……カースト上位の杉山君曰く、秒読み云年の鈍感カップル!!
男女別の体育だけれど、たまにグランドや体育館で一緒になった時、「おーのくん、頑張れー!」っていうモモちゃんの応援に本気出してた大野君がもう見れないなんて!!
本気出した大野君に、「やばいよやばいよどうしよう!大野君の癖にめっちゃ格好良いんだけど!」ってバシバシお友達の背中を叩くモモちゃんがもう見れないなんて!!
アタシ、何を糧にこれから生きていけばいいんでしょうか、神様!!
アタシは縋った。
何にって「神」に。
萌えがない世など何の価値がある。
大野君とモモちゃんという鈍感両片想いカップルに匹敵する萌えを!至急!求む!!
そして、神は応えた。
「悪役令嬢モノって興味ない?」
「ある!!」
即答だった。