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第1話 縁談

「お前に縁談話が来ている」

「はぁ。それで相手はどなたですの?」

重々しく紡がれた父親の言葉に言われた娘はあっけらかんと返した。


ここは秋華国。実り豊かで経済も安定している大国のひとつ。この大陸には大小様々な国が存在している。中には他国との国交を絶ち鎖国を強いている国さえある。それだけの国があれば国同士の間でもいざこざがあるところも少なくない。秋華国でも長年隣国の大国と小さな小競り合いが絶えなかったのだ。だが、賢王と呼ばれる秋華国の国王ー娘の父親の代になりお互いが歩み寄る姿勢をとりようやっと和平条約を終結するに至ったのである。二代大国としても名高い二国間の和平は経済的にも他国に恩恵をもたらすことになりまさに賢王の名に恥じない。そんな大層な父親が『自分』などに縁談をもってくるなんてあまりいい話ではないのはわかりきっていた。

(でもこれも一応王家の姫の務めよね)

あまり歳の離れたご年配や生理的に受け付けない相手は勘弁して欲しいなと心の中で呟いていると王は疲れた様にため息をついていた。

「口に出ていたぞ…」

言われて心の中の呟きは言の葉になっていたのを知る。だが口から出てしまった言葉は取り戻せないのだから開き直るしかない。

「あくまでもひとり言ですのでお気になさらず」

にっこりと笑顔つきで答える。

「雪華。この縁談はかの国との和平の証として結ぶ婚姻なのだ」

つまりおいそれと破談にはならない縁談ということか。

(とうとう私も年貢の納め時かしら)

今度こそ心の中で呟く。

「わかりましたわ。お父様。私もこの秋華国の第一王女としてこのお話お受け致します」

「そうか」

思ったよりもあっさりと承諾を得られ幾分拍子抜けした父王に雪華は笑顔を向けるのみだった。




「あー、やっぱり外はいいわー」

うーんと腕を真上に上げて背を伸ばす茶髪の腰まである長い髪を両脇の高い位置で結い上げた少女は空気を思いきり吸い込んだ。その隣で困り顔でため息をつくのは顔に幾つもの皺を刻んだ色黒の年配の小柄な老人である。

「雪の姫様。その様なお姿で忍んできたことがばれたらどんなことになるか想像なさってください」

「だいじょーぶよ!要はばれなきゃいいんだから。私は基本的に公の場にはほぼほぼ出てないから顔は知られてないし髪の色も薬液で染めたし肌には色の付いた軟膏も塗ったもの。姫っぽい仕種しなければバレないわ。ここでは外交官である貴方の孫娘で通すし」

雪華はそばかすだって描いたんだからと胸を張る。これは一度描くとそう簡単には取れない薬草の液から抽出したものなのである。

「しかしわざわざそんな手間をせずとも魔法でお姿を変えればよろしかったのでは…」

「何言ってんのよ。ここは王城なの。選りすぐりの魔法士揃いよ。そんな中で魔法で姿変えてたら怪しんでくださいって言っているものだわ」

そう。この大陸には魔法が存在する。誰もが大なり小なり魔力を持っているのが普通なのだ。魔力を磨けば魔法も使えるようになる。そして力のある王族や貴族の血を引くものは代々受け継がれた強力な魔力を持っている。

雪華も父王と母親から魔力を受け継ぎ薬剤師でもあった母親からその知識も叩き込まれたのである。

「だからこの原始的な方法が一番合理的なの。大丈夫よ。この目で我が婚約者殿を見たらおとなしく帰るから。だからお願い」

拝むように両手を合わせる雪華に老人はため息をつく。昔から母親の身分からあまり日の当たらない生活を余儀なくされてきたこの姫に老人は弱かった。生前の母親のことを知っているからこそなのかもしれない。


ここは桜嵐国である。外交官である老公についてきたのは自分の婚姻相手をこの目でみる為だ。父親に言われた時はおとなしく頷いてみせたが相手の顔も知らずに操を捧げるなど到底納得出来なかった。昔から探求心は人一倍あった。知らないことは知りたくなる質だった。そのせいでかなりのお転婆ぶりを発揮して周りを振り回したものだ。だからこそ余計煙たがれているのだろうー特に母親が亡くなってからは。

(妹はあんなに皆に愛されているのにね)

くすりと自嘲する。

二つ下の妹は波打つ白銀の髪と瞳。愛くるしい容貌に白磁の肌。いつも笑顔を絶やさない彼女は正妃との間に生まれた正統な王位継承者でもある。この縁談話が雪華に来たのもそういう理由である。

妹は次代を担う役割があるから。

妾の腹から生まれた娘は外交に役立てられるのが相応しいということなのだろう。父王も側近達や有力貴族達の言葉を無視出来ない。もてあまされている雪華の使い道としては当然のことであるのだろう。

暗くなりかけた雪華はぶんぶんと首を振り気持ちを切り替える。

「さて。探検といきますか」

老公と別れて初めて訪れる王城に好奇心が刺激され本来の目的は忘れていなかったがそれと平行して探検もしてみたい欲にかられてしまった。さくりと裏庭へと脚を踏み出したのである。そして歩きながら考える。件の王子は噂で聞く限りは変わり者らしい。兄王子とは母親を同じくしていながら公の場を好まず雪華とは違う意味でほぼほぼ顔を知られてはいないのだ。変わり者王子とお転婆姫でお似合いと思われたのかもしれないとため息がでる。

「見ない顔だな」

突然男の声がかかり、どきりと心臓が跳ねた。声のした方に顔を向けると雪華よりも遥かに上背のある少し年上だろうか。漆黒の髪に青みがかった黒の瞳でこちらを見据える少年が立っていた。

「どこから来た?」

平坦な声音で問いかけてくる少年に雪華は慌てて答える。

「すみません!とても素敵な裏庭でしたので少し散策をしてみたくなってしまいまして。私は秋華国外交官雨流の孫娘、氷雨と申します。もしやこちらは立ち入ってはいけないところでしたでしょうか?」

頭を下げて低姿勢で謝罪をする。『氷雨』というのは老公の本当の孫娘の名である。

「ああ。そういえば今日から外交の会議があったな」

少年が思い出した様に呟く。

「はい。それで一度桜嵐国に来てみたくて祖父に無理を言って付いてきたんです」

「なら、王城より城下町の方が見所があるが…」

言い掛けてふと考える仕草をする。おかしな間が空き雪華が首を傾げていると少年が再び口を開いた。

「よければ俺が案内するが…」

「えっと…」

突然の申し出に流石に戸惑う雪華に少年は「無理にとは言わない」と返す。

「あの。どうして初対面の私に良くしてくれようとするんですか?」

何か如何わしいことが目的かとも思ったがあまりそういうタイプには思えない。どことなく真面目さを感じるのだ。

「氷雨は秋華国の外交官の孫娘、なんだろう?」

「は、はい」

しおらしく答えると少年は言った。

「案内する代わりにそちらの雪の姫のことを教えてもらいたいんだ」

「雪姫、様、ですか?どうして、そんな…」

雪華はまさかもしやという気持ちが沸き上がる。だが、歳の頃も合う。そして簡素ながら身なりの良い出で立ちの少年を雪華は見つめた。

「俺の結婚相手らしいから、な」


(この人が私の婚約者───!?)




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