夜明け
「陛下、お誕生日おめでとうございます。」
次々と延臣達の挨拶を受けているのは、大陸有数の大国メソポタ王国国王ダニエルである。最初はうれしそうに彼らの挨拶に答えていたが、次に発せられた一言で顔をしかめた。
「お世継ぎの誕生が待ち遠しいですねぇ。」
とある小国の大使が発した一言、この言葉こそが国王がもっとも聞きたくない言葉であった。
「もうよい、下がれ。」
かろうじて怒りを抑えてダニエル国王は使者を下がらせた。
この状況をみてメソポタ王国の貴族達はとばっちりを受けたらたまらないと少しずつ国王と距離を置こうとする。
それに比して、国王に向かって歩いてくる男が2人いた。
その2人の姿を見かけるや否や国王は顔を明るくして叫んだ。
「おお、ロベルトとミシェルか。元気にしておったか?」
2人のうち、壮年の男性を見て国王が話しかける。
「ええ、陛下、ミシェルは、アジアン公国の大使と、そして私はメレヌス帝国の大使と話していました。お伺いするのが遅くなってしまい、申し訳ありません。」
壮年の男性が答えた。
「ロベルト、陛下などと堅苦し言い方はよしてくれ。昔のようにダニエル兄さんと呼んではくれないか?」
ダニエル国王は、壮年の男性に懇願するような視線を向けながら言う。
「今日は、あなたの誕生日とはいえ、公式行事です。あなたの威厳を壊すよな発言は避けたいのです。あなたは大陸一の国メソポタ王国の国王なんですよ。」
そう、ロベルトはダニエル国王をたしなめた。
「陛下、お誕生日おめでとうございます。」
ロベルトの隣にいた少年が、突然ひざまずきお祝いを申し上げる。
「ああ、ミシェル、ありがとう。そなたも今日来てくれたのだなぁ。ありがとう。」
ダニエル国王はうれしそうにお礼を言った。
「陛下、お誕生日おめでとうございます。」
「ありがとう。」
今度は、ロベルトがお祝いを言われ、ダニエル国王は嬉しそうにお礼を言った。
これは、メソポタ王国のとある一日の話。
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その夜、先ほどロベルトと呼ばれていた壮年の男、ミシェルと呼ばれていた少年、そしてこの国の宰相を務めているロベルトの父でミシェルの祖父であるアローの三人が王宮のとある一室で密談をしていた。
「王妃様は、もう長くない。次の王妃をもらわなければ…。」
アローが口火を切る。
「いえ、次の王妃は見つかるでしょう。しかしお世継ぎができる可能性は薄いでしょう。残念ながら今までのことを考えると、王様は御子を作ることが出来ない体なのでしょう。」
ロベルトがお茶を濁しながら答えた。
「それに、このまま行けば、王位争いになることは必至です。この国のためにそれはなんとしても避けなければ!」
ミシェルという少年が机をたたく。
「せめて、本物のミシェルが生きておればのう…。」
「…。」
「…。」
アローの言葉に2人は言葉をなくしてしまい、部屋には沈黙の気配が漂う。
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翌朝、ミシェルはいつもと同様メソポタ王国王立軍の宿舎に向かう。
「カイル将軍、おはようございます。」
ミシェルが宿舎の前に立つ大柄の男に挨拶をする。
「おはよう、ミシェル大佐。今日も朝早くから元気でなによりだ。昨日は、ローゼン外務大臣と一緒に国王陛下と楽しそうに話したそうでないか。国王陛下も義弟と甥っ子の姿を見てとても喜んでいたと国務大臣が昨日ぼやいていたよ。」
「カイル将軍も昨日の宴に参加されていたのですね。将軍は、こういう場は苦手だと思っていましたが…。今度から僕の代わりにパーティに参加してくれませんか?公式行事ならともかく、貴族達の開くパーティーに参加する暇が今の僕にはありませんから。」
「国王陛下お気に入りの甥っ子の代わりが俺に務まるかよ。ローゼン伯爵は、社交界で薔薇の君と呼ばれ、多くのご婦人方から熱い視線を送られている。お前の代わりが俺じゃ、きっと貴族の令嬢が方が拍子抜けしてしまうぜ。頼むなら、フランツに頼めよ。」
「フランツに頼むのは、少し…。」
ミシェルが嫌そうな顔をした。
「将軍、代わりに行ってもらえますか?」
「フランツが苦手なのか?あんな、いい人は今時本当に珍しいよ。
しかも頭が切れるし、優しいし、男の鏡見たいな男だぜ。名門ファーンベルグ公爵家の嫡男で伯爵、祖々母が当時の国王の妹でファーンベルグ公爵家に嫁いできたというわけだから国王とも縁戚関係にあるし。しかも、それを鼻に掛けず身分に関係なく人と付き合っている。
まあ、ミシェルもそうだけどなぁ~。まあ、ミシェルは親が親だからわかるが、あいつの親はまるで反対だろ。」
カイル将軍はそこでため息を着いた。
「まあ、この話はここまでとしてメレヌス帝国の大使はどうだったんだ。親父さんが大使と話していただろう。」
カイルが話題を変えてきた。
「新王が即位して、早3年ますます強国になっているようだ。周辺の小国も飲み込まれつつある。今後は今以上に警戒が必要だ。」
ミシェルが真剣に答える。
「まあ、軍部の方は任せてくれ。強化してみせる。情報部のお前たちからの情報もあてにしてるぜ。」
「近いうちに、スパイを放つ。後、私もしばらく潜伏することになると思う。」
「…。」
「まあ、いわゆる王位争いの余波を避けるためだ。私がいる限り国王に後継ぎがいなくてもこの国の平穏は保たれる…。」
ミシェルが答えた。その後カイルは口をつぐんでしまった。
しばらくすると、朝礼用の鐘がなり、2人は急いで広場に向かった。
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その後、ローゼン伯爵ことミシェルはカイル将軍に強引頼み今夜の夜会を自分の代わりに出席してもらうことに成功した。まあ、代償は高くついたが…。
ミシェルは、今夜夜会に参加しないわけではない。ただ、ローゼン伯爵としては参加するつもりはないだけである。
ミシェルは、自宅に帰ると今夜の夜会に参加する父ロベルトが支度を終え、家を出る寸前のところだった。
「父上、今夜の夜会では計画通りに。」
「ああ、そなたもそのように計らうように。」
そう、ロベルトは言うとそのまま侍従を連れて出て行った。
そして、その夜の夜会はミシェルや父ロベルトにとって思わぬ事態を引き起こすのである。
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「フランツ、今日は付き合ってくれてありがとう。」
カイル将軍は、結局フランツを連れて、ワーレンベルグ子爵の夜会にやってきた。
「いいや、かまわない。君の力、いやローゼン伯爵の手助け出来て幸いだよ。」
「ローゼン伯爵は、父親のローゼン公爵、いやローゼン外務大臣のお手伝いで忙しいようだ。」
ミシェルが情報部にいることは極秘なので、カイル将軍はフランツに情報部の仕事が忙しいとは言えなかったのである。
「それに、彼の祖父ローゼン元公爵は、宰相を務めている。その仕事も、ミシェルは手伝っているのではないか?」
「そうかもしれない、ミシェルはあまり俺に公務について語らないしなぁ~。」
夜会はまだ始まったばかりであった。
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「今日の夜会にはあの方が来る…。」
ワーレンベルグ子爵は、メレヌス帝国からくるとある要人について思いを馳せていた。
その要人は本来なら決してこの国に足を踏み入れることが出来ないはずの人だった。
「失礼します。旦那さま、皆さまが下でお待ちになっています。」
「ああ、わかった。」
そうワーレンベルグ子爵は、その時自分を呼びに来たメイドを一瞥した。黒い髪に茶色の目、あまり見たことないが端正な顔立ちだ。最近入ったのだろうか…。
「ああ、そうだ!あのメイドなら使えそうだ。」
ワーレンベルグ子爵は、突然思いついた秘策に目を輝かせた。
そして、一方廊下を歩く先ほどの侍女の方はと言うと、ワーレンベルグ子爵がこれから迎える要人の事を考えていた。
「さて、いったい何する気なのか?物騒なことが起きなければいいが…。」
そう心配するメイドは、今日自分が参加できなかった夜会の事を思い浮かべた。もちろん、夜会に出たかったわけでない。しかし、今のようなメイドのお仕着せをきてこんな成金趣味の夜会に出たかった訳ではない。全ては、国王陛下のために…。情報部の格言を思い浮かべながらメイド、ことミシェルはため息を着いた。