ウィル アンド パッション
前回のあらすじ
鈴が私たちと一秒でも早く音を合わせたいと言う気持ちで、ベースの練習に励んだが、手から皮が剥け血が出るほど没頭して、それでも練習をしようとする鈴に、私達は止めた。
その日の活動は、楽器の練習はいっさいしないで、みんなで絵を描き、描き終わったみんなの絵を見て、突然インスピレーションがわき起こり、即興でアカペラでオンリーカラフルを歌った。
みんなに絶賛されて、琴美が突然、私が即興で歌ったオンリーカラフルにちなんで私達のバンド名を『カラフル』にしようよって事でそうなった。
度重なる偶然がその名前にしたんだ。
名前が決まって、迷魂であるサタ子おばあちゃん達もあるべきところに帰り今日一日の業務が終わったところに、店の電話からオーナーから電話が合った。
「オーナーですよね」
通話口にそう確認する。
「そうだよ。オーナーの新井美羽ですよ」
オーナーの口調からして何か酔っぱらった感じだった。
「オーナー、迷魂の事で聴きたい事がたくさんあるんですけど」
「迷魂ね。まあ時間がないから手短に話すね」
オーナーは咳払いを一つして、
「君達三人それぞれ縁のある迷魂が現れたと思うよ。迷魂は君達に大事な・・・・」
「『大事な』何ですか?もしもし。もしもし」
無情な非通音が流れ切れてしまった。
奈々瀬と琴美がオーナーが何を言ってきたのか真っ先に聞かれて、私はオーナーから聞いた迷魂の事を二人に伝えた。
オーナーは言っていた。
私達それぞれ縁のある迷魂が現れ、大事な・・・・。
大事な・・・。
それからプッツリと通話が切れてしまった。
帰り道、私たち三人はもどかしい気持ちの胸を語り合った。
「オーナーは言っていたけど、大事な・・・何だろう?」
奈々瀬と琴美に問いかけると奈々瀬が、
「大事な事を伝えに来たのかな?」
「伝えに来たなら、何でこの一ヶ月何も言わずに、店に冥界から通うんだよ。琴美はどう思う?」
「大事な事って何だろうね」
哀愁を帯びた表情で琴美は言う。
その表情からして琴美は迷魂とお別れをしたくない気持ちだと言う事が分かる。
迷魂と出会い、毎日が楽しい。いつまでもこうしていたい。
でも、それは何かいけない気がする。
後一ヶ月、迷魂の事を何とかしないといけない気がする。
家に帰り、家族はいつものように私を蔑ろにして、食卓で食事を嗜んでいる。
毎度の事で慣れっこだが、ただいまの挨拶をしないといけないのが、嫌だ。
そして家族に「ただいま」って言って、冷たい視線を浴びて、心が滅入る。勘弁して欲しいよ。
まあ、それはともかく。私はベットに部屋を暗くしてラジオをつけて、真っ暗な低い天井を見つめて考えてしまう。
大事な・・・。
大事な・・・何なの?
奈々瀬の言う通り、大事な何かを伝えたいのかな。
じゃあ、その伝えたい事って何なの?
迷魂は私たちに何をしたいの?
一緒に店で食事をしたり、お茶したり、それぞれ楽しい時間を過ごしたり、そして一緒に私たちと一緒にバンドを組みたいの?
それは伝えたい事とはまた違う。
そもそも伝えたい事とは限らない。
じゃあ何なのか?
頭がもやもやしてすごく嫌な感じがして気持ち悪くなってくるし、叫びたくもなる。
じゃあ今のままで、いつまでも迷魂と共に時間を過ごして楽しい人生を送れば良いんじゃないか?
それはいけない気がする。
このままでは、いけない気がする。
何だよ。あのビッチオーナー。大事な・・・何だよ。
あー頭がおかしくなりそう。
このような時は何も考えないで眠った方が良い。
時計は二十時を示していて、眠る時間には早いが布団にくるまり部屋の明かりを消して眠りについた。
オーナーが言い掛けた大事な何なのか?
そんな事を忘れさせてくれる程の、楽しい毎日を送り一週間が過ぎた。
ウィル アンド パッション
作詞 盟 作曲 奈々瀬 編曲 カラフル
鈴の上達は恐るべき早さで、もう私たちの曲にベースで音を刻む。
鈴のベースの腕はすべてにおいて性格にリズムを刻んでいる。
ベースはドラムと似たような役割がある為に、鈴がある程度弾けるようになったら、ドラムの琴美とセッションの練習をさせ上達に励んだ。
その為、鈴の意欲と情熱が、わずか一週間ちょっとで音を合わせられる技術にまで上り詰めた。
そんな鈴を見て私は歌詞が思いつき、このウィル アンド パッションを書いた。
この歌詞を直訳すると『意欲と情熱』であり、まさに鈴そのものと言っても過言じゃない。
曲調的には至ってスピーディーで、ロックを思わせるノリノリのポップな感じに仕上がっている。
この曲が仕上がった時、ビジュアルを良くする為に化粧をしようと私が提案した。
奈々瀬は反対だったが、みんなは大賛成だ。
まさに私たちは今、女ビジュアル系バンドのような気分だ。
これはこれで私たちは女ビジュアル系バンドとして先駆けになるんじゃないかと思って夢を膨らませている。
この日の撮影ために私達はブリーチや化粧品などを購入して、さらに衣装も奇抜にしたいと安く手に入る古着屋の服を何着か買った。
琴美はボブヘアーの髪を赤く染めて、真っ赤な口紅に薄いファンデーションを施し、黒いノースリーブに白いチノパンでかわいい感じに仕上がった。
鈴は髪はセミロングで黒のままだが、本人の希望で赤いバンダナに、白いTシャツに黒いチノパンでワイルドな感じだ。
カノンちゃんは長い髪をブリーチ二本使いこなして、茶色く染め、大きなリボンがついたシュシュでポニーテールにした。服は赤いワンピースを着て、かわいらしい私たちのバンドのマスコット的存在を担っている。
私は、腰まで伸びた髪を金髪に染めて、ブリーチを三本使い果たし、服は真っ黒なワンピースで、我ながらバンドの中心になるボーカルアンドギターのポジションにはぴったりだと思ったが、奈々瀬が私のこの姿を見て、『呪いの人形みたい』と茶化されて喧嘩になった。
奈々瀬はセミロングの髪を茶色く染めて化粧もナチュラルメイクで、衣装は、白いTシャツの上に赤いカーディガンを羽織、黒いミニスカで変わったのは髪だけで、後は普段とあまり変わっていない感じだ。
サタ子おばあちゃんは私の家の押入から、おばあちゃんの着物を持ってきて、とりあえず来て貰った。
私たちはそれぞれイメチェンして、奈々瀬以外みんなテンションがあがっている感じだ。
その調子で演奏にも拍車がかかる。
今回の撮影はネットに掲載させようと思っている。
演奏が終わり、私達は撮影した映像を見て、私は涙が出て感無量。
とりあえず確認でネットにアップするために、みんなの意見を聞く前に、そこで重大な事に気がつく。
死んでしまっている迷魂をネットにアップして良いのかと。
迷魂であるサタ子おばあちゃん達はOKと言っていたが、何かまずい気がする。
奈々瀬も私と同じ意見で、琴美は是非とも載せたいと二人の意見は賛否が分かれた。
でも私はせっかく衣装まで用意して化粧まで施し苦労したので是非とも載せたいという気持ちもある。
奈々瀬は載せない方が良いと言っているけど、琴美は大賛成で、迷魂の三人は是非とも載せようと生き込んでいる。
多数決では迷魂を含めれば、ネットに載せる事を許されるが、悪いが迷魂の意見は採り入れない方が良いかもしれない。
私達三人で意見を出し合い議論していきたい。
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・・・***・・・***・・・***・・・・・
夕刻迷魂の三人があるべきところに帰ったところ、私たちは話し合う。
「鈴の上達には驚いたよ。まさかこんな短期間であそこまで音が合わせられるようになるなんて、まさに盟ちゃんが言うウィル アンド パッションだね」
琴美が言う。
「まあ、あれだけ熱心に練習出来る人って鈴の他にいないだろう。私も見習いたい物だよ。まさにウィル アンド パッションだね」
「二人とも、今日の演奏をネットに載せるか話し合うんでしょ」
奈々瀬の言う通り、私たちは話し合うんだった。
まあ奈々瀬は迷魂の三人をネットにアップするのは反対はしているが、やはり懸命にやったのだから、載せないのは勿体ないと言う気持ちもあるみたい。
琴美は半分反対する奈々瀬に「載せようよ奈々瀬ちゃん」とだだをこねている感じ。
「琴美、何か合ってからじゃ遅いのよ。あなたは楽観的すぎるのよ」
「でもあれだけ一生懸命やったんだし、撮影も良い感じにできあがっているし、勿体ないよ」
そうだと言わんばかりに、目を閉じて黙り込む奈々瀬。
そして二人は私に視線を向ける。
この状況、後は私の意見次第で決まる感じだ。
二人の視線を感じながら、私は目を閉じて考える。
奈々瀬の言う通り『何か合ってからじゃ遅い』と言う意見はその通りだと思っている。
でも奈々瀬も琴美も私も同じで、あれだけ一生懸命やったんだから、載せないのは勿体ない。
考えてみれば、後三週間後にはオーナーは帰ってきて、その時の事を考えると切なくなるが、迷魂は・・・・。
「載せようネットに」
私はきっぱりと断言する。
すると二人はすぐに私に賛同してくれた。
明日は週末でスクーリングも店もお休みなので、奈々瀬の家のパソコンで作業に移ることにした。
迷魂を世間様にさらすのは不安だけど、でもあれだけ一生懸命にやったのだから、何が何でも載せたい。
三人でいつものように帰宅して、私たちはそれぞれの帰路にさしかかり別れる。
自宅に戻り、今日は居間から話し声が聞こえてこない。どうやら家族は留守のようで私はほっとする。
部屋に戻り、鞄とギターをおいてベットに仰向けの状態で寝転がり考え事をする。
そういえば、気が付かぬうちにバンドの中心人物は私になっている感じがする。
リーダーを決めるなら私は断然奈々瀬を押すが、奈々瀬も琴美も私もあまりリーダーが誰かとかこだわらずに成り行き任せに事が進めている。
そう言えばこのバンドを結成させたのは私みたいなものなんだよなあ、としみじみ思った。
卒業するとき、私たち三人は、泣いていた。
泣いていたのは別れが惜しくて泣いているのではなく、悔しくて泣いているのだ。
以前も話した事があるが私達三人は受験当日に試験を受けられないように、私たち三人そろって倉庫に閉じこめられてしまったのだ。
それで試験は受けられなくなり、夢も希望も今までの努力がすべて泡沫のように消えてなくなってしまったのだ。
どうして私たちがそんなに憎いの?
私たちがあなた達に何をしたって言うの?
そして私たちをはめた連中のその本心を聞いた。
ただ気に入らない。ムカつく。
じゃあ何がムカつくの?何が気に入らないの?
三人で話し合い、私が連中に一泡吹かせよう考えたら、奈々瀬はそれを反対し、琴美も暴力は嫌いで為すすべもなく、私たち三人は卒業式に海まで行って思い切り叫んだのだった。
無力な私達の唯一の抗いみたいなものだ。
少しすっきりして夜になり、寄り道した帰りに、路上でバンドをしている人の演奏を聴いて私は心を打たれた。
私はあまり歌には興味は無かったが、そのバンドの歌を聴いて、感動したのだ。
二人は遅いから帰ろうと言っていたが私は釘付けになり、二人の声も上の空だった。
あのバンドが歌っていた歌詞の一文が今でも残っている。
『過ぎた事にとらわれず、今を思い切り楽しもう』
と軽快なリズムに乗せて歌われた曲が今でも鮮明に残っている。
そうだよ。過ぎた事にいつまでもくよくよ考えないで、今を楽しもう。
私はすぐに帰って、貯金箱を壊して、その次の日に一番安い中古のエレキギターを購入して、早速練習した。
最初は何から練習すれば良いのか分からず、それでも無我夢中に弾いた。
あの時路上ライブで弾いていた人たちの音が頭に残っていたので、そのフレーズをどこの弦を押さえれば、あのメロディーにたどり着くか何度も無我夢中で練習した。
その時はまだバンドを組もうなんて考えていなかった。
ただあの時の曲のフレーズを頼りに私は必死に練習して、そして二週間が過ぎて私はものにした。
そして早速、私が弾いている姿を奈々瀬と琴美に公園で見せた。
アンプも繋がっていないエレキの音源で二人に聞かせて、奈々瀬はふーんと言った感じであまり興味を示さなかったが、琴美が大絶賛してくれて、そんな琴美にバンドをやらない?と聞いたらすぐに食いついてきた。でもその時、ピアノを習っていた奈々瀬も誘ったが、奈々瀬はパスしてしまったのだった。
琴美とバンドを始めようと、私と琴美、ついでに奈々瀬も暇なので、楽器屋まで足を運んだのだった。