カラフル
前回までのあらすじ。
奈々瀬と初めて友達になった時の夢を見て、私は朝起きて気持ちが和んでいた。
私たちは鈴にサプライズで鈴の為に作った曲を、その日の締めくくりに、私達は演奏した。
鈴は表情を綻ばせ、笑顔で涙を流していた。
喜んで貰えて、良かったと思っている。
曲名はDEAR MY FRIEND(親愛なる友)であり、鈴に対するありのままの思いを込めて作った歌だ。
その夜、やはり私は迷魂の事で悩み、いったいどうすれば良いのか、考え、その次の日に、奈々瀬に相談したところ、とりあえず約束の一ヶ月オーナーが帰ってこない、もしくは何の連絡もなかったら、考えようって事になった。
私たちはとにかく後一ヶ月、私と奈々瀬と琴美、そして迷魂であるサタ子おばあちゃん、カノンちゃん、鈴と楽しく過ごそうと心が黄色く染まりときめいている。
みんなが集まり今日も胸がすごくワクワクする。
いつものようにレポートをやって、その間に鈴はベースの練習をすごく必死に練習している。
勉強も一段落して、私は鈴の様子を見に行った。
「鈴」
私が呼んだのに、呼ばれた事に気がつかない程、夢中で練習している。
そこで鈴の手を見てみると、弦を抑える手がはけて血だらけだった。
「鈴」
私がその手を掴み練習をストップさせた。
「大丈夫、まだやらせて」
練習を続行する鈴を私は止めて、
「ダメだよ鈴。こんなに手が荒れちゃって」
「もっと練習したい」
鈴はベースにとりつかれたように練習に没頭しようとする。
琴美と奈々瀬が駆けつけ、
「鈴ちゃん。これはちょっと自分がかわいそうだよ」
「ちょっとこれはやりすぎだよ」
そこで私はカノンちゃんとサタ子おばあちゃんに、
「ちょっと二人とも、悪いけど救急箱持ってきてくれない?」
「分かった」「待っててね」
カノンちゃんとサタ子おばあちゃんは立ち上がり、電話ボックスの下にある救急箱を取って持ってきてくれた。
「鈴、とりあえず治療するから大人しくしていろ」
「やだ、練習する」
「鈴」
と一喝して私はベースを取り上げた。
すると鈴は泣き出してしまい、
「早くみんなと音が合わせられるようにしたいのに」
鈴の気持ちは痛いほど分かるが、とにかく無理して指を壊してまでやったら元も子もなくなるので、今日のところは練習をやめさせた。
私たちは鈴の嗚咽を聞きながら、鈴の手の治療をした。
私も含めて、そんなにまでして練習したら、みんなも含めておかしくなっちゃうよ。
カノンちゃんは鈴の手を見て心を痛めたのか、琴美に泣きつき、私はベースの弦が鈴の血で染まっている事にぞっとしたし、奈々瀬と元看護師のサタ子おばあちゃんは鈴の治療に専念している。
「大丈夫よ。大したことはないよ。応急処置をして、しばらくはベースにはさわらないで大事にしてすれば、問題はないよ」
元看護師のサタ子おばあちゃんの言葉に私達はとりあえず安心した。
そこで私は考えた。迷魂も生きた人間と同じように、けがをしたら血を流し、治すのに人間と同じように消毒して安置していればいいんだって。
そう考えて、人間も迷魂も同じ何じゃないかと安心してしまった。
とにかくその後、鈴が大変だった。
『練習してみんなと音を合わせられるようにしたい』と泣いてだだをこねてしまい、でもここは私たちは心を鬼にして、その思いを奈々瀬に託して、厳しく叱って貰った。
鈴は相変わらず、奈々瀬の叱られれば素直になる子だ。
でも鈴が弾いていた真っ赤に染まったベースの弦を見て、ここまでやる情熱を見習いたいものだと感服してしまう。
とりあえずベースの血を拭いて、今日は私達は鈴の刺激を与えないように楽器の演奏を控えて、鈴の好きな絵をみんなでそれぞれ描いた。
今日はバンドの練習が出来ない事に私は残念に思ったが、仕方がない。
楽器だったら家に帰ってからでも弾けるので、私は今みんなと絵を描いている。
いざ描いてみるものの、私には正直絵心がなく、つまらない。
でも私はつまらない気持ちでも鈴が元気になるように、空元気を演じた。
でも演じているうちに、なぜだろうか?心から楽しくなってくるのはなぜだろうか。
絵を描いていると、何か、うまい下手は関係なく、楽しくなってくる。
鈴の絵を横から見てみると、相変わらず手腕な芸術家が描いたような印象深い。
そんな鈴はベースを弾く時のように没頭している。
こうして絵を描いていると、絵も音楽も同じものだと感じてしまう。
絵は見て楽しむものだが、音は聴いて楽しむもの。その共通点は感じる事だと私は気がつき、ここで一つ歌詞が思いつき、とっさに画用紙の横にスラスラと感じて思い浮かんだ歌詞を書いていった。
良い歌詞が書けた事に私って天才かもって思ってしまう。
早速描いたそれぞれの絵を壁に貼り付け、みんなで干渉した。
「何か、盟の絵だけ字が書かれているけど・・・ってこれって歌詞?」
「何か絵を描いているうちに思いついて詩を書いちゃった」
奈々瀬に胸を張って言う。
「何得意ぶっているの?大言壮語も甚だしいよ。絵も何か稚拙だし」
「何よ奈々瀬」
奈々瀬の絵を見て難癖を付けたいが、悔しいが私よりも画力があり、何も言えなかった。
「盟ちゃん。絵は比べるものじゃないよ。これらの絵は世界で一つしかない絵だよ。みんなの絵を見ていると、それぞれの個性が強調されている」
穏やかな表情で鈴が言う。
言われてみればそうだ。
うまい下手は別として、みんながそれぞれ描いた絵にはそれぞれの個性がある。
私がこの中で一番印象的な絵は、やはり断トツ鈴の絵だが、それぞれの絵を見てみると、それぞれの心が絵に描写されたかのような印象を受ける。
クレヨンで星空を描いたのはカノンちゃんだ。よく見てみると、技術的には子供が描いた絵だが、真っ黒な画用紙に色とりどりの星の形が描かれていて、カノンちゃんの素直な気持ちが描写されている感じがしている。
琴美もカノンちゃんと同じようにクレヨンで描いたみたいだが、琴美の好きなアニメキャラクターの美少女御子奈々の絵だが、実際のアニメの絵とは似てはいないが、琴美の個性が生かされていて、とてもかわいらしく描かれている。
サタ子おばあちゃんは鉛筆デッサンで、店に置いてある花瓶に入った造花のバラのデッサンだ。すごく厳かな感じがして、まさに芸術。
それぞれの絵を見てみると、人それぞれ好みはあるけれど、どれもみんな素敵なものかもしれないって、『SM○P』の『世○に一つだけの花』にちなんで『世界に一つだけの絵』って、新しい歌詞のネーミングが浮かんだ。
オンリー カラフル
作詞 作曲 盟
オンリーカラフルはその名の通り、『唯一の色合い』。
私はみんなのそれぞれの絵を見て、この歌を思いつき、今日はステージに上がらないで、その場でアカペラで歌った。
みんな突然私が歌い出して、ちょっと驚いていたが、次第に私の歌に入り込むように聴いてくれた。
理屈では人の心を動かすような絵は、とうてい描くことは出来ないと私は思う。
それは音楽も同様。
だから私はこうして歌っている。
みんなそれぞれの唯一の絵を・・・オンリーカラフルを見て、感じて歌っている。
この歌声はお腹から出ているが、大本の根元は心から歌っている。
歌っている私は気持ちが良い。
今日の締めくくりにふさわしい一曲になると思って歌っている。
歌いながらみんなの表情を見てみると、何かほっこりしたような、穏やかな感じだ。
絵も歌も感じる事がすべてだと言っても私は過言じゃないと思っている。
私が、いや私達が絵を描いていた時、とても気持ちの良い感じがした。
それは心に響く心地の良いメロディーを聴いているかのような感じにさせてくれた。
まあ今日絵を描いたきっかけは、鈴が無理に楽器の練習のしすぎで手を怪我した事がきっかけだ。
その偶然が奇跡を呼び起こすように、みんなのそれぞれの絵が生まれ、そしてこうして私は歌っている。
私が歌い終わって、少し恥ずかしい気持ちになったが、
「さすがボーカル」
普段あまり人を誉めない奈々瀬が表情を綻ばせて誉めてくれて、心が高揚して、それを煽るように、みんなに拍手を送られ、私は照れてしまったが、心は空を飛ぶほどの気持ち良さを感じている。
そして私は改めて壁に張ってある自分の絵を見つめた。
自画自賛でも良いと思った。この絵、何か良い。
すると私の視線を追うようにみんなの視線が私の絵に集まり、
「あんたにしては上出来だよ」
奈々瀬が言って、みんなも私の絵を誉めてくれた。だから私も、
「みんなの絵も最高だよ」
って言ってあげたら、その後みんなで笑ってしまったんだね。
人生は膨大な量の退屈だ。
その間に喜び、悲しみを感じながら絵を描いたり、音楽を奏でたりして楽しみたいじゃん。
そして誰かにそれを見て聞いて感じて欲しい。
それが一人の心に届けば、それはネットワークのように広がるんじゃないかと思っている。
何が欲しいのか?何がしたいのか?それを探すのが人生の喜び何じゃないかって私は思えて、楽しく思えてくる。
夕暮れが窓から差し込み、まるで部屋一杯に蜂蜜を流し込んだような、鮮やかな色合いに満ちている。
今日と言う日が終わろうとしてる。
鈴が怪我をした手のひらを見つめて切なそうな顔をしていたので、
「鈴、ゆっくりと上達していこうよ」
すると鈴は表情を綻ばせて笑って、
「うん」
と元気良く頷いてくれた。
時計は午後十六時五十分を示している。
後十分で閉店だ。
私たちはいつものように後かたづけをする。
掃除の箇所をみんなで手分けて、掃除をする。
私は店内の床のモップ掛けの掃除係で、丹念に床を磨いた。
何となく私は店の小さなステージを見つめて、思いに耽る。
このステージが私達の夢への登竜門。いつかきっとみんなで・・・。
みんなで・・・。
何だろう。
何か切なくなってくる。
そう迷魂はこの場所でしか存在できないんだよね。
私達のバンドメンバーは迷魂のサタ子おばあちゃん達三人も含めて六人だ。
誰一人かけては行けないと思う。
そう思うと悲しくなる。
いつか迷魂のサタ子おばあちゃん達とお別れの日がやってくるような気がして、やっぱり切ない。
何て思っていると、背中を思い切り叩かれ、
「何、ぼんやりと立っているのよ。手を休めないで」
奈々瀬だった。
「ゴメン」
と謝り、モップで床を磨く。
そうだ。ぼんやりと立ってはいけない。ぼんやりと悩んでいる暇などない。
奈々瀬はそんな私の心を察して、言ったのかもしれない。
奈々瀬、さりげなく優しいところあるから。
そこで琴美が突然思いついたように大声を上げ、
「ねえ、うちバンド名考えたんだけど、今、盟ちゃんが歌ったオンリーカラフルから、『カラフル』って言うのはどうかな?」
「何かそれいいよお姉ちゃん」
カノンちゃん。
奈々瀬の目を見ると別にどっちでも良いんじゃないと言うような感じで息をつき、私は別に悪くはないし、私の今歌ったオンリーカラフルにちなむ『カラフル』と聴いて何か良かった。
みんなの目を見て確認すると、納得したような感じだったので、
「じゃあ、今日から私達は『カラフル』ね」
バンド名こんな決め方で良いのかと思ったけど、私たちは幾多の偶然を重ねてこうして出会った。
だから良いんだ。
バンド名が決まり、掃除が終わって、時間になり迷魂であるサタ子おばあちゃん達三人は、玄関の扉から私達の知らない世界に帰って行く。
いつも思うがあの先には何があるのか、気になるが、きっと私達生きている者にとって立ち入っては行けない場所だと思う。
「じゃあ、私達も帰ろうか」
奈々瀬が言って私と琴美は「うん」と頷く。
店から出ようとした時だった。
店の電話が鳴り出して、私達はビクッとおののき、琴美が、
「電話だ」
「オーナーから?」
奈々瀬。
奈々瀬と琴美の顔をそれぞれ見ると、私が出なよって顔をして、ちょっぴり怖かったが、私は受話器を取った。
「もしもし」
「ハロー元気柴田さん?迷魂とはうまくやっている」
暢気な態度のオーナーにいらだちを覚えたが、迷魂の事でたくさん聴きたいことがあるが、いきなりの事で何から話せば良いのか、分からず逡巡としてしまう。